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47


雲雀くんへの想いに区切りをつけるならここでと思って彼を誘った。
君を特別だと意識したのは、この桜の下だから。
君の並盛への思いを確信したのも、ここだから。
あたしはそうやって何かに頼らなければ想いを貫けない弱い人間なんだ。


憶えているのは、驚きで大きく見開かれた彼の漆黒の瞳と轟く銃声。


撃たれた衝撃でニ三歩後退った彼の口が言葉を紡いだように見えたけれど、次の瞬間には大量の煙が彼を包み込んで。


濛々と立ち込めた煙が消えると、雲雀くんの姿もそこから消えていた。


彼の姿が消えたのが先か、限界まで耐えた涙が零れたのが先か。
緊張が解けて急激に襲ってきた脱力感に逆らえず、あたしはその場に崩れ落ちた。
彼を撃った銃も、役目を終えて一緒に煙になってしまったようだ。
抱き締めて支えてくれる腕は、もうない。
哀しいのか、淋しいのか、痛いのか、苦しいのかも分からない。
力の抜けた身体を傍の桜の木に預け、後から後から溢れてくる涙が頬を伝うままにして。

月明かりに照らされて落ち葉がはらはらと舞う中で、ただ涙を流した。

声を上げて泣かないことが、裏切ってしまった彼への償い。



ねぇ、雲雀くん……あたしはちゃんと最後まで笑えていた?



***


「あたしは雲雀くんを元の世界に帰してあげたい」


いつもの蓮の花が咲き乱れる池のほとりで。
きっぱり告げると骸くんはほんの少し綺麗な眉を顰めて「そうですか」と呟いた。


「けれど、本当にいいのですか?
 彼の存在を元の場所に戻すことは可能ですが、こちらの存在の昴琉はあちらに行くことは出来ないんですよ?
 偶然が作用してたまたま雲雀恭弥はこちらに飛ばされた。彼を帰してしまえば二度と逢うことは叶わない。
 それでも自ら彼との関係を断つ覚悟が、貴女にありますか?」

「………『別れ』には慣れてるから」


小さい頃から何度も別れは経験してきた。
今更ひとりになることなんて、怖くない―――と言えば嘘になる。
何度も経験したからこそ、ひとりになるのは怖い。

だけど、それを理由に雲雀くんをこちらに引き止めていられるほどあたしは強くない。

それにどうしたって元の世界に戻った方が良いに決まってる。
今までは無事に過ごせていたけれど、これから先この世界においての『異端者』である彼が無事でいられるかも心配だった。
突然、消えてしまうかもしれない。
彼自身の存在が消えてしまうなら、二度と逢えなくてもあちらの世界で生きていて欲しい。
雲雀くんに言わせればこの考えは『偽善』なのかもしれない。
それでもそう考えるのは『あたし』だから。
なけなしの強がりだって骸くんには分かっちゃったみたいで、彼は少し哀しそうに笑った。

彼の前に手を差し出して、自分の決意を示す。


「……骸くん。あたしに銃を」


骸くんはどこからともなく取り出した銃を躊躇いがちにあたしに手渡した。
見た目よりもずっしりとした重みを感じるのは、雲雀くんを元の世界に送り帰す使命感のせいだろうか。

―――――ううん、違う。これは彼を裏切る罪悪感だ。

手の中の銃をジッと見つめるあたしを、骸くんは包むようにそっと抱き締めてくれた。


「貴女の勇気ある決断に、僕は敬意を払いましょう」


そう言ってあたしの前に跪いて銃を握る手を取り、その甲にキスを落とした。
これはいつもの『道標』とは違う。
彼の真剣な表情に、別れの挨拶なのだと直感した。
ゆっくりと立ち上がった彼を見上げる。


