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51


ふんわりと暖かい布団の感触。
そして身体に感じるそれよりも少し温度の高い心地好い重み。
誰かが優しく頬を撫でる感覚に誘われて、ゆっくりと閉じていた目を開ける。
…いつの間に寝ちゃったんだろう。
まだぼやけた視界に揺れるふわふわの漆黒の髪。


「おはよう、昴琉」

「おはよ…雲雀くん」


今が朝なのかも定かではないが、目の前の愛しい人と布団の中で挨拶を交わしてキスをする。
彼があたしを抱き込んで眠るのも、布団の中でおはようのキスをするのも、いつものことで。
離れていた時間が嘘みたい。
彼の体温も喋り方もキスの仕方も、変わらない。
けれど男らしく成長した彼の姿が別々の世界で生きていたことを如実に表していた。

あたしの上に覆い被さるように体勢を変えた彼は、徐々に深く口付けてきた。
挨拶のキスのはずが徐々に激しさを増していく。
眠ってしまう前だって、散々したのに。
あたしにとって1ヶ月振りの彼とのキスは、雲雀くんにとっては5年振りなわけで。
そりゃあたしだって雲雀くんとキスしたいけど…限度ってものがある。
激しい口付けについていけずあたしの呼吸が不規則になると、雲雀くんは唇をゆっくりと軽く啄ばむキスに変えた。
そして呼吸が落ち着くのを見計らっては、また深く重ねてくる。


「昴琉…」


キスの合間に名前を呼ばれて、その切ない声に胸がきゅっと狭くなる。
返事をしたいのに乱れた呼吸を整えるのに精一杯でそれも出来ない。
代わりに彼の背中に腕を回して抱きつくと、少しだけ彼の身体が震えた。
それを機に彼の唇はあたしのそれから離れて、耳元へ移り首へ鎖骨へと下りていく。
彼の唇が触れる度に背中がゾクリとして変な声が出そうになるのを堪える。
それに気付いた雲雀くんがクスッと笑った丁度その時、「恭さん」と控えめに呼ぶ男性の声が襖の外から聞こえてきた。
思い掛けない人の声に身体がビクッと反応し硬直する。
きょ、キョウサン…?
あたしの首筋に顔を埋めていた雲雀くんが頭を擡げて不機嫌そうにその声に答えた。


「…何」

「少々お時間宜しいですか?」

「後にして」

「それが緊急の用事でして…。気持ちは分かりますが聞き分けて下さい、恭さん」

「……仕方ないな」


恭さんって雲雀くんのことか。
恭弥だもんね、名前。
『雲雀』という名字も名前みたいだし、呼び慣れているからイマイチ『恭さん』はピンと来ない。
邪魔をされて明らかに機嫌の悪い雲雀くんは、了承するとあたしの頬にちゅっとキスをした。


「…ちょっと行ってくる」

「う、うん」

「疲れてるだろうからまだ寝てていいよ」

「雲雀くん…」


我ながら情けない声。
彼と離れるのが少しだけ怖くて、つい呼び止めてしまった。


「大丈夫、すぐに戻るから。ここで待ってて」


優しく微笑んでもう一度軽く頬に唇を寄せると、雲雀くんは布団から脱け出し襖を開けて出て行った。

彼がいなくなって一気にしんとした空間に、何処かで鳴る鹿威しの音が響く。

知らない場所に取り残されてちょっと淋しいけど、さっきの人が来てくれて助かったのかも…。
流石にもう唇が痺れている。
だけどそれは彼が触れてくれた証。

一度は別れを決めこの手で元の世界に送り帰した彼が傍にいる証。

そう。あたしは今雲雀くんの世界にいる。
偶然が重なってバレンタインのあの日、あたしのマンションに突然現れた彼。
放っておけなくて面倒を見ているうちに、あたし達は恋仲になって。
毎日がとても幸せだった。
だけど雲雀くんが元の世界に戻れる方法を知ったあたしは、彼を送り帰した。
今でも引き金を引いた感触はこの手に残っている。
それでもあたしを望んでくれた彼によって、こちらの世界に呼ばれてここにいるらしいんだけど…。


