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28


「おや、雲雀くんじゃないですか。どうしました?こんな雨の中、傘も差さずに…」


雲雀くんにかけられた柔らかな響きの声に、危うく暗い思考の波に攫われそうだった気持ちが現実に引き戻された。
ハッとして声の主を見ると、温和そうな男の人が傘を差して立っていた。
服装からしてここの神主さんだろうか。


「やぁ。ちょっと鳥助け」

「鳥助け?あぁ、それよりも二人ともびしょ濡れじゃないですか。
 女性は身体を冷やしてはいけません。さぁ、どうぞこちらへ」


神主さんは早く早くとあたしと雲雀くんを急かした。
本殿の軒下に置きっ放しのバッグを取りに戻って、連れて来られたのは社務所だった。
入り口でタオルを渡され、ある程度身体を拭くと雲雀くんとあたしはお互い別の部屋に通された。
着替えまで用意してくれたらしい。
部屋に入ると女の人がいて、「服を乾かす間代わりにどうぞ」と服を手渡された。

け、けどこれは…。

取り合えず着方が分からないので、着替えを持ってきてくれた女の人に手伝ってもらって着てみる。
うわー。ちょっと恥ずかしいな…。
これで雲雀くんの前に出なきゃいけないの…?
笑われそう。

着替え終わったあたしは雲雀くんが通された部屋に案内された。
襖の外から声をかけると中から「どうぞ」と雲雀くんの声が返ってきた。
恐る恐る襖を開けて、やっぱり恥ずかしくて顔だけ覗かせてみる。
そこには先程の神主さんと、同じ白袍、白差袴に着替えた雲雀くんが座っていた。
おぉ、様になってる…。
いつも黒い服ばかり着ているから新鮮。


「何突っ立ってるの。早く入りなよ」

「う、うん…」


あまりにも似合っている彼の前に出るのが恥ずかしくて仕方ないけど、どこぞの野球少年を見守る姉じゃないし、いつまでも隠れているわけにはいかない。
勇気を出して、それでもそろりと部屋の中に入った。
巫女の衣装に着替えたあたしを見て、雲雀くんはちょっと目を見開いて息を呑んだ。
彼は小さな声で「ワォ」って呟いて、少し慌てて片手で口を覆う。
うわー、やっぱ変なんだ…うぅ…。
雲雀くんの隣に座ると、温かいお茶をあたしの前に置きながら、「二人ともよくお似合いですよ」と笑顔で神主さんがお世辞を言ってくれる。
雲雀くんは兎も角、あたしは年が年だしコスプレにしか見えないから。
いや、もう、悲しくなるから止めてください、神主さん。


「雲雀くんに聞きましたよ。
 巣から落ちて猫に襲われていた雀の雛を助けてあげたそうですね」

「あ、はい。現場見ちゃったら、身体が勝手に動いちゃって。
 雲雀くんには怒られちゃいましたけど」

「雲雀くんにですか?」

「はい。偽善、だって」


チラッと横目で見ると、彼はあたしと神主さんの会話を気にする風でもなく、出されたお茶をずずっと飲んでいた。
神主さんはそんな雲雀くんを見て柔らかく笑った。


「雲雀くんらしいですねぇ。私が彼に助けてもらった時もクールなものでした」

「え?雲雀くんが神主さんを?」

「はい。桜の時期に的屋の方々が場所取りで揉めちゃいましてね。
 私は仲裁に入ってたんですが、とばっちりを少々受けまして。
 そこへ颯爽と現れたのが雲雀くんでした。
 『僕の前で群れるな』なんてトンファーで荒くれ者の的屋の皆さんを、あっという間になぎ倒してしまったんですよ。
 いやぁ、今思い出してもあの流れるような体捌きは素晴らしかった…!」

「は、はぁ…」


神主さんはちょっと興奮した様子で、雲雀くんの格闘シーンを思い出して拳なんか握っちゃって感動を噛み締めている。
温和な人なのかと思ったら、結構激しいんですね。あはは。
我に返った神主さんは、コホンと咳払いをして話を続けた。


