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57


―――――結局炬燵で年越ししてしまった。

雲雀くんより先に目が覚めたあたしは、彼の腕の中でお正月早々自己嫌悪に陥っていた。
いやね、ほら年の初めくらいきちっとしておいた方がいいかなと思うのですよ。
こちらに来て初めてのお正月だし…。
要は気の持ちようなんだけれど、初めがだらだらだと結局ずっとだらだらが尾を引きそうで。

でもまぁ、いいか。

お布団で寝ようが炬燵で寝ようが、結局は雲雀くんと一緒なんだし。
そーっと顔を上げて彼の寝顔を覗き見る。
長い睫毛は下りたまま。
スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
そのあどけなさが残る寝顔はあたしのよく知っている中学時代の君。
ちょっと温かい気持ちになって頬が緩む。

ん…ちょっと寒いなぁ。
雲雀くんが傍にいるとはいえ、火のない炬燵は寒い。
スイッチは雲雀くんの頭のちょっと上だ。
あたしを抱く彼の腕は緩んでいるが…どうしよう、動いたら起きちゃうよね。
そっと手を伸ばしてみるがやはり届かない。

どうか雲雀くんが起きませんように。

ゆっくりと慎重に亀の歩みの如く身体を少し浮かせ上にずらす。
薄い炬燵用の敷き布団で寝ていた為に痛む身体でこの体勢はきつい。
けれど何とか手を伸ばしてスイッチを掴んだ。
パチッとスイッチを入れるとじんわりと炬燵の中が暖かくなる。
よし、ゆっくり元の位置に戻ろう。
そう思って動こうとした時、下の方から声がした。


「…僕は夢を見ているのかな。昴琉が元旦から誘ってる」

「へ?!」


下を向くと目を覚ました雲雀くんの顔の目の前に、丁度あたしの胸があった。
慌てて身を離そうとしたが、逃げる間も無く雲雀くんに抱き寄せられてしまった。


「ちょっと…!雲雀くん、や…っ」

「昴琉、柔らかい」


身を捩って逃れようともがくけれど、雲雀くんはあたしの胸に益々顔を埋める。
彼のふわふわの髪と呼吸が襟元から覗く素肌を擽る。
そこへ不意にキスなんてされたから、堪らない。
このままじゃまた雲雀くんのペースに巻き込まれてしまう。
徐々に熱を帯びる身体を無視して、未だ冷静な頭で彼が興味を持ちそうな提案を持ちかける。


「ね、ねぇ、雲雀くん!折角初めて一緒に過ごすお正月だし、初詣行こうよ」

「僕に群れろって言うの?嫌だよ。草食動物の群れに混じって初詣の列に並ぶなんて。
 それならここで貴女を咬み殺す方が生産的だと思わないかい?」

「せ、生産的って…!」


何を生産するつもりよ…ッあぁ、もう!
あたしは雲雀くんの頭をがっちり両手で捕まえて胸から引き剥がした。
ムスッとした顔であたしを見上げる彼にちょっと怯むが、ここで負けてはいけない。
出来得る限りの猫撫で声で頼み込む。


「ねぇ、お願い。あたしクリスマス以来外出してないし…。
 雲雀くんと一緒にデートしたいの…ダメ?」


そうなのだ。何故か雲雀くんが外へ出してくれない。
ご飯は作っているが、食材やその他に必要な物は全て草壁くんが買って来てくれている。
お屋敷内の庭園に出て日向ぼっこが関の山。
―――正直毎日仕事に行っていた人間としては息が詰まる。
雲雀くんはあたしの言葉に頬を赤くしたかと思うと、スッと視線を逸らした。


「…分かったよ。全く…昴琉には敵わないな」

「やった!ありがと雲雀くん」

「但し条件がひとつ。それが呑めるなら初詣に行ってもいいよ」


そう言って雲雀くんは形の良い口に不敵な笑みを浮かべた。


***


「わぁ…やっぱり凄い人」


参拝客の列の最後尾につきながらあたしはひとりごちた。
雲雀くんと一緒にやって来たのは『並盛神社』。
あたしがこちらに呼ばれて初めて来た場所だ。
あれ以来骸くんは夢にも現れず、こちらに連れて来てくれたお礼も言えていない。
元気にしているんだろうか…。


「どうしたの、ボーッとして。苦しい?」

「え?ううん、大丈夫」


少し心配そうにあたしを見下ろす雲雀くんに首を振って笑顔を向ける。
雲雀くんの出した条件は、何てことはない、振袖を着ることだった。
彼のことだからどんな無理難題を言ってくるかと思ったけど、意外に普通でホッとしたのだけれど。
着付けなんて出来ないって言ったら、彼に美容室に連れて行かれてまんまと着せられてしまった。
確かに着慣れないからちょっと苦しいけどここまで歩いてくる間に大分慣れた。
因みに雲雀くんも和服。
浴衣の時も思ったけど、雲雀くんて凄く着物が似合うんだよね。

