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19


「随分伸びたよねぇ…」

「何が?」

「何がって、君のその髪だよ、か・み・の・け!」


今夜の夕食である肉じゃがを掴んだままのお箸で、あたしは雲雀くんの来た頃に比べると大分伸びた髪の毛をビシッと指した。
元々少し長めだったふわふわの黒髪が、目にかかって邪魔そうだ。
1ヶ月程前に切っておいでとお金を持たせたんだけど、面倒なのか一向に切りに行く様子がない。
髪が長くても雲雀くんのカッコよさに変わりは無いんだけど、流石に前髪が長いと邪魔そうで見てるこっちが気になる。
自分の前に突き出したお箸に掴まれた肉じゃがを雲雀くんはジーッと見ていたが、徐に口を開いてぱくっと食べてしまった。


「あー!あたしの肉じゃが…!」

「そっちが突き出してきたんでしょ」

「くぅ…っ、まぁそれは措いといて。何で切りに行かないの?」

「刃物を持った見知らぬ人間に、背後に立たれるの嫌なんだよね」

「は、はぃ?刃物ってハサミのこと…?」

「そうだよ。立派な武器じゃないか」


彼はいけしゃあしゃあとそう言って、お味噌汁を飲む。
あたしは今まで生きてきて、ハサミを武器だと思ったこと一度もないんですけど…。
まさか美容室に行くと雲雀くん襲われると思ってる?
まぁ確かにレザー使う美容師さんもいるけど、流石にいきなり切りつけてきたりはしないよ?
一体どういう育ち方をしたの……。


「じゃぁさ、今までどうやって髪切ってたの?」

「草壁に切らせてた」

「草壁?お友達?」

「部下だよ。あれは僕に忠実だからね」


小生意気な笑みを浮かべながら、事も無げに言い放つ雲雀くんに呆気にとられる。
部下って…。
あ、あちらの世界でも風紀委員会で委員長やってたんだっけ。
雲雀くんが髪を切らせるほど信用してる人って、どんな人なんだろう…。
髪を切る器用さを持ってるなら、女の子、かな?
お箸を止めて考えていると、彼はククッと笑った。


「昴琉、ヤキモチ?」

「ぇえ!あたし何も言ってないじゃない」

「言っとくけど、草壁は男だよ。しかもリーゼントの」

「り、りーぜんとぉ?!」


散髪も出来るリーゼント頭の風紀委員……想像を絶するモノがある。
そんな人に彼が髪を切ってもらってるところを想像して思わず吹いてしまった。
だって、こんなに見目麗しい少年が不良然としたリーゼント頭のゴツイ男の子に散髪されてるなんてさ…!
そのギャップに笑うなっていう方が無理よね。
でも雲雀くん相手じゃ、その草壁って人もおどおどしながら切ってたのかもしれない。
気に入らなかったら雲雀くんトンファーで殴りそうだし。
あまりに笑うもんだから、雲雀くんの表情は段々ムスッとしてきた。


「笑い過ぎ」

「ごめんごめん」

「罰として貴女が髪切ってよ」

「え!あたし自分の前髪くらいしか切ったこと無いよ!無理、無理!ぜーったいムリ!」

「駄目。貴女が切ってくれなきゃ嫌だ」


言い出したら聞かないことは、これまでの共同生活で身に沁みている。
髪を切れって言ったのはあたしだし、素直に美容院に行ってくれそうもない。
仕方ない。ここは折れておきますか…。
いつもあたしが折れっ放しな気もするけど。


「……どうなっても知らないわよ」


空になった食器を重ねながら、あたしは深い溜め息を吐いた。


***


食器を洗い終わるとすぐに散髪の用意に取り掛かった。
先延ばしにしても結局切らされそうだしね。
洗面所に新聞紙を敷いてその上にキッチンから持ってきた椅子を置く。
そこに雲雀くんに座ってもらって、彼の首にタオルを巻いて、さらにケープ代わりに風呂敷をかけた。
よし、準備OK!
あたしはハサミを握ってシャキンッと鳴らす。


「雲雀くん、覚悟はいいわね?」

「変な髪形にしたら許さないからね」

「フッフッフ。初めて他人の髪切るんだから、上手く出来る保証なんてないわ。
 ハサミを握った時点で奇しくも主導権はあたしに移ったわけよ。
 油断したわね、雲雀恭弥!」

