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「雲雀くん。折り入ってお話したいことがあります」

「何だい昴琉?急に改まって」

「あたし、ここを出て行こうと思うの」

「……………は?」


あたしの発言に驚いたらしい雲雀くんは、彼にしては珍しく何とも間抜けな返事をした。
彼はあたしの顔を覗き込むと、冗談ではないと分かったのか怪訝そうに眉根を寄せた。
そして然も理由が分からないといったように訊く。


「…どうして?」

「どうしてって…この状況で言うかね、君」


身動きの取れないあたしは唯一自由な手で炬燵の天板をバンバン叩いた。
何で身動きが取れないかといえば、雲雀くんが先に炬燵に当たっていたあたしを抱き込むように後ろに座って炬燵に当たっているからで。
雲雀くんは更にぎゅっとあたしに抱きついて、首筋に唇を寄せる。


「昴琉と一緒に炬燵に入ってるだけじゃない。何か問題ある?」

「大ありよっあたし、こっちに来てから雲雀くんがまともに仕事してるとこ見たことないんですけど」


そうなのだ。
こちらに来てからというもの、雲雀くんときたらずーーーっとあたしにべったりくっついて離れないのだ。
あたしを部屋に残して何処かに行くこともあるけど、1時間と経たずに戻ってくる。
たまに指示を仰ぎに現れる草壁くんと何やら仕事らしい会話をしてはいるが、それだって大した時間じゃない。
風紀財団がどんな仕事をしているのかは知らないけれど、雲雀くんの側近を務めている草壁くんが彼の分まで奔走しているのは明らかだ。

だって、草壁くんクマ出来てるもの。

あんなにキチンとセットされていたリーゼントがちょっと乱れていたりするのを目にすると、何だか居た堪れない気持ちになる。
雲雀くんには辛い想いをさせてしまったから暫くは彼の好きにさせておこうと思ったけれど、流石にそろそろ草壁くんが可哀想になってきた。
あたしの咎める口調に雲雀くんは面白くなさそうに答えた。


「最低限の仕事はしてる」

「あくまで『最低限』でしょ?年が明けたら仕事するって言ってたじゃない。
 君の代わりに飛び回ってる草壁くんが可哀想だよ」

「哲はあれくらいの仕事量で音を上げるような男じゃないよ」

「あのねぇ…音を上げてからじゃお仕舞いでしょ?」

「……昴琉は僕と一緒に居たくないの?」


徐々に彼の機嫌が悪くなってきているのはひしひしと感じるが、ここで折れるわけにもいかない。


「そりゃあたしだって雲雀くんと一緒に居たいけど…」

「なら構わないでしょ」


そう言うと雲雀くんはあたしの顎に手を当ててぐぃっと自分の方に向かせた。
間髪を容れずに唇を塞がれる。

ま、まだ話の途中…!

そんなことはお構いなしと言わんばかりに雲雀くんは深く口付けてきた。
抵抗する気力を奪い去るような激しいキスに翻弄される。
あたしの息が上がるまで執拗にそれを続けた雲雀くんは、唇を離すと今度はくたりと力の抜けたあたしの額に愛おしむように軽くキスをした。
こんな時ですらキスをされて嬉しいと思ってしまう自分が情けない…。
あたしは小生意気な笑みを浮かべる彼をちょっと睨む。


「…誤魔化そうとしてもダメだからね」


雲雀くんは視線を逸らしてチッと舌打ちをした。
やっぱりなあなあにするつもりだったのね…。
乱れた呼吸を整えて、あたしは雲雀くんの頬にそっと触れた。


「君だってただ馴れ合う為にあたしをこちらに呼んだわけじゃないでしょ?
 ここにあたしがいることで君の仕事の邪魔をしたくないの。
 それに雲雀くん、仕事とプライベートはきちんと分けたいって以前言ってたじゃない。
 …あたしの言いたいこと、雲雀くんなら分かるよね?」


女のあたしが羨ましいくらい色白な彼の頬を撫でながら、優しく諭すように言う。
雲雀くんは一文字に口を結んで、真意を探るようにあたしの顔をジッと見つめてきた。
…迷っている?もう一押し、かな。
そう踏んだあたしは雲雀くんの首に腕を回して抱きついた。


「―――君はあたしの旦那様になる人なんだから、お仕事なんて軽いもんでしょ?」


彼の耳元で少し意識して甘えた声で囁く。
その途端に視界の端に見える彼の耳が赤くなるのが分かった。
あたしを抱き締める彼の指先にも一瞬だけ力が篭る。
雲雀くんは何か言いかけては口を開いては止め、溜め息を吐いたりを繰り返す。
そして暫くして諦めたように大仰に溜め息を吐いた。


「……分かったよ」

「ありがと、雲雀くん」

「でもここを出て行くことはないよ。
 僕が通常通りの仕事をこなせば問題ないんでしょ?」

「…絶対に仕事中に戻って来ない自信ある?」

「………新居は僕が探す」


自信、ないんだ。
否定しない彼が可愛くて、彼の首に回した腕にぎゅっと力を込める。
だってそれはあたしを何よりも一番に想ってくれているということだし、愛されているのだと感じてしまったから。
抱きつくあたしの髪を撫でながら、雲雀くんはまたひとつ溜め息を吐いた。


***


昴琉のことだからいつかは言い出すと覚悟はしていたけど。
僕の予想よりも早かったそれに、少し動揺した。
確かに彼女の言うとおりそろそろ哲だけでは回し切れないだろう。


ただ、僕は貴女の傍を離れるのが不安なんだ。


この僕が不安を感じるなんて。
毎朝目が覚めては自分の腕の中で眠る昴琉の体温に安堵する。
僕が昴琉の世界で生活していた時のことを思えば、突然彼女が消えることはなさそうだが…。
彼女もあちらの世界で同じような不安を感じていたんだろうか。
もしそうなら、彼女の精神力に感心する。
本当にこの小さな身体のどこにそんな忍耐力を持っているのやら。


新居か…。


自分で直接調べたいことや少しきな臭い仕事も舞い込んできているし、頃合いなのかもしれない。

僕が身を置いているこの世界は常に危険が付き纏う。
任務遂行の為には何日も日本を離れることだってある。
彼女を護るという面において、ここ以上に安全な場所はないだろう。
長期間彼女の傍にいられないのなら尚更だ。
だがこの屋敷にいれば聡い昴琉は僕の仕事内容に感付くだろうし、そうなれば要らぬ心配をかけることになる。

あちらの世界で僕が撃たれたと勘違いして病院に駆けつけてきた時の彼女の顔を思い出す。

あの時でさえあれだけ取り乱したんだ。
昴琉は出来る限りそういうことから遠ざけておきたい。
貴女には笑顔でいて欲しいから。

それに他の草食動物達と群れさせたくないしね。
屋敷に居れば跳ね馬や沢田綱吉の時の様な事が頻繁に起こる可能性がある。
正直哲と群れるのだって見たくない。

昴琉と僕、二人だけの家か。
あちらでは出勤する彼女を見送るのは僕の役目だったけれど、今度は逆になる。


―――――昴琉に見送られて出勤するのも、悪くない。


そして帰宅して玄関のドアを開ければ笑顔の彼女が出迎えてくれる。
昴琉と過ごす時間が減るのは不服だが、それは何だかとても魅力的で。

新居の当てがないわけじゃないしね。

僕は仕方なく、だけど少しだけ期待に胸を膨らませて新居を探すことにした。



2009.2.7


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