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27


「はぁ・・・」

「溜め息何回目?僕まで憂鬱になりそうだよ」

「だってさ、ずーーーっと曇りか雨ばっかりで気分が沈むんだもん…はぁ…」


梅雨独特の曇天の空の下をてくてく雲雀くんと二人で歩いていた。
天候ってどうしてこんなに人の気持ちに影響するんだろう。
晴れてる時って意味もなく元気になるし、雨の時はやっぱり意味もなく倦怠感に襲われる。
何度目かの溜め息を吐いた時、雲雀くんも溜め息を吐いた。


「昴琉、ちょっと寄り道するよ」

「何処に行くの?」

「行ってからのお楽しみ」


そう言ってマンションとは別方向に歩き出した雲雀くんに半信半疑でついていく。
ん?この道って確か…。
雲雀くんに連れられて着いた所は、桜を見に来た神社だった。
緑が多いせいかひんやりとした空気に包まれていて、いつもよりも一層清浄な感じを引き立てていた。
あの時と同じように長い石段を上る。
もうちょっとで上りきるというところで雲雀くんは足を止めた。


「目を閉じて」

「え、でもまだ…」

「いいから、閉じて」


言うとおりにすると、彼はあたしの腰に手を回して支え、ゆっくり石段を上るように促す。
見えない状態で石段を上るのって結構怖い。
一歩一歩探りながら何段か上ると、「いいよ、目を開けて」と雲雀くんが耳元で囁いた。


「…わぁ…凄い……」


ゆっくり目を開けると、拝殿を中心に境内をぐるりと色取り取りの紫陽花が取り囲んでいた。
土壌の成分で色が変わるんだよね、紫陽花って。
みんな少しずつ色が違う。


「雲雀くんよく知ってたね。あたしの方が長く住んでるのに、桜しか知らなかったよ」

「ここは静かだからたまに昼寝に来るんだ。昴琉と見た桜の木もその時に見つけたんだよ」

「へぇ〜!そうだったんだ!」


もっと近くで紫陽花を見たくて、ちょっと小走りに駆け寄る。
今朝まで降っていた雨のせいで、紫陽花は沢山の雫を纏ってキラキラしていた。
暗く重い雰囲気を一瞬にして払拭してしまう、鮮やかな青や紫やピンク、これから色付こうとしている白や黄緑。
特に青い紫陽花は今雲が覆い隠してしまっている空を思い出させてくれて、元気が湧いてくる。
葉っぱにはカタツムリまでいて、お約束の光景に思わず「おぉ〜」と声を漏らしてしまった。
ゆっくり傍まで歩いてきた雲雀くんは、そんなあたしの反応を見てクスッと笑った。


「元気、出たみたいだね」

「うん!もうバッチリ。連れてきてくれてありがと、雲雀くん!」


振り返って素直にお礼を言えば、「うん」と頷きながら彼は優しく笑ってくれた。
その笑顔があまりに綺麗で、一瞬見惚れてしまった。
しかもそれが自分に向けられているのが、嬉しくて。
自然とにやける顔を見られたくなくて、急いで視線を紫陽花に戻した。

拝殿の裏の方まで続く紫陽花に誘われるように境内を歩いていると、ぽつりぽつりと空から雫が落ちてきた。
あっという間に落ちてくる雫が増えて、ザァーザァーとバケツを引っくり返したようなドシャ降りになる。
慌てて本殿の軒下に走ったけど、辿り着いた時には二人ともびしょ濡れ。
雲雀くんはふぅと息を吐いて雨に濡れた黒髪をかき上げた。
その髪の先からぽたぽたと雫が落ちている。

……これが本物の水も滴るいい男ってヤツだわ。


「何?」

「へ?!あ、何でもない、何でもない」


カッコいいと思って見惚れてたなんて言ったら、どうせまたおちょくられるからね。
あたしに視線を向けた雲雀くんは一瞬だけ複雑そうな顔をして、すぐに視線を外した。

んー、バッグの中にハンドタオル入ってたかな…。
がさごそと中身を探る。
天気予報も曇りだって言ってたから油断して、傘持って来なかった。
どうしよう、失敗したなぁ…。
やっと見つけたハンドタオルをバッグから取り出した時、微かに鳥の声が聞こえた気がした。
初めは気のせいかと思った。
動きを止めて耳を澄ましてみると、雨音に邪魔されているが、やっぱり聞こえる。
しかも結構切羽詰った鳴き声。


