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46


どちらを選択しても悔いが残るなら、君はどちらを選択する?
あたしなら……少しでも君が幸せになれる方を選ぶ。


―――――『偽善』だと、また君に怒られても。


***


「映画面白かったね!…って雲雀くんは寝てたから殆ど観てないか」


ふぁ〜っと口に手を当てて大きな欠伸をする愛しい彼に苦笑が漏れる。
あたしは今、雲雀くんと手を繋いで休日の街中を歩いていた。
お互いの想いが通じてからこうやって堂々と手を繋いで歩くことは数えるほどしかない。
それは初めに彼を自分の従兄弟として匿ってしまったからだったけれど、日常生活に追われていたのも理由のひとつで。
今日はあたしから雲雀くんをデートに誘った。
人混み嫌いの雲雀くんだから嫌がるかと思ったんだけど、意外にも彼は簡単にOKしてくれた。

いつもよりも念入りにメイクをして、待ちくたびれた雲雀くんに「まだ?」と催促されて家を出て。
映画を観て、カフェでお茶して、ぶらぶらと当てもなくウインドウショッピング。
擦れ違う女の子達が雲雀くんを見て振り返るのを、ちょっと優越感に浸って見送る。
あの娘達の目にはあたしと雲雀くんはどう映っているんだろう。
姉弟?それとも恋人?
彼に訊いてみたら「他人がどう思おうが関係ないよ」と返されてしまった。
実につれない態度だけど、その口調で「そんなことで僕達の関係は変わらない」と言外に含まれているのがくみ取れて。
ホント、生意気なんだから。

―――そんな何気ない普通のデートがあたしにはとても特別だった。

デートの最後にハンバーグが美味しいと評判の洋食店に足を運んだ。
大きなお店ではないけれど、そこはかとなくアンティーク家具を使った店内の雰囲気は、社員旅行で行った小樽のカフェを彷彿させる。
『シェフのお勧めスペシャルハンバーグ』を頼んだ雲雀くんは、注文を取り終えたウエイターがカウンターの向こうに消えるとテーブルに頬杖をつきあたしを見つめてきた。


「それにしても何で制服指定なの。普段着ると目立つって嫌がるクセに」

「んー、何ていうか初心忘れるべからず、みたいな?」

「質問に疑問系で答えないでよね」

「一番その服装が雲雀くんらしいのよ。大人になっても学ラン着てて欲しいわ」

「それじゃただの変態だよ」


はぁ、と雲雀くんは溜め息を零す。
こんなくだらないやり取りも楽しくて、頬が緩む。
そんなあたしを見て雲雀くんも笑う。
彼は出逢った頃と比較にならないほど柔らかく笑うようになった。
同じくらい意地悪もするけど、それは愛情の裏返しであることが多くて。
あたしってば愛されてるよなぁってにやにやしていたら、「気持ち悪い」と雲雀くんに眉を顰められてしまった。

程なくウエイターが熱々の鉄板に盛り付けられたハンバーグを運んできた。
それは評判通りとても美味しくて、頬っぺたが落ちそうだった。


「すっごい柔らかくて美味しい…!あたしが作ったんじゃ、こうはいかないなぁ」


自分の作るハンバーグとの違いを探そうと、ゆっくり噛んで味わってみる。
ハンバーグを切っていた雲雀くんのナイフが急に止まって、一度あたしを見た後何か言いかけて止め、スッと視線を逸らした。
んん?何だろ。彼が言い淀むのは珍しい。


「どうしたの?雲雀くんの口に合わなかった?」

「そうじゃないけど…」

「けど…?」


雲雀くんは逸らした視線をニ三度彷徨わせ、ほんの少し頬を赤くしてこちらをチラッと見て。


「…僕は貴女の作ったハンバーグの方が好きだな」


と小さな声でポツリと言った。
思いもよらない彼の褒め言葉に、あたしはハンバーグをフォークで刺したまま固まってしまった。
顔を赤くしたまま照れを誤魔化すように再び切り始めた雲雀くんを、ポカンと口を開けたまま見つめる。
今まで散々ハンバーグを作ったけど彼に褒められたのは初めてで。
十人中十人が間違いなくこちらの方が美味しいって言うに決まってる。
それなのにハンバーグが大好きな雲雀くんに、一番言って欲しい人にそんな風に言われたら…。
じわりと胸の奥から嬉しさが込み上げてきて、目頭が熱くなる。
………あぁ、いけない。


