03
「一体どういうことなんだろうねぇ…」
朝食を食べ終え食後のコーヒーを啜りつつ、あたしは首を捻った。
目の前にはさっき渡した服に着替えた雲雀くんが座って、同じくコーヒーを飲んでいる。
彼はあたしが寝てしまった後もパソコンで彼がいたという並盛町を探していたらしい。
けれど手がかりは掴めなかったようだ。
雲雀くんは『並盛』を検索すると牛丼ばかりヒットするってムスッとしてた。
そりゃそうだろうと思ったけど、からかうのも大人気ないからあたしはからかわなかったよ?
そんなこと競う辺り、既に精神年齢低いんだけどね。
「ご両親とかお友達とか、電話してみたら?」
「貴女が寝てる間に掛けたよ。どれも知らない人に繋がった」
「そんなぁ!」
「全く不審な点ばかりだよ。
鍵の閉まったこの部屋で僕が寝ていたり、携帯も通じないし、並盛の影すらない。
どうやってここに来たのかも分からない」
目の前に一緒に座ってコーヒーを飲んでいた雲雀くんは大きく溜め息を吐くと、両肘をテーブルの上について両手を組み合わせ顎を乗せた。
伏目がちなその表情が、少し淋しそうに見えるのは気のせい…じゃないよね。
昨日からずっと俺様的態度と口調でそんな素振り見せなかったけど、自分の知らない町に来たら、しかも帰り方が分からなかったら誰だって不安になるよね。
あたしだったらきっと泣いちゃうかも。
しかも彼、大人っぽく見えるけどまだ中学生なんだよね…。
うだうだ考えてるうちにあたしは雲雀くんを見つめてたみたい。
視線を上げた彼とバッチリ目が合った。
「…何見てるの」
「え!あー、えーっと!
これだけ探しても見つからないって何でかなぁって考えてただけよ」
「一応言っておくけど、僕は嘘は言ってないからね」
「う、うん。そういうことじゃなくて、ね。
パラレルワールドだったりしてとか思ったりなんかしてたのよ」
う、言い訳するにも突拍子もないこと言っちゃったかも。
雲雀くんちょっとビックリして目を見開いてるじゃんか。
「……意外とそうかもしれないね」
「え…?」
「そうすれば幾つかの不審な点は説明がつく」
あれ、納得しちゃった?
よく小説とか漫画なんかで出てくるけど、本当にそんなことあるのかなぁ。
ある日突然異世界に飛ばされちゃうとか、さ。
雲雀くんが嘘を吐いているようには思えないし、正直答えのないことを考えるのが辛くなってきた。
「よし!雲雀くんはこことは違う世界から来たってことにしよう。そうしよう!」
「……考えるの面倒になったんでしょ」
切れ長の目を細めて雲雀くんが睨んできた。
す、鋭いなぁ。
雲雀くん顔の作りが結構綺麗だから、そう睨まれると怖さ倍増するんですけど。
「…まぁ、僕もそろそろ考えるの疲れてきたからいいけど」
「あ、でもさ。どうやって来たかも分からないんじゃ、どうやって帰ればいいかも分からないんだよね?」
「それを今話してたんでしょ」
「あ、うん。そうなんだけど。突然ここに来たみたいに、突然帰れるかもしれないじゃない?」
「保証はないけど、ありえなくはないね」
「でしょ?それならあんまりぐだぐだ考えても仕方ないと思わない?
来ちゃったものは仕方ないし、雲雀くんがいた世界に戻れるまでの生活をどうするか考えなきゃ」
そう。そうなんだよ。
ここでは彼の身分を証明するものは何一つない。
普通だったら警察に連れて行かなきゃいけないんだろうけど、説明したって他所の世界から来ましたなんて話、信じてくれるとは思えない。
病んでると思われて病院に入れられちゃうかもしれない。
何より雲雀くんまだ中学生なんだよ。
働くにしたって限られた職にしか就けないし、生活が出来るほど稼げるとも思えない。
中学生が出来る仕事って、やっぱ新聞配達?
やだ、雲雀くんが自転車で新聞配達してる姿想像しちゃった!
似合わない…。
「ちょっと。何想像してるの。ニヤニヤして気持ち悪いよ」
「へ?あぁ、ごめん。
んー、雲雀くんさ、どうせ行く当てないんでしょ?」
「そうだね」
「あたししがないOLだから稼ぎ少ないし、貧乏生活でも良ければここにいる?」
「…見ず知らずの男に普通そんな事言う?」
「こんなに話して目の前にいるのに、見ず知らずの男だなんてもう思えないよ。
うちに飛ばされたのも何かの縁だし、幸いあたし一人暮らしだし、少年一人くらいなら面倒見れる甲斐性はあるわよ?」
ニッコリ笑ってそう言うと、またちょっと驚いたみたいで雲雀くんは目を丸くしたが、突然くつくつ笑った。
またあたし変なこと言っちゃったかなぁ。
困ってる人に手を差し伸べるのは普通だと思うんだけど。
一頻り笑った雲雀くんは、それでもまだ生意気な微笑を浮かべたまま口を開いた。
「僕にとっては有難い申し出だけど、貴女彼氏いるんでしょ?
流石に僕と住むのは不味いんじゃないの?」
「あー、昨日振られちゃったから!その心配はご無用です!」
「…そう。じゃぁ遠慮しないよ?」
雲雀くんはあたしの答えに大して驚いた様子も見せず、ちょっと意地悪そうな笑顔を浮かべたままでコーヒーを一口飲んだ。
きっとあたしが振られたことなんて、昨夜の時点でバレてたと思うけどね。
それでも雲雀くんはあたしが住ませるか、住ませないか選べるように彼の話を出したんだろう。
気を遣ってくれたのかな?
「まぁ、貴女が嫌だって言っても居座ろうと思ってたけどね」
……前言撤回。やっぱ俺様だわ。
昨日会ったばっかりでこんなこと言うのも変だけど、雲雀くんらしいや。
不思議な子だよね。
普通だったら今みたいな状況になったら、大人だろうが子供だろうがパニックになるだろうに。
肝が据わってるよ。
コーヒーを飲み終わった雲雀くんは、口に手を当ててふぁ〜っと大きな欠伸をした。
あ、ちょっと可愛いかも。
「あんまり寝てないの?」
「ん、調べ物してたしね。そんな暇はなかったよ」
「ご、ごめんね。手伝わないで寝ちゃったもんね、あたし」
「本当だよ。僕を差し置いて寝るなんていい度胸だよ」
「うぅ、ごめんってば!話も一段落したし、あたしのベッドで良かったら少し横になる?」
「添い寝してくれるの?」
「んな゛!」
「ククッ、冗談だよ」
またもや意地悪な笑みを浮かべた雲雀くんは、スッと立ち上がると寝室へ向かった。
…あ、イケない。大事なこと忘れてた。
「雲雀くん!大事なこと言うの忘れてた!」
「何」
「あたし、雲雀くんに名乗ってなかったよ」
「僕は知ってるよ、昴琉」
「へ?何で分かったの…?」
「それ」
彼が指を指す方向には、数日前に届いたまま置きっ放しだったあたし宛のダイレクトメール。
なるほど。
凄い観察力だな…一体何者よ、雲雀くん。
なんて感心してる間に彼はとっとと寝室に消えてしまっていた。
あ、もうひとつ言い忘れた…。
これからよろしくね、雲雀くん!
2008.2.25
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