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26


いつものように眠ったはずなのに、夜中に不意に目が覚めた。

目の前には同居人の黒いパジャマとそれとは逆の白い胸元があってドキリとする。
雲雀くん、また潜り込んでる…。
毎晩のことなんだけれど、やっぱり慣れない。
内心溜め息を吐きかけたが、あたしを抱き締めて寝ている雲雀くんの様子に首を傾げた。

まだ暗い寝室に荒い息遣いが響く。

たまに苦しげな声が漏れているし、どうやら魘されているようだ。
前にもこんなことあったよね。
確か雲雀くんがこちらの世界に来たばかりの頃。
起こそうとしたら、直前に起きた彼にトンファー突きつけられたっけ。
それにしてもこの間はあたしが魘されるし、この部屋何かあるのかしら……。

そんな風に考えている間に、あたしを抱く腕にどんどん力が入ってきた。

こ、これは洒落にならないくらい息苦しい…!
というかこのまま力加えられたら骨折れそう。
寝ているのを起こすのは忍びないけど、魘されてるし起こしちゃっていいわよね?
腕ごと抱き込まれているからあまり動かない手でぺちぺち彼の身体を叩く。


「雲雀くん。雲雀くん、起きて?ねぇってば」

「…うっ…ん……昴琉…?」

「大丈夫?魘されてたよ?」

「……昴琉ッ」


目を覚ました雲雀くんは腕の力を抜いてくれるどころか、更にきつく抱き締めてきた。
い、痛い…!
そのまま体勢を入れ替えあたしの上に覆い被さると、彼は突然唇を重ねてきた。
初めから深い口付けに、戸惑う。

雲雀くんは何度もあたしの名前を呼びながら貪るようにキスを繰り返す。

あたしのように怖い夢見たの…かな?
キスに翻弄されながらも、どうにか腕を彼の背中に回して宥めるように撫でてみる。
暫くして落ち着いたのか、唇を解放してくれた。
あたしを見下ろす雲雀くんの瞳が少しだけ揺らいでいた。
彼は気まずそうに視線を逸らすと、あたしの肩に額をつけた。
あやすようにぽんぽん背中を叩いてやる。


「ごめん…」

「いいよ。調子悪い?それとも嫌な夢でも見たの?」

「…あぁ、そうだね。嫌な、夢だ」


彼は大きく溜め息を吐くとごろんと転がり、元の位置に横になって額の汗をパジャマの袖で拭った。
普段クールな彼が汗を掻くほど呼吸を乱すなんて、相当嫌な夢だったんだろう。
お水とタオルでも持って来ようと起き上がって、ベッドから脱け出そうとしたが雲雀くんに腕を掴まれて止められてしまった。
振り返れば、半身を起こし不安げにあたしを見つめる彼。
まるで捨てられた子犬みたいなその表情に、腕を掴んであたしを引き止めているこの人は、本当にあの雲雀くんなのかと違和感を覚えた。


「お水とタオル持ってくるだけだから」

「…いらない」


捕まえた腕に少し力を込めて彼は首を横に振った。
どうしても離れたくないらしい。
大抵のことでは動じない彼には似つかわしくない行動だ。
仕方ないなぁ…。
あたしは再び布団に潜り、両手を伸ばして雲雀くんの頭を出来るだけ優しく自分の胸に抱き寄せた。


「…?!昴琉?」

「お姉さんが腕枕してあげるから、安心して寝なさい」

「…潜り込んだこと怒らないの?」

「あのねぇ、あたしだって鬼じゃないんだから。でも今夜だけよ?」


上目遣いで訊ねる彼ににっこり笑って頭を撫でてやれば、小さな声で「うん」と呟いて擦り寄ってきた。
少しは落ち着いたらしい様子に安堵して、愛しい彼の髪にそっと口付ける。
今度はいい夢が見られますようにと祈りを込めて。
暫くすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
いつもとは逆の体勢が急に可笑しくなって、自然と頬が緩む。
雲雀くんはどんな気持ちであたしを抱き締めて寝るのかな。
魘されてた彼には悪いけど、あたしは……ちょっと幸せかも。
彼の体温を胸に感じながら、あたしも程無く眠りについた。


***


う、腕痛い。
自分で経験してみて分かったけど、こんなに腕枕って辛いものだったのね。
昼食を食べ終わりラウンジで遥と食後のコーヒーを飲みながら、あたしは二の腕をぷにぷに揉んでいた。
それに気が付いて雑誌を読んでいた遥が顔を上げる。


