×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

43


『君がイタズラの首謀者?』

『並盛に二つ秩序はいらない』

『君はここで咬み殺す』


薄暗い建物の中で繰り広げられる光景を、あたしはずっと眺めていた。
これは骸くんの記憶だから、あちらの世界での出来事。
あたしの知らない『並盛中風紀委員長雲雀恭弥』。


あれから数日は何もない日常が過ぎた。
雲雀くんは魘されることも無くなって、夜中に起きることも無くなった。
それは骸くんが彼の夢に忍び込むのを止めたからなんだろう。
その代わり彼は専らあたしの夢に現れるようになっていた。
初めは決断を迫ってくるのかと思っていたが、彼はあたしを急かすことはせずにただ話に来ている感じだ。
不思議に思って訊ねると、彼は「退屈凌ぎの散歩ですから」とにっこり笑った。
雲雀くんをボロボロになるまで痛めつけた彼を受け入れるのは、あたしにとっては中々困難なことだった。
それは骸くんも分かっていたのか、無理にあたしとの距離を縮めようとはしなかった。
でもまぁ折角だから夢で会う度彼に頼んで、あちらの世界を見せてもらっていた。
自分のことは多くは語らなかったけど、彼の見せてくれる記憶に断片的に混じる映像で、骸くんは今囚われの身であることが窺い知れた。
…あんな所にひとりぼっちで閉じ込められて、骸くんは淋しくないんだろうか。


場面はまた変わって、小柄な少年との戦いになる。
酷く逃げ腰なのに彼は仲間の為に骸くんに立ち向かう。


『人を何だと思ってるんだよ!!』

『こいつにだけは勝ちたいんだ!!!』

『でも…オレだって…仲間が傷付くのを黙って見てられない…だって……そこがオレの居場所だから』


『居場所』、か…。
小さな彼が必死に戦って守ろうとする『居場所』である仲間に、雲雀くんも恐らく入っている。
普段は怖がって雲雀くんに会う度に脅えてるみたいだけど、頼りにしてるのも分かる。
頭部とグローブに綺麗なオレンジ色の炎を灯して戦う彼がマフィアのボスだなんて。
初めて骸くんに聞かされた時は信じられなかった。
あの綺麗な炎が灯っている理屈なんて分からないけど、彼の人となりがそれに表れているような気がした。
雲雀くんとは反対に本当は戦いなんて嫌いで、純粋に平和な日常を願っている普通の男の子。

あちらの世界で雲雀くんを必要としている人。

あたしは骸くんと繋いでいた手を離し、膝を抱えてそこに顔を埋めた。
同時に見えていた光景も消え、いつもの蓮の池に戻る。


「大丈夫ですか、昴琉。顔色が良くありませんよ?」

「…うん。自分でお願いしたんだから、平気」

「少し、一度に見せ過ぎましたかね」

「ううん、本当に大丈夫だから」


心配そうな声色の骸くんを安心させる為に、膝に頭を預けたまま彼の方に顔を向けて笑顔を作った。
バレバレの作り笑いに骸くんは苦笑して、「そうですか」と呟いた。


「前にも言ったとおり、僕自身はどちらでも構わない。
 彼が居ないと張り合いは無くなりますが、僕の計画には邪魔ですから。
 …だからそんなに貴女が思い悩む必要はないんです。貴女の好きなようにすればいい」

「そう言ってくれるのは有り難いけど、出来る限り知った上でちゃんと答えを出したいの」

「……大人、ですね」

「違うわ。寧ろ逆よ。
 …だってあたし君に色々見せてもらっている間も、気が付けば彼を送り帰さなくていい理由を探してるもの。
 あの少年は一見弱そうに見えてとっても強いし、助けてくれる仲間が沢山いる。
 雲雀くんがいなくても大丈夫なんじゃないか…とかね」

