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29


濡れた身体はすぐに拭いたし、神主さんのご好意で着替えも借りて、服まで乾かしてもらって、傘も貸してもらって、家に帰ってからも十分お風呂で温まったのに。

恥を忍んで巫女コスプレまでした甲斐もなく、どうやらあたしは風邪を引いたらしい。

朝起きた時、ちょっとだるい感じはした。
けれど気のせいだろうと思って、いつものように雲雀くんに見送られ出社した。
お昼を回った辺りから、頭がボーッとする。
パソコンの画面が揺れてよく見えない。
あたしの様子に気が付いて遥が隣から覗き込んできた。


「ちょっと、昴琉大丈夫?お昼も残してたし…顔、真っ赤だよ?」

「うー…なんかだるくてさぁ」


遥はあたしの額に手を当てて、熱を測る仕草をした。
あ〜、冷たくて気持ちいい。


「あんた、凄い熱じゃない!医務室行っといでよ。課長にはアタシが伝えとくからさ」

「う、うん…じゃぁお言葉に甘えて。よっと…あ、あれ?」


椅子から立ち上がったが、熱のせいかフラフラしてまともに歩けない。
よろけたあたしを誰かが後ろから肩を掴まえて支えてくれた。
振り返って誰か確認すると、あたしが入社した頃から色々面倒を見てくれている三つ上の主任だった。


「す、すいません。主任」

「大丈夫?桜塚さんはすぐ無理するから。
 そんなんじゃ仕事にならないだろ?今日はもうこのまま帰った方がいい」

「いえ、でも…」

「急ぎの仕事もないし車で来てるから、俺送っていくよ。
 楠木さん、桜塚さんの早退届け頼むね」

「え、あ、はい。昴琉お大事にね。今日はゆっくり休むんだよ?」

「う、うん、ありがと」


くぅーっ皆勤手当が…!
心配してくれているのに皆勤手当が欲しいから帰りたくありません、なんて言えないしなぁ。
今月は諦めるか…。
簡単に机の書類を片付けて帰る用意を整えると、主任はふらつくあたしを支えながら車まで連れて行ってくれた。
こんなに熱出ると辛かったっけ?
助手席に乗せてもらって、マンションの場所を説明する。

そうだ、一応雲雀くんに連絡入れとかなきゃ。
外に出てて駅まで迎えに来ちゃうといけないし。
主任に「失礼します」と断ってから、走り出した車内で雲雀くんの携帯へコールする。
3コール目で耳に当てた携帯から歳のわりにちょっと低い彼の声が流れてきた。


『昴琉?こんな時間にどうしたの?』

「うん、雲雀くん今どこ?」

『家にいるよ』

「そっか。あのね、ちょっと熱出ちゃって、会社早退することになってさ。
 今主任に車で送ってもらってる途中なんだけど」

『…そう』

「マンションまで送ってくれるっていうから、道が混んでなければ後40分くらいで着くと思う」

『分かったよ。エントランスで待ってる』

「ん、ありがと。それじゃまた後で」


通話を終了してふぅと息を吐く。
雲雀くんの声を聞いて少し安堵する。
どうやら今日は風紀委員の用事はないみたい。
運転していた主任が不思議そうに首を傾げて、質問してきた。


「あれ?家に誰かいるの?桜塚さんって一人暮らしじゃなかったっけ?」

「あ、はい。今従兄弟と一緒に住んでて」

「へぇ、そうなんだ。残念だなぁ。俺が看病してあげようと思ってたのに」

「あはは、主任ってば冗談止めてくださいよ。セクハラで訴えますよ?」

「うわ、酷いなぁ!」


なんて冗談を言ってるのも結構しんどい。
さっきよりも視界がぐるぐる回ってきて、目を開けているのも辛い。
これは電車で帰ってきてたら途中で倒れてたかも。
……何か、すっごく雲雀くんに逢いたい。


思っていたより10分くらい遅れてマンションに到着した。
主任が先に降りて助手席側に回ると、ドアを開けてふらつきながら降りるあたしを支えてくれる。
そのまま支えられて歩いて行くと、エントランスの外で雲雀くんが待っていてくれた。

その顔が不機嫌そうなのは気のせい…?

無言で近寄ってきた雲雀くんに、主任から奪うように腕を引っ張られて引き寄せられる。
雲雀くんは主任を一瞥すると、あたしの顔を見てちょっと眉を寄せて、遥みたいに手を額に当てて熱を測る。


「あ、ちょ、ちょっと。雲雀くん…!
 ごめんなさい、この子人見知りで。送って頂いてありがとうございました、主任」

「…いや、いいよ。俺が言い出したんだから。それじゃ桜塚さんお大事にね」


優しい言葉を残して主任はひらひらと手を振って帰っていった。
その後姿を雲雀くんはちょっと怖い顔で睨んでいた。
何怒ってるんだろう。
自分の仕事あるのに、あたしをマンションまで送ってくれた人にその態度はないんじゃないの…?

