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21


彼との距離が縮まれば縮まるほど、彼があたしに触れてくれればくれるほど、幸せであるはずなのに。
心の底からじわりじわりと染み出した漠然とした不安は、幸せを侵食するばかりで消えてくれない。

君を全力で好きでいたいのに。

ともすれば挫けてしまいそうな誓いを、支えているのはやっぱり君への想いで。

……ただただ堂々巡りを続けるだけ。


***


意外なことに雲雀くんは本を読むのが好きらしい。
梅雨入りしたせいか家にいる機会も多くなって、特に最近はソファに座って色々な本を読んでいる。
ミステリー小説からあたしの買ってきた女性用ファッション誌までと、その幅は広い。
今なんて読んでる本の題名『攻めて勝ち取る恋愛学』だよ?
雲雀くんが恋愛関連の本読んでるだけでぶっ飛ぶほど驚愕するのに。


「どうしてそんな本読んでるの?」

「昴琉が恋愛は戦いだって教えてくれたからね。
 あらゆる戦術を知っておくことは強くある為に必要でしょ?」

「は、はぁ。戦術ねぇ…」

「……完全に陥落してくれないしね、貴女は」

「あたし?」

「そう、貴女。口では僕を好きだって言ってるし、それは嘘じゃないと思うけど…。
 でも、貴女はそれでいい。簡単に落ちる城じゃつまらないからね」


本から視線をあたしに移し挑戦的な笑みを浮かべながら、楽しそうにそう言い放つ雲雀くんの瞳には迷いがなくて。
あたしの心を蝕む不安すら見抜いてしまっているんじゃないだろうか。
雲雀くんの真っ直ぐな視線がチクリと心を刺す。
なんだか後ろ暗くて、あたしは困った笑みを向けるのが精一杯だった。
それにしてもお城に例えられたのは初めてだわ…。


まぁ恋愛戦術の話はさて措き、そんなに本読みたいなら図書館にでも行ってみようかという話になった。
今日はあたしも休みだし、読みたい本があればあたし名義で借りればいい。
外は生憎の雨だけど、車で行くほど遠くもないから歩いて行くことにする。

雲雀くんは黒い傘で、あたしはピンクの花柄の傘。
そういえば雲雀くん用の傘がないやと思ってこの間出かけた時に買ったんだけど、予想通り彼は迷わず黒い傘を選んだ。
似合ってるから全身黒尽くめでもいいんだけど、ちょっと夜道は闇と同化してて怖いのよね。
本当に黒好きなんだなぁってしみじみ隣を歩く雲雀くんの顔を見上げたら目が合ってしまった。
「何?」って顔されたけど、あたしは首を横に振った。

雨の中、あたしの歩調に合わせてゆっくり歩む雲雀くんの隣で、傘を差して歩いているだけなのに。
ただそれだけのことなのに、嬉しくて心が踊る。
今までこんなに誰かを想ったことがあっただろうか。
確かにあたしの心の中には不安があるけれど、君が好きで好きで仕方ない。

こんなに好きなのに、それでも雲雀くんはもっと僕に落ちてと誘うの?


***


休日だけど雨のせいだろうか、図書館は空いていた。
久し振りに来たなぁ。
高校生の頃は勉強しにちょくちょく学校の図書室には行ったけれど、図書館には小学生以来足を運んでいない。
本が沢山ある空間の、独特の匂いってちょっと好き。
雲雀くんは「本探してくるよ」ってフラッと本棚の間に消えてしまった。
まぁ、二階もあるけど物凄く広いわけでもないし別々に行動してもすぐ見つかるでしょ。
あたしもズラッと並んだ本の背表紙を眺めて、適当に読みたい本を探し出した。
レパートリー増やしたいし、料理の本なんていいかもね。
区分って何になるんだろ。趣味?生活?

