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23


遥と合流して式場に向かう。
場所は有名なホテルで、併設されているチャペルでのキリスト教式の挙式が行われた。
チャペル自体はホテルの中庭にあって、今日みたいに天気がいい日は凄く気持ちいい。
しかもガラス張りになっていて、海沿いに建っているから青い空と海がパノラマに見渡せる。
女の子ならこんな所で挙式してみたいと思うくらい素敵な雰囲気。
しかもジューンブライドともなれば尚更。

『6月の花嫁』

由来は確かローマ神話の結婚を司る女神ジュノーと英語で言うところの6月『June』に掛けて、この月に結婚すれば花嫁は幸せになれると言われてるんだったかな。

純白のドレスに身を包んだ後輩は、凄く、綺麗。
にこやかに微笑む姿は幸せな花嫁そのもの。
新郎も気恥ずかしそうにしているけど、しっかり彼女の腰を抱いている。
幸せな人って本当に輝いて見えるんだね。
あ〜ぁ、先越されちゃったな!
結婚が全てじゃないのは分かっているけど、彼女と新郎は同じ未来に向かって共に歩むことをしっかり約束して形にしている。

それはあたしと雲雀くんには手に入らないもので。
ちょっとだけ、羨ましい。

彼はいつあたしの前から消えてしまうか分からない。
天寿を全うするまでこちらで過ごすかもしれないし、今この瞬間にも彼は帰ってしまうかもしれない。
そう思うと背筋が凍る。

確かにこちらの世界の住人ではない彼とでも、結婚式は挙げられるかもしれない。
けれど籍を入れて、書類上の『家族』になることは出来ない。
それよりも初めて恋をしたという彼を束縛したくない。
もう少し自分が若ければ一緒にいられるだけで幸せで、こんなことは考えなかったかもしれない。

こんな不安を抱えたまま、あたしはいつまで彼と一緒にいられるのだろうか。

それでもあたしは彼の気持ちを受け入れた。
自分の気持ちに素直になると決めた。
「貴女をひとりにしない」と囁いてくれた言葉だけがあたしの縋れるただひとつの救い。
後悔はない。

ただ少し、胸が痛いだけ。


***


披露宴も二次会も幸せいっぱいムードで無事に終わった。
ブーケは逃してしまったけど、出された料理が美味しくて頬っぺたが落ちそうだった。
流石有名なホテルなだけあるわ。
お祝いの席ということもあってお酒も進んだ。
恒例の如く「三次会だー」と盛り上がってる人達もいる。
あたしも遥も誘われたけど、流石にこれ以上飲むと自力で帰れなくなりそうだから遠慮しておいた。

遥と二人で駅までのんびり歩く。
後輩綺麗だったね〜とか料理おいしかったね〜とか、取りとめもない話をしながら歩いていたら、あっという間に駅に着いてしまった。
あ、雲雀くんに電話する約束してたの忘れてた。


「遥、ちょっと電話かけてもいい?」

「いいよ〜。あ、でもその必要ないんじゃない?」

先を歩いていた遥は振り返ると、途端にニヤニヤし出した。

「後ろ。お迎え来てるよ?やっほー!黒猫くん!」

「やぁ、昴琉の友達」


え…!黒猫くんって…!
振り返ればすぐ後ろに、学ラン姿の雲雀くんが立っていた。
何でこんな所に…!
ここ、地元の駅から電車で1時間はかかるよ?!


「そんじゃアタシはここで!」

「え、そんな!一緒に帰ろうよ」

「いーのいーの。ちょっと寄りたい所もあるしね。黒猫くん、昴琉よろしくね!」

「貴女に言われるまでもないよ」

「ふふっそうだね。じゃ、昴琉また会社でね!」


遥はニコニコと手を振りながら、さっさと改札を通って行ってしまった。
す、素早い…!
彼女の姿が消えると、背後からふわりと何かを肩にかけられた。
見るとそれは雲雀くんの羽織っていた学ランだった。
口をへの字に曲げた彼は、あたしの手首を半ば強引に掴むとずんずん歩き出した。
訳が分からず引っ張られるまま、雲雀くんについていく。
ほろ酔い加減で雲雀くんのペースについていくのは中々骨が折れる。
かけてくれた学ランが落ちないように手で押えながら、何度か転びそうになるのを堪えてついていくと、彼は不意に路地裏に続く道へと曲がった。
その先には見覚えのある黒塗りの外車が停まっていた。
後部座席のドアを開けて待っているのは、この間と同じ風紀委員の人だった。
怪我は大丈夫だったのかな、なんて思ってると、前回と同様に雲雀くんに後部座席に押し込まれる。
ドアが閉まる前に彼は「着いたらノックして」と風紀委員に告げた。
了解の旨と同時にドアが閉まり、ゆっくり車は走り出す。
この車、後部座席と運転席の間に小窓のついた仕切りがあって、それを閉めてしまえば後部座席は小さな密室になる。
機嫌の悪そうな雲雀くんと二人きりでこの空間は、ちょっと怖い。
何、怒ってるんだろう…。
彼は腕を組んで濃いスモークが貼られた窓から、外を見つめたままポツリと呟いた。


「携帯。何で電源切ってるの」

「ぇ?あ!挙式中に鳴ったらいけないと思って切ったまま入れるの忘れてた!」


ハンドバッグから慌てて携帯を取り出して確かめると、雲雀くんの言うとおり電源が切れている。
披露宴や二次会も遥が一緒にいたから、すっかり忘れてた。
もしかして遅くなっちゃったし、心配してくれてたのかな…。


