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「雲雀くんっ、雲雀くんっ!これ見て、これ!」


テンション高く雑誌を持ってソファに座る彼に駆け寄ると、雲雀くんは首を傾げて「ん?」と答えた。
あたしは大きく掲載された記事をポンポン指で叩いて彼に見せる。


「夏祭り…with花火大会…?これがどうかした?」

「どうかした?って…反応薄いな、君。
 日本人ならお祭りと花火って外せない夏の風物詩だと思うんだけど」

「……僕は群れる草食動物が嫌いだって言わなかったっけ」

「んー…そうだよねぇ。人いっぱいだもんね。やっぱり嫌だよねぇ」


彼の人混み嫌いを忘れてたわけじゃない。
もしかしたらお花見の時みたいに一緒に行ってくれるかもと淡い期待をしていただけに、断りの言葉にあたしはしょんぼり項垂れた。
いや、まだ諦めるのは早い!ちょっと自分のキャラじゃないけど策はある。
あたしは雑誌をテーブルに置いて、雲雀くんの前に膝をついた。
急な行動にその真意を測りかねている彼の手を取って、自分の両手で包むように握り上目遣いで彼を見つめる。


「ねぇ…恭弥。どうしても、ダメ?」

「!!」


媚びる口調で彼にお願いしてみる。
駄目押しで社員旅行以来、気恥ずかしくて呼べなかった彼の名前も頑張って言ってみた。
あたしの言葉に目を見開いて固まった彼は、たちまち顔を赤くしてあたしに握られていない方の手で自身の顔を覆った。
おぉ、雲雀くんが照れた。


「……今回、だけだよ」

「ホント?!やったー!ありがと、雲雀くん」


「呼び方戻ってる…」と不満そうに呟く彼にちょっとずるかったかなぁと思いながらも、嬉しくてぎゅっと雲雀くんに抱きついた。
彼の腕が抱き締め返してくれて、あたしの嬉しい気持ちを倍増させる。
だって雲雀くんとお祭りデートだよ?
いつも一緒にいるけど、デートらしいデートはしていない。
彼は従兄弟ってことになってるから(風紀委員の人達にはバレてるみたいだけど)、普段外では手を繋いで歩いたりもしないし。
何より、雲雀くん人混み嫌いだしね。
我が侭を聞き入れてくれた彼に申し訳ないと思いつつ、あたしは期待に胸が高鳴るのを押えられずにいた。


***


待ちに待ったお祭り当日。
雲雀くんは用事があるからと先にマンションを出ていった。
お祭りは隣の区で行われる。
だから彼とは夕方に駅で落ち合うことにして、あたしは部屋の掃除をしていた。
待ち合わせだなんて本当にデートみたい。
鼻歌交じりで掃除機をかけ、寝室のクローゼットの前まで来て思い出す。

そういえば去年買ったけど、結局着なかった浴衣があったような…。

掃除機を置いてクローゼットを漁ると、奥の方から購入した時の状態のままの浴衣一式が出てきた。
袋から取り出して広げてみると、意外にも皺になっていなくてこれなら着られそうだ。
淡い紫の生地に沢山の花が描かれた浴衣だ。
確かひとりでも簡単に着られるっていうのが売りで、帯も作り帯だから自分で結べなくても平気なんだよね。
以前結婚式にドレスを着て行った時、『僕と出かける時だってこんなに着飾らないのに・・・』と言った雲雀くんの言葉をふと思い出した。
今思うとあれって拗ねてたのかなぁ。
そうだったらとちょっと可愛い。
まだ時間あるし、浴衣着て髪を結っても十分間に合う。
―――彼は喜んでくれるだろうか。
彼の為に着飾るのだと思うと気恥ずかしいけど、何だかとてもウキウキと心が弾んだ。
そうと決まれば早く掃除を終わらせてしまおう。
ベッドに浴衣を置いて、あたしは再び掃除を再開した。


***


余裕を持ってマンションを出たつもりだったが、履きなれない下駄のせいで待ち合わせ時間ギリギリに駅に着いた。
帰宅する人々とお祭りへ向かう人々で駅とその周辺は普段よりもごった返していた。
雲雀くん、不機嫌になってなければいいんだけど…。
駅構内へと続く階段を上りながら彼に電話をかける。
すぐに携帯から彼のちょっと低い声と周囲の雑音が流れてきた。


『昴琉?遅かったね』

「ごめんね、ちょっと支度に手間取っちゃって。今、階段上り切ったとこ。何処にいるの?」

『いつもの所』


そう言われていつも彼が会社帰りのあたしを待っていてくれる柱の方に目を向ける。
人だらけで何処にいるのか分からない。
雲雀くんが今日着ていた服はどんなだったっけ?
携帯で通話したまま、彼の姿を探す。


