18
幸いにも遥がくれた半額券のお店は駅の近くだった。
まぁだからくれたんだろうけど。
しかも中々繁盛してるようで、何組か座って待っている。
人混み嫌いの雲雀くんにはちょっと我慢してもらおう。
そう思ってお店のドアを開けようとした時、雲雀くんがボソッと呟いた。
「…回ってる」
「え、そりゃ回転寿司だもん」
「カウンターのある寿司屋だと思ってたのに」
「あれ、言わなかったっけ?」
「言わなかったよ」
「あはは、ごめん!あたしのお給料じゃ高級なお寿司屋さんは無理」
ムスッとしていた雲雀くんは急に何かを思いついたようで、見覚えのないシルバーの携帯を取り出すと誰かに電話し始めた。
…ん?あたしと同じ機種の携帯はどうしたのよ。
雲雀くんは電話の相手に何やら指示を出して、「じゃ、頼むよ」と言って通話を終えた。
「これから迎えが来るから、少し待ってなよ」
「へ?」
「僕が本物の寿司をご馳走してあげる」
「えぇ!だ、だって雲雀くんお金持ってないじゃん…」
「心配要らないよ」
そう言って小生意気な笑みを浮かべて、雲雀くんは回転寿司屋の入り口からちょっと離れた街灯に背を預けた。
いや、意味が分かりません。
思わず雲雀くんの今持っている携帯電話を凝視してたら、彼は軽くそれを振り、「これは仕事用」って教えてくれた。
し、仕事用ってまさか風紀委員会…?
「その携帯持ってたんなら、この間買った携帯要らなかったんじゃないの?」
「僕は仕事とプライベートはきちんと分けたいの」
「そ、そうですか…」
仕事バリバリこなしてる会社の上層部の人みたいなこと言ってるよ、この子は。
あたしと同じ機種のあの携帯は、本当にあたし専用なんだ。
…ちょっと嬉しいかも。
それにしても迎えって……それを訊こうとした時、あたしと雲雀くんの前に黒塗りの外車が停まった。
運転席のドアが開き、長身で強面の男の人が降り立つ。
上等そうな黒いスーツの左腕には『風紀』の腕章。
男は雲雀くんに一礼した。
まさか……
「委員長、お待たせしました」
「うん。じゃ、早速頼むよ」
「はっ」
男は後部座席のドアを開けた。
一見裏社会風のこの男の人、やっぱり風紀委員なの?!
訳が分からず戸惑っていると雲雀くんは行けば分かるからと、あたしを後部座席に押し込み、自分も続いて乗った。
軽く拉致された気分なんですけど…。
いや、絶対周りの人には拉致現場を目撃してしまったと思われてるよ!
連れて来られたのはさっきの場所から車で10分程のお寿司屋さんだった。
如何にも高級感漂う店構えに二の足を踏む。
ちょ、ちょっと、こんな所でお腹いっぱい食べたら一体いくらになると思ってるのよ…!
あたしとは正反対に余裕の笑みを浮かべる雲雀くんに促されて店内に入ると、板前さんに「へい、らっしゃい!」と迎えられた。
「やぁ、大将」
「これはこれは!いらっしゃいませ、雲雀様。
毎度ご贔屓ありがとうございます。いつもの個室をご用意しましょうか?」
「うん。昴琉、嫌いな物ある?」
「え?!あ、ううん、特には」
「そう。ねぇ大将、そういうことだからいつものと、後は適当に見繕って握ってよ」
「お任せください」
な、何このやり取り。雲雀くんはここの常連さん?!
目の前で起こっているあり得ない展開に、頭がついていかない。
促されるままお店の人に案内されて奥に進むと、二人で食事をするには広過ぎる個室に通された。
床の間まである落ち着いた雰囲気の和室だ。
広過ぎてあたしの心は落ち着かないけどね。
慣れた様子で座布団に座る雲雀くんの向かい側に、あたしもおどおどしながら座る。
お茶を出して「暫くお待ちください」とお店の人が一礼して部屋から退出した。
それを見届けると一緒について来ていた風紀委員の人も、「私は部屋の外でお待ちしております」と外に出て襖を閉めた。
「ね、ねぇ雲雀くん。本当に大丈夫なの?
あたし今日そんなに持ち合わせないよ?カード使えるかな」
「貴女も心配性だね。言ったでしょ。僕がご馳走してあげるって」
「そうだけど、そのお金の出所が怖いのよ…」
「風紀委員長として働いてる分の給料だから、クリーンな金だよ。
金なんてどうでもいいから、管理は風紀委員に任せてるけど」
クリーンって何よ。クリーンじゃないお金もあるってこと?!
