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30


雲雀くんの十分過ぎる程の手厚い看病のお陰で、あたしはすっかり全快した。
とはいっても、熱が下がらなくて3日間会社を休む破目になってしまったけど。
付きっ切りで看病してくれた雲雀くんにちゃんとご飯食べさせてあげたくて、今夜は和食にした。
あたしにはご飯ちゃんと食べろって言うくせに、やっぱり放っておくと自分のご飯は適当に済ませるんだよね。
風邪がうつるといけないからと言っても、彼はずっとあたしの傍にいた。
多分、寝ている間も。
だって、いつ目を覚ましてもいるんだもん。
凄く嬉しかったけど、やっぱり風邪をうつしてしまわないか心配だった。
結局うつらなかったみたいだけどね。


夕食後あたしはコーヒー片手にベランダに出ていた。
いつもだったら雲雀くんと一緒にソファに座ってテレビ観てるんだけど、今夜は特別。
あるモノを見たくて夜空を見上げていたけど、それは灯りの多いこの町では不可能で。
見えないと分かっていても、ずっと眺めていたかった。
不意に背後から腕が伸びてきて、ふわりと優しく抱き締められる。
その正体は勿論雲雀くんだ。
7月といっても夜は涼しくて、背中に伝わる雲雀くんの体温を妙に意識してしまう。


「こんな時間にベランダなんかに出てどうかしたの?また風邪引くよ?」

「んー、ほら今日七夕でしょ?天の川見えないかなぁって」

「あぁ…ここではちょっと無理かもね」

「やっぱりそうだよねぇ。残念だなぁ…折角晴れてるのに」


雲雀くんも一緒になって夜空を見上げながらぽつりと言う。
都会の空は天体観測するには明る過ぎて不向きだ。

幼い頃、一度だけ自分の目で見た天の川。

正に満天の星空で、何処を見ても星だらけだった。
そんな中で殊更密集して星が輝き帯になっているのが天の川だと教えてくれたのは、今は亡き父。
何処で見たのか、どうやってそこまで行ったのか、そういった記憶はもう憶えていなくて。
それでも見事な天の川だけは脳裏に焼き付いていた。
もう一度あんな満天の星空見られたらなぁ。
そんな風に思って見上げていたら、急に雲雀くんが離れた。


「昴琉出掛ける準備して」

「雲雀くん?」

「まだ寒いからちゃんと上着着て。それから下はジーンズにしなね」


彼は何処に行くとは告げず、服の指定をするとさっさと部屋の中に入ってしまった。
一体こんな時間から何処に出掛けるつもりなんだろう。
雲雀くんって思いついたら即行動タイプだよね。
思慮深くないってわけじゃないんだけど、結構本能の赴くまま行動するっていうか。
あたし明日も仕事なんだけどなぁ。
名残惜しくもう一度点々と星の見える夜空を見て、彼を待たせるのも悪いので着替える為にあたしは寝室に向かった。

身支度を終えると既に玄関で雲雀くんが待っていた。
一緒に下まで降りてマンションの外に出ると、彼は駐輪場の方に向かう。
疑問に思いながら彼の後についていくと、雲雀くんは1台の立派なバイクの前で立ち止まった。
うわ…これ750cc以上あるんじゃないの?完璧大型の部類だよね。
彼はそれに無造作にかけてあるヘルメットを外すと、こちらに放り投げた。
慌ててキャッチする。
え?え?これ雲雀くんのバイクなの?!
バイクに跨ってエンジンをかけると、雲雀くんは不敵な笑みを浮かべて「乗りなよ」と言った。


「い、いや、乗りなよって。一体どうしたの?このバイク…」

「上納品。僕の好きな型がこっちの世界にもあって驚いたよ」

「じょ、上納品って…!それに雲雀くん免許持ってないよね?」

「免許なんて手を回せばいくらでも作れる」


しれっと言う彼に開いた口が塞がらない。
な、何かすっかり裏社会に染まってない…?
風紀委員会って一体何やってる集団なのよ。凄く、怖いんだけど。
もたもたしてると「その話は今はいいから、早く乗りなよ」と急かされた。
……捕まらないことを祈ろう。
意を決してヘルメットを被り、あたしは彼の後ろに座った。


