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34


素敵なティータイムを過ごした後は、これまた小樽では有名なオルゴールを扱っているお店に足を運んだ。
所狭しと並べられたオルゴールが到る所で音を奏でている。
橙色の優しくて温かな光に満ちて、こちらもロマンチックな雰囲気に包まれていた。
格別オルゴールに興味があるわけじゃないけど、こんなに種類があると思わなかったあたしは興味津々。
手にとってネジを回してみると、澄んだ音が曲を奏でる。
その音色はどこか物悲しく、どこか懐かしく、それでいて安らかに胸に響く。
こうなると色んなオルゴールを聴いてみたくなった。
雲雀くんも一緒に聴いている。
その中でも変わったオルゴールを見つけた。

球形のオルゴールで、オルゴールボールというらしい。

それは曲を奏でるのではなくて、内側に並ぶ櫛歯に小さな真鍮がぶつかって音が鳴る仕組みなんだって。
軽く振ってみるとシャラーンと神秘的な音が鳴った。
鳴らす度に音が違うから聴いていて飽きない。
それにとっても綺麗な音で、天使の羽音と比喩されるのも分かる気がする。
うっとりその音色に聴き入っていると、雲雀くんが傍にいないことに気が付いた。
さっきまでいたのに…。
キョロキョロ辺りを見回すと、背後から「こっち」と彼の声がした。
ホッと胸を撫で下ろす。


「……消えちゃったのかと思った」


思ったよりもか細い声が出てしまった。


「そんなことあるわけ無いでしょ。バカだね」


雲雀くんは少し柔らかく笑って、あたしの頭をポンポンと叩く。
それから手を繋がれた。


「ひ…恭弥…!誰かに見られたら不味いよ」

「別にいいじゃない。従兄弟だって手くらい繋ぐでしょ。
 それに、貴女が不安になるくらいなら繋いでいた方がいい」

「……きょう、や…」


あぁ、どうしよう。
凄い嬉しくて胸が苦しい。きゅんきゅんする。
本当に雲雀くんはあたしの心が読めるんだろうか。
いつもあたしの欲しい言葉ばかり与えてくれる。
雲雀くんの手をきゅっと握り返して「ありがと」と呟くと、彼はまた頭をポンポンと叩いた。


***


その後も色々見て回っていたらすぐに時間は経ってしまって、慌てて夕食を食べる場所を選ぶ。
小樽といったらやっぱりお寿司?
雲雀くんも好きだし、折角だから奮発してお寿司を食べた。
すぐ傍が海なだけあってネタが新鮮で、本当に美味しい。
しゃりが隠れるほどネタが大きいのも嬉しい。
雲雀くんが連れて行ってくれたお寿司屋さんも美味しかったけど、こちらも捨て難い。
雲雀くんもご満悦な表情でもぐもぐ食べてた。


ホテルに戻るにはまだちょっと早いから小樽運河沿いを散歩することにした。
誰かに会いそうでちょっとドキドキだけど、手を繋いで歩く。
徐々に空は暗くなって、辺りをガス燈の光が照らして幻想的な雰囲気を醸し出していた。
途中運河に掛かる橋で足を止めて、石造りの倉庫と流れる運河を並んで眺める。
もう明日の今頃は自宅にいるのだと思うと、今の時間がとても大切に思えた。
不可能なのは分かっているけど、このまま時が止まってしまえばいい。
そうすればずっと雲雀くんといられる。
またボーッとしているあたしの横で雲雀くんは短い溜め息を吐いた。


「あ、ごめん」

「……やっぱり貴女にはお仕置きが必要だね」


そう言ってニヤリと笑った雲雀くんはポケットから何かを取り出して、あたしの目の前で揺らす。
シャラーンと不思議な音色が耳に響く。

さっきのお店であたしが聴き入っていたあのオルゴールボールだ。

大きさは直径2センチくらい。
色はさっき買ったグラスに似たコバルトブルーで真ん中に白い貝殻のラインが入っている。
それはネックレスになっていた。
雲雀くんは留め金を外すとあたしの首に手を回しそれをつけた。
首筋に彼の手が触れてドキドキして、勝手に顔が赤くなる。


「もしかしてさっきお店でいなくなったのって、これを買う為?」

「昴琉はすぐに気持ちがフラフラするから、ちゃんと首輪を付けておかないとね。
 貴女は僕のモノだって印だよ」

「……あたしのこと信じてないの?」


それってあたしが他の男の人に心変わりするって思ってるってことだよね。
少し哀しくなって項垂れる。
雲雀くんはまた短く溜め息を吐くと、「バカ」とあたしの額を人差し指で小突いた。


「貴女が僕を好きだって事は十分分かってるよ。
 言ったでしょ、僕は独占欲が強いんだ。
 すぐに昴琉は考え事するから、その音が鳴る度に僕を思い出せばいいと思っただけだよ」

