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―――古い木の匂いがする…。

誰かがあたしの頬を軽く叩いて名前を呼んでいる。
……この声は…。


「…昴琉、起きて下さい、昴琉」

「……ん…」


瞑っていた目をゆっくり開けると、綺麗なオッドアイがあたしを見下ろしていた。


「気が付きましたか?」

「む、骸くん…なの?」

「えぇ。逢いたかったですよ、昴琉」


横たわるあたしを抱き起こして、骸くんは優しく微笑んだ。
彼にまだ涙で濡れたままの頬を指先で拭われる。
……なんか夢で会っていた時と印象が違う。
目の前の彼の方が少々大人っぽく見える。
あ、いや、そんなことより!自分の置かれた状況が分からない。


「ここ、どこなの?夢の中?うちの近くの神社に似てるけど…」

「クフフフ、夢なんかじゃありませんよ。ここは並盛神社です」

「な、並盛ぃ〜?!」


思わず素っ頓狂な声を上げたあたしの反応を見て、骸くんは愉しそうに笑った。
な、並盛って雲雀くんが住んでる町の名前だよね?

は?え?何。意味が分からない。

ぐるっと視線を巡らせれば、やっぱり地元の神社とは違う。
自分が今いるのは拝殿のお賽銭箱の前で、傍に膝をついて肩を抱き身体を支えてくれているのは夢の中で会った骸くんで。
さっき彼はあたしに向けて銃を撃ったよね?
しかもコミックスの表紙の中から…。
あれってもしかして、例の『10年バズーカ』の小型版?でもあたしはこちらに来られないって…。
パニックに陥っているあたしをもう一度面白そうに眺めて彼は口を開いた。


「強引にこちらに連れて来てしまったことは謝りましょう。
 しかし是が非でも連れて来いとある人物にお願いされてしまいましてね」

「ある、人物…?」

「クフフ。プライドの高い彼が僕に頭を下げるのは見物でしたよ。
 ……おや、噂をすれば何とやら。お迎えが来たようですよ、昴琉」


お迎え?一体誰が…。
骸くんの視線の先を追おうとしたその時、



「昴琉!!!」



あたしの名前を呼ぶその声に、心臓が胸を突き破るんじゃないかと思うくらい飛び跳ねた。



「…雲雀、くん…?」



あたしを呼んだのはずっと聞きたかった愛しい彼の声。
弾かれたように声の主を探す。

真っ赤な鳥居の下にその姿はあった。

少し乱れたふわふわの黒髪、綺麗な瞳には切なさを滲ませて。
息が少し弾んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
学ランではなく黒いスーツに身を包んだ彼は、骸くん同様あたしの知っている雲雀くんよりも何だか少し大人っぽい。


「雲雀くん…なの?」


本当に雲雀くんなのか確かめたくてあちらに行こうとしたが、骸くんにしっかり肩を抱き寄せられていて動けなかった。
両手で彼の胸を押してみるがビクともしない。
もがくあたしを見て黒いスーツ姿の男の顔付きが変わった。
その殺気すら孕んだ鋭い視線を意に介さず、骸くんは笑みさえ浮かべて真っ向から受け止める。


「遅かったですね、雲雀恭弥」

「六道骸…咬み殺されたくなかったら昴琉から離れて」

「おや?よくそんな口が利けますね。
 僕がいなければ昴琉を連れて来ることは出来なかったんですよ?」

「―――ッ」

「この時間、ここへ彼女が現れることまで親切に教えて差し上げたのに。
 クフフ…報酬くらい頂いても構わないでしょう?」


不敵に笑うと骸くんはあたしの顎を掴んで上向かせた。
そのまま彼の顔が近付いてくる。
え。や、やだ、ちょっと…!む、骸くん?!


ガキィィィーーーーーンッ!!


「ッ!!!」


耳を劈くような金属音に声にならない悲鳴を上げる。
唇が触れる直前に駆け寄ってきた黒スーツの男のトンファーと、どこからともなく出現した骸くんの三叉槍があたしの眼前で交差した。
不機嫌を通り越して怒りを顕にした黒スーツの男と対照的に涼しい笑顔を浮かべた骸くんが、互いの得物を交えたまま睨み合う。

助かったけど怖いよ…!ちょっと間違えれば当たるじゃないのっ


「怖いですねぇ。ただのキスじゃないですか。何をそんなにムキになってるんです?」

「…煩いッ」


ジャキンッという音と共に彼の得物から棘が飛び出した。
同時に交差させていない方のトンファーを骸くんめがけて鋭く振るう。
骸くんはその一撃を交差している部分を軸に三叉槍を回転させて弾き、その場から飛び退いた。

―――あたしの身体を離して。

支えを失い倒れそうになったところを素早く黒スーツの男が片手で引き寄せ抱き留めてくれた。
逞しい胸に閉じ込めるように抱え込まれる。

本当に雲雀くんなの…?

