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52


一頻りキスをすると、雲雀くんはまたぎゅっとあたしを抱き締めた。
そして小声で一言ぽつりと呟く。


「心配、させないでよね」

「ん、ごめんね」


優しい声の響きに、申し訳ないけど嬉しくなって彼に擦り寄って謝ると頭にキスを落とされた。
だけどそのいい雰囲気を壊したのはあたしのお腹の虫だった。
何の遠慮も無くぐるるるぅ〜っと鳴ったあたしのお腹の音の最後に、鹿威しのカコンという音が重なった。
お互い顔を見合わせる。
パッと彼から離れてお腹を隠すように抱えるが、見事なタイミングに雲雀くんは堪え切れずに吹き出してしまった。
恥ずかしさに一気に顔に熱が集まるのが分かる。
んもう…!何で今鳴るかな、あたしのお腹!


「ククッ前から思ってたけど、昴琉のお腹の中にはどんなでかい虫がいるの?」

「う、うるさいわねっしょうがないじゃない。最後に食事してから結構時間経ってるんだもの」

「そうか。こちらに来てからまだ何も口にしていなかったね。
 すぐに何か準備させるよ。その間にシャワーでも浴びて着替えるといい」

「うん、ありがと」


そう、庭園に下りてから思ったけどあたし躊躇無く素足で下りちゃったのよね。
雲雀くんは靴下だけど。
彼はまたヒョイッと手摺を飛び越えて廊下に戻ると、汚れてしまった靴下を脱いで裏返し、それを無雑作にポケットに突っ込む。
んー、どうしよう。このまま上がったら廊下汚しちゃうし…そうだタオルでも持ってきてもらおう。
そう思って雲雀くんに声をかけようとした瞬間、身体がふわりと浮いた。


「きゃっ」


なんと雲雀くんは手摺越しにあたしの脇の下に手を差し入れ、軽々持ち上げてしまったじゃないか!
一度肩に担ぐと、お姫様抱っこに持ち替えた。


「ひ、雲雀くん…!」

「そのまま歩いたら廊下が汚れるだろ」

「だからさ、足拭くからタオル持ってきてよ」

「面倒だから嫌だ」

「えぇ!」

「どうせ同じ所に行くんだからこっちの方が早いよ」

「で、でも!誰かに見られたら、恥ずかしいよ…」

「別に見られたって構わない。それに…」


途中で言葉を切って、雲雀くんはあたしの耳に顔を寄せた。


「少しでも長く貴女に触れていたい僕の気持ちも分かってよ」


ずるい。
こっちに来た早々あたしを殺す気ですか、雲雀くん。
君にそんな言葉を甘く囁かれては、降参するより他ないじゃない。
それに、あたしだって君に触れていたいのは同じ。
抵抗を止めて身体を預けると、雲雀くんは満足したように笑って歩き出した。


***


運良く誰にも遭遇せずにバスルームに着いた。
「洗ってあげようか」とからかう彼を何とか外に追い出して、シャワーを浴びる。
雲雀くんが言うと冗談なのか、本気なのか分からない。
さっぱりして上がると、脱いだ服を入れたカゴの横にさっき枕元にあったワンピースが置いてあった。
あ、やっぱりあたしの為に用意してくれてたんだ。

…ちょっと、嬉しいな。

だってあたしのこと考えてくれてたってことでしょ?
雲雀くん自ら買いに行ったのかな?
それとも誰か知り合いに頼んだとか…通販だったりして。
彼があたしの為に選んでくれたのだと思うと頬が自然と緩む。
さて、服はこれでいいとして替えの下着どうしよう…。
一先ずワンピースを手にとって広げるとパサッとその間から何かが床に落ちた。
ん、何?
落ちた物を確認しようと視線を床に落とすと、そこには今の悩みを解決する物が落ちていた。


つまり、下着が。しかもイチゴ柄の。


―――絶対雲雀くんが選んだ…!間違いなく選んだよっ
恥ずかしくて一気に身体中の血が沸騰したような感覚に襲われる。
以前雲雀くんが洗濯物を畳んでくれたことがあって、その時に彼に見られたのがたまたまイチゴ柄の下着だった。
つまり、その…彼はしっかりそれを憶えていたわけで…。
シャワーを浴びたばかりだというのに、あたしは変な汗をダラダラかく破目になってしまった。