探しに行こうと一歩踏み出した時、「あの!」って声をかけられた。
振り向くとそこには16、7才くらいの女の子が立っていた。
あれ?この子見覚えが…。


「ちょっといいですか?一緒に来てください」

「え?えぇ?!あ、ちょっと…!」


有無を言わさず、女の子はあたしの手を掴むとぐいぐい引っ張って図書館の外まで連れ出した。
連れて行かれる途中で彼女が誰か思い出す。

この前駅で雲雀くんにラブレターを渡していた、あの女子高生だ。

私服で雰囲気が違うから気付かなかった。
同じ駅利用してるんだから鉢合わせしても当たり前なんだけど、駅でじゃなくて何故図書館…。
そして何故雲雀くんではなく、あたしを掴まえた。
はぁ…、面倒なことになりそう。
雨を避けて軒伝いに図書館の裏手の方まで来ると、彼女はやっと手を放してくれた。
くるりとあたしの方を向き、キッと睨む。


「単刀直入に訊きます。貴女は彼の何なんですか?いつも一緒に居ますよね」


何って言われても…。
答えられない自分に驚く。
よくよく考えてみれば、お互い一度も「付き合おう」とは言ってない。
一緒に暮らしてるし、一緒のベッドで寝たり、き、キスもする、けど。

『付き合っている』という実感はなくて。

雲雀くんはあたしを好きだと言ってくれた。
あたしも雲雀くんが好き。
あれ?どう説明したらいいんだろう。


「何って言われても困るんだけれど…、一応保護者になるのかしら」

「保護者って…!ふざけないで下さいっ
 駅から帰る時の貴女達、まるで恋人同士みたいに見えますよ?
 私には一度も笑顔を向けてくれない彼が、貴女にはいつも笑いかけてて…!
 それなのに保護者だなんて言い訳するんですか?」


ぎゅっと両手に握り拳を作って、彼女は目に涙を浮かべながらあたしを睨む。


「……私、さっき『好きな人がいるから』って彼に振られました。
 彼の好きな人って貴女なんでしょ?!彼と付き合ってないなら、好きじゃないなら…!
 私に彼を譲って下さいっ!」


そうきたか。
今にも泣き出しそうな彼女は真剣な眼差しでとんでもないことを訴えてきた。

けど、彼女の気持ちも分かる。

自分もこの子と同じ年頃に、片想いをしていた時期がある。
好きな気持ちに真っ直ぐで、正直で、走り出したら止められない。
海に向かって君が好きだー!って臆面もなく言えちゃうような素直さ。

ちょっと羨ましい。

あたしが過去に置いてきてしまったものを、目の前の彼女は持っている。
大人になってしまったあたしは、知らず知らずのうちに自分を見えない糸で縛り上げて律している。
それは不安という名の黒い糸。
そうすることで傷付くことから逃げている。

結局、あたしは怖いだけなんだ。

自分の気持ちに素直になるのが。
いつかいなくなってしまう雲雀くんに溺れるのが。
年の差や彼の保護者という立場なんて、彼女が言う通り言い訳でしかない。

雲雀くんを好きという点では、彼女もあたしも同じ。
彼女が素直に想いをぶつけてきているのに、雲雀くんに手紙読めって言っておいて、あたしが逃げてちゃいけないよね。
あたしは小さく深呼吸をして、彼女に向き直る。


「……ごめんね。それは、出来ない」

「どうしてですか?!
 一目惚れだし、駅で貴女を待っている彼の姿しか知らないけど、私本当に彼のこと好きなんです…!」

「うん。それは十分伝わってくるよ。
 でも彼は物じゃないし、あたしは彼の決めたことを尊重したい。
 …それに、保護者だけどあたしも彼が好きだから」

「!!」

「だから、ごめんなさい」


あたしは頭を下げた。
ゆっくり顔を上げれば彼女の目からは大粒の涙がぽろぽろ零れていた。
彼女の書いた青いラブレターが脳裏にパッと浮かんだ。
一目惚れだって、好きな気持ちは変わらない。
ごめんね、本当にごめんね。


「貴女なんて…!貴女なんて…っ!」


彼女の右手が振り上げられる。
あぁ、打たれるのか。
それで彼女の気持ちが済むなら、構わない。
思いっきり打てばいい。
そう思ってあたしは目を閉じて、頬に来るであろう衝撃を歯を食い縛って待った。
しかしあたりに響いたのはあたしの頬を彼女が打つ音ではなかった。


「何してるの」

「は、離してくださいっ」

「…雲雀くん」

 
目を開けるとあたしを打とうと振り上げた彼女の手を、雲雀くんが掴まえていた。
また何処から現れた…。


「ねぇ、君しつこいよ。僕さっき断ったよね。
 行動力には感心するけど、僕の昴琉に手を上げようなんて許せないな」

「い、痛いっ」

「雲雀くん!離してあげて!」


ムッとしながらも彼は掴んでいた手を離した。
男でも女でも容赦ないなぁ。
トンファーが出なかっただけまだいいのかも。
彼女は掴まれていた部分を摩りながら、一瞬だけ雲雀くんを切なそうに見て、あたしに向き直った。
あたしも彼女の視線を正面から真っ直ぐに受け止める。