さて…雲雀くんは寝てていいと言ってくれたけど、目も冴えちゃったしこれからどうしようかしら。
彼と再会を果たしてからまだちゃんと話していなくて、状況がよく分からない。
一先ず起き上がってぐるっと自分のいる部屋を見渡す。
眠ってしまう前と同じ部屋だが、心許無いほど無駄に広い。
時計もないから時間も分からない。
枕元にはお盆に置かれた水差しとコップが二つ。
それから綺麗に畳まれた真新しい女物の服が置いてあった。
広げてみるとそれはあたし好みのワンピース。
雲雀くんが用意してくれたのかな…。
ここに置いてあるってことは着替えなんだろうけど、断りもなく袖を通すのは流石に気が引ける。
畳み直して元の位置に戻す。


……う、うーん。すっごい手持ち無沙汰。


カコンとまた鹿威しが鳴る。
あれ、何処で鳴ってるんだろ。
寝ていた為に少し皺になってしまった服を気持ち直し、襖に近寄りそっと開けて隙間から顔だけ出してみる。
襖の先は板張りの廊下。その先はちょっとした庭園。
耳を擽る水音を辿ると鹿威しを見つけた。

おぉ、この歳にして初めて実物を見たわ。

部屋の中にいても中には何もないし、ちょっとくらいなら外に出てもいいよね?
純粋な好奇心でほんの少しドキドキしながら廊下に出る。
直前まで布団でぬくぬくしていた身体に、冷えた空気が心地好い。
んー、折角だし間近で見たいけど、勝手に庭園に下りたら怒られるかな…。
きょろきょろと辺りを見ても誰も来る気配はない。
…いっか、下りちゃえ。
ここが何処だか分からない以上下手に歩き回って迷子になるくらいなら、近くで鹿威しを眺めていた方が安全だろう。
年甲斐も慎みもなく手摺を跨いであたしは庭園に下り立った。
土に埋め込まれた丸い石が足の裏を刺激して、ちょっと痛いけど我慢する。
お目当ての鹿威しの前まで辿り着くとそこへしゃがみ込んで、何度も何度も繰り返し石を打つ竹を観察した。

雲雀くん、遅いなぁ…。

暫く眺めていたが単純な動きを見ているのは流石に辛い。
さっき起きたばかりだというのに、このリズムを聞いていると眠くなるから不思議よね。
電車に乗った時のガタンゴトンという音も眠くなるから、同じ理屈かも。
再び暇を持て余して大きな欠伸をしている時、背後から声をかけられた。


「へぇ、あんたが噂の恭弥の彼女か」


驚いて立ち上がって振り返るとそこには手摺に凭れかかっている金髪の男がいた。
わ、美形。
歳はあたしと同じくらいか、少し上だろうか。
中々のスタイルで雲雀くんと同じくらい白い肌に彼の黒髪とは対照的な金髪が映える。
雲雀くんも相当カッコいいと思うけど、この人もまた別のカッコよさがある。
外国の人かな…?でも日本語で呼び掛けられたような…。
返事をするのも忘れて考えていると、男は人懐っこい笑顔を浮かべて話し出した。


「はは!驚かせちまったみたいだな。
 オレはディーノ。キャバッローネファミリーの10代目ボスだ。ヨロシクな!」

「こ、こちらこそ。あたしは桜塚昴琉です」

「あぁ、恭弥から聞いてる。いい名前だな」

「ありがとうございます…あ」

「ん?どうかしたか?」

「いえ、何でも。あはは」


慌てて両手を振って誤魔化す。
何処かで見たことあると思ったら、ここに来る前に読んだコミックスで見たんだ。
確か中学時代の雲雀くんの家庭教師してたんだっけ?
あぁ見えてあの人強いんだ…雲雀くんの相手を出来るほどに。
ディーノさんは手摺に凭れかかったままジッとあたしを見つめている。