「何悪役になりきってるの。早く切りなよ」


ノリの悪い雲雀くんの一言にあたしはガックリ肩を落とした。
ちぇ。ちょっとくらいお姉さんと遊んでくれたっていいじゃないか。
全く以てクールな少年だよ、君は。
「じゃぁ、本当に切るからね」と断って、雲雀くんの綺麗な黒髪を一房櫛で掬い取り、恐る恐る毛先をチョキンと切った。

うわ…ちょっと気持ちいいかも。

同時にちょっと勿体無い気がする。
彼の髪は染めていないから綺麗な黒髪。
ふわふわなんだけどサラサラで、頭撫でると触り心地が好いんだよね。
これだけ綺麗だったら伸ばして売ればカツラ作れるわよね…。
おっと、ついついお金儲けの方に考えが傾いてしまった。
最近考え方が主婦になってきた気がするわ…。

チョキン…チョキン…

単調に髪を切る音が洗面所に響く。
雲雀くんはあたしに身を任せて大人しく髪を切られている。
…あ、ちょっと切り過ぎちゃった。
まぁ、これくらいなら気にならない。いや気にしない。
そんなことを繰り返しながら、取り敢えず横と後ろは切り終わった。
さてと次は前髪だわ。
前髪ばかりは慎重に切らないと、毎日鏡で見るからね。
雲雀くんの前に屈んでこんな感じかなぁとイメージしてみる。
覚悟を決めて前髪を切ろうとした時、不意に「昴琉」と雲雀くんが躊躇いがちに声をかけてきた。
何故か彼の顔は真っ赤。


「ん?どうしたの?」

「……見えてる」

「へ?何が?」

「……………ブラ」

「……ブラ?」


一瞬雲雀くんが何を言ったのか理解出来なかったけど、彼の視線を追って自分の胸元を見ると、バッチリピンクのブラジャーがTシャツの襟刳りから覗いて見えていた。

しまった……!

今日帰って来てから着替えたTシャツは襟刳りが大きめのものだった。
そりゃ当然屈めば襟刳りが弛んで内側が見える。
しかも雲雀くんの真正面、その上至近距離で……!
慌てて手で押さえて隠す。


「い、いつまで見てるのよ!バカ!エッチ!」

「自分から見せ付けといてそれはないんじゃないの?
 はぁ、そんな風に言われるなら言わなきゃ良かった」

「それはもっと駄目でしょ…!」

「いい眺めだったのに」


さっきまで顔真っ赤にしてた人とは思えない台詞。
雲雀くんの口からそんなオヤジ発言が出るとは思わなかったわ。
軽くショックを受けながら取り敢えずTシャツの襟刳りを手繰り寄せて弛みを無くし、洗面台に置いてあったヘアクリップで留める。
これなら見えないだろう。
念の為に「目、瞑っててよね!」と言うとちょっと不満そうにしながら彼は目を閉じた。
端整な顔に一瞬見惚れたけど、散髪を再開する。

チョキン…チョキン…

はぁ…緊張する。
こんなにヒトの髪を切るのが大変だなんて知らなかったな。
やっぱり美容師さんって凄いのね。
四苦八苦しながら何とか散髪を終えた。
ふむ。どうにか形になってるんじゃないの?


「はい、出来上がり。こんなもんでどうかな?」

「へぇ、やれば出来るじゃない。草壁といい勝負だよ」

「そりゃどーも!」


あはは、それは褒められているのかしら?
雲雀くんに巻き付けていた風呂敷とタオルを取って新聞紙の上に散らばった髪の毛を集めていると、突然彼は着ていたTシャツを脱ぎ出し、それをパタパタと叩きだした。
あぁ、そっか。中にも髪の毛入っちゃってたんだね。
び、ビックリした…。
チクチクして気持ち悪かったのね。
髪もバサバサ振っちゃってまるでわんこみたい。可愛い。
一頻り髪を払うと彼はあたしを見下ろした。


「ねぇ、昴琉。髪も洗ってよ」

「えー、自分で洗えばいいじゃない。あたし美容師じゃないってば」

「昴琉」


強請るような口調で名前を呼ばれ、母性本能が擽られる。
……もう、これは計算でやってるとしか思えない。
きっとあたしがそうされることに弱いの知ってる。
それでも可愛い雲雀くんに頼まれちゃったら断れない……。
つくづく甘いわね、あたしも。


「はいはい、分かりました!どうせこのままお風呂入るんでしょ?
 あたし一旦外出てるから準備出来たら呼んでね?」

「うん」


あたしは洗面所の外に出て、パタンとドアを閉めた。



2008.5.27


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