「打って貴女の気が済むなら、いくらでも打ってくれて構わない。
 貴女に彼を諦めろとも言わない。多分逆の立場ならあたしも諦められないと思うから」

「…!」


彼女の手を取って、自分の頬に当てる。
彼女はビクンッと震えたけれど、あたしから視線を外さなかった。


「さぁ、遠慮はいらないよ?」

「ば、バッカじゃないの!貴女、とんだお人好しだわ!
 ……これじゃ、勝てるわけ、ないじゃない…うっうぅ…」


彼女はあたしの手を振り解くと、両手で顔を覆って崩れ落ちるようにその場にしゃがんで泣き出してしまった。
あたしも一緒にしゃがんでしゃくり上げる彼女の背中を摩ってやる。
心の中で何度も彼女にごめんねと呟く。
雲雀くんは壁に寄りかかってひとつ溜め息を吐くと、あたしの耳に届くか届かないかギリギリの声で「ホント、お人好し」と呟いた。
…聞こえてるぞ、雲雀くん。


一頻り泣いた彼女は一言「ごめんなさい」と謝って帰っていった。
降り続く雨音が妙に耳について。
あたしは彼女の後姿をちょっとだけ切ない気持ちで見送った。

はぁ、取り合えず一段落。

張っていた気を緩めてふぅと息を吐くと、後ろからふわりと雲雀くんに抱き締められた。


「バカだね、貴女は」

「いきなり何よ」

「……貴女の言うとおり、やっぱり恋愛は戦いだね。
 いいモノ見せてもらったよ。本の通りには行かないもんだね。
 あの子に打っていいって言ったのは計算?ああ言えば相手が戦意を失くすって分かってたの?」

「…違うわよ。本音を言っただけ。
 あたしはそんなに器用な人間じゃないし、あの子の気持ちも、分かるから」

「…ふぅん。やっぱり貴女は面白い」


クスリと笑って雲雀くんはあたしの頭にキスをひとつ落とした。
…あぁ!もう!顔が熱くなる…っ
それを知ってか知らずか、雲雀くんは喉の奥でクックッと笑った。


「ねぇ、昴琉。僕は貴女と付き合ってると思ってるからね」

「え?!き、聞いてたの?!」

「うん。あそこから見てたから」


そう言って雲雀くんは上を指差した。
う、上?!
見上げると二階の窓が開いていて、カーテンがひらりひらりと揺れている。


「…まさかとは思うけど、さっき彼女を止めた時、あそこから飛び降りたの…?」

「まぁ、そうだね」

「あ、危ないじゃない!普通二階から飛び降りないわよ?!」

「誰も僕を常識で縛ることは出来ないよ」

「そういう問題じゃないと思います…」


深く溜め息を吐くあたしを、雲雀くんは可笑しそうにぎゅっと抱き締める。

本当に雲雀くんはあたしを振り回す天才だ。

彼の言葉や行動ひとつであたしの心は激しく浮き沈みする。
彼に抱き締められて、さっきまで感じでいた不安が薄らいでいく。
なんか悔しいな。ちょっとくらい意地悪してもいいよね?


「あのさ、『付き合う』って対等な関係じゃなきゃ出来ないわよね?
 その点において、あたしと雲雀くんは対等じゃないと思うの」

「貴女も僕もお互い好きなのに?」

「うん。だってあたしの方が雲雀くんのこと好きだから!」


彼の腕からするりと抜け出して、振り向いて悪戯っぽく笑って言ってやった。
一瞬雲雀くんはきょとんと切れ長の目を見開いていたけど、すぐにムスッとして、歩き出したあたしの後をついて来た。


「僕の好きの方が上だよ」

「あたしの方が上よ」

「僕だよ」

「あたしよ」

「僕だって言ってるでしょ。貴女も頑固だね」

「嫌よ、あたしだもん」


お互い引かないで暫く言い合ってたけど、ふと目が合った瞬間に思わずあたしは吹き出してしまった。
「やっぱり僕の方が上だね」って勝ち誇ったように言う、負けず嫌いな雲雀くんが可愛くて益々笑いが止まらない。
君は勝ったつもりでいるようだけど、本当はあたしの勝ち。

ねぇ、恋って追いかけさせた方が勝ちだと思わない?



2008.6.1


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