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54


雲雀くんから解放されて車を降りると、外の空気が思ったより冷たくて身震いする。
こちらも季節はもう冬のようで、道行く人はコートを着ていた。
今のあたしの格好といえば雲雀くんが用意してくれたワンピースに、こちらに来る時に着ていたスーツのジャケットをその場凌ぎに羽織っているだけ。
荷物もコートもあの漫画喫茶に置いてきてしまった。

…そういえばあちらの世界であたしの存在はどうなっているんだろう。

雲雀くんみたいに存在自体が忘れられているだろうか。
それとも行方不明…?
もしそうなら……遥、心配してるだろうな。
結局遥には雲雀くんとのことも話せずこちらに来てしまったし…。
今になってそれを考えるなんて、あたし薄情者だ。
ごめんね、遥…。
自分の身体を摩りながら少し気落ちしていると、後ろから雲雀くんに抱き寄せられた。


「寒い?」

「うん、ちょっとね」

「じゃ、まずコート買いに行こうか」


雲雀くんはそう言って身体を離し、自分のコートをあたしの肩にかけてくれた。
そしてあっという間に手を絡めて歩き出す。
……あちらじゃ全然繋げなかった手をこうもあっさりと…。

雲雀くんの手、温かい。

うん、そうだよね。あたしは雲雀くんと一緒にいることを選んだんだもん。
遥のことは心苦しいけれど、その分あたしは雲雀くんと幸せにならなきゃ申し訳ない。
少し下向きだった心をこんなに簡単に上に向けてくれる雲雀くんに感謝して、あたしは彼の隣を前を向いて歩いていた。


***


雲雀くんが連れて来てくれたのはデパートだった。
暖房のお陰で中はとても暖かい。
雲雀くんにかけてもらったコートを脱いで腕にかけ、レディースのフロアを一先ず見て回る。
うわ〜、何だか雲雀くんと初めてあちらでデパートに買い物に行った時のこと思い出すなぁ。
あたしに荷物持たせてズンズン先歩いて行っちゃってさ。
あの時とは立場も世界も違うのに、何だか懐かしい。
にこにこして服を見ていると、雲雀くんが不思議そうな顔をした。


「何笑ってるの」

「んー、ただの思い出し笑いよ」

「ふぅん」

「あ!このコート可愛いなぁ」


通りかかった店先のマネキンが着ているコートが目に留まった。
それは真っ赤なコート。
うーんでもあたしには派手かなぁ。赤って着る人選ぶよね〜。
でもデザインが凄く可愛い。生地もアンゴラ入りで触り心地が良い。
マネキンが着ているコートの裾を持って悩むあたしに雲雀くんは苦笑した。


「そんなに悩むなら買えばいいのに」

「ちょっと派手じゃない?」

「そうかな。僕は赤、嫌いじゃないよ。血液の色だし」

「は?」

「綺麗じゃない、血って」

「……なんか例えが怖いんですけど」

「そう?じゃぁ貴女の好きなイチゴ色ってことにしておこうか」

「いつまでそのネタを引っ張るつもりですか」


うんざりした口調で恨めしく彼を見上げると、雲雀くんはククッと喉の奥で笑った。
そしてマネキンの傍に掛けられていた同じコートを手に取ると、あっという間にレジに持て行ってしまった。
慌てて彼を追いかけて腕を引っ張ってちょっと屈ませて、耳に口を寄せて小声で抗議する。
雲雀くんからコートを受け取った店員さんは不思議そうにあたし達を見る。


「ちょ、ちょっと、雲雀くん…!あたしまだ買うなんて言ってないわよ」

「いいんだよ。僕が着て欲しいから」

「!」


気障な台詞をさらっと言って、赤面するあたしを余所に彼はお会計を済ませてしまった。
あぁ…もう…一々カッコいいんだから。
試着くらいさせなさいよ、バカ。
あたし達のやり取りを見て察したのか、店員さんは「素敵な彼氏さんですね」とにっこり微笑んだ。
嬉しいけど恥ずかしくて、あたしは店員さんの言葉にはにかみ、更に頬を赤らめるしかなかった。


***


あの後も色々とお店を回って服を買った。
一緒に来ると言い張る雲雀くんを言い包めて先にカフェに入ってもらい、あたしはひとりで下着売り場に来た。
流石に下着まで一緒に選ばれるのは、恥ずかし過ぎる。
……絶対変な下着勧めてきそうだもん。
すんごいヒラヒラしたのとか、ちょっと際どいのとか…。
まぁそれは措いといて、あたしは手頃な値段で無難なデザインの下着を揃えで何着か選んで購入し、雲雀くんの待つカフェに向かう。