「…そう思ってしまうほど、貴女は雲雀恭弥を愛しているんですね」

「…うん。そうね。素直に帰してあげられないくらい、雲雀くんが好き。
 でもね、同時にただの執着心じゃないかと怖くなるの」

「執着心、ですか?」


こくんと頷き顔を前に向け、一呼吸置いてあたしは話を続けた。


「一度傍に誰かがいる安心感を知ってしまえば、孤独が怖くなる。
 自分がひとりになるのが怖くて、雲雀くんを帰したくないだけなんじゃないかって。
 それは彼が好きだからってことじゃなくて、自分本位の、酷くエゴイスティックな考えじゃない?」


骸くんは何も言わずにあたしの話をただ聞いてくれていた。
良いとも悪いとも言わない。

あたしには家族がいない。
両親に先立たれて、養女に貰ってくれた人達ももうこの世に居なくて。
友達はいるけど、親戚とも疎遠。
彼氏にも振られて、あぁもうこの世の終わりだわって時に雲雀くんに出逢った。
あちらの世界から来た雲雀くんが頼れるのはあたししかいなくて、あたしにも彼しかいなくて。
だからこそ執着心なのではないかと不安になる。
もしかしたら彼があたしを好いてくれているのも一種の刷り込みなんじゃないか。
そう思うと怖くて怖くて、気が狂いそうになる。

自分の中だけに気持ちを閉じ込めて置くのはもう限界だった。
こんなこと聞かされたって骸くんにとって迷惑なだけだと分かっていても、誰かに聞いて欲しかった。


「…だから、あたしは大人なんかじゃない。好きなモノが手放せない、我が侭な子供と同じよ」
 
「昴琉…」

「彼の自由にさせてあげたい。あたしなんかが雲雀くんを縛っちゃいけない。
 彼がこちらの世界に残ることを望んでくれたって、彼はやっぱり君達の世界の人間に変わりない…っ
 どう考えたって元居た世界に帰るべきだわ…!」

「昴琉、落ち着いて」

「いつかこうなることは分かっていたし、覚悟もしてた…!頭では理解出来るのに、心が納得してくれないのよ…っ
 どちらを選んでも、きっとあたしは後悔する…っ」


一気に気持ちを吐き出して、あたしは膝を抱えていた手で今度は頭を抱え泣きそうになるのを堪えた。
骸くんは縮こまって震えるあたしの身体をふわりと包むように抱き締める。


「そうやって自分を責めるのは止めなさい。たとえ執着でもいいじゃありませんか。元来人間なんてエゴの塊ですよ。
 …好きだからこそ執着し、相手を想うからこそ悩むんです」
 

それは骸くんの実体験だろうか。
慰めるようにあたしの頭をゆっくり撫でる彼の言葉は、妙に心に沁み込んで。
夢なのに不思議と彼の体温を感じる。
頭を撫でてくれるリズムに合わせて呼吸をし、徐々に冷静さを取り戻したあたしは自分が情けなくて溜め息が出た。
雲雀くんといい骸くんといい、あたしより年下なのに落ち着いてる。
しかも励まされるなんて、もう大人の面子丸潰れだわ。
 
―――――しっかりしなきゃ。

一度大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
抱えていた頭を離して、抱き締めてくれている骸くんの胸をやんわりと押す。
けれど彼の腕はあたしを解放しなかった。


「ありがとう、もう大丈夫。大の大人がみっともないわね」

「…いいえ。ですが、少し妬けますね」

「へ?」

「クフフ…昴琉、僕と契約しませんか?」

「は?け、契約?」

「そうです、契約です。雲雀恭弥より僕はいい男ですよ?」


真剣なのか、からかっているのか。
オッドアイを細めて骸くんは綺麗な微笑を浮かべた。
け、契約って…何…?もしかして口説かれてるのかなぁ…。
取り敢えずさっきよりも強く彼の胸を押して、距離を取る。


「…魅力的な申し出だけど、お断りするわ」

「おや、残念ですね。わりと本気で言ったんですが」

「そっちの世界では大人をからかうのが流行ってるの?」

「クフフフ、まさか」


彼はにっこり笑ったまま、自然な動作であたしの手にちゅっと軽く音を立てて口付ける。
道標だというけど、どうもこれは恥ずかしくて苦手。
顔を赤くするあたしに気分を良くしたのか、骸くんは小さく笑った。


