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「ツナさん!早く、早く!」
「は、ハル…そんなに急がなくてもケーキは逃げないよ」
腕を引っ張るハルの勢いに少々たじろぎ、オレは苦笑いを浮かべた。
ケーキ屋さんのドアを開けながら京子ちゃんがクルッとこちらを振り返る。
「それがねツナ君。バレンタイン限定のチョコレートケーキ、凄く人気ですぐ売り切れちゃうの!」
「そ、そうなの?」
「そうなんですよ!だから1分1秒を争うんですっ」
「さ、ツナ君。入って入って!」
ふ、二人とも本当にケーキに関しては凄い執念燃やすよな…。
女の子のこういう原動力はオレにはよく分からないや。
限定のケーキはイートインでのみの販売で、オレも誘われて…というか半ばハルに強制連行されて…一緒に来たんだけど…。
京子ちゃんに逢えたし、まぁいいか。
店の中は二人の言う通り沢山の人でごった返していた。
やっぱり女の人が多いや。
お、オレ場違いかも…。
その時「いらっしゃいませ!」と澄んだ声がした。
あれ?何かこの声聞き覚えが…。
声の方に顔を向けると予想通りの女性が立っていた。
「桜塚、さん?」
「さ、沢田くん?!」
ケーキ屋さんの制服に身を包んだ彼女は驚きに目を見開いた後、綺麗に微笑んでこちらにやって来た。
フリルの沢山ついた白いエプロンが、清楚な雰囲気の桜塚さんによく似合っている。
「こんにちは、沢田くん。可愛い女の子二人も連れて…デートですか?」
「あ、い、いや!そんなんじゃなくて…。えっと桜塚さんここで働いてるんですか?」
「え、えぇ。バレンタインデーまでの短期だけど」
桜塚さんは少し気まずそうに笑った。
アルバイトなんて、よくヒバリさん許してくれたな。
オレと話してただけであんなに怒ってたのに…。
パッと脳裏にあの時のキスシーンが浮かんで、少し顔が火照ってしまった。
そんなオレと桜塚さんのやり取りをキョロキョロと見ていたハルが訊いてきた。
「ツナさん、こちらのビューティフルなお姉さんと知り合いなんですか?」
「うん。ほら、この間話しただろ?このヒトがヒバリさんの彼女さんだよ」
「はひ!サプライズですっ
何でも類稀なる事情で離れ離れになってしまって、やっと再会出来たとツナさんから聞きましたっ
大恋愛なんですよね?!ハル、お会い出来て感激ですぅ」
「うんうん!あのヒバリさんが5年も想い続けたヒトとこんな所で出会えるなんて…!」
「あはは、そんな大袈裟な…」
ハルと京子ちゃんは、オレの横でキラキラ瞳を輝かせながら桜塚さんを見つめ出した。
二人の熱い視線に桜塚さんもたじたじ。
頬を真っ赤に染めて困ったように笑って両手を振る。
小柄な彼女のそういった仕草は、とても女性らしくて可愛らしい。
そういうのって元々の彼女の資質なんだろうけど、きっとヒバリさんに沢山愛されてるからそれが倍増するんだろうな。
幸せそうな桜塚さんの様子にオレの心もほっこり温かい気持ちで満たされる。
「あのクール&デンジャラスな方とどう恋に落ちたのか、是非お話聞きたいです!」
「私も私も!」
「うーん、今はバイト中だから今度日を改めてお茶でもしましょ。
あたしもこちらに来たばかりでお友達いなくて。
二人よりは年上だけど仲良くしてくれると嬉しいな」
「勿論です!ね、京子ちゃん」
「うん!こちらこそよろしくお願いします」
桜塚さんは興奮する二人の話題を上手く逸らした。
おぉ、やっぱりこういうところは大人だなぁ。
オレこの二人が盛り上がっちゃうと手がつけられないもんな。
おっと、オレ達ケーキ食べに来たんだった。
会話の流れを更に変えるべくオレは三人の会話に割って入る。
「あの、桜塚さん。限定のチョコレートケーキまだありますか?」
「それが…さっき最後のひとつが出てしまって…」
「ガーン!ショックですぅ…」
「そうなんですか…残念だったね、ハルちゃん」
「はい…」
さっきまでのテンションの高さはどこへやら。
途端にしゅんと気落ちした二人。
本当にケーキ好きだな…。
まぁ、売り切れちゃったものは仕方がないよね。
他のケーキならあるんだし、ここはひとつ男らしいところを見せて好きなだけ二人に奢ってあげよう。
…なんて考えていたら、桜塚さんが小声で話しかけてきた。
「……あたし今日買って帰ろうと思って取り置きしてもらってるのがあるんで、食べていかれます?」
「え、いやでも、それってヒバリさんと食べるつもりだったんじゃ…」
「あたしは明日も働きに来るし、また頼んで取り置いてもらえばいいから。
数も丁度三個だし、もし良かったら食べていって下さい」
「桜塚さん……それじゃぁ、お言葉に甘えて」
「「ありがとうございます、桜塚さん!」」
うぉ、息ぴったりだよこの二人。
桜塚さんは二人の様子にクスクス笑った。
「いえいえ。あ、それから昴琉でいいですよ。お友達、でしょ?」
「「はいっ」」
「沢田くんもね」
「あ、はい。それならオレのコトもツナって呼んで下さい。みんなそう呼ぶんで」
「分かったわ、ツナくん」
ちょっと悪戯っぽく笑って名前を呼ばれ、ちょっと照れる。
そんなオレを見て昴琉さんは優しく微笑んだ。
……ヒバリさんが昴琉さんに惹かれたのも無理ないや。
こんなに綺麗に笑うヒトなかなかいないよ。
「さ、こちらへどうぞ!」
ハルと京子ちゃんは嬉しそうに席へ案内してくれる彼女の後について行く。
はぁ〜、本当に昴琉さん優しいなぁ。
ケーキ譲ってくれるなんて。
お陰でハルも京子ちゃんも元気になったし、本当に良かった。
昴琉さんのお陰でその日オレ達三人は、極上に美味しいチョコレートケーキを食べることが出来たのだった。
2009.2.22
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