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昴琉と新居で暮らし始めて数週間が過ぎたある日、僕は建設途中のボンゴレ秘密基地に足を運んでいた。
僕の秘密施設とここを繋ぐ連絡通路の位置を設計図で確認し、いくつかの細かい調整をする為だ。
粗方確認が済むと沢田綱吉は大きく息を吐いた。


「これで進めていいですかね、ヒバリさん」

「あぁ、寸分違わず設計図通りに頼むよ」

「それじゃ、この件はこれでよしと…あ、そうだ!この間はありがとうございました」


彼は急に何か思い出したように僕に礼を言って頭を下げた。
この間…?
近頃ボンゴレの仕事は請け負っていない。
この草食動物に礼を言われるようなことはしていないはずだ。
訝しんで沢田綱吉を見ると、彼はちょっと怯んだようだったがにこりと笑って話し出した。


「この間昴琉さんが働いてるケーキ屋に友達と行ったんですけど、目当てのケーキが売り切れてて。
 昴琉さんが自分用に取り置きしておいた分をオレ達に譲ってくれたんです。
 しかもご馳走になっちゃって…。
 お店混んでてろくにお礼も言えずに帰って来ちゃったんで、昴琉さんにありがとうございましたって伝えてもらえませんか?」


笑顔で言う草食動物の言葉が一瞬理解出来なかった。


「―――今、何て言ったんだい?」

「へ?昴琉さんにありがとうございましたって伝えてもらえますかって…」

「その前」

「昴琉さんが自分用に取り置きしておいた分を…」

「違う、その前」

「えっと、昴琉さんが働いてるケーキ屋に友達と行ったんですけど…?」


昴琉が働いてる、だって?
最近彼女から漂う甘い香りの理由がこれではっきりした。
彼女に外出する時は必ずオルゴールボールを身に着けて出掛けるようにと言ったのは、アレに発信機をつけていたからだ。
随分長い時間ケーキ屋にいると不思議に思っていたが、まさか働いていたなんて。

あれだけダメだって念を押したのに…!

素直にマンションに居てくれるわけはないと思ってはいたが、彼女の行動力に頭を抱えたくなった。
兎も角一刻も早く連れ戻さなければ。
何かあってからでは遅い。
顔を顰めて歩き出した僕に草食動物が声をかけてきた。


「あ、あの、雲雀さん、もしかして昴琉さんが働いてるの知らなかったんですか?
 って、うわっ」


煩い。今は君に構ってる暇はないんだ。
僕は振り返り様に沢田綱吉の喉元にトンファーを突きつけた。


「今度そういう重要な情報を手に入れた時は真っ先に報告しないと咬み殺すよ」

「ひーっご、ごめんなさいぃぃぃ!!」

「…それから。僕の昴琉と勝手に群れるなって言ったの忘れたのかい?」

「忘れてません!憶えてますっ」

「フン。今は急ぐから見逃してあげるけど、次はないからね」

「は、はぃっ」


草食動物はコクコクと凄まじいスピードで頷いた。
油断も隙もあったもんじゃない。
いつの間にか名前で呼んでるし…。
僕は小さく息を吐くと、彼に背を向け足早に出口へと向かった。

勿論、昴琉を連れ戻す為に。


***


やっとお客さんが途切れて、あたしはホッと一息ついた。
時計を見れば16時50分。
後10分で今日のバイトは終わり。
…バイトも遂に明日で最後かぁ。
何とか雲雀くんにバレずに最終日を迎えられそうだわ。
でも稼げたお金は高が知れてるし、あんまり高級な物は買ってあげられないなぁ。
チョコレートは特別報酬で手に入るとして、プレゼントどうしようかしら。
初めは腕時計や指輪がいいかなと思ったけど、あの子すぐトンファー振り回すから壊しそうだし…。
何か別の物がいいよね。
お客さんがいないのをいいことにアレコレ考えていると、入り口のドアが開いた。