主任が出て行ったのを見届けると、彼はちょっと屈んでひょいっとあたしを抱え上げた。
所謂お姫様抱っこ…!
足が地に付いていないという不安定な体勢が怖くて、思わず彼にしがみつく。


「ひ、雲雀くん!怖いよ、下ろして」

「どうせ歩けないんでしょ。大人しくしてなよ」


雲雀くんは有無を言わさず歩き出した。
その通りなんだけど、あたし重いし、怖いし、誰かに見られでもしたら恥ずかしいし…!

それに…余計に熱が上がる…!

でも下ろしてくれなさそうな様子に諦めて、しんどさも増してきたからちょっと力を抜いて彼に身体を預けた。
雲雀くんの足取りはあたしを抱えているにも拘らず、全く揺らぐこと無く普段と変わらないリズムを刻む。
身体の線細いのに、こんなに力持ちなのが不思議でしょうがない。
しっかりとあたしを抱えてくれている腕が逞しい。
ドキドキと安心が綯い交ぜになって、このまま意識を飛ばしてしまいたいという誘惑に必死に堪えた。

玄関で靴を脱ぐのに一度下ろされたけど、結局それ以外はずっとお姫様抱っこ。
恥ずかしかったけど、誰にも会わずに済んだし、何より本当に歩けなかったから正直助かった。
寝室まで抱き上げたまま連れてきてくれた彼は、ゆっくりあたしをベッドに下ろした。

ん?ベッド?

よく見るとそれは雲雀くんによって壊されたあたしのベッドではなくて、彼の部屋のそれだった。


「こ、これ…」

「いつまでもあの状態じゃ寝苦しいからね。どうせ一緒に寝るし、取り合えず入れ替えたんだよ」


しれっと言う雲雀くんに開いた口が塞がらない。
ヒトの布団に勝手に潜り込んでくるのは君じゃないか。
一緒に寝るの許したわけじゃないし、寝苦しいならひとりで寝ればいいのに…!
大体シングルに二人で寝るのが間違ってるわよ。


「暫くは一緒に寝ない方がいいよ。風邪うつっちゃうといけないから」

「この僕が風邪に負けるわけないでしょ。
 その話は措いといて、一先ず着替えたら?スーツ苦しいでしょ?
 着替えられないほど辛いなら、僕が…」

「結構です…っ」


こら、横を向いてチッと舌打ちをするな…!
「救急箱持ってくるよ」と雲雀くんは出て行った。
その間に気力を振り絞って服を着替える。
何とか着替え終わった時にはもう、動く気力がなかった。
ばふっと雲雀くんのベッドに倒れ込む。
はぁ〜、もうダメ。
半分意識が飛んだ時、雲雀くんが救急箱とミネラルウォーターを持って戻ってきた。
それをサイドテーブルに置くと、彼はあたしを抱き起こしてベッドに座らせる。


「ほら、まだ寝ちゃダメだよ。熱測って」

「ん…」


雲雀くんから体温計を受け取って、脇に挟む。
横に座っている雲雀くんが支えてくれているけど、座ってるのもだるい。
暫くするとピピッと測り終えた電子音が鳴った。
脇から抜き取ると自分で見る間も無く、すぐに雲雀くんに取り上げられる。
体温計を見ると雲雀くんは溜め息を吐いた。
何度なのか凄い気になるんですけど…。


「……お昼何か食べた?」

「ちょこっと」

「ゼリーなら食べられる?」

「多分…」

「ちょっと待ってなよ」


そう言うと彼はすぐにゼリーを取りに行って帰ってきた。
その間にまた横になってしまったあたしを起こして、雲雀くんは後ろに座って、あたしを自分に寄りかからせる。
悪いなぁと思いつつもう動くのが面倒になっていたから、素直に彼の胸に背中を預けた。
二人羽織よろしく、雲雀くんは後ろからあたしにスプーンで掬ったゼリーを口元に運ぶ。
それをあたしがちゅるっと吸って、噛むのも面倒でそのまま飲み込む。
それを見た雲雀くんはゼリーをスプーンで細かくしてくれた。

…これはもう看病というより介護じゃん。

雲雀くん、君いい看護師になれるよ、うん。
何度かそれを繰り返し、半分くらい食べた。
雲雀くんが次の分を掬って口元に運んでくれたけど、もう食べたくなくてゆるゆると首を横に振った。
しょうがないなぁって感じで、彼は残ったゼリーをサイドテーブルに置く。
あたしをベッドに寝かせ掛け布団を掛けると、白い錠剤とミネラルウォーターを手にした。
「解熱剤だから、飲んで」と呟いた雲雀くんはそれらを自分の口に含むと、苦しくて浅く呼吸を繰り返すあたしの口にそれを移した。
冷たい感覚が口内に広がる。


