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36


今日は休日だけど雲雀くんとは別行動。
彼は風紀委員会のお仕事があるんだって。
それじゃゆっくり家でゴロゴロしちゃおうかと思ったんだけど、それも勿体無いから遥とホテルのケーキバイキングに行くことにした。
久し振りに甘い物をいっぱい食べて、すっごい幸せ!
遥なんて「元取るんだ」ってあたしの二倍は食べてた。
それだけいっぱい食べればもうお茶をする気にもならなくて、早々に遥と別れて家路につく。
自分ばっかりケーキを沢山食べてしまった罪悪感から、ホテルで売っていたチョコレートケーキを雲雀くんのお土産に買った。

決してあたしが食べたかったわけじゃないよ?
一口貰おうなんてそんなこと…ちょっと思ってるけど。

喜んでくれるといいなぁと少々浮かれてマンションに辿り着く。
すると大きなトラックが停めてあるのが目に入った。
こんな時期に誰か引越しかしら?
少し不思議に思ったけど、そう珍しくもないので自宅に向かった。

あれ?玄関空いてる。雲雀くん帰って来てるのかな?


「雲雀くー………えっと、どちら様…?」


雲雀くんがいるかと思って中に入れば、そこには見知らぬ男が立っていた。
格好はモロとび職のそれだが、人相が…怖い。
我ながらよく悲鳴を上げなかったと感心するくらいよ。
固まるあたしに男は「あちゃー、こりゃどうも」なんて少し困ったような笑顔を向けて頭を掻いた。
そして奥の方に顔を向けて中に呼びかける。


「委員長ー!姐さんがお帰りですぜ!」


ね、姐さん!!!
やっぱりそっち系の人ー?!
あたしの寝室からひょっこり雲雀くんが現れた。しかも人を引き摺って…!


「やぁ。早かったね昴琉」

「ちょ、ちょっと!これは一体どういうこと?!今日は風紀委員の仕事があるって…」

「ドア壊したままだったから直そうと思ってね。
 丁度風紀委員にそういうの得意な人間がいたから、貴女がいないうちに済まそうと思ってただけだよ」

「それにしたってその人は…?」


雲雀くんの引き摺っている人、既に気絶してるんだけど明らかにボコボコにされてる。
壊れたドア直すのに気絶するほど殴られる理由って何よ。
雲雀くんは不機嫌さを隠そうともせず、引き摺っていた男を床に打ちつけた。
うわ!凄い音したんですけど…。


「僕がちょっと目を話した隙に、貴女のパジャマの匂い嗅いでたから咬み殺したんだよ」

「げ…」

「そこの君、これどこかに捨ててきてよ」


あたしが初めに遭遇した彼にそう言い付けると、雲雀くんは「貴女はこっちで待ってて」とリビングに連れて行かれた。
あたしをソファに座らせると雲雀くんはさっさと風紀委員の人達に指示を出しに戻ってしまった。

う、うーん。ドア直すだけにしてはどうも大掛かりな気がする。

さっき雲雀くんにボコボコにされた人も含めて五人、とび職の格好をした風紀委員が出入りしている。
あたしの寝室だけじゃなくて、雲雀くんの部屋からも何かを運び出す音がしたり。
一先ず買ってきたチョコレートケーキを冷蔵庫に入れよう。
そうだ、雲雀くんの我が侭に付き合ってドア直してもらってるんだから、お茶の一杯も出さないのは失礼よね。
ついでに何してるのか覗けるし。
人数分のコーヒーをトレイに載せて、あたしは自分の寝室に向かった。
寝室のドア前で作業している風紀委員さんに声をかける。


「良かったらコーヒー如何ですか?」

「わ、すんません。おーい!姐さんがコーヒー淹れてくださったぞ!」


「おお!」という声と共に風紀委員さん達が集まってコーヒーを手に取っていく。
そこに雲雀くんがムスッとしながら現れた。


「君達、誰が休憩していいって言ったの」

「あたしよ。コーヒーくらい良いでしょ?
 元々雲雀くんが壊したドア直してもらってるのに、そんな怖い顔しないの」

「風紀委員会は僕が作ったんだ。どうしようと僕の勝手でしょ」

「……全く君は。皆さんすみませんね、この子の我が侭聞いて頂いて」

「と、とんでもない!行き場のない俺達を拾ってくれた委員長には寧ろ感謝してるんです。
 そりゃトンファー振り回されるとおっかないですけど、風紀委員は皆委員長の強さに惚れてるんです。
 雲雀委員長は頂点に立つのに相応しいお方です!
 しかも姐さんのような素敵な方が委員長の女だなんて、感激で…ぐは!」

