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44


一時悩み事があるのか眠れないようだった昴琉は、近頃では逆に良く眠るようになった。
それこそちょっとした空き時間に、まるで気を失うようにストンと眠りに落ちる。
魘されるほどではないにしろ、彼女の寝顔は少し哀しそうで。
時を同じくして六道骸が僕の夢に侵入して来なくなった。
僕の意思が変わらないと諦めたのか、それとも…まさか、ね。

言い知れない不安が僕の心をざわつかせた。


***


「墓参り?」

「うん。バタバタしちゃってお盆も行けなかったから、次の休みに行こうと思ってさ」

「僕も行くよ」

「え、お墓参りなんてつまらないでしょ?いいよ、雲雀くんはゆっくりしてなよ」

「行く」

「そう?行きたいなら止めないけど」

「……誰の墓参り?」

「あたしの生みの親と育ての親」


少し躊躇うように彼女は言った。

『あの子は既に人生の中で二回家族を失ってる』

彼女の切ない笑顔に、楠木遥が言った言葉を僕は思い出した。


***


行きの車の中で昴琉はぽつりぽつりと自分の生い立ちについて話してくれた。
彼女の親友楠木遥から粗方聞いてはいたが、昴琉から直に彼女の生い立ちについて聞くのは初めてだ。
彼女自身、僕に家族の話をしなかった。
僕は昴琉にしか興味はないし、話したくなったら話すだろうと思って気にしていなかった。

彼女が幼かったこともあり両親の遺骨は父の弟夫婦に引き取られたそうだ。
養女にしてくれた老夫婦も、直系の親族が引き取りたいと申し出た為にそちらに預けたらしい。
だから彼女の部屋には仏壇がない。
昴琉の生い立ちを聞いてから疑問に思っていたが、そういうことだったんだね。
わりと資産家だったらしい老夫婦の死後、彼女に残されたのはあのマンション。
大体想像はつくよ。親戚連中は養女とはいえ血の繋がりのない貴女に遺産を相続させたくなかったんだろうね。
そして多分貴女もそれに負い目を感じていたし、十分だと遠慮したんだ。
ホント、腹が立つほどお人好しだよ。


先に来たのは老夫婦の家の墓だった。
お彼岸だけあって他の墓も綺麗に掃除されていて、供物が置かれ仏花が活けてあった。
まだ少し夏の暑さが残る中、彼女は桶に汲んだ水を墓石にかけようと柄杓を手にした。
僕はそれを横から奪う。


「僕がやるよ」

「そう?じゃ、あたしはお花でも活けようかな」


僕が掃除を始めると彼女は柔らかく笑って、花の茎を切りそろえ始めた。
掃除を終えて花も活けて随分綺麗になった墓に、昴琉が火を点けた線香を供える。
僕も彼女と入れ替わって線香を供え、二人で並んで目を閉じて手を合わせる。
死後の世界とか魂とか、そういうのは自分の目で見てないから分からないけど、昴琉を育ててくれた老夫婦には少し感謝している。
墓前に立って心の中で「ありがとう」と呟いた。

そして僕にはもうひとつ彼らに伝えたいことがあった。

心の中でそれを伝えゆっくり目を開けると、シャラーン、シャラーンと隣から澄んだ音がした。
昴琉が胸元で僕のあげたオルゴールボールを鳴らしていた。


「それ…」

「うん。音が綺麗だから聴かせてあげようと思って。
 あたしにはこんな素敵なプレゼントをくれる人がいるんだよーって報告」


にっこり笑ってもう一度鳴らす。
幸せそうに音に耳を傾ける貴女に頬が緩む。

天使の羽音と呼ばれるそれは燻る線香の煙と混ざり合って、蒼い空に吸い込まれるように消えていった。


彼女の生みの親の墓地は老夫婦の所と比べると少々遠かった。
車に揺られて1時間はかかった。
彼女の運転する車に乗る時は予め酔い止めの薬を飲んでいる。
出逢った頃みたいな失態はもう見せたくないからね。