ちょっとした抵抗を感じつつ着替えてバスルームを出ると、雲雀くんが廊下で待っていてくれた。
彼もシャワーを浴びたのか服を着替えていた。
黒いシャツに同色のジーンズ。
……真っ黒。
相変わらず黒が好きな彼に何だかホッとする。
雲雀くんは顎に手をやって、着替えたあたしの姿を上から順に視線を移してじっくり見た。
そしてまた下から順に視線を戻し、ふむと頷く。


「思ったとおりだ。良く似合ってる」

「あ、ありがと。雲雀くんこそ、相変わらず黒が似合うね」


一度瞳を閉じてフッと笑った彼は、あたしの前に「行こう」と手を差し伸べた。
その手の上に、躊躇いがちに自分の手を重ねる。

大きくて温かい、大好きな雲雀くんの手。

彼は優しくあたしの手を握ると、そっと自分の隣へ引き寄せた。
そして耳元で悪戯っぽい例の声色で呟く。


「イチゴは気に入ったかい?」

「!!!」

「今、身に着けてるんでしょ?」


彼の言葉に一瞬で顔が熱くなる。
不意を突かれて反応出来ず、顔を真っ赤にして口をパクパクするあたしを見て雲雀くんは愉しそうに笑う。
外見は成長してるけど、中身はあの時のままですか…!


「い、言っておくけど、あたしイチゴ柄が好きなわけじゃないからね!あの時はたまたま…!」

「ククッそんなに顔を真っ赤にして。貴女がイチゴみたいだ」


…ダメだ。やっぱりこの子に口じゃ敵わない。
遣り込められて恨めしい視線を向けると、雲雀くんに頬を撫でられた。
そして綺麗に微笑んで「可愛いよ」なんてさらっと言うもんだから、益々あたしは言葉を失う。
その代わりにこれ以上ないほど顔を赤くして「…お腹空いた」と話題をそらすことしか出来なかった。


***


雲雀くんに手を引かれて元来た廊下を戻る。
さっきの和室に戻ると布団は片付けられていて、代わりに卓袱台が用意されていた。
その上にはちょっと高級そうな漆塗りの寿司桶が置かれている。
大きな桶の中には色取り取りのお寿司が綺麗に並べられていた。


「うわ、凄い…!」

「好きなだけ食べるといい」

「う、うん」


ちょっと高級感に気圧されつつ座布団の上に座り、桶の中を覗き見たあたしは思わず頬が緩んでしまった。
だって、よく見れば大きな桶の1/2をかんぱちとヒラメのえんがわが占めているんだもの。
一緒にお寿司屋さんに行った時のことを思い出す。
人間そう簡単に好きな物は変わらないもんね。
それじゃそっちは雲雀くんに任せるとして、あたしは他のを頂こう。
彼との久し振りの食事がちょっと気恥ずかしく、でも懐かしい。
お腹も空いていたし楽しく食べていたんだけど、数貫食べたところであたしの手は止まってしまった。
それに気が付いた雲雀くんが少し首を傾げる。


「…口に合わなかったかい?」

「ううん、美味しいよ」


彼に気遣われるのは、辛い。
心配させないように沢山食べたいけど、どうしても身体が受け付けない。
彼を送り帰した後軽い摂食障害を起こしていたせいで、胃が小さくなってしまったんだと思う。
全く食べなかったわけじゃないし、仕事に行けるくらいには栄養取れてたし、何よりあの時は雲雀くんのことで頭がいっぱいだった。
雲雀くんに再会出来てそんなこと忘れてたけど、思い返してみればお腹が空いたって実感したのも久し振りだ。
あ…雲雀くん、怪訝そうにこっち見てる。
兎も角食べているところを見せて安心させようとして、口の中に押し込むようにして食べる。
それを見た雲雀くんはこちらにずぃっと近寄ってきて、突然横からあたしを抱きすくめた。
な、何…?