「勝手に僕の昴琉と群れないでくれる。咬み殺すよ」


口より先に手が出てるよ、雲雀くん。
あたしの手を握って力説を始めたまだ若い風紀委員の彼は、雲雀くんのトンファーの一撃で伸びてしまった。
本当に彼は手加減という言葉を知らない。
「貴女は向こう行っててってば」とプンプン怒る雲雀くんに、再びリビングに追いやられてしまった。

結局何してるのか中まで覗けなかった。

マンションの前に停めてあったトラックも恐らく風紀委員のものだとして、一体何してるんだろう。
あぁ!気になるっ
第一ここあたしんちなのに、家主放置で何してくれてんのよ。

仲間外れにされた気分でちょっと淋しいけど、仕方がないから諦めてリビングで待つことにした。
待っている間に彼のすることだから、何か突拍子もないことじゃないかと心配になってくる。
ソファに座ってテレビを観ていてもソワソワして落ちつかない。
かれこれ30分くらい経った頃、「失礼しました!」と風紀委員の誰かの声とバタンと玄関が閉まる音が聞こえた。
雲雀くんもリビングに戻って来た。


「終わったの?」

「やっとね。貴女が帰ってくる前に終わらせたかったんだけど、役に立たないのばかりでね。
 つい我慢出来なくて咬み殺してたら、人数が半減して時間がかかってしまったよ」

「は、半減って…それじゃ初めは十人もいたの?」


呆れた。
さっきの調子で咬み殺してたら、確かに短時間で全滅しそうだわ。
よく半分残ったと言うべきかも。
まぁ、あたしのパジャマの匂いを嗅いでた変態さんを咬み殺してくれたのはグッジョブだけどね。
あたしの反応を誤解したのか、雲雀くんはちょっと声のトーンが下がる。


「貴女に言わないで他人を家に入れたこと怒ってるの?」

「ううん、それは怒ってないけど。あたしと接してる時の態度と随分違うから、さ」

「……気持ち悪いこと言わないでくれる?僕は男と群れる趣味はないよ」
 
「…そういう意味で言ったんじゃないんだけど。まぁ、いっか。
 それで?大勢で何してたの?ドア直してただけじゃないんでしょ?」

「……見てみるかい?」


雲雀くんはとても爽やかとはいえない、含みを持った笑みを浮かべた。
こ、こわっ
自分の寝室がどうなっているのか見るのが怖い…。
恐る恐る雲雀くんと一緒に寝室に向かった。

まずはドア。
壊れたドアノブ部分だけを直したのかと思ったら、ドアそのものを交換したらしい。
普通の木目のドアでホッと胸を撫で下ろす。
問題はこの中よね…。
あたしは意を決して、そろそろとドアを開けて中を覗いた。

ベッド以外は何も変化はないようだ。……ベッド以外は。


「な、な、な、何このベッド…!」

「見ての通りダブルベッドだよ」

「いや、そうじゃなくて!今まで使ってたのはどうしたの?!」

「僕の部屋に戻したよ」

「じゃ、じゃぁ君が壊したベッドは?」

「どうせ使い物にならないし、風紀委員に捨てさせた。
 ……貴女が僕以外の男と寝てたベッドなんて破棄して当然でしょ」


途端に不機嫌になった雲雀くんにちょっと焦る。
これは不味いパターンだ。
彼の独占欲を図らずも煽ってしまった。
だからといってこのままじゃ一緒に寝るのを了承したことになってしまう。

幼い子供ならいざ知らず、雲雀くんは思春期の男の子だ。

確かにお互いに好きで彼氏彼女という関係だけれど、それとこれとは話が別。
流石に大人として倫理的に不味いと思うのよね。
あたしが寝てる間に勝手にベッドに潜り込んでくる彼の行為を許すわけにはいかない。
間違いが起こってからでは取り返しがつかないもの。


「あ、あたしは同じベッドで寝るの認めた覚えはないわよ?」

「またその話かい?いい加減諦めなよ昴琉」


雲雀くんは短く溜め息を吐くと、傍に寄って来てヒョイッとあたしを抱き上げた。
突然の行動に驚いているあたしをそのまま運んでベッドに放り投げる。
スプリングのお陰で衝撃は和らいだものの、一瞬息が止まる。
上に覆い被さってきた彼に両手を掴まれベッドに縫い止められてしまった。
動きを封じられたあたしに、雲雀くんは意地悪な笑みを向けた。