海の見える高台にあるそこは、とても見晴らしが良くて海風が気持ちいい。
水を汲んできて、本日二度目の墓掃除をする。
彼女もまたさっきと同じ様に茎を揃えて花を生けた。
線香を供えて手を合わせる。

この墓に眠る二人から昴琉が生まれた。

小さな彼女を置いて先立った二人は、無念だっただろうか。
もっと生きたかっただろうか。
死んだ人間の考えなんか分かるわけがない。
僕は老夫婦の墓前と同じ様に心の中で「ありがとう」と呟き、彼らにも伝えたかった言葉を言った。


僕は貴方達みたいに昴琉をひとりにしないから、安心して眠っていなよ、と。


昴琉がシャラーンとオルゴールボールを鳴らす。
耳に心地好く響くオルゴールボールの音を聴きながら、僕は昴琉を守ることを彼女の大切な人達に誓った。
それは同時にあちらの世界との関係を断つことを意味していたが、それでも構わないと思った。
守りたいモノが並盛から昴琉に変わっただけの話だ。
彼女を知れば知るほど、彼女に触れれば触れるほど、僕は昴琉が欲しくなった。
戦い以外で僕の心を動かしたのは、貴女が初めてだ。

昴琉と何かを天秤にかけるなんてことは、今の僕にはもう考えられない。


***


雲雀くんがお墓参りについてくると言った時は、正直ちょっと驚いた。
そういうの興味ないと思っていたから。
でも、嬉しかった。
あたしの生い立ちの話も変な同情をせずに、けれど真剣に聞いてくれた。
両家の墓前で彼が手を合わせ、何を思っていたのかは分からないけど、あたしは胸を張って報告出来たよ?


あたしにはこんなに愛してくれる人がいるから淋しくないよって。


帰り際に墓地から見えた海に寄ってみることにした。
夏休みには沢山の海水浴客で賑わっていたであろう砂浜は、夕方ということもあって、今はたまに犬の散歩をする人が通るくらいだ。
久し振りの海にテンションが上がり、ミュールを脱ぎ捨てワンピースの裾を持ち上げ波打ち際まで走る。


「昴琉、転ぶよ」

「平気、平気!」


走りながら振り返って答えると、雲雀くんは苦笑を漏らした。
そのまま海水に足を浸す。
寄せては返す波が足元の砂を攫って行くのがくすぐったい。
雲雀くんはミュールを拾って、波打ち際のちょっと離れた所に腰を下ろしてこっちを見てる。
折角だから入ればいいのに。
もう少し進んで、膝下まで海水に浸かる。
足を止めて顔を上げると、あたしは目の前の風景にドキリとした。

何処までも続く水平線。そこに沈もうとする赤い太陽。ゆっくり流れる浮雲。


それら全てを包む橙色の空。


その色が雲雀くんをあちらの世界で待っている少年の纏う炎に似ていると思った。
儚そうで力強くて、そしてとても綺麗な炎の色だった。

雲雀くんのことを『彼は生粋の戦闘マニアなんですよ』と骸くんは言った。


雲雀くんが望むのは戦える世界。


あの小さなマフィアのボスなら、彼の望みを叶えてあげられる。
それはあたしには一生かかっても与えてあげられないモノだ。
沢山のモノをくれる雲雀くんに、あたしは何一つ返してあげられない。
酷く自分が小さな人間に思えて、哀しくなった。


「どうしたの?」

「雲雀くん…」


ボーッと海に入ったまま動かないのを心配したのか、砂浜に座っていたはずの雲雀くんがいつの間にか後ろに立っていた。
そして後ろから抱きすくめられる。

―――怖いけれど直接訊かなきゃいけないことがある。

思い切ってあたしは口を開いた。


「ねぇ、雲雀くん。あたしね、ずっと怖くて君に訊けなかったことがあるの…」

「…何?」

「正直に答えてね。元の世界に…並盛に帰りたいと思ってる?」


あたしを抱く彼の腕がピクリと動いた。
自分で訊いておいて、心臓が早鐘のように激しく打つ。
彼にとって並盛がどれだけ大事かは、骸くんの見せてくれた記憶や並盛の話をする時の彼の反応で分かる。
だからこそ、これまでそのことに触れるのが怖かった。
雲雀くんは大きく溜め息を吐くと呆れたような怒ったような声を出した。