それにしてもお給料、貰ってたんだ…。
ということはさっきの風紀委員の人はあんな怖い顔して雲雀くんのお財布係?
…ちょっと笑える。
いや、その前に貰ってるならうちにお金を入れてよ…!
外食の時、注文した物が出てくるまでの時間って手持ち無沙汰で困る。
雲雀くんも無口な方だから、特に会話もないし。
暇を持て余して、あたしは出されたお茶をちょっと飲む。
雲雀くんは徐にさっき駅で渡された青い封筒をポケットから取り出した。
開封して封筒と同じ青い色の便箋を取り出し、目で文字を追っている。
ちょっとドキドキする。
あたしが書いたわけじゃないけど、目の前の手紙には恋心が綴られている。
しかも雲雀くん宛てに。
彼はつまらなそうにそれを読んでいたが、最後にフッと笑ってまた封筒に戻してテーブルの隅に置いた。
そして頬杖をついてジッとあたしを見る。
「な、何?」
「昴琉は僕が他の女子に告白されて気にならないの?」
「…ストレートに訊くのねぇ。
んー、気にならないと言えば嘘になるけど、敢えて言うなら気にしないかな」
ちょっと困って笑うと、雲雀くんは面白くなさそうにひとつ溜め息を吐いた。
「僕が貴女を好きじゃなくなるかもって心配はしないの?」
「それはさっき雲雀くん自身が否定してたじゃない」
「まぁ、そうだけど」
「…あたしね、君を束縛する気はないんだよね。恋愛に関しては特に。自由でいて欲しいっていうか。
雲雀くんがあたし以外の誰かを好きになっても、あたしも君を好きな気持ちは揺るがないと思うし。
それにね上手く言えないんだけど、あたしは雲雀くんを信じてるから。
……あれ?これじゃ束縛してるのと同じかな?あはは」
また少し困って笑う。
頬杖をついて聞いていた雲雀くんは、急にその手をテーブルにつくと、それを軸にしてテーブルの上をひらりと飛び越えてあたしの横に片膝をついて着地した。
お行儀の悪い早業に目を白黒させて驚くあたしを有無を言わさずその胸に抱き込む。
な、何…?!
「昴琉…今凄くキスしたい」
え、えぇ?!
片腕で抱き締められたまま顎を掬われた。
上向かされるまま見れば、そこには雲雀くんの情熱的な漆黒の瞳があって。
あぁ、その瞳には弱い。
自然と胸が高鳴って、彼の顔が近付いてくるのに合わせて目を閉じてしまった。
互いの息を感じるくらい近付いて……
「失礼します。委員長、お食事の用意が……あ…」
唇が触れ合う寸前、スッと襖が開いて、外で待機していた風紀委員の彼が現れた。
バッチリ見られてしまったあたし達と、見てしまった彼の間に気まずい雰囲気が漂ったのもほんの一瞬。
何故なら雲雀くんが投げたトンファーが風紀委員の彼の顔面にクリーンヒットしたからだ。
「全く。了解を取ってから開けなよね。
ちょっと待ってて、昴琉。咬み殺してくるから」
「え、いや、そこまでしなくても…!ひ、雲雀くん落ち着いて!」
あたしの制止も空しく雲雀くんは部屋の外に出るとピシャッと襖を閉めた。
次の瞬間には男の悲鳴と鈍い音が聞こえてくる。
こ、怖いんですけど…。
言葉通りにすぐ戻ってきた雲雀くんはぷんぷん怒っていたけど、運ばれてきたお寿司を見て機嫌を直したようだ。
どれも美味しそう。だけど、気になることがひとつ。
あたしの前に置かれた色取り取りのお寿司に対して、雲雀くんの目の前に置かれた大量のかんぱちとヒラメのえんがわ。
いつものって、もしかしなくてもそれ…?
ポカーンと見ているあたしに「遠慮しないで食べなよ」と勧める彼とその渋い好みに苦笑が漏れた。
ひとつ口に運んでみると雲雀くんの言うとおり、本当に美味しくて。
滅多に食べられない上物にあたしは舌鼓を打った。
お金の出所は怖いけど、たまには奢られるのもいいよね?
家に帰ってから「さっきの続き」と、雲雀くんにキスの嵐をお見舞いされたのは言うまでもない。
2008.5.23
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