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59


草壁くんの案内で客間に辿り着く。
彼は少々緊張した面持ちでネクタイを締め直すと、あたしの方を振り返った。
こくりと頷くと、草壁くんは「失礼します」と声をかけ、一拍置いて襖を開けた。
こちらに視線を投げた雲雀くんはあたしの姿を捉えると、途端に眉根を寄せた。


「哲、これはどういうことだい?
 僕は君に昴琉を見張っているように言ったはずだよ」

「も、申し訳ありません。ですが恭さん…」

「言い訳は聞きたくないよ。早く昴琉を連れて戻って。
 後で君、咬み殺すから覚悟しておきなよ」

「待って、雲雀くん!あたしが無理矢理草壁くんに頼んだの」


立ち上がってこちらにやって来た雲雀くんと草壁くんの間に、あたしは両手を広げて庇うように割って入る。
雲雀くんはあたしの前に立って冷たい視線で見下ろしてきた。


「昴琉。僕はダメだと言ったはずだよ。早く部屋に戻るんだ」

「嫌よ。どうしてもあたし沢田綱吉くんにお礼が言いたいの」


あたしは負けじと彼を見上げて言う。
視線を合わせているこの僅かな間にも、彼の機嫌がどんどん悪くなっていくのが手に取るように分かる。
―――雲雀くん、本気で怒ってる。
でもすぐそこに会いたい人がいるこのチャンスを、逃すわけにはいかない。
もう一度お願いしようと口を開きかけた時、「あの〜」と控えめに声をかけて近寄ってきた人物がいた。
大きな瞳にツンツンはねた茶色の髪が印象的だ。


「ヒバリさん、もしかしてその人…桜塚昴琉さんですか?」

「君には関係ないよ」

「沢田、綱吉くん…?」

「え?あ、はい」

「やっと会えた…!」

「ちょっと、昴琉…!」


あたしは制止する雲雀くんの横をすり抜けて、沢田くんの方へ駆け寄る。
やっと会えた感動から彼の手を取りぎゅっと握り締めた。


「初めまして、桜塚昴琉です。
 大事なお話中だとは思いますがどうしてもお礼が言いたくて…。
 雲雀くんからあたしをこちらに呼ぶ為に尽力してくださったって聞きました。
 …本当にありがとうございます」

「い、いえ!オレひとりの力じゃないし、逆にお礼言われると心苦しいっていうか…。
 二人を離れ離れにしてしまった原因はオレですし。ずっとオレも謝りたいって思ってました。
 ―――貴女には辛い決断をさせてしまって…ごめんなさい」


沢田くんは初め、あたしの勢いに目を白黒させていたが、少し気落ちしたように謝った。
骸くんに見せてもらった記憶通りの子だ。
あの頃よりも随分大人びた表情をしているが、素直で優しい性格はそのままに成長したらしい。
きっとあたしがこちらに来れると確定するまで、自分の責任だと気に病んでくれていたに違いない。
それを思うと胸がきゅぅと狭くなる。


「…いいんです。確かに雲雀くんと離れ離れになって辛かったけれど、またこうやって貴方は逢わせてくれたんだもの。
 それに雲雀くんをこちらに帰すと決めたのはあたし自身。貴方が気に病むことじゃないわ。
 きっとあの別れがなければ、あたしはあちらの世界で彼を引き止めてしまったことを後悔して、ずっと不安に駆られて過ごしていたと思うんです。
 雲雀くんにはあたし以上に辛い想いをさせてしまって悪いとは思うけど、きっとこれで良かったんです。
 だから本当に感謝してもし足りないくらいなの……もう一度言わせて。
 沢田綱吉くん、あたしを雲雀くんに逢わせてくれてありがとう」

「桜塚さん…」


握っていた彼の手を胸の前に持ち上げて心から感謝の意を述べると、沢田くんは少し照れたように、けれどどこかホッとしたように笑った。
これでやっとお互いの心にあった申し訳ないと思う気持ちが消えた気がする。
強引に押しかけてしまったけれど、やっぱり会ってお礼が言えて良かった。

その時何の前触れもなくあたしと沢田くんの間を上から下へシュンッと音を立てて何かが遮った。
次の瞬間沢田くんが腕を抱えて飛び跳ねる。


「い、痛てーっ!」

「いつまで群れてるの?咬み殺すよ」

「ひ、雲雀くん!」


何と雲雀くんがあたしが握っていた沢田くんの腕を手刀で叩き落したのだ。
な、何てことを…!
咬み殺すよってもう先に手が出てるじゃないの…ッ


「ヒバリ!てめー10代目に何しやがる!」


沢田くんの後ろに控えていた銀髪の男性が熱り立つ。
あたしも突然目の前で振るわれた暴力に抗議しようと彼を振り仰ぐ。
すると雲雀くんに有無を言わさず唇を塞がれ、ガッチリと彼の逞しい胸に閉じ込められてしまった。
ちょ、ちょっとぉぉぉ!!!