「ごめんね?」

「何で疑問系なの。全く貴女は…またお酒飲んでるね」


彼は長い溜め息を吐くと、組んでいた腕を解いてあたしの頬を両手で包み彼の方を向かされる。
うっ目が怖い…。


「もう少し自覚しなよ。貴女は無防備過ぎる。
 僕と出かける時だってこんなに着飾らないのに、そんなに結婚式って特別なの?」

「…言ってる意味が分かんないよ。普段からこんな格好してたらバカみたいじゃない。
 お祝いの時にドレスアップするのは当たり前でしょ?」

「……僕は昨夜の昴琉を他人に見せたくないと思った。
 出掛ける前の貴女を見ても、同じこと思ったんだ。
 貴女が、綺麗だから」


真剣な眼差しに息を呑む。
こういう時の雲雀くんの瞳にはいつも迷いがなくて。
あたしをドキドキさせる。


「これでも僕は独占欲強いんだよね。
 それなのに貴女は僕の話聞かないでとっとと出掛けるし、携帯も通じないし」

「…ごめん。でも何で場所分かったの?」

「昨夜貴女が部屋に篭ってる時にテーブルに置きっ放しだった招待状見たから」

「そ、そっか。……心配してくれたの?」


あたしの言葉を聴いた瞬間彼の眉間に皺がよった。
頬を包んでいた手につままれて引っ張られる。
これは昨夜の仕返しですか…?!


「いひゃいよ…」

「心配なんてしてない。言ったでしょ、僕は独占欲が強いんだって」


ぷんぷんしながら引っ張っていた手を勢い良く放された。
頬がじんじんする…!
心配してないなら何で怒ってるのよ。


「大体結婚式なんて群れに行くだけじゃないか。
 しかも一生添い遂げる約束を神に誓うなんて、弱者がすることだよ。
 お互いを縛って、群れる約束をして何が楽しいんだか」

「……雲雀くんは結婚したいとは思わないの?」

「思わないよ。僕は縛られたくないしね」

「自分は独占欲が強いのに?」

「…昴琉は結婚したいの?僕を縛りたい?それとも僕に縛られたい?」


彼はシートに手をついてあたしの顔を覗き込むように訊いてきた。
しかも意地悪そうに笑いながら。
……酷いよ、雲雀くん。
結婚出来ないの分かってるくせに、そんなこと訊くの。
好きな人と結婚したい、一生添い遂げる誓いを立てたいと思うのはいけないことなの?
元々お酒のせいで感傷的になっていたあたしの心は雲雀くんの言葉を受け流せなくて。
涙が零れた。
太股の上で握り締めた手の甲にポタポタと落ちる。


「昴琉?」

「…なん、で…そんなこと、言うの…?!
 あたしと君じゃ、無理だって……分かってる、のに…ッ」

「………ごめん、意地悪が過ぎたね」


雲雀くんはそっと肩に手を回してあたしを抱き寄せる。
そしてあたしを落ち着かせるように、太股の上で握り締めたままの手に自分の手を重ねた。
ほんの少し冷たい手。
どれくらいの時間待っていてくれたのだろう。
6月とはいえ夜はまだ冷える。
いつ終わるかも分からない。もう帰ってしまったかもしれない。
それでも雲雀くんはあたしを探して、見つけてくれた。


「…僕は縛られることは好きじゃないし、他人を好きになったのは昴琉が初めてだから、どう愛せばいいのかなんて分からない。
 だけど貴女が望むなら、結婚式を挙げたって構わないよ」

「雲雀、くん…?」

「正直神なんて信じてないからそんなモノには誓えないけど、貴女になら誓える。
 絶対に僕は貴女をひとりにしない。ずっと傍にいる。
 例え昴琉が僕を嫌いになっても、きっと僕は貴女を手放せないから」


重ねていた手を優しく絡めると、彼はあたしの顔を覗き込んだ。
しっかりと目を見つめられる。
雲雀くんの顔からはさっきまでの怖さや意地悪な表情は消えて、少し切なそうな表情を浮かべていた。


「昴琉は僕を信じてるって言ったよね?それならもっと僕が貴女を好きなんだって自覚して。
 僕はどうでもいいと思っている人を迎えに来るほどお人好しじゃないよ」


懇願にも似た言葉の中に、「僕はもう貴女に囚われている」という意味が含まれている気がして。
彼の高い矜持が邪魔をして素直に口に出せないのだろうか。
いつでも自信に満ち溢れている君も不安なの?
一緒にいない間、誰かがあたしにちょっかいをかけていないかとか、あたしが他の誰かを好きになったりしないだろうかとか。
学ランを肩にかけてくれたのも、あたしを他の人に見せたくないと思ったから?
意地悪なことを言ったのも、心配の裏返し…?
あたし雲雀くんの傍にいていいの?
「絶対にひとりにしない」という言葉を本気で信じていいの?
……ううん、信じなくてどうする、あたし。
からかったり意地悪を言うことはあっても、雲雀くんが嘘吐くはずないもの。
涙を指で拭って、笑顔を作った。


「…信じる。ありがとう雲雀くん」

「泣いてる貴女もいいけど、やっぱり笑ってる方が僕は好き」


そう言って雲雀くんは額に軽く触れるだけのキスをした。
労るようなそれに、面映い気持ちになる。

約束なんていらない。

そんなものがなくたって、あたしと君は繋がっている。
それだけで十分過ぎるほど、幸せ。
弱虫のあたしはきっとまたすぐに不安に駆られるけど、少なくとも雲雀くんがこうやって傍にいてくれる間は忘れられる。

今はそれだけで………。



2008.6.9


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