「昴琉?」

「雲雀くん、これお願い!」


動かないあたしに不思議そうに声をかけてきた雲雀くんに持っていたバッグを押し付けて、あたしはハンドタオルを持ったまま濡れるのも構わず軒下から飛び出した。
鳴き声は紫陽花の咲く茂みの方からする。
見れば小さな鳥の雛がピョンピョン飛び跳ねて、必死に猫の爪から逃げていた。
親らしき鳥が頭上でけたたましく鳴いて、猫を牽制している。


「こら!ダメ!」


あたしの怒鳴り声に驚いた猫は、一度ビクンッと震えて固まった後、弾かれたように茂みの奥に逃げていった。
あたしは羽をバタつかせ、パニックになっている雛をハンドタオルで包み拾い上げた。
確か人間の匂いが付くと親が育てなくなるって聞いたから、念の為。
よく見れば雛は雀の子供で、羽を少々傷めているみたいで上手く収まっていない。
雨に濡れた姿がより一層惨めな姿に映る。
後から来た雲雀くんが呆れたような声を出した。


「…凄い勢いで駆けて行くから、何かと思ったら。
 さっきのここに住み着いてる野良猫だよ。その雛は彼の大事な食料だったかもしれない」

「そんな言い方…!」

「弱者が強者に負けるのは自然の摂理だよ。あの猫だって、食べなければ死ぬんだ。
 分かってる?貴女が今したことはただの偽善だよ」


手の中の雛に目を落とす。
雲雀くんの言葉は真実を射貫いていた。
彼らしい至極シビアな考え方だと思う。
猫にとって見ればあたしは餌を横取りした酷い人間だっていうのも理解出来る。
それでも…。


「たとえ偽善でも、見て見ぬ振りなんて……あたしには、出来ないよ」


容赦なく降り注ぐ雨が少しでも当たらないように、あたしは手の中の雛を自分の胸に引き寄せた。
雲雀くんは大きく溜め息を吐くと、「見せて」と背を丸めて手の中の雛を覗き込んで来た。


「ちょっと羽傷めてるけど、これくらいなら大丈夫。
 骨も折れてないみたいだから自然に治るよ」

「本当?」

「本当。巣は…あそこかな」


羽織っていた上着を脱いであたしの頭に被せると、雲雀くんはあたしの手からハンドタオルごと雛を取り上げて、器用に足と片手だけで近くの木に登ってしまった。
す、すご!
雨で滑るだろうに、そんなの全然感じさせない軽やかな動き。
サーカス団員もびっくりするよ、きっと。
呆気に取られて見てるうちに、彼は巣に雛を戻して降りてきた。
雛を包んでいたハンドタオルを「はい」と返される。


「何て顔してるの。僕がさっきの猫にあの子をあげるとでも思った?」

「…ちょっとだけ」

「……貴女は僕をどんな目で見てるの」

「あはは。でも、どうして巣に戻してくれたの…?」


雲雀くんは上を見上げて、さっきの巣を目を細めて見つめる。
巣には親鳥が戻って来ていて、我が子の無事を喜ぶようにチュンチュン鳴いて辺りを飛び跳ねていた。


「貴女がお人好しじゃなかったら、僕も今こうしてここにいないだろうと思ったから。
 それに並盛でも鳥には縁があってね」

「そっか…。ありがとう、雲雀くん」

「…ほんの、気まぐれだよ」


何だかんだ言っても、やっぱり雲雀くんは優しいよ。

それにあたし知ってるんだ。
マンションのベランダに羽を休めに来る鳥達を、窓越しに見る瞳が優しいこと。
その理由が、今分かった。
あちらの世界を思い出していたからなんだね。

携帯の着信音を校歌にしちゃうくらい、並盛が好きなんだよね。

雨に打たれながら鳥の巣を見上げている雲雀くんの横顔が、あちらの世界を懐かしんでいるように思えて。
その姿が、元の世界に戻りたいと、願っているように見えてしまった。

君は強いから口にしないだけで、帰りたくないわけないよね。
君がいなくなったらどうしようなんて、自分のことばかり考えてたあたしはバカだ。
胸が、締め付けられる。
あたしは雲雀くんが被せてくれた上着の端をきゅっと握る。
手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、雲雀くんが酷く遠い所にいるようなこの感覚は何だろう。
夢の中で彼に触れられないのに似ている。
彼を元いた世界に返してあげたいという想いと、離れたくないという想いの狭間で心が揺れる。

―――思い出した。紫陽花の花言葉は確か、『移り気』



2008.6.28


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