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35


ハラハラドキドキしたけど、楽しかった社員旅行はあっという間に終わってしまった。
『これは僕のだから』と主任に宣言した雲雀くんは、あたしの前に座ってレタスとハムを挟んだクロワッサンをもぐもぐ食べている。
隠そうともしないあからさまな独占欲が、彼の若さの象徴な気がして。
大人びているようでやっぱり彼は中学生なんだよね。
今更だけどあたしがそう思うってことは、彼から見ればあたしなんておばさんの領域じゃないの?
…うぅ、朝から自分で自分の首絞めちゃったよ。
溜め息を吐いたあたしを不思議そうに見た後、雲雀くんは窓の外に視線を向けた。
何となくそれを追ってあたしも窓の方を見る。
そこにはベランダの柵に止まって羽繕いをする二羽の雀がいた。
彼はそれをちょっと目を細めて眺める。
穏やかな朝の雰囲気に彼の頬も緩む。
そういえば……忘れていたことを不意に思い出して小さく呟いた。


「…あの子どうなったかなぁ」

「神社の雀?」

「うん。結局あれから熱出したり仕事忙しかったり社員旅行行ったりで、見に行けなかったから」

「……今日帰りに行ってみるかい?」

「そだね。神主さんにお土産も渡したいし」


雲雀くんは視線をこちらに戻して「そんなの必要ないのに」と不機嫌そうに言ってコーヒーを一口飲んだ。


***


いつも通り定時に仕事を終えて、駅まで迎えに来てくれた雲雀くんと合流する。
彼の手にはお願いして持ってきてもらった、神主さんへのお土産が入った紙袋が握られていた。
大雨でずぶ濡れになった時にお世話になっちゃったからね。
お礼も兼ねて、皆で食べて貰えるようにお菓子の詰め合わせを選んだ。
えーっと、後ひとつなんか忘れてるような……あ!思い出した!


「雲雀くん、コンビニ寄っていい?」

「いいよ。何買うの?」

「にゃんこのおやつ!」


パチパチと瞬きをして、雲雀くんは「ホントお人好し」と呆れ顔で言った。
だって、仕方なかったとはいえ悪かったかなぁって思うんだもの。
コンビニで猫用のおやつを買って、神社に辿り着く。
雲雀くんと神社って何故か似合うんだよなぁ。
彼の落ち着いた雰囲気がそう思わせるのか、鳥居の赤に彼の黒髪が映えるのか。
上手く言えないけど、多分どこか簡単に人を寄せ付けない感じが似てるんだと思う。
長い石段を上って雀の巣があったところまで行って、木の上を見上げる。

巣は……まだあった。

大きくなった雛はもう若鳥と呼べる程に成長していて、巣の中には入りきれず近くの枝に止まって羽繕いをしたり、ピョンピョン跳ねて兄弟同士で遊んでいた。


「うーん、流石にどれがあの子か分かんないなぁ」

「あの時雛は五羽いたから、全部無事に育ったみたいだね」

「今も五羽いる?」

「うん、一羽巣に隠れてるね。それからあっちの枝に親がいる」


彼の指差した方を見ると確かに少し離れた枝に、二羽雀がいた。
目良いな、雲雀くん。
あぁ、でも良かった〜。もうそろそろ自力で飛べるだろうし、落っこちなければきっと大丈夫。
ホッとして眺めているとガサガサと近くの茂みが揺れた。
そこからひょっこり顔を覗かせたのは、この間あたしが追い払った猫だった。
あたしを警戒しながら猫は雲雀くんの足元に、にゃーんと一声鳴いて擦り寄った。


「…ひょっとしなくてもあたし嫌われてる?」

「みたいだね」


そんなに怖い顔して睨まないでよ、にゃんこちゃん。
余程怒られたトラウマが根付いてしまったのか、雲雀くんに隠れて睨むばかりでこっちに来てくれない。
よし!こんな時こそさっきコンビニで買ったおやつの出番だわっ。

これでどうだ!焼きかつおだぞ〜。

袋を破って中身を取り出して、ゆっくりしゃがんで雲雀くんの足元にいる猫の前で揺らしてみる。
匂いと動きに誘われたのか、猫は恐る恐るおやつに近付いた。
お、食べるかな?そう思った瞬間、物凄い勢いであたしの手からおやつを奪い取ると、出てきた茂みにダッシュで戻って行った。
呆気に取られて固まっているあたしを見て、雲雀くんは喉の奥でククッと笑った。


「彼の他にもう一匹いるんだよ。多分一緒に食べるんじゃない?」

「そ、そうなんだ。はぁ…噛み付かれるかと思った」


それを聞いてまた雲雀くんは笑う。
そんなに笑わなくったっていいじゃないの。
ちょっとだけ頬を膨らませて不満を表すと、更に笑われた。
んもうっ雲雀くんの意地悪!