「話がちょっと脱線しましたが、要するに貴女が雛を助けたことも、雲雀くんが私を助けてくれたことも同じだと思うんですよ」

「僕は貴方を助けたつもりはないよ。貴方が勝手にそう思っているだけだ」

「そうですね。
 けれど助けた側にどんな思惑があろうと、助けられた側にとってみれば『助けられた』という事実は変わりません。
 雲雀くんだって雛同様、そのお嬢さんに助けてもらったのだから分かりますよね?」


雲雀くんはムッとしたみたいだけど、反論しないでまたお茶をずずっと飲んだ。
あたしが雲雀くんを助けた?面倒見ていること、神主さん知ってるの?
穏やかな笑顔を絶やさず神主さんは話を続けた。


「それに好きな人の手助けをしてあげたいと思うのは、老若男女関係有りませんからねぇ。
 雲雀くんが恋をしている相手はこちらのお嬢さんなのでしょう?」

「ブッ!かはっゴホッゴホゴホッ…っ!か、神主…!いきなり、何言い出すのさ…!」

「隠さなくても良いじゃないですか。今日の雲雀くんはいつもより優しい顔をしてますよ?」

「咬み殺されたいの…?」

「わわ、それは勘弁してください!取り合えずあの猫には私が後で何かやっておきましょう。
 ……私、こういう職業上思うんですがね。
 例えそれが他人から偽善だと言われる行為だとしても、しないよりした方がいいと思うんですよ。
 行動しなければ善も悪になることがあります。だからねお嬢さん、気落ちすることはないですよ。
 貴女は貴女の心に正直であればいい。正に今咲き誇っている紫陽花のようなその心を大事になさい」

「紫陽花…ですか?」

「そうです。日本では『移り気』や『浮気』なんて花言葉でいい印象ではありませんが、フランスでは『ひたむきな愛』や『辛抱強い愛情』なんて花言葉があてられているんです。
 思ったままに他者を助ける慈愛に溢れた貴女にピッタリじゃないですか」


穏やかに微笑んで、意外な花言葉を神主さんは教えてくれた。
ちょっと、それはいくらなんでも褒め過ぎですよ…!
普段されない褒め方に顔が赤くなる。
神主さんの笑顔が眩しいです…っ
雲雀くんはさっきからずっとムスッとしたままだ。


「そうだ!二人とも似合っていますし、折角着替えたんです。記念に写真撮りましょう!」

「え、あ、いや、流石にそれは…」

「いいじゃないですか!カメラ持ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」


ノリノリの神主さんはカメラを探しに部屋から出て行ってしまった。
雲雀くんはまだムスッとしてる。


「何怒ってるの?」

「…怒ってなんかないよ」

「嘘。ずっとムスッとしてるじゃない」

「……昴琉」


雲雀くんの手があたしの頬に伸びて、ふわりと包む。
どこか切ない色を宿した瞳に見つめられてドキリとする。


「な、何?」

「……いや、何でもない。そのうちさっきの雛の様子を見に、またここへ来よう」

「うん、そうだね」


雲雀くんが何を言いかけたのか分からないけど、追求するのも怖かった。

あたしはあたしの心に正直に、か。

今ちょこっと正直になってみようかな。
頬に当てられたままの雲雀くんの手に、あたしは自分のそれを重ねて目を閉じた。


「雲雀くん、大好き」

「…!……バカ昴琉」
 
 
目を開ければ、そこには不意打ちの告白に顔を真っ赤にした年下の彼。

こんなにも愛おしい。

雲雀くんは雲雀くんの心に正直に。
あたしはあたしの心に正直に。

彼が元の世界に帰りたいと願うなら………何も迷うことはない。

あたしの心は初めから決まっている。

機嫌がころころ変わる雲雀くんも紫陽花みたいな人だと思って、あたしは心の中で苦笑した。



2008.6.28


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