「……さっきも思ったけど、貴女こんなに小さかったっけ」

「雲雀くんが成長したからそう感じるんじゃない?」

「いいや、やっぱり痩せた。僕と離れてる間、ちゃんと食べてなかったね?」


抱き締めていた腕を解くと、今度は両手を頬で包まれて上向かされる。
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので。
雲雀くんの切れ長の瞳が更に細められて正直に言えと無言であたしを威圧する。
うぅ…視線が痛い。


「食べてなかったんだね?」


ここで素直にそうでしたと打ち明ければまた彼に心配させてしまう。
でも言わなければ怒るし…さて、どうしたものか…。
逸らせない顔の代わりに視線を彷徨わせていると、低い声で「昴琉」と窘められてしまった。
これ以上は誤魔化せそうにない…。
小さな声で「ごめん」と呟けば、予想通り雲雀くんは眉を顰めた。
そんな顔、して欲しくない。あたしは慌てて弁解する。


「でもね、今は平気だよ?ほら、ちゃんと食べられるから」


頬を包んでくれている彼の手をやんわり外して、ちょっと苦しいけどあたしはお寿司を口に運ぶ。
ともすれば吐き出してしまいそうになるが、どうにか嚥下して彼に「ね?」と笑いかける。
雲雀くんは明らかに訝しんでいる顔だ。
こうなったら根性よ。
気力を振り絞ってもう一貫口に押し込もうと桶に手を伸ばしたところで、その手を雲雀くんに掴まれた。


「昴琉、もういいから」

「本当だよ?お腹も空いてるし、ちゃんと食べられる」

「下手な嘘は吐かなくていい」

「でも、本当に…う…」

「今にも吐きそうな顔して言われても説得力ないよ。無理しなくても大丈夫。
 僕達はこれからずっと一緒にいるんだ。だから焦る必要なんてないんだよ」


あたしの強がりなんてお見通しの雲雀くんは、優しくそう言ってあたしの左手を掬い上げキスを落とした。
彼のくれた指輪がキラリと光る。

―――そう、だよね。これからはずっと雲雀くんといられるんだ。

彼の言うとおりだ。何を焦っていたんだろう。
心配させまいとして無理をして、結局彼に気を遣わせてしまった。
元も子もないじゃない。
再び抱き寄せてくれた彼に素直に謝る。


「ごめんね、雲雀くん。さっき心配させないでって言われたばかりなのに…」

「全くだ。こちらに来てから貴女は謝ってばかりだね」

「本当、情けないわ。ごめんね……あっ」

「また謝ってる」


雲雀くんはクスッと笑う。釣られてあたしも笑った。
あたしを抱き締めながら頭を撫でてくれる手が、くすぐったい。


「うーん、でもどうしよう。折角用意してくれたのに、残すのは忍びないわ」

「そんな心配いらないよ。部下にでも食べさせるから」

「部下?」

「うん。今僕は風紀財団の委員長を務めてるんだ」


やっぱり、委員長なんだ…。しかもまだ風紀関係してるし。
見かけは成長してるけど、端々に感じられる彼らしさにホッとせずにはいられない。
「凄いんだね」と感心しながらもクスクス笑うあたしを、彼は不思議そうに見ていたが何か思い出したようでまた話し出した。


「そうだ、昴琉。気分が悪くなければ、これから買い物に行かないかい?」

「買い物?」

「うん。これからこちらで暮らすんだから、色々いるでしょ?例えばイチゴ柄の…ん」

「わーわーわー!行きますっ行くから!」


彼が言おうとした言葉を瞬時に察知したあたしは、顔を再び真っ赤にして彼の形のいい口を両手で塞いだ。
雲雀くんは口を塞がれたまま愉しそうに笑う。
ゆ、油断も隙もありゃしない…!
だけど、やっぱり彼らしくて安心してしまう。

ホント、雲雀くんには敵わない。

そんな彼にもう一度逢えたことを感謝しながら、あたしは出掛ける為に立ち上がった。



2008.12.11


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