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少し、虐め過ぎたかな。


僕の腕の中で眠る昴琉は、ほんの少し形の良い眉を寄せていた。
そんな苦しそうな彼女の表情すら愛おしい。
僕を想ってしてくれた行為が嬉しくて、昂った気持ちを押えられず手加減なんてしてやれる余裕はなかった。
いつでも限界以上に僕を受け入れようとしてくれる貴女の優しさに甘えてしまう。

昴琉は僕が忘れていると思っていたようだけど、初めて逢った日を忘れていたわけじゃない。
薄暗いマンションの廊下で、僕を覗き込んでいた貴女の表情だって憶えてる。
今回は彼女の突発的な行動と身の安全に気を取られて、失念していたのは否めないが。
ただ…僕にとっては記念日も彼女と過ごす日々も、同等に大切なだけだ。


5年、待ったのだから。


彼女の髪に指を差し入れて一筋掬い、くるくると指に絡めて弄ぶ。
深い眠りに落ちてしまった昴琉は少し身じろぐだけ。
そんな彼女の仕草に僕の頬は自然と緩む。
弄んでいた髪にそっとキスをして放すと、さらりと流れて元の場所に落ち着いた。

彼女を起こさないように気をつけて、枕元に置いておいたネクタイピンを手探りで掴み頭上に翳してみる。
カーテンの隙間から漏れる月明かりを反射して、それはキラリと光った。


僕に内緒でアルバイトをして、戦闘の邪魔にならないようにと選んでくれたネクタイピン。


思いがけない彼女からのプレゼントはとても嬉しかったが、同時に僕を複雑な気持ちにさせた。
内容は兎も角、昴琉は僕が何を生業にしているのか知っている。


風紀財団の委員長とボンゴレ10代目沢田綱吉の雲の守護者。


それが今の僕が持つ肩書きだ。

前者は自分で望んで。
後者は昴琉をこちらに呼び寄せることを交換条件に。

どちらも危険が付き纏う。
常に戦いの中に身を置いてきた僕にとって、それは別段どうってことはない。
寧ろ戦うことは僕にとって至高の喜びだ。



―――――だが昴琉は違う。



僕と出逢うまであちらの世界で穏やかに暮らしていた。
少なくとも陽の当たる場所を堂々と歩き、命の危険なんて考えて生活していなかったはずだ。
いつでも他人優先で、お人好しで、優しい昴琉。
本当は僕がトンファーを振るうことを快く思っていないだろう。


それでも貴女は惜しみなく僕を愛してくれる。


あちらにいた時よりも感情を見せてくれるのは、僕に心を開いてくれている証拠。
僕を想ってくれるから貴女は怒ってくれるし、泣いてくれるし、笑ってくれる。
恐らく僕と一緒にいることで、これから先昴琉を哀しませてしまうこともあるだろう。
だけど貴女を手放す気なんて更々ないし、こちらに呼んだことだって後悔してなんかいない。
鎖をつけてでも僕の傍に置いておきたい。

そう考えてしまうくらい、僕は貴女が好きで。


昨夜気になって覗き込んだ昴琉の長い睫毛が、涙で濡れているのを見て堪らなくなって抱き締めた。


僕がどうして外に出ることをダメだと言ったのか、その理由をちゃんと話していればあの涙はなかったのだから。
説明していれば昴琉だって僕に黙って働くなんてことはしなかったはずだ。
まして連れ戻そうとする僕の手を払うなんてことも。
沢田綱吉の時の例もある。
彼女が僕に逆らうようなマネをするのは、相当勇気が要ったに違いない。

…いずれ分かってしまうことだ。

それならいっそ自分の口から昴琉に僕の生業について説明した方がいい。
取り返しのつかない事態が起こる前に。
…理屈では分かっている。
けれどそれを知った時、貴女は僕から離れていってしまうのではないか。
もしそうなったとしても、きっと僕は貴女を手放せない。
同時に知ったとしても昴琉が僕を嫌いになるはずがないという慢心もある。
彼女に余計な心配をかけたくない。
知らなくて済むことなら、知らない方がいいことだってある。

そうやって何かと理由をつけて、僕は昴琉が真実を知る時を先延ばしにしようとしている。


……僕は我が侭なんだろうか。


角度を変える度にキラリと光るネクタイピンを眺め、自嘲的な想いに耽る。
すると不意に昴琉が僕のパジャマをきゅっと掴んで擦り寄ってきた。
偶然なのだろう。
寒かっただけかもしれない。
でも何だか「大丈夫だよ」と慰められているようで。


貴女の一挙手一投足が僕の心を掴んで離さない。


僕は昴琉を傍に繋いでおこうと必死なのにね。
貴女はいとも簡単にそれをしてしまうんだから、全く…性質が悪い。
少し悔しくて握り締めたままだったネクタイピンを、彼女の前髪に留めてみた。
額に触れた金属の冷たさが気になったのか「んー…」と顔を顰めた昴琉が可愛くて、心が和む。

悩んでも仕方がない。
僕が昴琉を愛していることに変わりはないし、守ると決めたのだから。

僕はそっと彼女の頭にキスを落として、えも言われぬ幸福感を抱き締めて眠りについた。


***


翌朝。
自分の前髪にくっ付いている物体を指で摘みながら、昴琉は顔を顰めて僕に訊いた。


「………何これ」

「ネクタイピン」

「いや、それは分かってるけど…何であたしの前髪にくっついてるの?」

「……何となく似合いそうだったから」

「何となくって…んもうっ」


そう言って昴琉はネクタイピンを外すと、今度はそれを僕の前髪に留めた。
予想外の行動に驚いて目を瞬かせると、彼女も同じ様に目を瞬かせた。
そして口元に手を当てて彼女は言った。


「あら…雲雀くん可愛い」



2009.3.14


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