「ちょっと、お手洗いに行ってくるね」


ガタンッと勢いよく立ち上がったあたしに、雲雀くんはちょっと驚いたようだったがこくんと頷いた。
バッグを引っ掴んで早足にトイレへ向かう。
個室に入った途端ギリギリまで溜まった涙が、頬を伝ってタイルの床に零れ落ちた。

……間に合った。

今日は雲雀くんの前で涙は見せないと決めていた。
たとえそれが嬉し泣きでも。
あのまま彼にお礼を言ったら、きっとあたし泣いちゃってた。
…全く、選りに選ってどうして今日あたしのハンバーグ褒めるかな。
あの言葉が聞けただけで、デートに誘って良かったと思える。
ありがとう、雲雀くん。…本当に嬉しい。

だから彼の記憶に残るのは笑っているあたしであって欲しい。

涙を拭いて何度か深呼吸をして気持ちを落ち着け、個室から出て化粧を直す。
目薬を点して少し充血してしまった目をカバーする。

―――――よし、大丈夫。

バッグの中身を確認して、テーブルに戻ると怪訝そうな表情を浮かべた彼に出迎えられた。
席に着いて何事もなかったようにハンバーグが刺さったままのフォークを口に運ぶと、雲雀くんは手を伸ばしてあたしの頬に触れた。
心配そうな瞳に見つめられて、心臓が跳ねる。


「僕、何か気に障ること言った?」

「ううん、そんなんじゃないよ。目に睫毛入ったみたいで、痛かったのよ」

「昴琉…?」

「ん〜、やっぱりあたしが作るよりこっちの方が断然美味しいよ」


泣いたの気付かれた…?
動揺を隠してにっこり笑って、またハンバーグを口に運ぶ。
雲雀くんは腑に落ちないようだったけど、親指の腹で頬を何度か撫でるとそっと手を戻し食事を再開した。
追求されなかったことにホッと胸を撫で下ろし、あたしは昼間の映画の話に話題をすり替えた。


***


お店を出た後も、ずっと手を繋いで。
地元の駅に着いても手を離さないあたしに戸惑いながらも、雲雀くんはしっかり手を繋いでいてくれた。
もう少し散歩がしたいとあたしは彼を神社に誘った。


夜の境内はひっそりと静まり返っていた。
人影もなく、雲雀くんとあたしが石畳を歩く靴音が響く。
境内には殆ど灯りはなくて、淡くあたし達を照らす月明かりを頼りに石段を上る。
これから自分がしようとしていることを思うと、一段上る毎に緊張が増し、胸を打つ鼓動が速くなる。

長い石段を上りきって辺りを見回す。
拝殿やそれを取り囲む木々が青白い月の光を浴びて闇の中に浮かび上がり、いつもより厳かな雰囲気を醸し出していた。
無意識に繋いだ手に力が入っていたようで、雲雀くんに握り返されてハッとする。
「どうしたの?」と目で訊いてくる彼に何でもないと首を振って、繋いだ手を引いて彼と見た桜の木の下に誘う。

春に沢山の花を咲かせていた桜の木は、今は花の代わりにその葉を色付かせていた。
時々思い出したようにひらりと葉が舞い落ちる。
落ちた葉を踏み締めながら、雲雀くんと繋いでいない方の手であたしはそっと幹に触れた。
目を閉じればあの夜の満開の桜と、それに劣らない綺麗な雲雀くんの姿を鮮明に思い出せる。


「……懐かしいね」

「そうだね」


彼も感慨深げに並んで幹に触れて、桜の木を見上げた。
あれからもう…ううん、まだ半年程度しか経っていない。
雲雀くんと出逢ってから振り回されてばかりだったけど、毎日が本当に楽しかった。
時間にすれば1年にも満たないのに、それ以上の時間を共に過ごしたような気がする。
ひと目見た時にはもう君に惹かれて、いつの間にか君を好きになっていた。
君も好きになってくれて、ずっとあたしの傍にいてくれた。
大人であろうとするあたしに、無理をすることはないのだと教えてくれた。