……それにしても列が一向に進まない。

並んで10分くらい経ったかな。
雲雀くんの顔を下から覗き見れば、案の定不機嫌丸出し。
うーん、どうしよう…このままじゃ彼暴れ出すんじゃ…。
新年早々雲雀くんの機嫌を損ねるのも嫌だな…でもあたしから言い出したし…。
何か彼の気を逸らすいい話題はないかと考えを巡らせていると、急に手を握られた。


「限界」

「あっちょっと雲雀くん…!」


彼はあたしの手を引いて列を抜け出した。
早足の彼に草履でついていくのはなかなか辛いものがある。
何度か転びそうになりながらも混雑する境内をすり抜け、人のまばらな場所まで来た。
すると雲雀くんは足を止め振り返り様にあたしを抱き締めた。
訳が分からず彼の名を呼んでみる。


「雲雀くん?着物にお化粧付いちゃうよ」

「貴女側に並んでた屋台の親父がずっと昴琉のこと見てた」

「へ?気のせいでしょ」

「見てたよ。僕が睨んだら慌てて視線逸らしたんだからね」


抱き締められているから彼の顔は見えないが、声が本当に不機嫌そのもので。
…全くもう。独占欲が強いのも困りものね。
ただでさえ着物を着ていると人目を惹くんだから仕方ないじゃない。
自分だって女の子の視線集めてるのに…。

さて、どうしたものか。

今更長蛇の列に戻る気にもならないし、御参りは諦めよう。
何も必ず元日に御参りしなきゃいけないということもない。
でも折角来たし何かしたいなぁ…。
その時幾つも結ばれた白い紙が視界の隅に映った。


「ねぇ雲雀くん、御参りはまた出直すとしておみくじでも引いてみない?」

「おみくじ?」

「うん。あたしね毎年運試しのつもりで引いてるんだ。
 だから雲雀くんも一緒に引こうよ。どっちがいいおみくじ引けるか勝負よ」

「…勝負事なら引き受けないわけにいかないね」


彼は抱いていた腕を解くと不敵に笑った。
おぉ、機嫌直った。相変わらず勝負事は好きなのね。
「早く行こう」と手を引く彼に思わず笑みが零れてしまう。

おみくじ売り場は少々混んではいたがすぐに順番が回ってきた。
こちらに来て初めてのおみくじだしちょっと緊張するな。

どうかいい結果が出ますように!

あたしは横の小箱に100円玉を入れ、袖を巻くって思い切っておみくじの入った箱に手を突っ込み一枚選ぶ。
雲雀くんも引いて、また人を避けて先程の場所まで戻った。


「よし、勝負よ!雲雀くん」

「望むところだよ」


二人でおみくじを開く。
ドキドキしながら開けたあたしのおみくじには『大吉』の文字。
ふっふっふ。これは勝ちも同然ね。
あたしは勝利を確信して満面の笑みで雲雀くんにおみくじを見せた。


「参ったか!『大吉』よ!」

「残念だったね。僕は『大大吉』だよ」

「……は?」

「だから、『大大吉』」


勝ち誇った笑みで彼が見せてくれたおみくじには、確かに『大大吉』と書いてある。
な、な、な、何それーーーーー!!!
生まれて初めて遭遇した『大大吉』のおみくじを、あたしは穴が開く勢いで凝視する。
「僕の勝ちだね」と雲雀くんは得意気だ。
何度見たっておみくじに書かれた『大大吉』が変わることもなく。
一体何の冗談よ……く、悔しいけど仕方ない。潔く負けを認めるか。


「あーぁ、負けちゃった。まさか『大吉』の上があるなんて…勝てると思ったのになぁ」

「僕も初めて見たよ」

「―――でも良かった」

「…負けたのに?」

「うん。だって雲雀くんが幸せに過ごせるってことでしょ?
 それなら負けたって構わないわ」

「昴琉…」


負けたのは悔しいけれどそう思うと嬉しくて。
にっこり笑って彼を見上げると、雲雀くんは目を閉じてフッと笑った。
そして何を思ったかいきなりあたしの帯に自分が持っていた『大大吉』のおみくじをぐぃっと突っ込んだ。


「貴女にあげる」

「でも…!それじゃ雲雀くんが…」

「僕は昴琉が幸せな方が嬉しいから」


そう言って綺麗に微笑んだ雲雀くんはあたしの頬にキスをした。
ドクンッと大きく心臓が波打つ。
―――あぁ、本当に君はあたしを喜ばせる天才だ。
勿体無くて結んでなんて帰れない。
今度はあたしのおみくじを雲雀くんの帯にえぃ!と押し込む。
彼はきょとんとしてあたしを見つめた。


「あたしのおみくじは君にあげる。『大吉』だって凄いんだから幸せになれると思わない?」


そう言って彼の帯をポンポンと叩くと、「うん」と頷いて彼は柔らかく笑った。


「さて、帰ってお雑煮でも食べよっか」

「いいね」


再び手を繋いで。
お互いの帯に幸せの白い紙片を忍ばせたまま。
あたしと雲雀くんはちょっと遠回りをしてお屋敷まで帰った。



2009.1.7


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