「骸くんともお別れなんだね」

「えぇ」

「……また、会えるかな」

「クフフ、きっと逢えますよ。貴女が夢を見る限り、ね」

「そっか…そうだね。色々ありがとう。元気でね、骸くん」

「健闘を祈りますよ、昴琉。…Arrivederci」


きっともう会うこともないのに、嘘でもまた会えると言ってくれた骸くんの心遣いに感謝して。
ぐらりと揺らぐ視界の中であたしは強く銃を握った。


***


『……さよなら、雲雀くん』


そう言って微笑んだ昴琉の顔は、今にも泣きそうで。
腹部に感じた衝撃に思わず後退ると、視界の隅に銃が見えた。

どうして貴女が『ソレ』を持っているの…?
並盛に戻れると六道骸が夢の中で僕に見せたその銃を。

あぁ…そうか。
あの海で貴女の笑顔に違和感を覚えたのは、あの時既に僕を送り帰す決心をしていたからなんだ。
僕は貴女と生きると決めたのに。
何故と問いかけようとした時、僕と昴琉の間を大量の煙が遮った。

彼女の姿が煙で掻き消される瞬間、微笑んでいる彼女の瞳から涙が零れ落ちた気がした。

僕の身体は抗えない強い力に引っ張られて。
それでも彼女を捕まえようと煙の中に手を伸ばして、意識が飛んだ。


***


「―――…バリッヒバリッオハヨッオキテッ」


耳元で懐かしい声がする。
―――――ここは…。
目を開けると青空が広がっていた。
横たわっていた身体を起こして辺りを見回すと、そこは見慣れた僕の学校の屋上の風景で。
…僕は夢を見ていたのか?
ヒバードは座ったまま呆然とする僕の肩に舞い降りて「オカエリッ」と鳴いた。
その時校舎に続くドアが勢い良く開け放たれた。


「ひ、ヒバリさん!良かったぁ〜。戻って来れたんですね」

「けっ無事だったのかよ」

「よ!ヒバリ元気にしてたか?」


中から飛び出してきたのはいつも群れてる三匹の草食動物だった。
……戻って来られた?
さっきヒバードは「オカエリッ」と言わなかったか?
そっと学ランのポケットに手を入れると、箱が指先に触れた。
そしてもうひとつ、覚えのない冷たい金属の感触。
取り出して見れば、それは真ん中に貝殻のラインが入ったコバルトブルーのオルゴールボールのネックレス。

―――――夢なんかじゃない。僕は確かに彼女といたんだ。


「あ、あの、骸が夢に出てきて、ヒバリさんが帰ってくるって教えてくれて…。
 ランボのせいで酷い目に合わせちゃってすいませんでした!」

「…六道骸を使って僕をこちらに呼び戻したのは君かい?沢田綱吉」

「えっと、正確にはリボーンが…」

「………ろす」

「へ?」

「咬み殺す…!!」

「ひ、ひぃぃぃぃぃーーーー!!!」

「てめー!10代目に何しやがる!」

「わっ落ち着けよ、ヒバリ!」


僕の殺気を感じ取ったヒバードが肩から飛び立つ。
ばら撒かれたダイナマイトを無視して、トンファーを構え問答無用で群れる草食動物を殴り倒しにかかる。

その可能性を一度は考えたのに。
六道骸が昴琉に接触していたのに気が付かないなんて…!
僕が並盛に帰れる方法を知って、彼女が協力しないわけがない。
どんなに僕が説得したって僕をこちらに送り帰す意思を曲げることはなかっただろう。
あの人はそういう人間だ。

でもそれじゃ僕の気持ちはどうなるの。

いつもヒトの幸せばかり優先する、お人好しのバカ昴琉。
僕にだけは我が侭言って欲しかったのに。
ねぇ、六道骸から銃を受け取った時貴女は何を想ったの?
やり切れない想いと怒りで頭がおかしくなりそうだよ。
こんな結果、僕は望んでなんかいなかったのに…ッ
爆風の中逃げる草食動物を追いながら、闇雲にトンファーを振るう。


「今すぐ僕をあちらに戻せ!」


僕を取り押さえようとした山本武の腕をかわして、鳩尾に蹴りを叩き込む。
―――彼女の最後の笑顔が脳裏にちらつく。


「僕は、約束したんだっ」


ダイナマイトに火をつける前に懐に跳び込み、獄寺隼人に下から掬い上げるトンファーの一撃を浴びせる。
―――分かってるよ。僕に心配させまいとして笑ってたんだろ?