「まさか、僕が貴女を置いて帰ると思ってるとか言わないよね」

「………」

「思ってたんだ」

「……本当は帰りたいんじゃないかと思ってた」

「ホントにバカだね、昴琉は」


小さく溜め息を吐いて、雲雀くんは更にあたしをぎゅっと強く抱き締めた。


「何回言えば貴女は信じてくれるの?僕は決して貴女をひとりになんかしない。
 こちらの世界は弱い草食動物ばかりで確かに刺激に欠けるけど、ここには昴琉がいる。
 だからこちらの世界で貴女と生きるって決めたんだ。
 僕は帰らないよ。たとえ貴女に嫌われて、帰れって言われても帰らない」


痛いくらいに抱き締めてくれる雲雀くんは、あたしの耳元に唇を寄せた。



「好きだよ、昴琉」



優しく囁かれたその言葉にワンピースの裾を掴んでいた手を思わず離してしまった。
……そう、雲雀くんはいつだってあたしの欲しい言葉をくれる。
何度も何度も言われた言葉なのに。
彼の言葉に鷲掴みにされたようで心臓が苦しい。

彼が望むなら帰してあげなきゃと思いながらも、ずっと不安だった。
雲雀くんが帰りたいと思っていたらどうしようって。
相反した気持ちに押し潰されそうで、それでも彼には訊けなくて。


だけど、もう迷わない。


背後から抱き締められたまま雲雀くんに顎を掬われ、唇を奪われる。
安心させるような優しく甘いキスに、徐々に苦しかった胸は落ち着きを取り戻していく。
穏やかな気持ちで満たされる。
君があたしの為に決断してくれたのなら、あたしも君の為に決断しよう。


唇が離れ彼の腕が緩んだ瞬間、あたしはするりと彼から逃れた。
「昴琉?」と怪訝そうに声をかける彼に構わず更に海の中に進む。
めいいっぱい胸に息を吸い込んで、刻々と色を増す黄昏の空に向かって思いっきり叫んだ。



「あたし、桜塚昴琉は、雲雀恭弥が大好きです!!!」



振り返ればあたしを捕まえようと手を伸ばしたまま、切れ長の目を見開いて固まっている雲雀くん。
その顔が赤いのは夕焼けのせい?それとも照れてる?

ねぇ、聞こえた?
情けないけど、これが今君にしてあげられるあたしの精一杯。
君と君を待っていてくれる人にこの気持ちが届けば……それだけでいい。

固まっている雲雀くんに、あたしは照れ隠しに両手で掬った水をかける。
我に返った彼が珍しく焦った声を漏らした。


「ちょっと…!」

「よ!水も滴るいい男!」

「子供みたいなマネよしなよ。ワンピース濡れてるよ」

「構わないわよ。雲雀くんもすましてないで童心に戻ったら?」


しつこく水を掬ってかけると雲雀くんは不敵に笑って、「後で泣いても知らないよ」とこちらに水をかけてきた。

陽が完全に落ちるまであたしと雲雀くんは、バカみたいにバシャバシャ水を掛け合った。


***


その夜、あたしはまた蓮の咲く池のほとりにいた。
彼に自分の出した答えを伝える為に。

暫く水面に広がる波紋を眺めていると「こんばんは」と声をかけられた。
振り返ったあたしを観察するようにジッと見ると、軽く息を吐いてから骸くんは穏やかな笑顔を浮かべた。


「……心が決まったようですね、昴琉」


彼の問いにゆっくり頷く。もう、迷わないと決めた。
目を閉じてひとつ深呼吸をして、ともすれば震えそうな声を抑えあたしは彼に答えを告げる。



「あたしは―――――……」



答えを聞いた骸くんはほんの少しだけ綺麗な眉を顰めて、小さく笑って「そうですか」と呟いた。



2008.9.27


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