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66


朝のまどろみの中であたしは寝返りを打つ。
眠れないかと思ったけれど結局バイトの疲れに勝てず、顔に布団を押し付けたまま眠ってしまった。
……どんな顔をして雲雀くんに『おはよう』を言おう。
そう思ったらドキドキしてきた。
折角のバレンタインを気まずいまま過ごすのは嫌だし、悪いのはあたしだ。
起きてすぐに謝ろう。
でも昨日みたいな雰囲気だったら…。
ううん、案外普通に挨拶すれば雲雀くんも普通に返してくれるかもしれない。

―――――何だろう…温かい。

そう思って重い瞼を開けると、視界いっぱいに雲雀くんの綺麗な顔。

な、何で…!

お互い背中を向けて寝ていたのに、妙に温かくておかしいと思ったら…!
先に目を覚ましていたらしい彼は、不意に目が合って少し驚いたようだった。
けれどちょっと気まずそうに視線を彷徨わせ、困ったように笑うと「おはよう」と言った。


「お、おはよう…」

「…習慣って怖いね。目が覚めたら貴女を抱き締めて寝てた」

「雲雀くん……あの、あのね」

「今日が最終日だったね、アルバイト」

「…え?あ、うん」

「今夜帰ってきたら、僕に内緒で働いていた理由教えてくれるかい?」

「も、勿論!」

「そう…それなら一先ず仲直り」


雲雀くんは優しく微笑んでから、あたしの唇をそっと塞いだ。
あぁ、もう!何で君はこんなに良い男なの…!
雲雀くんに隠し事をしていたあたしが悪いのに…!
あんなに昨日怒っていたのに歩み寄ろうとしてくれる雲雀くんの優しさに、惚れ直すなという方が無理な話。

彼にあげるプレゼントの目星は粗方つけている。
こうなったら何が何でも雲雀くんに喜んでもらわなくっちゃ。

あたしは彼に擦り寄りながら決意を新たにした。


***


店長さんが少し色をつけてくれたお給料で買ったプレゼントと特別報酬のベルギーチョコをバッグに忍ばせて、あたしは急いでマンションに帰った。
ちょっと遅くなっちゃった。
雲雀くんが帰ってくる前にご飯作らなきゃ。
それで食べ終わったらちゃんと理由を話して謝って、このプレゼントを渡そう。

―――喜んでくれるといいんだけど…。

そう思いながら玄関のドアを開けると室内は灯りが点いていた。
消し忘れたのかなと思って靴を脱いでいると、奥から「昴琉?帰ったの?」と雲雀くんがひょっこり現れた。
えぇ!何で雲雀くんがいるの?!まだ働いているはずじゃ…。
ワイシャツ姿の彼は驚いて玄関に突っ立ったままのあたしに寄って来た。


「な、何でもう雲雀くん帰って来てるの?」

「理由が気になって仕事にならないから切り上げてきたんだよ」

「えぇ?!」


そ、そんなぁ…。
さっきまで考えていた計画は彼の予想外の行動で白紙に戻ってしまった。
あたしの計画なんて勿論知らない雲雀くんは、あたしをリビングに引っ張っていくとソファに座らせ隣に自分も腰を下ろした。
そしてあたしの頬に手を添えて自分の方に向かせる。


「さぁ、昴琉。理由を聞かせてもらおうか」


彼の全てを見透かすような漆黒の瞳に見つめられては観念せざるを得ない。
あたしはバッグの中から小さな包みを取り出し、少しドキドキしながら雲雀くんに差し出す。


「…僕に、かい?」

「うん。雲雀くんに」


あたしから包みを受け取った雲雀くんは不思議そうな顔をしながらそれを開けた。
中から現れたのは翼をモチーフにしたネクタイピン。
雲雀くん小鳥好きみたいだし、名字も雲雀だし、これを見つけた時は彼にピッタリだと思った。


