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55


カフェを出たあたし達は一度車に荷物を置きに戻ることにした。
本当にね、服だけでわんさかあるのよ。
原因はさっきのコートみたいにあたしがいいなぁって見てるだけで、雲雀くんが何の躊躇もなしにレジに持っていっちゃうから。
しかもあたしの知らない間に。
そりゃね、正に着の身着のままでこちらに来ちゃったから、あたしの持ち物なんてないんだけどさ。
それにしたって徐々に揃えればいいじゃない。
トランクに紙袋を積み込みながら、心の中で溜め息を吐く。
雲雀くんってばいつもこんなお金の使い方してるのかしら…。
いくら稼いでるか知らないけどちょっと荒くない?
なんて思っていたら荷物を積み終えてトランクを閉めた雲雀くんに話しかけられる。


「他に買う物は?」

「あ、お化粧品欲しいかも」

「化粧なんてしなくても昴琉綺麗なのに」

「そう言ってくれるのは君くらいよ。それに今お手入れ怠ると年取ってから怖いんだから」

「ふぅん」


雲雀くんは不思議そうな顔をした。
そりゃ男の、まして若いお肌ぴちぴちの雲雀くんにしてみれば、女のそういう悩みは分からないだろうけど。
少しでも綺麗でいたいのよ、君の為にもね。
それにしても大量に買い物をしてしまったから、資金源が気になる。


「…お金平気?」

「そんなこと気にしなくていい」

「でも、結構使っちゃってるし…」

「今日は特別。それに貴女が思っている以上に僕は高給取りだから」


心配するあたしに彼は小生意気に笑って見せた。
こ、高給取りって…。
あれから5年経ってるっていっても、雲雀くん20歳そこそこよね…?
そりゃ財団トップともなればそのお給料なんてあたしみたいな一般人には予想もつかない額だろう。
それに雲雀くん、マフィアの方の仕事もしてるんだよね。
どんなことをしているのか分からないけど、高い報酬を貰えるだけ危険な橋を渡ったりしてるんじゃ…。
彼は一向に表情の曇りが晴れないあたしの頬に手を当てて上向かせた。


「僕に養われるのは不安かい?」

「え?あぁ、それは全然。そういうことじゃなくて…」

「知らない土地での生活が怖い?」

「ううん」

「じゃぁ何でそんな顔するの?」

「今までしたことのない贅沢に慣れるのが怖いだけよ。
 あんまりあたしを甘やかさないでね?」

「昴琉…」


おどけて言うと雲雀くんは少しホッとしたように笑った。
マフィアのことは追々話を聞くとして、今はまず目先の問題を解決しなくっちゃ。
まずは兎に角買い物、買い物。
買ってもらった真新しい赤いコートを羽織ると雲雀くんが「やっぱり似合う」と微笑んだ。
うわ…!照れるからそんなにじっくり見ないで…。
照れ隠しに自分から手を繋いでまた来た道を彼を引っ張るようにして歩き出す。
雲雀くんは苦笑して訊いてきた。


「本当に昴琉は怖くないの?ここは似ているけれど、貴女の世界とは違うのに」

「そりゃちょっとは怖いけど…。でも不思議と不安は感じないわね。
 雲雀くんはあちらに飛んだって分かった時怖かった?」

「…いや。僕も怖くなかったよ。貴女がいたからね」


え…。
驚いて立ち止まるあたしに、彼は追い討ちの一言を極上の笑顔で言う。


「あちらの世界で貴女が僕を守ってくれたように、今度は僕が貴女を守るよ」


真摯な彼の瞳に見つめられて、心臓が飛び跳ねる。
あちらの世界でだってあたしは君に守られてばかりだったというのに……。
本当にもう、これ以上君をどうやって好きになったらいいの?
嬉し過ぎて言葉に詰まったあたしは、繋いだ手にぎゅっと力を込めて答えることしか出来なかった。


