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56


結局あれから食材を買い込んでお屋敷に帰り、調理場を借りて久し振りに雲雀くんにハンバーグを作ってあげたんだけど…。

それがもう思いの外大変だった。

どうしてって、雲雀くんが料理をしている間も纏わりついて離れなかったからで。
包丁を持っている時は流石に自重してくれたけれど、それ以外は調理場に立つあたしの後ろから腰に手を回して抱きついて離れない。
作り難いことこの上ない。
だってね、ちょっと気を抜くとすぐにキスしてくるんだもん。
そりゃあたしだって雲雀くんに触れられるのは嫌じゃないよ?
凄く嬉しいけれど料理中は勘弁して欲しい。
折角久し振りに手料理食べてもらえるんだし…集中して作りたいじゃない。
「いい加減にしないとハンバーグ食べさせないわよ」の一言に負けた雲雀くんは、つまらなそうにしながらも身体を解放してくれた。

勿論ご飯を食べ終わった直後、車の中でのやり取りも憶えていた彼にキスの嵐をお見舞いされたのは言うまでもない。
リップクリームを塗ってくれたのに、あたしが唇痛いのは都合良く忘れちゃうのね。

―――――本当にもう…唇痛いってば。


***


そんなこんなで雲雀くんに振り回されてあっという間に1週間が過ぎ、大晦日になってしまった。
年越し蕎麦も食べ終わり炬燵に入ってうとうとしながら、あたしはひとり年末特番を見ていた。
雲雀くんはお風呂に行っている。


お屋敷の中に雲雀くんは広い和室を一室あたしにあてがってくれた。
彼が仕事中暇を潰せるようにと、そこにテレビと炬燵も設置してくれたんだけど。
結局雲雀くんはその部屋に入り浸って、あたしの傍を離れなかった。
お陰で仕事を押し付けられた部下の草壁くんは、何度も雲雀くんの下へ足を運び指示を仰がなければならなかった。
それがあまりにも不憫で遠回しに咎めると、「来年からね」と笑って受け流されてしまった。

……相変わらずのマイペースっぷりだわ。

いや、寧ろ輪がかかっている気がする。
離れていた時はあんなに逢いたくて淋しくて仕方なかったのに、こうやってひとりでいることにホッとしているなんて。
―――贅沢よね…。
だけど、そう思えるのも雲雀くんが傍にいるからなんだと思うと嬉しい。


来たばかりで良く知らないけれど、こちらで今年一番流行ったらしいラブソングがテレビから流れてきた。
それはとても優しいメロディーで、心地好く耳に響いた。
炬燵のぽかぽか加減も眠気を誘う。
うーん…ヤバい。本気で眠くなってきた。
すると突然耳元で声がした。


「昴琉、こんな所で寝たら風邪引くよ」

「ん…あぁ、ビックリした…おかえり雲雀くん」

「ただいま。驚いているようには見えないよ」


炬燵に突っ伏したままのあたしの顔を覗き込んだ雲雀くんが苦笑した。
本当に驚いたんだよ、眠気が勝って身体が動かなかっただけで。
彼はあたしの背後に腰を下ろし、あたしを抱き込むようにしてもそもそと炬燵に入った。
ふわりとシャンプーの香りが鼻を擽る。
お風呂上りのせいか、いつもより彼の体温が高い。
炬燵と雲雀くんに挟まれてぬくぬく…って重い。


「重いよ〜、雲雀くん」

「うん」


やんわり抗議するが、彼はあたしの肩に顎を乗せて擦り寄ってきた。
首筋に彼の髪が触れて背筋がゾクリとする。


「ちょ、ちょっと。くすぐったい」

「うん」


あれ?何か反応が変。
今度はあたしの肩口に顔を押し付けてしまった。
まだ乾ききっていない漆黒の髪がはらりと流れるのが視界の隅に映る。


「……どうかした?」

「うん」


雲雀くんは同じ答えを繰り返す。
お風呂に入る前まであんなに元気だったのに、急にどうしたの?
欠伸を噛み殺しながら雲雀くんを促す。


「お姉さんに言ってごらん?」

「………昴琉は…」


一瞬言い淀んだ彼は、一度あたしを抱く腕に力を込めると小さな声をぽつりと零した。


「…僕が強引にこちらに呼び寄せたこと、怒ってるの?」

「へ?全然怒ってないよ」

「でも僕に触れられるの嫌がってる」


不満そうだけれど淋しそうな声色にあたしは目を瞬いた。
雲雀くんがこんなに気落ちするほどあたし邪険に扱った?


「…もしかして、僕と離れてる間にイイ人出来てた?」

「はぁ?」

「…主任とかさ。まだあの草食動物は貴女のこと諦めてなかったでしょ?
 もしかしてあの男と…」

「ちょ、ちょっと待った!」


あたしを置き去りに勝手に進む雲雀くんの言葉を慌てて遮る。


「何でそうなるの…!たった1ヶ月であたしが心変わりするような薄情な女だと思ってるの?」

「そうじゃないよ。ただ自分から別れを選んだ貴女が、いつまでも僕を引き摺ることはないだろうって…そう思っただけ。
 ……元彼の時だって、昴琉あっさりしてたじゃない」


面白くなさそうに呟く雲雀くんに開いた口が塞がらない。
もしかしてこの5年間あたしを呼び寄せる研究を進めながら、そんな心配してたの?
実に要らぬ心配。
昔の彼氏の話まで持ち出すなんて…案外根に持つタイプなのね、雲雀くん。
それでも諦めないであたしをこちらに呼んだのは、彼らしい行動なのだけれど。