「いらっしゃ……ひ、雲雀くん…!!」


笑顔で出迎えたその先に今正に考えていた人物が現れて、あたしの心臓は飛び跳ねた。
ど、どうして雲雀くんがここへ…!
もしかしてツナくんから伝え聞いた…?!
雲雀くんはあたしの姿を認めると眉を顰め、口をへの字に曲げた。
そしてつかつかとこちらへ歩み寄ると不機嫌そうに口を開いた。


「こんな所で何してるの」

「ごめんなさい。でもこれには訳が…」

「……帰るよ」

「あっ」


雲雀くんはあたしの手を乱暴に掴むと、有無を言わさずお店の外に連れ出した。
あ、当たり前だけど、雲雀くん滅茶苦茶怒ってる…。
でもこのまま連れ帰られてはお給料がもらえない。
ご、ごめん!雲雀くん…っ


「お願い、離してっ」

「―――ッ」


あたしは思い切って雲雀くんの手を振り払う。
前を向いていた彼は驚いてこちらに振り返った。
一瞬彼は何が起きたのか信じられないような、それでいて傷付いたような顔をした。
けれどすぐに不機嫌顔に戻り、先程以上の力であたしの腕を掴むと路地裏に引っ張り込む。
い、痛いっ
雲雀くんはあたしを建物の壁に押し付けると、壁に手をついて逃げ道を塞ぐ。
そしてあたしの身に着けているエプロンの裾を持ち上げた。


「一体貴女は何を考えているの…ッ
 こんなヒラヒラしたエプロンなんか着けてケーキ屋で働くなんて。
 言ったよね?働く必要はないって」


怒りで一際低くなった彼の声にあたしは身を竦ませた。
やっぱり雲雀くんを怒らせてしまった。
自分勝手な行動だって分かってる…分かってるけど……。
雲雀くんはあたしの顔を覗き込むようにしながら、ぐっと距離を詰めてきた。


「金が必要なら昴琉に渡した通帳から好きなだけ下ろせばいい」


確かに彼に生活費だと渡された通帳には、思わず二度見してしまうほどの金額が入っていた。
でもそのお金で彼にプレゼントを買ってしまっては、アルバイトをしている本来の意味がなくなってしまう。
あたしは雲雀くんの視線を真正面から受け止めて、ぐっと拳を握る。


「……それはダメ。それじゃ意味がないの」

「意味?なら聞かせてよ。貴女がそこまでして金を稼ぎたい理由」

「…今は、言えない」

「……話にならないね」

「ごめん…でも明日でアルバイト最後なのっ
 お願い、雲雀くん…!我が侭だって分かってるけど、最後まで働かせて?」


あたしは彼の胸に縋って懇願する。
雲雀くんは折れないあたしに苛立ち、建物の壁についていた手で拳を作ると八つ当たるようにそれに叩きつけた。
そしてゆっくり溜まった息を吐き出し、掴んでいたエプロンの裾を放すとそっぽを向いた。


「……そこまで言うなら勝手にすればいい。
 でも、今日はもう帰るよ。僕はここで待っているから、着替えてくるんだ」

「…うん」


丁度アルバイトも終わる時間だ。
あたしはお店に戻って帰る支度を整えると、店長さんに挨拶をして再び彼の元へ戻った。
雲雀くんはあたしの姿を認めると路地から出て、マンションに向かって歩き出した。
何となく彼の横は歩き難くて、あたしは彼の一歩後ろを歩く。

自分のせいなんだけれど、き、気まずい。

結局一言も言葉を交わすことなくマンションに着いてしまった。
それからも二人の間に必要以上の会話はなく、同じベッドに入った今も雲雀くんもあたしも互いに背を向けていた。
こんなことは初めてで。
すぐ傍にいる雲雀くんとの距離が酷く遠く感じる。
彼に喜んで欲しくて始めたアルバイトだけど、こんな風になってしまっては自分のした行動に自信が持てなくなる。


―――――はぁ…何やってるんだろ、あたし。


あたしは込み上げて来た涙を零さないよう、そっと布団に顔を埋めた。



2009.2.26


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