カフェの中に入ると沢山の紙袋に囲まれた雲雀くんが、カップを口に運んでいるところだった。
うわ〜、客観的に見るとすごい荷物。
しかも全部女物のメーカーロゴが大きく書かれた紙袋で、それに囲まれてる雲雀くんがミスマッチなことこの上ない。
周囲の客の視線を鬱陶しそうにその身に受けて、明らかに彼の機嫌は悪くなっていた。
これは別行動したのは選択ミスだったかしら…。
いや!雲雀くんには悪いけど、下着はやっぱり無理。絶対無理。
あたしの姿を見つけた雲雀くんは心なしかホッとした表情を浮かべた。
…ちょっと可愛い。
彼のいるテーブルに苦笑いを浮かべながら近寄る。
席に着くあたしを恨めしそうに見て、雲雀くんがぽつりと呟く。


「……晒し者の気分だ」

「ご、ごめんね。あ、すみません。コーヒーお願いします」


近くにいたウエイトレスさんを捉まえて注文する。
あと何を買えばいいかとかいっぱいお金使わせちゃってごめんねとか話しているうちに、コーヒーが運ばれてきた。
ん〜、いい香り!
本当は美味しそうなケーキもショーケースにいっぱい並んでいて心惹かれたんだけど、また食べられなくて雲雀くんに心配かけたくなかったから我慢する。
その代わりいつもは入れないお砂糖を入れて糖分補給。
コーヒーを飲んだ瞬間、ヒリヒリとした痛みが唇全体に走る。
い、痛…。
思わず唇を手で押えると、向かいに座る雲雀くんが眉を顰めた。


「…どうしたの?」

「あ、ううん。何でもない」


痛みの原因に心当たりのあるあたしは、にっこり笑って誤魔化した。
だ、だって、言えないよ。

君とキスし過ぎて荒れた唇に熱いコーヒーが沁みるなんて…は、恥ずかし過ぎる。

実はお寿司食べてた時も痛かったんだけど…。
怪訝そうにあたしを見ていた雲雀くんは突然立ち上がった。


「何処行くの?」

「ちょっとね。昴琉はここで待ってて」


彼はニッと笑ってカフェの外に出て行ってしまった。
毎度のことながら雲雀くんの行動は突発的で。
成長しても変わらない彼に安堵する。

それにしてもキスのし過ぎでコーヒーが沁みるなんて初めて。
よくよく考えればこちらに来てからまだ1日か2日しか経っていないはず。
その間殆どキスしてるよね…。
下手したら会話より長い時間キスしてるんじゃないかと錯覚してしまう。
そんな訳ない…と思うけど。
…でも、落ち着くまで出来る限り雲雀くんの好きにさせてあげよう。
あたしなんかよりも、きっと彼の方が長く辛い時を過ごしたと思うから。

雲雀くんはすぐ戻ってきた。お手洗いだったのかな。


「お帰り。何処行ってきたの?」

「内緒」


ちょっと小生意気に笑った雲雀くんは、向かいの席に腰を下ろすとあたしの顎に手を伸ばした。


「ねぇ、ちょっと目閉じて」

「目?何で?」

「いいから」

「…うん」


帰ってきたと思ったら出し抜けに目を閉じろだなんて。
変なコトしないでよね…。
目を閉じると「少し口開いて」と言われて、素直にちょっとだけ開く。
すると唇に何かが当たる感触がした。
な、何?!驚いて目を開ける。


「動かないでよ」

「…リップ、クリーム?」

「うん。唇痛いんでしょ?」


彼はちょっと心配そうな顔をした。
あ…もしかして雲雀くん、気付いて今買いに行ってくれたの?
―――どうしよう、凄い嬉しい。


「ほら、まだ途中なんだから」

「ん…」


再び唇にリップクリームをあてがわれ目を閉じると、今度はいい香りが鼻を擽る。
恐らくリップクリームの香りなんだけど…こ、これは…。
こんな場所で雲雀くんにリップクリームを塗られているというだけでドキドキするのに、甘い香りが更に鼓動のスピードを促進させる。
あたしの唇を、右へ、左へ、リップクリームがなぞるように移動する。
「いいよ」と彼のお許しが出てあたしはそっと目を開けた。
彼の手には予想通りの色のリップクリーム。


「ストロベリー…」

「貴女にピッタリでしょ?」


悪戯っぽく笑いながらリップクリームに蓋をする雲雀くんに、まだイチゴネタを引っ張るのかと呆れながらドキドキしてしまったわけで。
さり気ない彼の気遣いが、唇に優しく塗られたリップクリームのようにあたしの心を潤してくれる。

それは大事に想われているのだと、感じられる貴重な瞬間で。

きっともうちょっとイチゴネタに苦しめられるだろうけど、大目に見てあげようと思わせるくらい嬉しかった。



2008.12.24


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