―――――愛し合う喜びを教えてくれた。

ふと横を見上げれば、長めの前髪から覗く雲雀くんの綺麗な漆黒の瞳と視線がぶつかって。
どちらが先に目を閉じただろう。

あたし達は繋いだ手も離さず、お互い桜の幹に触れたまま、吸い寄せられるようにキスをした。

それは永遠の愛を誓う儀式にも似て。

ただ触れるだけだけれど、今まで交わしたどの口付けよりも雲雀くんを感じた。
彼を狂おしいほどに愛しく想う気持ちが胸の奥から溢れて。
このまま時が止まってしまえばいいと思わずにはいられなかった。
どちらともなく重ねた唇を離す。
枝葉を縫って降り注ぐ月の光を浴びた雲雀くんの瞳が揺れる。
あぁ、お願い…そんな顔で見つめないで。


決心が揺らいでしまう。


雲雀くんは桜の幹から手を離し、繋いでいた手も解いた。
そして優しく包み込むようにあたしを抱き締める。
ワイシャツ越しに伝わる彼の鼓動は、いつもより僅かに速く感じられた。
胸が、苦しい。


「昴琉。僕があの時貴女に言った言葉、憶えてる?」

「…うん、憶えてる」


―――――忘れられるわけがない。

『貴女なら僕の桜の思い出を塗り替えてくれる?』

あたしは酔っ払っていたけれど、彼の表情も、後頭部に回された手の温度も、胸の高鳴りも全部、憶えてる。
君の望みは全て叶えてあげたいけれど、これからあたしがしようとしていることはその真逆。

きっと君はもっと桜が嫌いになる。

今日デートに誘ったのは決意を固める思い出が欲しかったから。
学ランを着てと頼んだのは、鞄を持たない君が制服の時はあちらの持ち物を全て持ち歩いているから。
あたしを恨んでも構わないよ?これはあたしの我が侭だから。
深く息を吸い込んで、あたしはゆっくりと口を開いた。


「……ごめんね、雲雀くん。そのお願いは聞いてあげられない…」

「昴琉…?」

「もう、君とは一緒にいられない」

「何、言ってるの?」


彼は本当に何を言われてるのか分からないという表情で、抱き締めていた腕を少し緩めてあたしを不思議そうに見つめた。

後には引けない。チャンスは一度きり。

あたしはちょっと困った笑顔を雲雀くんに向けて、彼の胸に擦り寄る。
その隙に気付かれないよう、自分の上着のポケットから彼の学ランにそっとオルゴールボールを忍ばせた。
コトリと何かに当たる音がして少し焦ったが、雲雀くんは気が付いていない。
彼の指が壊れ物を扱うようにあたしの顎を掬い、躊躇いながらもジッと目を見つめてくる。


「―――――僕を…嫌いになったの?」


目を閉じて小さく首を振る。


「なら、どうしてそんなこと言うの」

「好きなだけじゃ…どうにもならないことがあるのよ」


あたしはいつでも雲雀くんから貰ってばかり。
奪うことしか出来ないあたしじゃ君を幸せにしてあげられない。
君にあげられるモノは『好き』という言葉と想いだけ。

だけどあちらに帰れば君を待っているあの少年が、君が望むモノを与えてくれる。

元々彼の『居場所』はこちらの世界にはない。
こちらの世界であたしと生きると言ってくれたけれど、雲雀くんには彼を必要とし帰りを待っていてくれる人がいる。
それがどんなに幸せなことか、今の雲雀くんにはどんなに説明しても分からないだろう。
元の世界に帰って色んな経験をして、沢山の人に出逢って、きっと…素敵な恋も出来る。
それはあたしと出逢わなければ、彼に訪れていたであろう未来。
あたしの為に全てを捨ててこちらに留まるなんてバカげてる。
君を独り占めなんて出来ないよ。
あちらに帰れる手段があるのなら、尚更。

君と過ごした時間が、沢山の思い出があるから、あたしはひとりでも大丈夫。

だから……

ゆっくりバッグの中に右手を入れる。


「あたしのことは忘れて。君は君らしく、自由に生きて…」

「?!!」


驚きで二の句が継げないでいる彼の口を、背伸びをして素早く塞ぐ。

綺麗な黒髪も、強い意志を宿す瞳も、抱き締めてくれた腕の温もりも、優しく名前を呼んでくれたこの柔らかな唇も。

君の全てを、あたしは決して忘れない。

同じ世界に生きられなくても、ずっと君を愛してる。


彼の腹部に銃口をそっと押し当てて―――……



「……さよなら、雲雀くん」



ゆっくり唇を離し、別れの言葉を笑顔で告げて―――――あたしは、引き金を引いた。



2008.10.20


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