「雲雀くん本当にいつもの所にいるの?見当たらないんですけど…」

「『昴琉?』」

「ぇ?」


耳に当てた携帯から聞こえた声と、背後から聞こえた声がダブる。
ビックリして振り返ると、そこには同じようにビックリしたらしい雲雀くんが立っていた。
お互い携帯を耳に当てたまま、これまたお互い相手の上から下まで視線を巡らせ、ポカーンとしたまま同じ台詞を言った。


「「……浴衣、着てる」」


何で?どうして?出て行った時普通の洋服だったはずなのに…雲雀くんが浴衣着てる!!
道理で見つからないはずだよ。
それにしても……うわぁ…どうしよう。雲雀くんすっごいカッコいい。
濃い灰色のベースに薄い灰色の線の入った縞絣に身を包んだ彼は、持って生まれた落ち着いた雰囲気のせいかとても中学生には見えない。
あたしは携帯を切るのも忘れて、彼に見惚れる。
何故か雲雀くんもあたし同様固まってて、でもほんのり頬が赤くて小声で「ワォ」なんて言ってる。
見詰め合っている自分達が急に恥ずかしくなって、あたしは携帯を切って誤魔化すように声をかけた。


「ど、どうしたの?浴衣着ちゃって」

「今日例の神社でも風紀委員会が元締めの夏祭りがあってね。
 活動費を徴収に行ったら神主に捕まって着せられた」

「あはは。あの神主さんらしいや」


普段だったら雲雀くんが大人しく着せられるわけないんだろうけど、今日は気分が向いたらしい。
って、活動費ってつまりは『ショバ代』ってことだよね。
相変わらず裏社会がちらつく組織よね、風紀委員会って…。
笑うあたしを見つめて、雲雀くんも柔らかく笑った。


「似合ってるよ、昴琉」

「あ、ありがと。でも雲雀くんだって…似合ってる」

「ん。そろそろ行こうか」


そう言って彼はあたしの手を攫い、指を絡めた。
所謂恋人つなぎにビックリして雲雀くんの顔を見上げると、彼は「今日はデートでしょ」と生意気な笑顔を向けた。
同じことを考えていてくれたのだろうか。
…嬉しい。
「うん」と頷いて彼の手をきゅっと握り返すと、彼も握り返してくれた。


駅があれだけ混雑していたんだから、当然車内も混んでいる。
掴まる所もなく浴衣だから踏ん張れなくて、電車が揺れる度にフラフラしてたら、そっと雲雀くんが腰に手を回して支えてくれた。
「我慢しないで掴まってなよ」とそのまま引き寄せられる。
満員電車なんて通勤で慣れているし赤の他人と密着するのも日常茶飯事なのに、相手が雲雀くんだとドキドキして変に意識してしまう。
胸に遠慮がちに手を置いて身を預けるように彼に寄り添うと、クスッと頭上で笑うのが分かった。
―――ダメだ。ドキドキし過ぎて彼の顔が見られない。
あたし、こんなに乙女だったかな…。


***


お祭りの会場に着くと、辺りは沢山の屋台と人で独特の雰囲気に包まれていた。
そんな中を手を繋いで歩く。
機嫌が悪くなるんじゃないかという心配は杞憂だったみたいで、寧ろ横を歩く雲雀くんは楽しんでいるように見えた。
花火までまだ時間もあるし、ふらふら屋台を見て回る事に決めた。
金魚すくいにヨーヨー釣り、輪投げなんかもある。
勿論食べ物の屋台もいっぱい。けれどその中であたしは射的を選んだ。
一度やってみたかったんだけど、子供の頃は一応女の子だし、恥ずかしさも手伝ってチャレンジ出来なかったんだよね。
屋台のおじさんに二人分の料金を払い、射的用ライフルとコルク玉を受け取ると、あたしはビシッと雲雀くんに指をつきつけ高らかに宣言した。


「勝負よ!雲雀くん!」

「受けて立つよ」


不敵に笑ってライフルを構える雲雀くんがかっこよく、様になっていて不覚にも気圧される。
うっ…そういえばこの子普段からトンファー隠し持ってるような戦い好きだった…。

勝てる気がしない…!