「…んんっ」


思わず飲み込む。
飲み込めなかった水がちょっと口から零れたけど、雲雀くんが指で拭ってくれた。
じ、自分で飲めたのに…!
なんて恥ずかしいことを……っ


「ちゃんと飲んだ?」


コクンと頷くと、彼はベッドに腰掛けあたしの頭を撫でてくれた。
意外と大きな手。
やっぱり、雲雀くんも男の子なんだなぁ。
調子が悪い時って変に気が弱くなるから、雲雀くんが傍にいて触れていてくれるのが素直に嬉しい。

なんだか……凄い安心する。

もう、起きているのは限界で。
頭に彼の優しくて大きな手を感じながら、急速に眠りに落ちていく。
意識を手放す一歩手前、雲雀くんが「ゆっくりおやすみ」と呟くのが聞こえた気がした。


***


気を失う様に眠りに落ちた昴琉の頭をゆっくり撫でる。
全く、こんなになるまで我慢しなくたっていいだろうに。
疲れが溜まっていたところに、昨日雨に打たれたのが引き金になったというところだろうか。
見せると余計に具合悪くなりそうだったから見せなかったが、昴琉の熱を測った体温計は39.3℃を表示していた。

恐らく昴琉の疲れの原因の大半は僕。

僕がこちらに来て一緒に暮らし始めてから、彼女がまともに休んでいるのを見ていない。
休日も家事や、僕に気を使って出掛けたりしていたし。
兎に角貴女は不思議に思うほど頑張り屋で、優しくて、お人好しで。
自分が後々苦しくなるのが分かっていても、他者を優先する。
僕から見れば酷く愚かな行為なんだけど、貴女にとってはそれは呼吸をするのと同じくらい当たり前のことで。
そんな貴女だから、僕は興味を持ったのかもしれない。
それに僕の為にここまで頑張ってくれたのだと思うと、昴琉には悪いけど少し嬉しく思ってしまう。

熱のせいで真っ赤に頬を染めて、浅く呼吸を繰り返す昴琉。

……こんなに無防備な状態で男と二人きりで、車に乗るなんて。
何かされたら抵抗出来ないじゃないか。
僕の前以外でこんな無防備な姿晒さないでって言ったの忘れたの?
まして触れさせるなんて。

昴琉は僕を見ていたから気が付かなかっただろうけど、貴女を送ってきたあの男、僕に向かって一瞬だけ挑戦的に笑ったんだ。
貴女がいなかったら咬み殺してやったのに。


「…ひ…ばり…く…ん…」


荒い呼吸に紛れて僕の名を呼ぶ貴女の声がした。
思い耽っていた僕はドキリとする。
起きたわけじゃなさそうだ。
相変わらず顔を赤くして眉を顰めて、荒い呼吸を繰り返している。

キスをした後の息が上がった貴女の姿に似てるなんて、ちょっと思ったり。

いつも自分から頼らない昴琉が僕に頼ってくれるのが嬉しくて、さっきは我慢出来なくて薬を飲ませる振りをして、口付けた。
病人相手に欲情するなんて、可笑しいよね。

ねぇ、昴琉。早く元気になって。
そうじゃないと頼る貴女が可愛くて、僕は貴女をどうにかしてしまいそうだよ。


***


深い眠りから覚めて目を開けたけど、一瞬自分が何処に居るのか分からなかった。
そうだ、堪えられなくて寝ちゃったんだ。
まだボーッとする頭で思い出す。


「起きたの?」


声をかけられて頭だけ横に向けると、雲雀くんが椅子に座ってスタンドライトをつけて本を読んでいた。
椅子はキッチンから持ってきたらしい。
枕元の時計を見れば22時30分をちょっと過ぎたところ。
もしかしてずっと傍に居てくれた…?
彼は本を閉じてサイドテーブルに置くと、立ち上がってこちらに移動してきた。
ベッドに腰掛けて、あたしの額に置かれたタオルを除けて、代わりに手を当てる。
すっかり看病されてるよ、あたし。


「薬も効いたのかな。さっきよりは下がってる」

「…雲雀くん、ご飯食べた?」

「………バカだね。僕の心配してる場合じゃないでしょ」

「だって放っておくと食べなさそうなんだもん…」

「子供じゃないんだからお腹空いたら自分で食べるよ」

「ん、そだね。…雲雀くん」

「何」

「…看病させちゃってごめんね?」


申し訳なくて謝ったら、雲雀くんは深い溜め息を吐いた。
それから「ホント、バカ」って頭を小突かれた。


「僕が他人の面倒を見るなんて、滅多にないんだから有り難く思いなよ?」


綺麗に微笑むと、雲雀くんは額に優しいキスをしてくれた。
そんな事されたら…愛されてるって、自惚れちゃうよ…?
幸せな気持ちになって、再びあたしは深い眠りに落ちた。



2008.7.3


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