「……あたしはいつでも君のことばかり考えてるのに」

「…昴琉?」


雲雀くんと出逢ってから、寝ても覚めても本当に君のことばかり考えてる。
ささっと辺りに人がいないのを確認して、あたしは雲雀くんの頬に素早くキスをした。
離れ際に耳元で「大好き」と囁く。
不意打ちを食らった雲雀くんは顔を真っ赤にして驚いていたけど、すぐに持ち直してあたしの手を引いて急に歩き出す。


「ちょ、ちょっと?!」

「ホテルに戻るよ」

「え?何で?」

「楠木遥に聞いてないの?今日のホテルはツインで、僕と貴女の二人きりなんだよ」

「え!それって…」

「つまり誰にも邪魔されないってことさ。
 旅行中は大人しくしといてあげようかと思ってたけど、僕を煽った貴女が悪いんだよ」

「そ、そんな…!」

「覚悟しなよ?考え事する余裕なんて与えてやらないからね」


クツクツと笑う雲雀くんがいつも以上に意地悪に見える…!

ホテルに着いてチェックインを済ませ荷物を受け取ると、ロビーにいた遥との話もそこそこに、早足な雲雀くんに引き摺られるように部屋に連れて行かれた。
彼は荷物を床に放り投げると、腰に腕を回してあたしを引き寄せた。
顎を掬われ上向かされる。
至近距離で雲雀くんの綺麗な顔を見るのは、未だに慣れなくて心臓が激しく波打つ。


「咬み殺してあげる」


色っぽくそう呟くと彼はあたしの口を塞いだ。
初めからの激しいキスに翻弄される。
雲雀くんとのキスは彼の想いが伝わってくるみたいで、嫌いじゃない。
段々力が抜けてきたあたしを彼はベッドに押し倒した。
オルゴールボールが胸を転がり落ちてシャランと短く鳴った。

彼の独占欲を表したそれは、鎖と音色であたしを縛る。

音が鳴る度に彼が好きだと囁いてくれている気がして。


雲雀くんが与えてくれる熱と優しい音色に溶けてしまいそう。


結局お互い眠るまでキスが止むことは無かった。


***


目が覚めてシャワーを浴びて身支度を整える。
ホテルの大浴場にも行きたかったけど、流石に時間が無かった。
くぅーっ残念!

札幌観光と買い物をして最終日の予定は終わり。
長いようで短かった二泊三日の社員旅行も終わってしまった。
思ったよりもみんなの前で大人しくしていてくれた雲雀くんは、飛行機から降りると欠伸をしながら「やっと群れから解放される…」と呟いていた。
到着ロビーで軽く社長がスピーチした後、解散になった。
パラパラと人が散り、あたし達も帰宅すべく歩き出した。
進行方向には主任がいて、こちらをというか雲雀くんを見ていた。


昨夜、お風呂から部屋に戻る途中で主任に話があると呼び止められた。
入社した頃から好きだと打ち明けられた。
主任はいい人だし気持ちは嬉しかったけれど、これからの仕事の付き合いもあるし婉曲に断った。
何より今のあたしには雲雀くん以外考えられないから。


ちょっと気まずいけど、ここで挨拶して帰らないと明日から益々気まずくなる。
変に緊張しながら歩く。
遂に主任の前まで辿り着いてしまい、なるべく自然に声をかけようと口を開く。
けれどあたしが声を発するより前に、主任とあたしの間に雲雀くんが割って入った。
彼は主任に不敵な笑みを向けて、片手であたしの肩を抱き寄せた。
ちょ、ちょっと!


「これは僕のだから。貴方に譲ってあげる気はないよ」

「…やっぱり俺が桜塚さんのこと好きなの気が付いてたんだね」

「まぁね」

「…今回は大人しく引き下がっておくよ。
 でも俺も簡単には諦める気はないから。君との勝負はまたいずれ」

「いつでも受けて立つよ」


雲雀くんは主任に「じゃぁね」と言うと、唖然とするあたしの肩を押して歩くように促した。
もしかして知らなかったのはあたしだけで、雲雀くんも主任も見えないところで攻防戦繰り広げてたりしてたの…?!
今回旅行について来たのも主任が煽ったから…?
戸惑いながら彼の顔を見上げると、いつもの自信に満ちた笑顔を向けられた。
彼はあたしの胸元のオルゴールボールを指で弾く。


「やっぱり昴琉には首輪が必要だったね」


……その笑顔と台詞はずるい。
でもそれはあたしを想っていてくれる証拠だから、素直に嬉しく思う。

ふと遥が彼の事を黒猫くんと呼んでいたのを思い出した。
……あたしも雲雀くんに首輪つけちゃおうかな。
黒猫なら首輪は赤が似合うかもと空想に浸っていたら、「また意識飛ばしてる」と雲雀くんにオルゴールボールを鳴らされた。



2008.7.23


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