「何?筋肉痛?」

「うん。まぁ、そんなとこ」

「きゃーっ!筋肉痛になるようなこと黒猫くんとしてたの?!奥手そうに見えてやるわね昴琉」

「ブッ!!変な想像しないでよ…!そんなんじゃないったら」


遥は雑誌で顔半分を隠し、「ふーん」と意味有りげな視線であたしを見つめてきた。
本当にやましいことしてないし…。
雲雀くんのことを従兄弟だと説明したのは、ちょっとやましいかもしれないけど。
それよりもあたしは彼女の持っている雑誌が気になった。
その表紙には『彼を解き明かす心理テスト☆』とピンクの文字で大きく書かれていた。


「あ、気になった?結構当たるって評判なんだよね、この心理テスト!」

「へぇ、そうなんだ」

「貸してあげるから読んでみれば?黒猫くんの気持ちもバッチリ分かっちゃうかもよ?」

「…遥、相当お気に入りなのね」

「そりゃそうよ〜。彼可愛かったんだもん。イケメンはアタシの心を潤してくれる栄養剤なのよっ」

「そ、そうですか…」


何やら握り拳を作って力説を始めた遥に苦笑する。
我が道を行く彼が心理テストで解明出来れば苦労しないんだけどな。
……雲雀くんにも夢に見て不安になるほど怖いモノとか弱点なんかあるんだろうか。
まぁ、面白そうだし借りてみよう。


***


堂々と彼の前で読むのは流石に気が引けて、雲雀くんがお風呂に入っている間にソファに座って遥に借りた雑誌を広げる。

えーっと、まずは『彼の好んで着る服の色は?』か…。
赤色系、青色系、黄色系……これは迷う事無く[黒色系]だよね!
これで分かるのは彼の基本的な性格…ほほー。

[ 黒色は威厳、厳格さを与え、全ての色を飲み込んでしまう色。
 天邪鬼で他人と同じことをするのや、人から命令されることを嫌い、独自の視点からの完全主義で、独立独歩の気性を持っている。
 また自分を隠そうとするところあり。]

……まんまじゃん。
威厳とか厳格さなんて風紀委員会に当てはまるし、一般常識じゃ量れない雲雀くん理論。
サラダ作らせたらドレッシングまで作るし、いつも「群れるな」って言ってるし、何より謎な部分多いよね。
本当にこの心理テスト当たるのかも。

お、面白くなってきた。
次は『一緒に歩く時の彼は何処の位置をどう歩く?』ね。
出逢った頃は、[貴女の右側を歩き自分のペースでさっさと歩く]…これだったかも。
自己主張が強いタイプかどうかが分かるのね。ふむふむ。

[ マイペースで自己主張の激しいタイプ。
 行動力は非常にあるが、猪突猛進で、時として我が侭に振舞うことも。]

パッとデパートに買い物に行った時を思い出して苦笑する。
あの頃はさっさと先に歩いて行ってしまって、ついて行くのが大変だった。
でも最近は、[貴女の右側を歩き歩調を合わせてくれる]…これかな。

[ 気配り上手なお兄さんタイプ。相手の気持ちを尊重しながら自分のペースにリードする事が上手。
 自己主張をすべきところはして、合わせるべきところは合わせる柔軟なタイプ。]

……お兄さん?ヤケに大人っぽいところなんかはそう言えなくもないか。
自分のペースにリードするというより巻き込むわよね、彼の場合。
けど、一緒に生活し始めた頃より確かに柔らかくなったかも。
時折見せる仕草や表情なんかドキッとするくらい優しい。
触れると怪我しそうな彼もカッコいいけどね。

さて次行ってみよう。
『割り箸の箸袋をどう破って取り出しますか?』
普段割り箸使わないしなぁ…あ、お花見の時お弁当で割り箸使ったっけ。
んー、よく憶えてないけど多分縦に破って取り出してたような気がする。
このテストでは箸袋の破り方で恋人に見せる本当の姿がわかる…か。
こ、恋人って何だか照れくさい…。

[ 箸袋を縦に破る人はSタイプで相手を困らせ喜ぶ傾向あり!]