「あの…」

「ん?あぁ、わりぃ。あの恭弥が惚れたっていうからつい」

「…?」

「ほら、あいつ戦闘マニアだろ?どんな猛者連れて来たのかと思ってさ!ハハ」

「も、猛者って…」

「おっと、気を悪くさせちまったか?でもあのじゃじゃ馬を乗りこなせるだけで十分猛者だぜ」


そう言って彼はウィンクをした。
ひ、雲雀くん…一体君はこの世界でどれだけ暴れまくってるの…。
んもう…お陰であたしまで初対面なのに猛者呼ばわりされちゃったじゃない。
でもまぁ彼の言葉に悪気は全く感じられない。
寧ろ好感が持てる話し方は笑いを誘う。


「あははっ…確かにあたし、猛者かも」


変に納得しちゃって笑い出したあたしにディーノさんはちょっと驚いて目を見開いた。
そして得心がいったように何度か頷いて「なるほどな」と呟いた。
何がなるほどなのかあたしにはちっとも分からないけど。
そこへ黒スーツの男が現れ「ボース!そろそろ時間ですぜ」とディーノさんに声をかけた。


「もう時間か。悪いな、昴琉。今度恭弥も交えてゆっくり食事でもしようぜ。またな!」

「えぇ、また」


ディーノさんは最後にまた人懐っこい笑みを浮かべて行ってしまった。
きっとボスなんだし忙しいんだろうなぁ。
それにさっきの部下の人とのやり取りも何だか深い信頼関係が感じられた。
…うん、良い人そう。

ディーノさんが行ってしまって、またあたしは暇になってしまった。
再び鹿威しの前にしゃがみ込んで、水が竹筒の中に溜まっていっては石を打ち鳴らす様子を眺める。
徐々に空腹感も増してきた。
ご飯何時食べたっけ?こっちに来てからはまだ水さえ口にしていない。
主任とのディナーが最後の食事だ。
文字通りあれがあちらの世界での最後の晩餐になってしまった。
こんなことならもっと食べとけば良かったわ…。
そういえばさっきの部屋にお水あったっけ。あれで飢えを凌ごう。
そう思って立ち上がろうとした時、「昴琉!」とあたしを探す雲雀くんの声が聞こえた。
その声には焦りのようなものが感じられる。
いけない!雲雀くんここにあたしがいるのに気が付かないで先に部屋に戻ったんだわ。
慌てて立ち上がると丁度部屋から出て来た雲雀くんと視線が合った。


「昴琉…!」


彼は手をついて手摺を軽々飛び越え庭園に下りると、あっという間にこちらへ駆けて来た。
そしてあたしの両肩をガシッと掴まえて、怒った。


「部屋で待っててって言ったのに、どうして勝手に外に出たんだ!」

「ひ、雲雀くん…?」


怒られるかもとは思っていたが、予想以上の彼の剣幕に驚いて謝罪の言葉が出る前に疑問の声が出てしまった。
あたしを見つめる雲雀くんの瞳は怒っているんだけど、彼には不似合いな怯えが見え隠れしていたから。
雲雀くんは名前を呼ばれて我に返ったようで、ハッとした表情を浮かべた。
そして今度はあたしを抱きすくめ頭にキスを落とす。


「……ごめん。消えてしまったのかと、思ったんだ」


あぁ、そっか。
苦しそうに呟いた彼の言葉に、何を思っていたのかが分かった。
あたしがあちらの世界で感じていた不安を、雲雀くんも今感じているんだ。

この世界の人間ではないあたしが突然消えてしまうのではないかという不安を。

勿論消えてしまうかもしれないし、消えないかもしれない。
だからこそそれはとても切なくて、淋しくて、怖くて。
…自分の方が先に経験してたんだから、配慮してあげるべきだった。
あたしは彼の背中に腕を回してポンポンとあやすように叩く。


「あたしこそ…ごめん。でも、ちゃんとここにいるよ?」


そしてにっこり彼に向かって微笑めば、やっと感覚の戻ってきた唇を塞がれて。
その熱い口付けに自分は雲雀くんに愛されているのだと感じずにはいられない。
そう感じさせてくれる雲雀くんにまた逢えたことが嬉しい。
彼は5年という長い時間をかけてあたしをこちらに呼び寄せてくれた。
それにあたしは報いたい。
ここは似ているようであたしの知らない世界だけれど、君がいるなら何処だって生きていける。

そう思えるの。



2008.12.3


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