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37


雲雀くんのお望み通り夕食にハンバーグを作って、デザートにはお土産のチョコレートケーキを食べて。
テレビを観ながら彼と談笑して、お互いお風呂に入って。
後は寝るだけ。寝るだけなんだけど……

あぁ、この瞬間が遂にやって来てしまったよ…!

あたしはリビングを落ち着きなくうろうろ徘徊する。
ここに雲雀くんは居ない。
先にお風呂から出た彼は、多分既にあたしの寝室にいる。
『あたしの』ではなく、今日から『二人の』になっちゃったわけで…。
こんなに緊張するなら承諾しなければ良かった…!
いやね、これまで散々一緒に寝てるけど、自分の寝てる間に潜り込まれるのと、承諾した上で寝るのとでは心構えが違うじゃない?
気恥ずかしいっていうか、何というか。

―――って何十代の乙女みたいに照れてるのよ、あたし!

頭を抱えて蹲りたい気持ちでいっぱいだが、いつまでもこうしてても仕方ない。
覚悟を決めて寝室前まで移動し、そっとドアを開けて中を覗く。

やっぱり雲雀くんいる。

彼は既にベッドにうつ伏せに寝そべり、本を読んでいた。
勘の良い彼のこと、すぐにこちらに気が付いて振り向いた。
中々入ろうとしないあたしの様子に首を傾げる。


「何してるの。早く入りなよ」

「う、うん」


どっちが部屋の主か分からない言葉に疑問を抱く余裕もなく、ソロリと中に入った。
ぎこちない笑顔を雲雀くんに向けながらベッドに向かう。
ベッドまでの距離をこんなに長く感じたのは生まれて初めて。
心臓がドキドキする。
雲雀くんはよりによってベッドの中央付近に陣取っている。
抱き枕にする気満々じゃない…。
あたしはなるべく彼から距離を取って、ベッドの端っこに潜り込んだ。
その行動が可笑しかったのか、雲雀くんはククッと笑う。


「そんな端じゃ寝返り打ったら落ちるよ?」

「ひゃぁっ」


引っ張られて結局彼の方に引き寄せられる。
雲雀くんはそっとあたしの手を取って、自分の胸に押し当てた。


「緊張しているのは貴女だけじゃないよ」


まさか、雲雀くんも緊張してるの?
掌から伝わる彼の鼓動はあたしと一緒で忙しなくドッドッドッとリズムを刻んでいる。
「ね?」と優しく微笑む顔は心なしか赤くて、彼を年相応に見せる。
普段涼しげな顔でキスしてくる人とは思えないくらい初心な表情に、きゅぅっと胸が狭くなる。
…今まで散々潜り込んでたくせに、それ、ずるい。
彼は枕元のリモコンで灯りを消した。


「昴琉、おやすみ」

「お、おやすみ、雲雀くん」


毎日交わしていた挨拶なのに、状況ひとつでこんなにも心が温かくなる。
暗がりの中でジーッと見つめてくる彼の視線がくすぐったい。
おやすみ言ったんだから目閉じてよ…!
雲雀くんはぽつりと「物足りない」と呟いた。
…物足りない?何が?


「やっぱりおやすみの挨拶にキスは付き物だよね」

「へ?ぁっ…んっ」


不意打ちのキスは挨拶にしては深く。
逃れようとするあたしの身体をきつく抱き込んで、ちゅっちゅっと角度を変えて雲雀くんは口付ける。

何で雲雀くんはこんなにキスが好きなの…!

こ、これはまずい。本当に寝られなくなりそう。
あたしの焦りなんてそっちのけでキスを続ける雲雀くんを止めようと何とか喋ってみる。


「んはっ…ぁ…ひっ、ひふぁぃ、ふん…」

「…何」

「はぁはぁ…ふ、普通おやすみのキスはもっと軽いモノだと思うんだけど…」

「深いと問題あるの?」

「も、問題っていうか、えっと、その…眠れないというか…」

「………感じちゃう?」

「ぶっ!」

「昴琉汚い…」

「ご、ごめ!って違っ君が変なこと言うから…!」

「明日貴女休みだし、どうせ眠れなくても昼寝すればいいよ。
 僕は昴琉とキスするの気持ち良いよ?貴女は気持ち良くないの?」


真っ直ぐ熱の篭った瞳で見つめられ、カーッと全身が熱くなる。
本当にもう…!
そういうとこ素直なのは認めるけど、何でそんなに歯に衣着せないかな!
雲雀くんの視線に耐えられず目を逸らして答える。


「き、気持ち良くないわけじゃない、かもしれない…」

「…煮え切らないな…まぁいいよ。嫌じゃないみたいだし、続けるよ」

「あ!ちょっ…んふっ…ひば…!んー!んー!」


再び口を塞がれ、強制的に黙らされる。
こうなるともう抵抗したって力じゃ敵わないし…寧ろ彼のキスでどんどん力が抜けてしまう。
腕の中でくたりと力が抜けたあたしに雲雀くんは「やっぱり貴女も気持ち良いんじゃない」と満足そうに笑った。