***


お化粧品やら細々した物も購入して買い物を終えると、すっかり外は陽が落ちていた。


「うわ、もう真っ暗。1日付き合わせちゃったけど、雲雀くんお仕事よかったの?」

「平気だよ。僕には使える部下がいるからね」

「そ、そう。さてと…買い物一段落したけど、雲雀くんは?用事ある?」

「そうだね…じゃ、ちょっと付き合ってよ」


そう言うと雲雀くんはあたしの手を攫って、また店内の方に歩き始めた。
何か買い忘れかな。
ちゃんと目的地があるらしく、雲雀くんの歩みに迷いはなかった。

到着したのはデパートの正面入り口。
吹き抜けになっていて開放感のある空間に聳え立つのは大きなクリスマスツリーだった。
赤いリボンや沢山のオブジェで飾られたそれは、とってもゴージャス。
駐車場から直接店内に入ったから全然気が付かなかった…!
思わず口を開けて見上げる。


「綺麗…もうそんな時期なの?」


彼を見上げて尋ねると、繋いでいた手をそっと外しその代わりに肩を抱き寄せられる。


「今日は12月25日だよ、昴琉」

「え!じゃぁ今日ってクリスマス当日なの?!」

「うん。貴女がこちらに来た昨日がイヴ」

「えぇぇ!」


それじゃさっき雲雀くんが『今日は特別』と言った意味はそういうこと?
確かにデパートのあちこちでクリスマスっぽいの飾りつけしてるなーって思ってたけど、今日がクリスマス当日だなんて思いもしなかった。
そんな偶然ってあるの?!
雲雀くんと初めて逢ったのがバレンタインで、あたしがこちらに来た日がクリスマスイヴなんて…。
君にはまたバカにされちゃうけど、ちょっと運命感じちゃう。
まさか骸くん、それを狙ってあたしを連れて来たなんてことないよね?
でも雲雀くん微調整出来なかったって言ってたし、それは流石にないか。


「あ、雲雀くん…もしかしてあたしにこのコート着せたかったのって…サンタコスの代わり?」

「いや、そこまでは考えてなかったよ。
 でもそれもいいかもね。付け髭でもするかい?」

「え、遠慮するわ…。それよりごめんね。
 あたし君にプレゼント出来る物何も持ってない…」


こちらに来たばかりだし、全てをあちらに置いてきてしまったあたしにあげられる物なんてなくて。
折角一緒にクリスマスを過ごす事が出来るのに…。
申し訳なくてしょんぼりと肩を落としたあたしを雲雀くんは優しく抱きすくめた。
わわ!こ、公衆の面前で何て事を…!


「物なんていらない。貴女が今ここにいてくれるだけで十分だよ」

「でも…」

「それにもうプレゼント貰ってるしね」

「え?」

「昨日昴琉は僕を受け入れて指輪貰ってくれただろ」

「雲雀くん…!」

「僕のところに来てくれてありがとう、昴琉」


そう言って雲雀くんはあたしの頭に優しいキスをひとつ落とす。
そして「幸せにしてあげるからね」と婚約指輪の嵌められたあたしの左手に指を絡めた。

本当に、この子はどれだけあたしを溺れさせる気?

嬉し過ぎて心臓が全力疾走した直後のようにバクバクしてる。
こっちに来てからやられっ放し。
本当に雲雀くんには敵わない。
ちょっと悔しくなって彼を下から睨む。


「…雲雀くんばっかりずるい。あたしも何か君にあげたい」

「そう?じゃぁ夕飯作ってよ。久し振りに貴女の作ったハンバーグ食べたいな」

「そんなのでいいの?」

「昴琉にとってそんなのでも、僕にとってはご馳走だからね」


あぁ、もう…!
柔らかく笑ってそういうこと言わないでってばっ
でも今のあたしにしてあげられることってそれくらいしかないもんね。


「じゃ、食材買いに行かなくちゃ」

「うん。それからケーキもね。昴琉カフェで我慢してたみたいだし」

「…ば、バレてたの」


顔を赤らめるあたしを見て雲雀くんは喉の奥でククッと笑った。


「さぁ、早く用事を済ませて帰ろう。
 そろそろ我慢の限界だ。貴女を咬み殺したくて仕方がない」

「ひ、雲雀くん…!」


もう一度充電するかのようにぎゅっとあたしを抱き締めた彼は、そう言って不敵に笑った。
帰るの、怖いんですけど…。
でも「何ハンバーグ作ってもらおうかな」と悩む彼の横顔が楽しげで、あっという間に心が和む。

何処にいたってあたしのすることは変わらない。
君の為に出来ることを精一杯しよう。

それがずっとこれから続くのだと思うと、心が弾まずにはいられなかった。



2008.12.25


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