社務所を訪ねると、すぐに神主さんがこの間と変わらない柔らかい笑顔で迎えてくれた。


「おや、いらっしゃい。お揃いでどうなさいました?」

「土産だよ」


雲雀くんは神主さんに持っていた紙袋を押し付けるように渡した。
勿論意味の分からない神主さんは目を白黒させて驚いている。


「私にお土産、ですか?」

「雲雀くん…それじゃ言葉足りないよ。あたし達北海道に行ってきたんです。
 そのお土産なんですけど、この間お世話になったお礼にと思って。
 あの時は本当にありがとうございました。良かったら皆さんで食べてください」

「そうでしたか。それはご丁寧にありがとうございます」

「いえ、こちらこそあの時は本当に助かりましたから」


神主さんに深々と頭を下げられて、ギョッとする。
こっちの方が迷惑かけたのに、そんな深々お辞儀をされてはお礼を言いに来た意味がない。
顔を上げた彼は何かを思い出したように「あ!」と短く声を上げると、「ちょっと待っていてください」とにこにこ笑ったまま社務所の奥に行ってしまった。
何だろうと雲雀くんと顔を見合わせていると、神主さんはすぐに戻ってきてあたしに白い封筒を差し出した。


「来てくださって丁度良かった。これをお渡ししようと思ってたんですよ」

「何ですか、これ」

「ほら!あの時撮った写真ですよ」

「え゛」


受け取ろうとした手が一瞬止まる。
『あの時』ってやっぱり『あの時』よね。
「お二人とも綺麗に写ってますよ」なんてにこにこ渡してくる神主さんから、少し引き攣りながらも何とか笑顔で受け取る。
うわ〜、見るの怖いな…。
神主さんはお茶を勧めてくれたけど、夕食の用意もあるからと断ってあたし達は家路についた。


***


食器を洗い終えてコーヒーを淹れ、ソファに座って本を読んでいる雲雀くんに持っていく。


「はい、コーヒー」

「ん…」


読書に夢中になっている彼は、本から目を離さず生返事をした。
新聞を読んでいる夫にお茶を持ってきた妻みたいな気持ちになって苦笑が漏れる。
でも一生懸命本を読んでいる雲雀くんの姿はちょっと可愛い。
あ、いや、カッコいいのかな。
ページを捲る仕草とか、その際に不意にさらりと流れる黒髪とか、文字を追う綺麗な瞳とか。
まぁどっちにしろあたしは彼の本を読んでいる姿が好きってことね。
きっと切りのいいところまで読み耽るだろうから、コーヒーはまだ飲まないかな。
彼の隣に腰掛け、テーブルにコーヒーを置こうとして白い封筒に目が行く。

さっき神主さんに貰った『あの時』の写真だ。

あの格好をもう一度自分で見るのは恥ずかしいことこの上ない。
しかも写真で残るなんて…!
でも神主さんの厚意を無にするわけにもいかず、撮影を了承したけど。
そっと封筒を手に取って中身を取り出す。
かなりの枚数を神主さんは撮ってくれたんだけど……断固拒否すればよかった。
そこに写っていたのは引き攣った笑顔のあたしと、口をへの字に曲げた不機嫌そうな雲雀くんばかり。
雲雀くんはいいよ。素がいいからね。白袍、白差袴もバッチリ似合ってるし。
あ、この写真の雲雀くんいいなぁ。滅茶苦茶睨んでるけど。
ちょっと楽しくなってきた。
写真ってその時の一瞬一瞬を捉えてるわけでしょ?
良く見れば、一見同じような不機嫌な顔でもちょっとずつ違う。
彼と二人で写っている写真に目が留まる。


あちらの世界の彼と、こちらの世界のあたし。


この写真はこの時あたし達が確かに一緒にいたという『証』なんだ。
そう思うと恥ずかしい写真も特別なモノに思えてくる。
社員旅行の時も遥がカメラを向けると雲雀くんは嫌がって、すぐどっかに行っちゃってたっけ。
一枚でもいいから写っててくれるといいな。
髪の毛だけしか写ってなくてもお願いして焼増ししてもらおう。
こうやって二人の思い出が増えていくことが嬉しくて。
にやにやしながら写真を眺めていると、隣でパタンと本を閉じる音がした。


