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58


遠く離れた世界にいる遥、元気に過ごしていますか?
優しい遥はきっと心配していると思うけど、あたしは大丈夫。
まだ来たばかりでこちらの生活には慣れないけれど、雲雀くんと幸せに暮らしています……と言いたいところだけど。


―――つい先刻からあたしは軟禁状態にあります…とほほ。


***


どうしてこんなことになっているかというと、それは30分ほど前ボンゴレ10代目が雲雀くんを訪ねてここへやって来たことに始まる。
未だあたしは風紀財団の秘密施設のお屋敷に厄介になっていて。
雲雀くんと一緒に午後のお茶をしていたところへ、草壁くんが沢田綱吉くんの来訪を告げにやって来た。
草壁くんは外で一声掛けてから、襖を開けた。


「恭さん。沢田さんがお見えですが、こちらへお通ししますか?」

「いや、客間にして」

「へぃ」

「ちょっと行って来る」


スッと立ち上がった雲雀くんにあたしは慌てて声をかけた。


「ねぇ、雲雀くん。あたしも会えないかな?」

「誰と…?」

「その…沢田綱吉くん」

「……」

「あたしがこっちに来れるように力を貸してくれたんでしょ?
 ちゃんと会ってお礼が言いたいの」

「…ダメだよ」


さっきまで穏やかにお茶を飲んでいた雲雀くんは途端に不機嫌になった。
何で機嫌悪くなるの…?!


「大事なお話ならそれが済んだ後でいいから。お願いっ」

「ダメなものはダメだよ。貴女は大人しくここで待ってて。
 この間みたいに勝手に部屋から出たら咬み殺すから」

「えぇ?!ちょ、ちょっと待ってよ、雲雀くん!」

「哲。昴琉が外に出ないように見張ってて」

「へ、へぃ」


雲雀くんはあたしの声に全く耳を貸さず、ピシャッと襖を閉めて行ってしまった。
な、何なのよ…!
もしかしてまだディーノさんの時のこと根に持ってる…の?
広い部屋にひとり取り残されて、あたしは雲雀くんの嫉妬深さに脱力するしかなかった。


***


そんな訳で今に至るんだけれど。
この機会を逃せば一生会わせてもらえない気がする。
どうにか抜け出して客間に行きたい。
畳の上を思考を巡らせながらぐるぐる歩いていたあたしは、外の様子を見る為に襖に忍び足で近寄った。
膝をついてそーっと襖を開ける。


「桜塚さん」


すぐに窘めるような声が飛んできた。
雲雀くんに見張りを頼まれた草壁くんが、廊下に座ってこちらに困った視線を向けている。
彼はあれからずっとそこにいてあたしが抜け出さないか目を光らせていた。
沢田綱吉くんに会う為にはまずこの雲雀くんに忠実な側近をどうにかしなくては…。
あたしは彼ににっこり笑いかける。


「草壁くん…今日もリーゼントが素敵ね」

「ありがとうございます。ですが部屋からはお出にならないで下さい」


ぴしゃりと断られる。
うぅ…こんなおべっかじゃダメよね。
深呼吸をして今度は真剣に草壁くんの目をジッと見つめて言う。


「…草壁くん、お願い。あたしどうしても沢田綱吉くんに会いたいの」

「いけません。貴女をここから出せば私が恭さんに怒られます」

「そこを何とか」

「…恭さんの性格を桜塚さんもご存知でしょう?」


溜め息混じりにそう言われては黙るより他ない。
雲雀くんなら絶対咬み殺す。
多分草壁くんは彼愛用のトンファーの餌食になるのは間違いない。
恐らくあたしに手を上げることはないだろうが、違う意味で咬み殺されるのは想像に易い。
恨めしい視線を向けるあたしに、草壁くんは苦笑いを浮かべた。