「飛ばすからしっかり捕まってなよ」

「う、うん。お手柔らかにぃぃぃーーーーーーーーー?!」


雲雀くんの腰に手を回し、返事を最後まで言う間も無く、彼はアクセルをふかしバイクを急発進させた。
人生初のバイク二人乗りだから、如何せん勝手が分からない。
何よりも身体に感じる風とスピードに恐怖を覚え、雲雀くんにしがみつく。
彼の背中にぴったりくっつくのは恥ずかしいけど、怖さの方が強くてそれどころじゃない。
曲がる時なんてアスファルトが迫って来るようで、このまま転んだらどうしようなんて思ってしまう。
雲雀くんはあたしが怖がっているのを分かっててわざとスピードを上げる。
だってサイドミラーで合う目が笑ってるんだもん。

ホント、意地悪…!

それでも悲しいかな人間は慣れる生き物で、段々怖くなくなってきた。
逆にちょっと楽しくなってきちゃったり。
車じゃ曖昧なスピード感がバイクだと直に身体に伝わって、ちょっとしたジェットコースターに乗ってる気分。

それにしても何処まで行くつもりなんだろう。

もうかなりの時間走っている気がする。
周りの風景に緑が増えて、街灯が減っていく。
そのうち雲雀くんの操るバイクは曲がりくねった山道に入り、山頂付近の少し開けた駐車場に辿り着いた。
駐車場といっても灯りなんかなくて、車5台も停めたらいっぱいになってしまうような場所だった。
雲雀くんに促されてバイクから降りるとあたしはふらついて、二三歩変な方向に歩いてしまった。
一生懸命バイクを足で挟んでいた為か、はたまた風に当たって冷えたのか、膝がガクガクしてまるで自分の足じゃないみたい。
バランスを取りかねているあたしを見て、雲雀くんは忍び笑いを漏らしながらヘルメットを脱がせてくれた。
引っ張られる力のままに上を向く。
視界がクリアになると同時に沢山の光が目に飛び込んできた。


「………すごい」


目に飛び込んできたのは勿論星の光で。
子供の時に見た満天の星空に引けを取らないくらい沢山の星が夜空に輝いている。
バッチリ天の川も見える。


「これが見たかったんでしょ?」

「う、うん。でもここ端っこだろうけど東京だよね?
 まさかこんな近くで見られるなんて思ってなかったから、ちょっと意外」

「良かったじゃない。今日中に見られて」

「……もしかしてバイク飛ばしてたのってその為?」

「七夕に見ないと意味が無いんでしょ?天の川」


雲雀くんはバイクに寄りかかりながら、事も無げにそう言って夜空を見上げた。
あたしが見たいって言ったからあんなに飛ばして連れて来てくれたんだよね?

……どうしよう。凄く嬉しい。

素直に「ありがとう」とお礼を言ったら、彼は答える代わりに横目であたしを見てフッと微笑んだ。
星明りを浴びる彼はとても綺麗で、ドキリとするほど儚く見えた。
変に動悸がして慌てて彼から天の川に視線を移した。


「ねぇ、今織姫と彦星逢ってるんだよね」

「説話の通りならそうだろうね」

「夫婦なのに年に1日だけしか逢えないのって、やっぱり淋しいだろうなぁ……」

「僕に言わせれば二人とも仕事ほったらかして遊んでたんだから、それ相応の罰だと思うけどね」

「き、厳しいご意見で」


変なとこ真面目だよね、雲雀くん。
そういうとこ風紀委員長やってる理由なのかなぁ。
でも本人やってる事滅茶苦茶なのに、他人には厳しいのね。
自分の我が侭を通す為に上に立ってると言った方が合ってる気がする。
んー、質問の角度を変えてみようかな。


「じゃぁさ、もしも雲雀くんが彦星であたしが織姫だとして、同じ罰を受けたら?」

「……昴琉って大人のクセにロマンチストだね」

「雲雀くんが子供のクセに妙にリアリストなんでしょ」

「…まぁ、僕なら自分のしたいことしかしない」

「つまり?」

「僕と貴女の仲を邪魔する者は、例え天帝であろうと咬み殺すだけさ」


何とも彼らしい答えに、思わず苦笑する。
天帝って織姫の親なのに。
たとえあたしが納得して帰ったのだとしても、普通なら渡れない天の川でさえ越えて、護衛も薙ぎ倒してトンファーひとつで天帝を叩きのめしてしまいそうだ。
それでそのまま自分が天帝になっちゃったりしてさ。
不敵な笑みを浮かべ絢爛豪華な玉座に座って、家臣を跪かせてる雲雀くんが容易に想像出来て口が弧を描く。
きっと彼はどんなことがあってもあたしの元へ来てくれる。
自惚れかもしれないけど、雲雀くんは「ひとりにしない」と誓ってくれたから。