「…これは?」

「見ての通りネクタイピンよ。君スーツ着るけど持ってないみたいだったし。
 時計とか指輪の方が良かったかもしれないけど、トンファー使う時邪魔になるかと思ってこれにしたの」

「何で僕にプレゼントなんか…」

「やだ…もしかして今日何の日か憶えてないの?」


心当たりのなさそうな彼に思わず苦笑い。
そういえばこの子、自分の誕生日も忘れちゃうような子だった。
初めて逢った日くらい憶えておいて欲しかったなぁ。
あたしは彼の持つ箱からネクタイピンを取り上げると、未だ締めたままのネクタイにそれを留める。


「今日はバレンタインデーだよ?
 ―――――雲雀くんとあたしが初めて逢った日」

「…まさかその為に働いてたの?」

「うん、雲雀くんを驚かせたくて…。
 ……言い付けを守らずに内緒で働いちゃって、本当にごめんね。
 でもこの指輪のお返しもしてなかったし、どうしても自分で稼いで君にプレゼントしたかったの」


自分の左手に嵌められた指輪を右手でそっと触れる。
こちらに来て雲雀くんにプロポーズしてもらって。
本当に飛び上がるほど嬉しくて。
あたしはそれを少しでも君に伝えたかったの。
何かの形にして。
だからいけないことだと分かっていながら、黙ってアルバイトしちゃったんだけど。
雲雀くんは自分のネクタイに留められたネクタイピンをジッと見つめている。


「……やっぱり怒ってる、よね」


心配になって声をかけると、突然引き寄せられて抱きすくめられた。
骨が軋むほど強く抱き締められる。


「ひ、雲雀くん…?」

「怒れるわけがない……ありがとう、昴琉。
 ―――凄く、嬉しい……嬉しいよ…」


喉の奥から声を搾り出すように言う彼の感謝の言葉に、あたしの胸はドキンと跳ねた。
今までに雲雀くんのこんな声聞いたことあったかな。

切なそうで、苦しそうで、でも優しく響く雲雀くんの声に心臓を素手で鷲掴みされた気分になる。

喜んでくれたんだよね…?
何だかホッとして彼の胸に頭を預けると、尚一層強く抱き締められて。


「…ケーキ売りながら、僕のこと考えてくれてた?」

「うん」

「これを選ぶ時も?」

「…うん」


あたしを抱き締める腕を緩めた彼にそっとソファに押し倒される。
唇が触れ合う直前まで見詰め合って、キスを交わした。
優しいキスは徐々に激しさを増し、互いの身体の芯に火を灯す。
それについていけず途中で根を上げたあたしを、更に雲雀くんは深く求める。

……窒息してしまいそう。

やっと彼が満足して解放してくれた頃には息も絶え絶え。
雲雀くんは愛おしむようにあたしの額にキスを落とす。


「ねぇ、昴琉……今すぐ貴女が欲しい」

「き、気持ちは嬉しいけど、ご飯作らなきゃ」

「そんなの後でいいよ」

「……後じゃ作れる自信ないから。
 それにね、ケーキ屋さんでベルギーチョコもらったの。
 折角だし果物色々買ってきたから、チョコフォンデュしようよ。ね?」


雲雀くんの熱っぽい視線に流されそうな気持ちを押し止めて説得を試みる。
彼はちょっと考えているようだったが、「いいよ」と意外とすんなり承諾してくれた。
けれどすぐに妖しい笑みを浮かべて言葉を続ける。


「そのままでも十分だけど、チョコをかけた昴琉も美味しそうだしね」

「……あたしは果物には含まれませんっ」


「それは残念」と笑う彼はとても愉しそうで。
じょ、冗談なんだか本気なんだか…凄くチョコフォンデュをするのが怖いんですけど。
でも雲雀くん喜んでくれたし、頑張った甲斐があったわ。

ネクタイピンを気に入ってくれたらしい彼は、その日お風呂に入って着替えるまでずーっとネクタイを締めていた。



2009.3.3


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