「それに、あの方の気持ちも分かってあげて下さい」

「雲雀くんの、気持ち…?」

「えぇ。この5年間、恭さんは貴女をこちらに呼び寄せることだけを考えて毎日を過ごしていらした。
 傍から見ているこちらが切なくなるほどに、それはもう一途に。
 ですからやっと貴女に逢えて、嬉しくて大切にしたくて仕方がないんですよ。
 私も恭さんとは長い付き合いになりますが、あんなに優しく笑う彼は今まで見たことがない」

「草壁くん…」

「本当は片時だって離れたくないんだと思います。
 まして自分以外の誰かの目に触れさせるのも嫌なんでしょう。
 たとえそれが桜塚さんをこちらに呼ぶ為に尽力してくれた沢田さんであっても」
 

「ですから聞き分けて下さい」と草壁くんは申し訳なさそうに言って頭を下げた。
そっか…彼は誰よりも一番近くで雲雀くんを見てきたんだ。
雲雀くんが髪を切らせるくらい信用している側近。
あたしと雲雀くんが出逢う前から一緒にいたんだもの。
あたしよりもずっと彼のことを理解しているんだと思う。
だから草壁くんの言うとおり雲雀くんを怒らせない為にも、大人しく待っていた方がいいんだろうとは思う。
―――だけど。


「それでも、ううん、だからこそあたしちゃんとお礼が言いたいの。
 この5年間あたしを呼び寄せる研究に協力することで、雲雀くんが辛く想う時間を少しでも減らそうとしてくれたんだから。
 きっとあの子は何も言わないだろうけど、心の中では感謝してると思う。
 ……草壁くんも雲雀くんの傍にいてくれてありがとう」


あたしは居住いを正して畳に指を突き、草壁くんに頭を下げた。
雲雀くんが言わない代わりにせめてあたしが感謝の意を伝えたい。
こんなことしたって足りないくらいに、本当に感謝してるの。
天邪鬼な雲雀くんの下できっと無理難題を押し付けられて奔走してくれたと思うから。
突然頭を下げられた草壁さんはたじろいだが、諦めたように大きく溜め息を吐いた。


「やれやれ……分かりました。客間にお連れします」

「本当?!」

「全く桜塚さんには敵いませんね。
 お叱りは私が受けますから、存分に沢田さんにお礼を言って下さい」

「ありがとう…!雲雀くんにはあたしが我が侭を言ったんだってちゃんと説明するわ」

「それで恭さんが納得するとは思えませんが…貴女にそう言って頂けると何だか心強いですね。
 いい機会です。私からもお礼を言わせて下さい。
 ―――桜塚さん、こちらに来てくださって…恭さんを選んでくださってありがとうございます。
 不肖ながらこの草壁哲矢、誠心誠意お仕え致します」


今度は草壁くんが深々と頭を下げた。
本当にこの人は雲雀くんを心から慕っているのだと思った。
雲雀くんが好きになったあたしのことさえ、同じ様に扱い慕ってくれようとしている。
なんて懐の深い人だろう。
だからこそ天邪鬼な雲雀くんの傍に居られるし、彼も傍に置くのだろう。


「…ありがとうございます。でも出来ればあたしとは友達でいて欲しいわ」

「友達…ですか?」


不思議そうに草壁くんが顔を上げる。


「そう、友達。あたしと出逢う前の雲雀くんのことなんかを、こっそり教えてくれると嬉しいんだけど」


悪戯っぽく言うと草壁くんは数回瞬きをする。
でもすぐに「喜んで」と苦笑した。


「さぁ、急ぎましょう。
 こうしている間にも沢田さんが帰ってしまうかもしれません」

「えぇ!」


苦笑いを浮かべながら立ち上がり、歩き出した草壁くんの後について行く。
雲雀くんに怒られるのは嫌だけど、このままお礼も言えずにこちらの世界で過ごすのはもっと嫌。

沢田綱吉くんか。

骸くんに見せてもらった記憶の映像では小さな男の子だった。
今はどう成長しているんだろうか。
期待に胸を膨らませてあたしは板張りの廊下を急いだ。



2009.1.17


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