「ねぇ、貴女を力で捩じ伏せて手に入れるなんて、僕にとっては簡単なことなんだよ」

「!!」


ビクッと身体を硬くするあたしの反応に満足したように笑うと、雲雀くんは「うん、いいね。その顔」と呟いて唇を重ねてきた。
ゆっくりと、深く重ねられた彼の唇に徐々に追い詰められる。
息苦しさといつもと違う彼のキスに気後れして目に涙が浮かぶ。
雲雀くんは顔をほんの少し上げて、そっと唇だけ離した。
顔が近過ぎて彼の綺麗な瞳すら焦点が合わずにぼやけて見える。


「……自分で言うのもなんだけど、僕は気が長い方じゃない。
 力尽くで貴女を手に入れる機会は今までいくらでもあったんだ。
 でも、それをしなかった理由が分かるかい?」


ゆるゆると唯一自由な首を横に振ると、雲雀くんは少し切なげに笑った。


「昴琉のことが大切だからだよ」


トクン…と心臓が鳴る。
あ…ヤバい。きゅんと来た。
雲雀くんはベッドに縫い止めていた手を離すと、今度は横たわったままのあたしを抱き締める。
まるで表情を見せたくないとでもいうように、あたしの肩口に顔を埋めて。


「僕は昴琉の全てが欲しいんだ。力尽くでは貴女を壊してしまうからね。
 貴女が僕を今よりもっと好きになって受け入れてくれるまで、キス以上はしないから……。
 だから…せめて傍で眠らせてよ」


あたしは彼に抱き締められているはずなのに、しがみつかれているような感覚に戸惑う。

雲雀くんも分かっているんだ。

あたしと彼の間にある『大人』と『子供』の境界を。
彼にとってそれは大した障害ではないけれど、あたしにとっては城壁のように高い障害であることも。
どう足掻いたって年の差は埋められない。
自分のしたいことしかしないと公言している彼が、あたしの為に我慢するなんて…。
これじゃ、どっちが大人でどっちが子供か分からないわね。
ダメの一点張りで拒否しているあたしの方が余程子供だ。
第一ここまで好きな人に言われて断れる人がいるだろうか。
あたしは自由になった手でそっと彼を抱き締めた。


「昴琉?」

「風紀委員長殿、男に二言はないわね?今の言葉忘れないでよ?」

「それじゃ…」

「これからは『おやすみ』も『おはよう』もここで一緒に言おうね」


パッと顔を上げた彼に苦笑しながらそう告げると、噛み付くようにキスされた。
いつもの彼に戻ってくれてホッとする。
唇を離した雲雀くんの嬉しそうな笑顔にドキリとする。


「…雲雀くんてさ、結構甘え上手だよね」

「そう?僕からしてみれば貴女は焦らし上手だよ」

「な、何それ…!」

「今だって僕を焦らしてるじゃないか。我慢した僕にご褒美くれないの?」

「ご褒美ねぇ…あ!思い出した!お土産にチョコレートケーキ買ってきたの。食べない?」

「……鈍感」

「え?ハンバーグの方が良かった?」


雲雀くんはガックリ項垂れて再び肩に顔を埋めたが、溜め息を吐くとすぐに顔を上げた。


「まぁいいよ。今回は両方で手を打とう」

「欲張りだなぁ、もう」


それで機嫌が良くなるなら安いもんだけどね。
でもケーキでもハンバーグでもなくて、雲雀くんが欲しいご褒美って何だったんだろう。
今度さりげなく訊いてみようかな。

それにしても、今回も雲雀くんのお願いを了承してしまった。
自分でもちょっと雲雀くんに対して甘過ぎるんじゃないかと心配になってきたわ…。
そうだ、ひとつ気になることが。
未だ抱きついたまま離れない雲雀くんに問いかけてみる。


「ねぇ、雲雀くん」

「何」

「どうせあたしが拒否しても今まで通り潜り込む気だったんでしょ?」

「まぁ、そうだね」

「じゃぁどうして壊れたベッドと一緒に雲雀くんのベッドも捨てなかったの?
 そうすればあたしが拒否する確率が減るって分かってたでしょ?」

「…あれは貴女が僕の為に買ってくれたモノだからね。捨てることなんて出来やしないよ」


穏やかに微笑む彼に真っ直ぐに見つめられてそんな風に言われては、もう甘やかし過ぎかもなんて考えは何処かに吹っ飛んでしまった。
これはもう絶対に雲雀くんが甘え上手なんだよ……!



2008.8.1


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