「んはぁ、ちょ…ひばっんんっ…んーっんーっ」


人目を憚ること無く深く口付けてくる雲雀くんに抵抗するが、力で勝てる訳もなく彼の為すがままにされる。
周りは突然の暴挙に続く濃厚なキスシーンに、顔を真っ赤にして固まっている。
あまりに驚いたせいか、みんな目を逸らすことも忘れて凝視している。
そんなことはお構い無しに静かな室内に響くよう、わざと音を立てて雲雀くんはキスを続ける。
羞恥心で気が狂いそうだ。

人前でキスするなんて信じられない…!!
こんの…悪ガキ…ッヤキモチも大概にしなさいよ…っ
こんな方法で僕のモノ宣言するなんて、考えが幼稚過ぎるっ
大体この間車の中で見せるのは嫌だって言ってたのに…!

窒息しそうなほど激しいキスからやっと解放された時には、あたしはもう怒り心頭に発していた。

気が付いた時には彼の頬をバチーンッと平手打ち。

予想外に綺麗に入ってしまって、平手打ちをかましたあたし自身が驚いてしまった。
沢田くんも銀髪の人も草壁くんも真っ赤だった顔を一気に蒼褪めさせた。


「ぁ…ご、ごめん」


打たれた雲雀くんも予想外だったらしく一瞬驚きに目を見開いていたが、すぐに口をへの字に曲げた。
そしてあたしを素早く捕まえて抱き上げる。


「い、嫌!雲雀くん下ろして!」

「哲、僕の代わりに話を聞いておいて。
 それから暫く部屋に誰も近付けさせないでね」

「へ、へぃ」

「雲雀くん…!あたしまだ話が…っ」

「昴琉」


言いかけて、止めた。
雲雀くんのあたしを見下ろす瞳に先程よりも濃い怒りの色がはっきりと見て取れたから。
こ、怖い…!
バタつかせていた手足も恐怖心からピタッと止まる。
大人しくなったあたしを抱え直すと雲雀くんは沢田くんの方に向き直った。


「これは僕のモノだから。勝手に群れたら咬み殺す。いいね?」

「わ、分かりました!ごごごごごめんなさい!!」


沢田くんは見ているこちらが可哀想になるくらいあわあわと怯え謝った。
雲雀くんは彼の答えを聞くとフンと鼻を鳴らし、あたしを抱えたまま客間を後にした。


***


桜塚さんを抱き上げてヒバリさんが出て行くのを見送って、オレは胸を撫で下ろした。
ヒバリさん相変わらず怖い…!
っていうかそのヒバリさんに平手打ちをかました桜塚さんも凄い…。
腕を摩っていると獄寺君が心配そうに声をかけてきた。


「お怪我はありませんか、10代目」

「あ、うん。大丈夫だよ、獄寺君」

「しっかし、驚きましたね。ヒバリがあんな破廉恥野郎だったとは…」


さっきのキスシーンを思い出したのか、獄寺くんが顔を赤くしながら言う。
た、確かにあれは凄かった…。
オレ初めて身近なヒトがキスしてるの見たよ…。
しかもヒバリさんの……うわ、今晩夢見そう。
でも…。
ヒバリさんに手刀を食らって赤くなった手を見ながら思わず頬を緩ませていると、獄寺君が首を傾げた。


「どうしたんスか10代目。笑ったりなんかして」

「良かったなと思ってさ」

「良かった?」

「獄寺君さ、桜塚さんの左手見た?」

「いえ。自分は10代目の後ろに居たんで…左手がどうかしたんスか?」

「あのね、彼女左手の薬指に指輪嵌めてたんだよ」

「あぁ!あの時の指輪ッスか?」

「うん。だからちゃんと渡せて上手くいったんだなって思ってさ」

「…そうッスね。苦労してこっちに呼んだのに上手くいってなかったらやっぱ嫌ッスもんね」


獄寺君は二人が出て行った方を見ながら苦笑した。
桜塚さん、優しそうなヒトだったな。
辛い想いをさせた張本人のオレの手を握って、お礼言ってくれるなんて正直思わなかった。
責められて当然だと思ってたのに。
彼女の温かい手と優しい笑顔に、オレの中で燻っていた後ろめたい感情はすっかり掻き消されてしまった。


「オレさ、あのヒトがヒバリさんを好きになってくれて良かったって思うよ」

「10代目…」

「あぁ、でも大丈夫かな。ヒバリさん凄い怒ってたよね」

「ご心配には及びません。
 ヒバリは不器用な男ですが、桜塚さんのことは本当に大切にしてらっしゃいますよ。
 彼女がこちらに来てから殆ど傍を離れませんからね」

「あの一言目には『群れるな』って言うヒバリさんが…?」

「えぇ。ですから大丈夫ですよ。
 ただヒバリの愛情表現に彼女自身が持つかどうか……」

「え?!」

「そ、そんなに凄いのか…?」

「ご、獄寺君!何訊いてんの?!」

「それはもう…」


スッと目を逸らして小声で言った草壁さんの一言に、オレと獄寺君は一瞬で真っ赤になった顔を互いに見合わせた。
草壁さんも何答えちゃってんのー?!
あ、愛情表現って…!
さっきのキスがあんなだったのに…って違う!
想像しかけた妄想を振り払うようにブンブン振って頭から追い遣る。


桜塚さん…どうかご無事で…!



2009.1.23


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