……やっぱりSなんだ、雲雀くんて。
常々そうじゃないかな〜とは思っていたけれど、こういうテストでハッキリ言われちゃうと苦笑いしたくなる。
あんまり意地悪されるのは嫌だなぁ。
というか好きな子を苛めるのって小学生のすることだよね。
大人なんだか子供なんだか…。
雲雀くんの場合は『苛める』より『虐める』が正しいかも?!
ちょっと危ない想像に踏み込みかけた時「へぇ」と声がして、あたしは心臓が口から出るんじゃないかと思うほど驚いた。


「ひ、雲雀くん!いつの間にお風呂出たの?!」

「今。心理テストねぇ」

「あ!」


後ろから覗き込んでいた彼は、慌てて隠そうとしたあたしの手から雑誌をヒョイッと取り上げた。
あああ!これじゃこっそり読んでた意味がないっ
絶対バカにされる…!
案の定小生意気な笑顔を浮かべて彼はクツクツ笑った。


「大人の貴女でも好きなんだ、こういうの」

「そ、そりゃ気になるじゃない…好きな人の気持ちは…」

「ふぅん。その昴琉の好きな人は勿論僕だよね?」

「!!!」


面と向かって訊かれ、一瞬で顔が熱くなる。
相変わらずこういうことに関してはストレートというか、何というか。
直球過ぎる。
顔を真っ赤にして固まるあたしを面白そうに見ながら、雲雀くんは隣に腰を下ろした。
やっぱ、心理テスト当たってるよ…!雲雀くん絶対愉しんでる!Sだよ、S!
パラパラページを捲って目を通してから雑誌をテーブルの上に置くと、彼はあたし側の腕を背凭れに乗せてこちらに身体を向けた。


「こんなテストで相手を知ろうなんて回りくどいことしないで、直接訊けばいいんだ」

「それが出来ないからこういうモノが流行るんでしょ。皆が皆、雲雀くんみたいに強いわけじゃないもの」

「ふぅん……僕ならそんなモノに頼らないでこうするけどね」

「ぇ?あ…!んっ……」


悪戯っぽい笑みを浮かべると、彼はあたしを引き寄せてちゅっとキスをした。
小鳥のように啄ばむキスを暫く繰り返し、真っ赤だったあたしの顔がこれ以上ないくらい赤くなると彼は唇を離した。
頬を両手で挟み優しく笑う。
そしてあたしの額に自分のそれをコツンと当てて一言、「好きだよ」と呟いた。

………完敗です。


「……あたしの気持ちは訊かないの?」

「昴琉は僕のしたことに素直に反応するから、分かり易いしね」

「何でもお見通しなのね、雲雀くんは。
 はぁ…こう完璧だと粗探ししたくなってくるわ。怖いモノとか弱いモノとか何かないの?」

「僕にそんなモノあるわけないでしょ…って以前なら言ったけどね。
 ……今は、あるよ」

「へぇ!なぁに?」

「昴琉」

「……へ?」

「貴女を失うことが、怖い」


予想外の答えに思わず目を丸くして固まってしまった。
それって、あたしが雲雀くんの弱点ってこと…?
ほんの軽い気持ちで訊いたのに、答えをくれた彼の表情は真剣そのもので。
あ、あれ?どうしてそんな切ない顔してるの?
夜中にあたしを引き止めた彼の表情とダブる。
ど、どうしよう。
雲雀くんは返答に困ったあたしをぎゅっと抱き締めた。
そして……忍び笑いを漏らす。


「くくっ何本気にしてるの?冗談だよ」

「ふぇ?!」

「僕は強いからね。恐れるモノなんて何もないよ」


あたしを抱き締めたまま愉しそうに笑う彼に、呆気に取られる。
またからかわれてしまった。
本当にそうならちょっと嬉しいかもなんて思った自分がバカみたいじゃないの。
何をしても雲雀くんに軽くあしらわれてしまう。
年上の面子丸潰れよね。


「…サディスト」


悔し紛れに悪態をつくあたしに、雲雀くんは「否定はしないよ」と余裕の笑みを返した。

普段はそうやって上手に隠してるけど、君だって辛い時や不安な時はあるんだよね?
そうじゃなきゃ、あんな切ない顔出来るはずない。
結局雲雀くんの弱点は分からず仕舞い。
確かに君は強いからひとりで何でもこなしてしまうけれど、たまには昨夜のようにあたしに寄りかかってよね。
一方的に頼るのは嫌だから。

しかし…この意地悪が彼の愛情表現だとしても仕返しくらいはしたい。
……暫く君の大好きなハンバーグ、作ってあげないんだから。
あたしはそう心に固く誓った。



2008.6.20


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