***


はぁぁぁ………。結局眠れなかった…。

洗濯機の前で盛大に溜め息を吐く。
雲雀くんはいい様にあたしを翻弄した後、自分はさっさと寝てしまった。
あたしはといえば身動きしたら雲雀くんが起きてしまいそうだし、変に彼を意識してギンギンに目が冴えてしまって明け方にやっと寝付いた。
でも結局いつもと同じ時間に彼に起こされて、おはようの挨拶と…キス。
午前中に風紀委員の用事があるとかで、朝食を食べた後彼は出掛けたのだけど…。
そこでも行ってきますのキス。

彼がこんなキス魔になるなんて思わなかった。

そりゃあたしだって雲雀くんがキスしてくれるのは嬉しいけど、こう頻繁にされると唇が痛い。
指先でそっと唇に触れてみる。
ほんの少しの痛みと指の感触に、彼の柔らかく温かな唇を思い出して顔が熱くなる。
い、いけない。やることやっちゃわないと。
気持ちを入れ替えて洗濯機のスイッチを押し、その間に掃除機をかける。
洗濯物を干し終えて、ソファに腰を下ろすと急激に眠気が襲ってきた。
時計を見ると10時15分。
雲雀くん帰ってくるのお昼頃かな?
…少しくらい寝ても平気よね。
そのままソファに横になって瞼を閉じると、ものの数秒であたしは夢の住人になってしまった。


***


用事を済ませてマンションに戻った僕は、玄関のドアを開けて中に入る。
…ん、鍵掛かってなかった。
僕が帰ってくるの分かってて掛けてなかったのかな。
それにしては昴琉が姿を見せない。
不思議に思ってリビングまで行くと、探していた彼女の姿を見つけた。
ショートパンツとキャミソールというラフな格好でソファに横たわって寝ている昴琉の姿に、僕は思わず片手で顔を覆う。
自分でもわかるほど赤面してしまったから。

何でそんな格好で寝てるの…!

昨夜僕がしつこくキスしたせいで寝不足なのも、季節はもう夏で暑いのも分かるけど。
少し無防備過ぎやしない?
鍵も掛けてなかったし、僕以外の誰かが来たらどうするのさ。
呼吸で上下する度にチラリと覗く胸の谷間や、惜し気もなく晒された白い太股が否応にも僕の目を引く。
ワォ、キャミソールの肩紐が片方だけずり落ちてるとか、もう誘ってるとしか思えないよ。
ソファの前に膝をついて彼女の顔を覗き込んでみたけど、長い睫毛は下りたままで、余程眠りが深いのか起きる気配はない。

昨日した約束は失敗だったかもしれない。

僕だって男だからね。
今までだって我慢してたのに、こんな姿見せられたらキスの先に進みたいって思ってしまう。
貴女は大人でそういう行為も経験済みだろうし、知識として知っていても僕にはまだ未知の世界で。
……何だか少し悔しいけど、無理矢理奪うのは嫌なんだ。
だからもう少しキスだけで我慢するよ。
その代わり僕が満足するまで離さないけどね。

起こさないようにそっとソファに手をついて、彼女の髪、額、頬と順に口付けを落とす。
貴女は「ん…」と身じろぐだけで起きない。
とても愛おしくなって、昨日からの僕のキスで赤みを増した唇に自分のそれで触れた。
流石に昴琉は目を覚ましたけど、一瞬状況が呑み込めなかったようできょとんとしていた。
うん、そんな表情も嫌いじゃないよ。


「ん?え?あれ?雲雀くん?」

「ただいま、昴琉」

「あ、おかえり。って今…」

「ただいまのキスしてた」

「………そんなにキス好き?」

「貴女とするキスはね」


彼女は僕の言葉に頬を真っ赤に染めた。
そんな彼女に僕は再び口付ける。
僕の言動に素直に反応する貴女は可愛くて、年上だということをたまに忘れてしまう。
特にこうやってキスをしている時は、いつもより素直に僕を受け入れてくれる。
大人の女性である貴女に頬を赤らめさせて、色っぽく吐息を漏らさせているのが自分だと思うと堪らなくなる。
もっと滅茶苦茶にしたくなるんだ。

ねぇ、僕の気持ちは貴女に伝わっている?



貴女のことが好きで、好きで、仕方ない。



名残惜しくて下唇をちゅっと音を立てて吸って唇を離すと、思った通り頬を赤らめて荒く息をつく貴女と視線がぶつかる。
貴女は「本当にしょうのない子」と微笑んで、頭を撫でながら僕の髪を梳いた。

…ふぅん、まだそんなこと言える余裕あるんだ。

チラリと時計に目を走らせれば11時20分を過ぎたところだった。
少しお腹も空いたけど、僕を子供扱いする昴琉を咬み殺すことに決めた。

―――――勿論トンファーじゃなく、キスでね。



2008.8.8


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