「さぁ、今回はここまでにしましょう。
 あまり眠ってばかりいると、貴女の愛しい彼に心配をかけますよ?」

「…そうね。ありがとう、骸くん」

「では、また…」

「あ!待って!」


あたしは慌てて立ち上がりかけた骸くんの袖を掴んだ。
急な行動に骸くんは軽く目を見開いた。


「何ですか?」

「…あ、あのね、えっと…。骸くんは大丈夫?」

「え?」

「あんなに暗く冷たい牢獄でひとりぼっちで、寂しくない?」

「昴琉…?」

「あたしの悩みばっかり聞いてもらっちゃったからね。
 骸くんも遠慮しないであたしに出来ることがあったら言ってね?
 まぁ、夢でしか会えないし話聞くくらいしか出来ないし、君の信頼してる仲間の代わりにはなれないだろうけど」


垣間見た骸くんの記憶の中にいた金髪の少年と眼鏡の少年と眼帯の女の子。
彼らの記憶を見ている時はとても穏やかな気持ちが流れ込んできた。
繰り返し現れた彼らはきっと、骸くんの『居場所』。
彼も彼らを守る為に戦っているんじゃないかと不意に思った。
あたしの言葉を聞いた骸くんは一瞬呆けた顔になると、吹き出すように笑い出した。


「自分のことで精一杯でしょうに…貴女って人は、全く…。クフフ、大丈夫ですよ。
 僕はこうやって散歩が出来ますからね。さぁ、もうお帰りなさい…」


そんなに笑わなくてもいいのに。
はぐらかされた気もするけど、まぁいいや。
笑っていられるうちは大丈夫だと思うから。

いつものように視界がぐらりと揺れて、あたしは夢から現実世界に戻った。


***


「起きたかい?」

「ん…」


…耳元で響く雲雀くんの低音の声が優しい。
あぁ、そっか。
夕食済んで雲雀くんと並んでソファ座ってテレビ観てたら急に眠くなって、ちゃっかり雲雀くんの肩を借りて寝てしまったらしい。
悪かったなぁと思いつつ、何故だか離れ難くて彼の肩に頭を預けたままにする。
彼の手があたしの頭を優しく撫でながら、時折髪を梳く。

…凄く、落ち着く。

雲雀くんの告白を受けてからずっと、目を覚ませばいつも彼が傍にいる。
普通の恋人同士なら当たり前なのかもしれない。
けれどそれはあたしにとってはとても幸せなことで、彼と過ごす日々はかけがえのない大切なモノ。
彼のふわふわの黒髪も、切れ長の綺麗な瞳も、年のわりに低い声も、ハンバーグが好きなところも、天邪鬼な性格も。

全部ひっくるめて雲雀くんが好き。

…勿論好きなだけじゃどうしようもないことがある。
それが分かっているから悩むし、真っ直ぐ迷いのない雲雀くんの若さが羨ましい。
きっと雲雀くんは元の世界に帰れるって知っている。
それでも何も言わず、あたしの為にこちらの世界にいてくれている。

頭を撫でていた手が顎に回り、彼の方に顔を向けさせられる。
見ればあたしの可愛い年下の彼氏は不満顔。


「また考え事してる」

「君のことを考えてたの」

「何て?」

「何でこんなに好きなのかなぁって」

「…ふぅん」


あたしの答えに気を良くしたのか、口角を上げて彼は不敵に笑った。


「それならもっと好きにさせてあげるよ」

「ん…」


いつの間にか後頭部に回された手で軽く彼の方に引き寄せられ、口付けられた。
雲雀くんに翻弄されながら、ふと頭に彼を待っている小さな少年の姿がよぎる。

今尚決断出来ず、こうして雲雀くんを独り占めするあたしを、あの子は恨むだろうか。

大好きな人がこんなに近くにいるのに。

至福と罪悪の境界であたしの心は酷く揺れていた。



2008.9.20


|list|