…本当にしょうのない子。

手のかかる子ほど可愛いとはよく言ったものね。
あたしはそっと肩口に顔を埋めたままの彼の頭を撫でてやる。


「バカね。雲雀くんとアイツじゃ次元が違う」

「…じゃぁ、あの草食動物は?」

「主任?ん〜、確かにこちらに来る直前に交際申し込まれたけど、好きな人がいますってちゃんと断ったよ」

「昴琉の好きな人は…僕?」


まだ拗ねた様子の雲雀くんの頭に、あたしはコツンと自分の頭をぶつけた。


「当たり前でしょ。あたしの中は雲雀くんが思う以上に君のことでいっぱいなのよ?
 離れていた時もずっと、ずーっと君のことばかり考えてたわ。
 ちゃんと学校行ってるのかなとか、ご飯食べてるかなとか」

「…本当に?」

「うん。…主任とは雲雀くんより長い付き合いだし良い人だとは思うけど、それだけよ。
 大切なのは付き合いの長さじゃなくて、想いの強さだと思うんだけどな」
 
「………」


これだけ言ってもまだ納得しないのかい、雲雀くん。
食が細くなるほど君のことばかり考えていたっていうのに…。
あぁ、もう…っ言ってダメなら行動あるのみね。
あたしは思いっ切り背後の雲雀くんに体重をかけた。
タックルするくらいの勢いで、かなり強く押す。
突然のあたしの行動は彼の予測を上回っていたようで、体勢を崩した彼はあたしに回していた腕を解いて受身を取った。


「昴琉…?何を…?!!」


彼と炬燵に挟まれた狭い空間で何とか身体を捻り、雲雀くんの上に覆い被さって自分から口付けた。
驚いて開いた唇の隙を逃がさず、より深く口付けると彼の口から熱い呼気が漏れる。
いつもとは逆。
雲雀くんがいつもこうやってあたしに想いを伝えてくれるから、あたしがしても伝わるよね?

好きよ、雲雀くん。
だから変な心配しないでいいの。
あたしには君しかいないんだよ?

暫く口付けてからそっと離れて目を開けると、あたしの下で顔を赤くした雲雀くんが瞠目していた。
う…そんな顔で見ないでよ。
自分から押し倒してキスするなんて、本当は顔から火が出るほど恥ずかしいんだから…!
多分あたしの顔も雲雀くんに負けず劣らず真っ赤なんだろうけど、そこは大人の余裕を見せて誤魔化してみる。


「これでもあたしが触れられるの嫌がってるって言うの?」

「…昴琉」

「そりゃ急にこちらに来たし、戸惑いはあるよ?
 たった1ヶ月の間に雲雀くんは大きくなって、益々カッコ良くなってるし…。
 まだちょっと慣れなくて、つい構えちゃうのよ。
 だから他に好きな人が出来たとかそういうんじゃ断じてないからね。
 第一そうだったら指輪受け取ったりしないわよ」


見開いたままの彼の漆黒の瞳を真っ直ぐ見つめて言う。
雲雀くんはそれに耐えられなくなったようにスッと視線を外した。


「……参ったな。ちょっとからかうだけのつもりだったのに」


そう言って雲雀くんは自分の口を手で押えた。
え、からかう…?!まさか今の全部演技…?!!
さっきまでの雲雀くんは何処へやら。
既にいつもの小生意気な笑みを浮かべる雲雀くんに戻っている。


「貴女の口から僕が好きって聞ければ儲けモノだと思っていたけど、まさか昴琉からキスしてくれるなんてね。
 …本当に貴女は素晴らしいね。いつも僕の予想を超える」


不敵に笑った彼はあたしを自分の胸に引き寄せ閉じ込めた。
また彼に嵌められた…!
悔し紛れに雲雀くんの身体をポカポカ叩くと、愉しそうに彼は笑った。


「貴女の気持ちは信じていたけど、さっき言ったことも考えなかったわけじゃない。
 昴琉は優しい上に無防備だから、周りの男が放っておかないだろうしね」

「…雲雀くんこそどうなのよ。5年もあったのよ」


叩くのを止めて彼の服を握る。口に出して、ちょっと怖くなった。
離れていたこの5年間、ずっとあたしだけを想ってくれていたかどうかは分からない。
雲雀くんだって健全な男の子。
ましてこれだけルックスも良ければ、言い寄ってくる女の子だって沢山いただろうし、彼女が出来ていたっておかしくない。
雲雀くんは器用に体勢を入れ替えて、あたしを組み敷いた。


「それこそ愚問だね。僕は群れるのは嫌いだし、興味が持てる女性は昴琉、貴女だけだ」


熱を帯びた瞳に射竦められ徐々に心拍数が上昇していく。
雲雀くんが指を絡めるようにあたしの手を握った時、つけっ放しだったテレビから新年を迎えるカウントダウンが聞こえてきた。


「年が明ける」


鼻が触れそうなほど顔を近付けて雲雀くんが言う。
申し合わせたように5秒前から一緒にカウントを始める。


「「5、4、3、2、1……」」


テレビから流れてきたカウント0の声と共にキスを交わす。


「あけましておめでとう、雲雀くん」

「おめでとう、昴琉。……キス、続けていいよね?」


コクンと頷いて目を閉じると、雲雀くんは直ぐに唇を重ねた。
こちらに来て、本当に良かった。
好きな人と年を越せる幸せを噛み締める。
器用だけど不器用で、意地悪だけど優しくて。
結局あたしは雲雀くんが大好きで、甘えてくれるのを嬉しく思ってる。
それがたとえば意地悪で捻くれた甘え方でも。
これから毎年こうやって一緒に新年を迎えられるなんて、こんな幸せでいいんだろうか。


―――今は余計なことは考えず、雲雀くんの熱だけを感じていたい。


彼の優しいキスを受けながら、あたしは手探りで炬燵のスイッチを切った。



2008.12.31


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