負けず嫌いの彼がわざと負けてくれるわけもなく。
連続三回勝負するも、案の定、惨敗を喫する射的デビューとなった。
だって雲雀くん百発百中なんだもん!勝てるわけないじゃんっ
ガックリ項垂れていると、あたし達の勝負を近くで見ていた女の子に袖を引かれた。


「あのお兄ちゃんすごいね!お姉ちゃんの彼氏?」


目をキラキラさせながらされた、ストレートな質問に面食らう。
やっぱり女の子ねぇ。年の割りにませてるわ。
でも彼のカッコよさに気が付くなんて、中々いい目を持ってるじゃない。
雲雀くんは屋台のおじさんが景品を詰めているのを眺めてる。
あたしは見上げる女の子ににっこり笑って「うん」と答えると、彼女は益々目をキラキラさせて羨ましがった。


「いいなぁ〜」

「カッコいいでしょ?」

「うん!すごくカッコいいっ」

「ふふ、あたしの自慢の彼氏よ。君も将来素敵な彼氏捕まえてね」


元気良く「頑張る!」と答えた彼女は母親に呼ばれると、ブンブン手を振って去っていった。
それをちょっと誇らしい気分で見送っていると、袋いっぱいの景品を受け取った雲雀くんに声をかけられた。


「どうしたの」

「ううん、何でもない。いっぱい貰ったね、景品」

「まぁ、殆ど駄菓子だから貴女のお腹の中に消えるだろうけどね」

「あはは、ご馳走様!それじゃ何か食べ物買って、花火見に行こうか?」

「そうだね」


今度はあたしから手を繋ぐ。
雲雀くんは予想外だったようでちょっとだけ目を見開いたが、フッと笑って歩き出した。
各々屋台で好きなモノを買って、人混みを避けて花火が見れそうな場所を探す。

花火はお祭り会場近くの河川敷で上げられるから、ちょっと打ち上げ場所から離れれば人の少ない土手から見ることが出来る。
適当に場所を決めてちゃっかり持ってきていたレジャーシートを敷いて腰を下ろした。
屋台で買った食べ物もすっかりたいらげて、懐かしくて買ったあんず飴に手を伸ばした時、上空で光が弾けた。
あっと思った時には遅れて聞こえた音と共に一発目の花火は消えていて、見上げた時には次の花火が上がっていた。


「始まったね」

「うわ〜、綺麗!離れてるのに凄い音」

「ほら、昴琉。子供みたいにはしゃぐから、髪飾り落ちそうだよ」

「え、ヤダ。本当?」

「じっとしてて」


彼はあたしの髪に手を伸ばすと、髪飾りを一度抜き取って挿し直してくれた。
その拍子に髪飾りが地肌を掠める。
首筋から背中にゾクリとした感覚が走り、小さく「ぁっ」と声が漏れてしまった。
は、恥ずかしい…っ。
直してくれたお礼を言って、照れ隠しに急いであんず飴を口に突っ込んだ。
それを何故か雲雀くんはジッと見つめている。


「あ、もしかしてあんず飴食べたかった?」

「…うん」

「わ、ごめん!言ってくれればあげたのに。帰りに買う?」

「いいよ。貴女から貰うから」

「ぇ?ん…!」


彼の言った言葉の意味を考える暇もなく、素早く唇を重ねられる。
いくら夜で他の見物客と距離があるとはいえ、ここは外で人の目があるわけで。
逃れようとするあたしの後頭部に手を回して、お構いなしに彼は口内を蹂躙する。
一頻り堪能すると彼は「甘酸っぱい」と呟いて唇を解放してくれた。
そして少し意地悪な笑みを浮かべて訊ねてきた。


「ねぇ、昴琉。僕は貴女の自慢の彼氏?」

「!!や、やだ。聞いてたの?」

「聞いてたっていうか、聞こえたんだけど」


聞かれていないと思っていた会話が本人に聞かれているなんて、恥ずかしいことこの上ない。
慌てるあたしを見て彼は愉しそうに笑った。


「ねぇ、どうなの?」

「し、知らないっ」


たとえ子供相手にでも、自慢されたことが嬉しかったからなのは分かるけど。
明らかにからかっている態度にそっぽを向いて拗ねてみせると、彼はあたしの肩を抱き寄せた。
そして恥ずかしさで真っ赤になったあたしの頬にちゅっと音を立ててキスをする。
あぁ…もうっ公衆の面前で止めなさいってば…!


「機嫌直しなよ。今日はデートなんでしょ」

「…うん」


……こういうとこがカッコよくて困るんだけどなぁ。
キスをされる度に大人でいる為に着込んだ鎧を外されて、素直にさせられる。
彼の肩にこてんと頭を預けて、夜空を見上げる。
雲雀くんもあたしの頭に頬を寄せて、同じ様に見上げた。
隣には大好きな人がいて、しかもデートだなんて。
いつも自分には勿体無いほどの至福を与えてくれる彼に心から感謝する。

カッコよくて可愛くて、時々意地悪だけど、あたしの大切な人。

彼と過ごす時間は一瞬でも忘れたくなくて。
次々と打ち上げられては花開き、散っていく大輪の花を、あたしはしっかり見つめて心に刻んだ。

大好きな君を傍に感じながら。



2008.8.13


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