「おいで、昴琉」と雲雀くんに手を引かれた。
バイクに寄りかかったままの彼の足の間に引き込まれ、抱き締められる。
風を切って走ってきたからやっぱりあたしの体温は下がっていたようで、雲雀くんの温もりがとっても心地好い。


「冷えちゃったね」

「雲雀くんが温かいから、大丈夫」


あたしから彼に擦り寄ると、ちょっと驚いたように身体を硬くした。
けれど次の瞬間には腕に力を込めてしっかりあたしを抱いてくれる。
少し痛いくらいだけど、雲雀くんがここにいると感じられるからこれくらいで丁度いいのかもしれない。

寄り添って夜空を眺めていると、スーッと星がひとつ流れた。
こんな日に流れ星が見られるなんて、凄くご利益ありそう!
ちょっと興奮気味に雲雀くんに訊ねてみた。


「雲雀くん!何かお願いした?」

「しないよ」

「あー…、君はそういうことしない子だったわね。
 でも、折角だからお願いすれば良かったのに。
 叶えばラッキーくらいに思ってさ。願い事とか欲しい物とか何かないの?」

「僕は欲しいモノがあれば自分で手に入れる。
 ……それに一番欲しいモノは、今腕の中にあるしね」

「え…」

「貴女以外に欲しいモノなんて僕にはないよ」


悪戯っぽく微笑む彼の言葉に、一瞬遅れて反応したあたしの身体は、さっきまで冷えていたのが嘘のように火照っていた。
ドッドッドッと心臓が激しく血液を送り出す。
こんな歯の浮く台詞、他の人が言ったら笑っちゃうんだけどな。
彼が言うと全然そんな感じがしなくて、様になっちゃうから不思議。

彼の手があたしの髪を梳きながら後頭部に回る。
星の光を映す彼の綺麗な瞳に耐えられなくなって閉じた瞼に、雲雀くんは優しくキスを落とす。

それから唇にいつもの柔らかな感触。

彼が与えてくれる熱に逆らわずに身を任せる。
こんなに好いてくれる理由が分からないけど、きっと好きな気持ちに理由なんてない。
だってあたし自身説明出来ない。
雲雀くんを愛しいと想う気持ちは確かなのに。
言葉で説明出来ないからこそ、もどかしくて、切なくて、不安になる。
その気持ちを埋める為に、人は強く繋がりたいと思うのかもしれない。

長い口付けの後、熱い吐息と共に名残惜しそうに雲雀くんは唇を離した。
すっかり息の上がってしまったあたしを見て、優しく微笑む。


「これで帰りも寒くないでしょ?それともまだ足りない?」

「……バカ」


恥ずかしい台詞に顔を赤らめ俯いたあたしの頭を雲雀くんは優しく撫でる。

正直雲雀くんに願い事を訊いた時、元の世界に戻りたいって言うんじゃないかと思って内心ビクビクしていた。
それを望むのは彼にとって自然なことだし、そう願っても仕方がないと思っていたから。
だけど彼はそんなことはおくびにも出さず、あたしが欲しいと言ってくれた。

あたしに君が必要なように、君があたしを必要としてくれることが嬉しい。

頭を撫でてくれる彼の手の温もりが、不意に薄れていた幼い記憶の父の手に重なって、少し切ない気持ちになった。
天の川を一緒に見たのはどちらも大切な人。
父は別の世界に逝ってしまった。
彼もいつか…。

「昴琉」と名前を呼ばれて上向けば、熱の篭った視線に射竦められる。


「今のまま満足してもらっちゃ困るな。僕はまだまだ貴女が足りない」


そう言って再び重ねられた唇が熱くて。
もう、本当に君のキスは反則。
今瞬いている星と同じ数だけキスされても、きっと慣れることはない。
本当はあたしだって雲雀くんが足りない。
願う事が許されるなら、彼と共に過ごすこの幸せな日々が1分1秒でも長く続きますように。
来年もそのまた翌年も雲雀くんとここへ来て、天の川が見たい。


叶うなら死が二人を別つまで。



2008.7.7


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