「ひとりにしないと…約束したんだ…ッ!」


―――だけど僕はまた昴琉を泣かせた…!
怯えて逃げ回っていた沢田綱吉をフェンス際に追い詰め、渾身の一撃を見舞ってやろうとトンファーを振り上げた。
瞬間殺気を感じて後ろに跳ぶ。
避けた勢いで羽織っていた学ランが脱げて宙を舞う。
今まで僕が立っていた場所を撃ち抜いて銃弾がコンクリートにめり込んだ。
銃声の方を向けば…


「赤ん坊…ッ」

「それくらいにしとけ、ヒバリ。骸を使ってこっちに帰ってくる手筈を整えたのはオレだ」

「ならヤツから聞いてるんだろ?僕は帰らないと言ったはずだ。
 いくら赤ん坊でも僕の邪魔をするのは許さない…!」

「そうもいかねぇんだ。おまえはボンゴレにとって必要な人材だからな」

「それはそっちの都合だろ。僕は君達と群れる気はない。
 僕をあちらに戻せ…!出来ないというなら…君であろうと今この場で咬み殺す!」


トンファーを構えて赤ん坊を睨みつける。
赤ん坊も僕に銃口を向けたまま動かない。
丁度いい。遅かれ早かれ彼とは戦いたいと思っていたんだ。
しかし一触即発の雰囲気を壊したのは、先程咬み殺し損ねた草食動物だった。


「あ、あの!ヒバリさん!これ…」

「!!」


彼が差し出した手を視線だけで確認する。
その掌には学ランのポケットに入れておいたはずの箱。
さっきの衝撃で落としたのか…蓋が開いていて中から中身が覗いてキラリと光る。
―――昴琉に贈るはずだった指輪。


「…それに触るな!」


素早く草食動物の足元にトンファーを投げつけると、驚いた彼は箱を宙に放り腰を抜かして尻餅をついた。
僕は宙に浮いたそれをキャッチして握り締めるようにして蓋を閉じた。


「…指輪だな。そんなに惚れてるのか?あちらの世界の女に」

「―――ッ」

「ふむ。相当いい女みてぇだな」


ニヤッと赤ん坊が笑った。
そんなの当たり前だろ。僕が初めて手に入れたいと思ったヒトだ。
赤ん坊は僕の反応に何か得心がいったように頷いた。


「今戦うのも悪くねぇが、どう足掻いてもあっちの世界には行けねぇんだ。それなら、オレと取引しねぇか?」

「取引?冗談じゃない。勝手に呼び戻しておいて。僕が応じると思うのかい?」

「まぁ、そう言うな。悪くない話だぞ」


そう言うと赤ん坊は僕の肩に飛び乗って取引内容を耳打ちした。
興味深い彼の提言に、少しずつ荒れた心が落ち着きを取り戻す。


「…信じられないな。本当にそんなことが出来るの?
 僕を一時的に納得させる為の嘘だったら許さないよ」

「マフィアに二言はねぇぞ」

「……いいよ。今戦うのは止めにする。但し、僕は協力はしても君達とは死んでも群れない」

「それでいい。おまえは雲の守護者だからな」


赤ん坊は不敵に笑って僕の肩から飛び降り、逃げ回っていた草食動物の方に「情けねぇぞ」と蹴りを入れた。
伸びていた二匹も沢田綱吉の傍によろよろとやって来た。
学ランとトンファーを拾い上げ、群れ始めた草食動物達を尻目に僕は応接室に向かう。
学ランを羽織るとポケットの中でオルゴールボールがくぐもった音で鳴った。

鳴る度に僕を思い出してと彼女に贈った。
それを持たせたってことは、貴女も僕に思い出して欲しいの…?

嫌いになったのではないと、でも忘れてと引き金を引いた昴琉。
彼女の矛盾した心の表れがこのオルゴールボールのような気がして。


答えを訊きたくても、ここには貴女がいない。


喪失感を埋めるように、僕はポケットの中のオルゴールボールを握り締めていた。



2008.11.1


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