「ん、もう読まないの?」

「切りがいいから」

「そう」

「何ニヤついてるのかと思ったら、さっきの写真か」


雲雀くんはソファに手をついてこちらに身を乗り出してくると、あたしの手から写真を奪った。
それを無造作にテーブルに投げる。
彼はくるりと身体を反転させてあたしの太股を枕にして仰向けに寝転がった。
ふわふわの黒髪が膝をくすぐって、ぞわっとした感覚が背中を走る。


「ちょ、ちょっと…!」

「うるさいね。咬み殺されたくなかったら大人しく枕にされてなよ」


……へ?何で機嫌悪いの?
あたし写真見てただけよね?
第一雲雀くんはずっと本を読んでたんだし。
突然機嫌の悪くなった雲雀くんに困惑していると、さらに口をへの字に結んだ。


「昴琉は僕だけ見てればいいんだ」


え、嘘。まさかとは思うけど…。


「やだ。雲雀くん、写真の自分にヤキモチ焼いてるの?」

「………」


彼は答えず益々ムスッとして、ぷいっと身体ごと横を向いてしまった。
そしてぽつりと小さな声で呟く。


「誰にでも優しい貴女は、嫌い」


あたしに背を向けて呟く彼の表情が、電源の入っていないテレビの画面に映る。
その切ない表情に胸がきゅぅっと狭くなる。
きっと雀や猫や神主さんにもヤキモチ焼いてたんだわ、この子。

挙句には写真の自分にまで。

付き合っている筈なのに、自分のモノになりきらないもどかしさが独占欲に繋がって。
「嫌い」と言いながらあたしから離れないのは、本当はその反対だから。
自分に向けられる好意を確かめたくて、あたしに背を向けて憎まれ口を叩くんだ。
嬉しいやら、可笑しいやら。
さて、どうやってこの可愛い彼氏を宥めようかしら。
彼のふわふわの髪にそっと触れて、頭を撫でる。


「嫌いだなんて言わないで。悲しくなるわ」

「………」

「ねぇ、雲雀くん。あたしはありのままの君が好きよ?
 喧嘩が強いのも、天邪鬼な性格も、あたしを大事にしてくれるところも、ヤキモチ焼いてくれるところも、全部。
 君はどう?」

「……その質問は卑怯だよ」

「ふふ、そうかもね」


拗ねたように呟く彼の頭をゆっくり撫で続ける。
段々と彼の身体から力が抜けて、彼が頭を預ける太股に徐々に重みがかかる。
もう一押しかな。
耳にかかった黒髪をかき分け、そこに顔を近づけて囁く。


「膝枕なんてしてあげるの、雲雀くんだけなんだからね?」


ピクッと反応した雲雀くんは途端に耳まで赤くなった。
普段散々あたしに恥ずかしい台詞吐いてるクセに、自分は言われ慣れてないからこういう時君は初心な反応を示す。
それを可愛いと思ってしまうあたしは、自分で言うのもなんだけど相当雲雀くんに惚れてるわよね。
大好きな彼の頬に手を当てて上を向かせ、キスをひとつ送る。
ゆっくり唇を離せば、ほらね。顔を真っ赤にしてビックリしてる。


「こんなことしてあげるもの雲雀くんだけよ?」


彼の唇に人差し指を押し当てて、にっこり笑って決め台詞。
これで機嫌直してくれないともう打つ手ないんだけど。
ちょっと大胆だったかなぁとかドキドキして真っ赤な雲雀くんを見つめていると、ぐぃっと髪を引っ張られる。
いたたたた!
痛さにぎゅっと目を瞑り、再び開けると雲雀くんの艶っぽく潤んだ瞳と目が合った。


「…もっと、して」


その一言に今度はあたしが顔を赤くする番。
彼の機嫌がもう直っているのは一目瞭然だけど。
ドキドキ煩い鼓動を抑えつけて、ゆっくり自分から口付けた。
髪を引っ張っていた彼の手があたしの後頭部に回れば、もう主導権は雲雀くんのモノ。

甘いキスを交わしながら、段々ボーッとしてきた頭でどの写真を飾ろうかと考えていた。



2008.7.28


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