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22


どうしよう…決まらない…。

あたしは鏡の前でガックリ肩を落とした。
こうしている間にも、時は刻々と迫っている。
クローゼットを全開にして服を引っ張り出している為に、寝室はまるで空き巣に入られた現場のよう。
服だけじゃなくて、鞄やアクセサリー類、コサージュなんかの小物も散乱して、足の踏み場がない。
悩みまくって頭を抱えているところに、「暫く部屋に入らないでね」と言ったきり、なかなか出てこないあたしを気にかけてくれたのか、雲雀くんがやってきた。


「ワォ…何この惨状。それにその格好……」

「あー!入っちゃダメだって言ったのに!」

「2時間も部屋に篭られたら何かあったのかと思うでしょ。
 しかもガタガタ音するし、変な呻き声まで聞こえてくるし」

「うぅ…ごめん。明日の結婚式に着ていく服が決まらないのよ…」


そう、明日は会社の後輩の女の子の結婚式。
今まで何度か結婚式には出ていたから、数着のドレスは持ってるんだけど、どれにしようか決まらない。
体型が変わらなかったのと、参加する人がだぶらないからドレスを使い回せるのは助かった。
でもドレスが決まらないと、靴や小物も決まらない。
優柔不断というわけじゃないんだけど、可愛い後輩の結婚式ともなれば、それなりにお洒落して恥かかせないようにしてあげたいと思うのが先輩心ってものよね。
仕方ないからイメージしやすいように一着ずつ着て鏡の前で考えてたところに、彼が来たってわけ。

今あたしが着ているのは太股の途中までピッタリと身体にフィットしてその先はフレアになっている、ちょっと大人っぽいデザインの黒いマーメイドドレスだ。
上から下まで視線を巡らしてあたしを見た雲雀くんはちょっと眉を顰めた。


「…その格好で行くの?」

「え、あぁ、悩んでただけでまだ決めてないよ。変かな?」

「変じゃ、ないけど…変」

「どっちよ…」


よく分からない雲雀くんの答えに、今度はあたしが眉を顰めて彼を見る。
何故かあたしから視線を外して咳払いをした雲雀くんは、ひょいひょいとあたしの散らかした服やバッグを避けてこちらにやってきた。
あたしの腰にするりと右腕を回し自分の方に引き寄せると、左手であたしの頬を包む。
綺麗な漆黒の瞳にあたしが映っている。
雲雀くんの体温を感じて、否応なしに胸がドキドキさせられる。


「…いつもの昴琉じゃないみたいで、変」

「何よ、それ」

「馬子にも衣装、だっけ?」

「うわ、ひっどいなぁ!もう!」

「褒めてるんだよ」

「そんな風に聞こえないんですけど」


ちょっとだけ拗ねて顔を背けると、顎を掬われて唇を奪われた。
雲雀くんの啄ばむようなキスに翻弄されているうちに、顎に当てられていた手は後頭部に回されて、より深く口付けられる。
彼が唇を離してくれた時には、あたしの頬は真っ赤に染まってすっかり息が上がっていた。
苦しくて目に涙が滲む。


「そんな顔して、誘ってるの?」

「な!」

「昴琉、綺麗」


艶めかしい雲雀くんの声と瞳が、一瞬にして身体と心を金縛りにかける。
綺麗なのは雲雀くんの方だよ…。
目先で流れる黒髪、白い肌、何よりもあたしを映すその真っ直ぐな瞳。
君の全てがあたしを捕らえて放さない。
再開された熱いキスに少し焦る。

このままじゃ……ドレスが決まらないで日付が変わってしまう…!

雲雀くんの胸をドンドン叩いて、抗議する。
止めてくれない…。
諦めずに更に叩いてみるが効果なし。
仕方ないから彼の両頬を引っ張ってやったら、やっと止めてくれた。
頬を引っ張られたまま彼が不満を口にする。


「ひゃんのちゅもぃ…」

「これ以上はダメ。本当に明日の準備間に合わなくなっちゃう」

「……それならこのドレスは着て行かせない」

「え、ぁっ!痛っ」


彼はそう耳元で囁くと、あたしの首筋に顔を埋めた。
次の瞬間にチクッと鋭い痛みが走る。
えぇ?!何?!
ビックリして首筋を押えた。
顔を上げて悪戯っぽく笑うと、雲雀くんは「まぁ、服選び頑張りなよ」と言って寝室から出て行った。
あたしは慌てて鏡に駆け寄る。
痛みが走った所を確認すれば、紅い痕。


「やられた……」


こんな所にキスマークなんか付けられたら、このドレスは絶対に着ていけない。
あんの悪戯っ子…!
何処でこんなこと覚えて来るのよっ
ドレスなんてみんな首筋見えるっちゅーの。
選択肢がひとつ減ったどころじゃない。
再び頭を抱えたくなったけど、淡いピンクのドレスが目に留まる。
これなら上手い具合に隠れそう。

パパッと着替えてみる。
お、大丈夫だ、丁度隠れる。

変なきっかけだけど取り敢えずドレスが決まった。
ある意味雲雀くんに感謝かな?
一度決まってしまえば後は簡単。
あたしはいそいそと明日の準備を整えた。


***


結婚式は午後3時から。
途中遥と待ち合わせしているから、1時には家を出られるよう身支度を始める。
いつもよりもちょっと念入りにメイク。
髪も巻いてハーフアップにする。
昨日決めたドレスに身を包んで、羽織れるように薄手の上着と抑え目のゴールドのハンドバッグを持って寝室を出た。
まだちょっとだけ時間あるし、お水飲んでから行こうかな。

キッチンに行って冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していると、リビングの方からやってきた雲雀くんに「準備出来たの?」と声をかけられた。
「うん!」と振り返ると、彼は持っていた雑誌をバサリと落とした。
雲雀くんは目を見開いて固まっている。

え、何その反応。
普段冷静な君にそんな反応されると怖いんだけど…。

「え、何?お化粧濃かった?」

「いや…そのドレス…」

「あ、これ?可愛いでしょ?」

クルッと回って雲雀くんに見せる。
着ているのはホルターネックタイプの淡いピンクのカシュクールワンピースで、首の後ろで結ぶと大きなリボンになる。
これならキスマークも隠れるし、念の為ファンデーションも塗って隠しておいた。
ハイウエスト部分を共布のリボンで飾ってアクセントをつけてある。
裾は二重になっていて、歩くとひらひら揺れていい感じ。
「どう?」って訊くと、雲雀くんは我に返ったようにハッとした。


「似合ってるけど…」

「ホント?!良かったぁ〜。
 あ、いけない!そろそろ行かなきゃ、待ち合わせ遅れちゃう!」

「ちょっと、昴琉」

「帰る前に電話するよ!それじゃ雲雀くん、行って来るね!」


何か雲雀くんが言いたそうだったけど、遥を待たせるの悪いしね。
あたしは上着を羽織ってハンドバッグを引っ掴み、ミュールを引っ掛けると、急ぎ足で駅へと向かった。



2008.6.9


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