懐かしい体温と鼓動が目の前の人物が雲雀くん本人なのだと教えてくれる。
何よりさっき骸くんは彼を『雲雀恭弥』と呼んだじゃない。
あんな別れ方をしたのに…あたしをこちらに呼んで、迎えに来てくれたの…?
二度と逢えないと思っていた彼の姿に、胸が熱くなって視界が滲む。

だけど考えを巡らせたのも束の間。

あたしを抱き込む彼の腕は弱まるどころかより一層力が篭る。
ちょっと…力加減おかしくない?息出来ないんだけど…!
雲雀くんは怖い顔で骸くんを睨みつけたままで、あたしの様子には気が付いていない。
もがこうにも腕ごときつく拘束されている。

く、苦しい…っも、ダメ…!

折角雲雀くんに逢えたのに、あまりの息苦しさにあたしは意識を手放してしまった。


***


先に警戒を解き口を開いたのは骸の方だった。


「クフフ、腕を緩めてあげなくていいのですか?気を失ってしまっていますよ、彼女」


言われて初めて昴琉を抱く腕に異常に力が入っていたことに気が付いた。
神経を骸に向けたまま慌てて力を緩め、腕の中の彼女に視線を落とせば力が抜けてくたりとしている。
一瞬呼吸が止まっているように見えてヒヤリとしたが、微かに胸が上下しているのを確認してホッとする。


「そんなに昴琉が大事ですか?抱き締め落としてしまうほどに」

「君には関係ない」

「おやおや。本当に君は礼儀というものを知りませんね」


骸は大仰に溜め息を吐くと、僕に不敵な笑みを向けた。


「君を送り帰した後の昴琉は、心を閉ざし睡眠もろくに取っていなかった。
 そんな彼女を見つけるのに、僕がどれだけ骨を折ったと思ってるんです?
 第一昴琉をこちらに連れてこいと僕に頼んだのは君自身じゃないですか。
 感謝されこそすれ、邪険にされる謂れはありませんよ」

「勘違いしないでくれる?僕は君の能力を利用しただけだ。
 お人好しの昴琉を利用して、僕を強制的にこちらに帰させたその罪を償ってもらったに過ぎない。
 …それに、君は昴琉に興味があるみたいだしね。
 だから僕がこの話を持ちかけた時、協力する気になったんだろ?」


この男の力を借りるなんて死んでも嫌だったけど、少しでも早く昴琉を呼び寄せる為にはあちらに渡れる骸の力は必要不可欠だった。
僕とこの男の因縁を考えれば彼が協力するなんてありえなかったが、骸はすんなり僕の要請を受け入れた。
気に入らないが、要するにこの男も昴琉に惹かれているわけだ。
お互いに絡んだ視線を外さず睨み合う。
数瞬の後、骸は僕の問いにハッキリ答えず意味ありげな笑みを浮かべた。


「クフフ…ご想像にお任せしましょう。
 さて珍しい君の反応も見られたことですし、今日はそろそろ退散しましょう」

「本当なら今すぐ咬み殺したいところだけど、見逃してあげる」

「次に会う時を楽しみにしていますよ、雲雀恭弥」


骸は一瞬僕の腕の中の昴琉に柔らかい視線を向けると、境内を取り囲む林の中に消えていった。
…一々癇に障る男だ。
昴琉がこの場にいなかったら、心置きなく咬み殺してやるのに。
フッと息を吐いて張り詰めていた殺気を逃がし、腕の中でくたりとしたままの昴琉の頬にそっと触れる。
白い肌が、柔らかくて温かい…。



―――――やっと、この腕の中に戻ってきた。



懐かしい柔らかな感触が、彼女が今ここにいるのだと実感させる。
僕がどれだけこの瞬間を待ち望んでいたか、貴女に分かる?
並盛に戻ってから貴女を思い出さない日は1日だってなかったんだ。


昴琉…昴琉…っ


額に、頬に、唇にキスを落とす。


早く目を開けて…僕の名前を呼んで…ッ


不意に目頭が熱くなって、愛しい彼女の顔が歪む。
もうどうにも我慢出来なくなって、僕は昴琉の身体をきつく抱き締めた。
幸い彼女は気を失っているから、こんなカッコ悪い姿は見せなくて済む。
暫く抱き締めて短い再会の感動を味わうと、彼女を抱き上げて立ち上がる。


―――今度こそ…僕は貴女との約束を果たすよ。



2008.11.18


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