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16


結局雲雀くんがあたしを解放してくれたのは、二人のお腹が同時に合唱して空腹を訴えてからだった。
同時っていうのが可笑しくてあたしの笑いが止まらなくなっちゃって、キスどころじゃなくなっただけだけど。
雲雀くんはあたしの上から身体を退けると、抱き起こしてくれた。


「お腹空いた」

「うわ、もうこんな時間!ご飯作らなくちゃね。
 し、しかし…凄い光景だね、これ」


ベッドに深々と突き刺さった一対のトンファーと、部屋中に散らばる白い羽毛。
後で掃除しなくちゃ。穴開いちゃったけど、ベッド使えるかな…。
あたしがあれこれ考えているうちに、雲雀くんは突き刺さったトンファーを無造作に抜き取った。

次の瞬間、ベッドがバキッという派手な音と共に真っ二つに折れた。

……トンファーが突き刺さっていたことで、辛うじてバランスを保っていたのね。
うーん、新しいベッド買うには今月厳しいし、床にマットレス下ろして掛け布団も切れたとこ縫えば使えるか。
深い溜め息を吐いて項垂れるあたしとは対照的に、機嫌の直った雲雀くんは抜き取ったトンファーと壊れたベッドを交互に眺め「昴琉のせいだからね」と言い放った。
何でそうなる…!


「でも、丁度良かったじゃない」

「どうして?」

「今日から昴琉は僕と一緒に寝るんだから」

「……却下」

「僕の初めてを奪っておいて、提案を即答で断るとはいい度胸だね」

「あのねぇ、いくらなんでもそれは恥ずかし過ぎて無理!
 そ、それに他人が聞いたら誤解される様な言い回ししないのっ
 初めてじゃないし、奪ってないからっ」

「ふぅん」

「その話はおいといて、ご飯作るよ!もうお腹ペコペコで死にそう」


雲雀くんと一緒に寝るなんて、絶対無理…!
あんな綺麗な顔が間近にあったらドキドキしちゃって安眠出来ないよ。
第一雲雀くんだって、人の気配に敏感なんだから眠れないんじゃないの?

おっと、一先ずご飯ご飯。
遥を駅まで送るついでに買い物してこようと思っていたから、大した物は作れない。
夕食は冷蔵庫の中にある物で簡単に作れる物にしよっと。

冷蔵庫の中身を思い出しながらキッチンに向かう。
その背後で、雲雀くんが悪戯っぽい笑みを浮かべているのに、あたしは当然気が付かなかった。


後はいつも通りのパターンで、ご飯食べて、お風呂に入って、ちょっとテレビ観てからお互いの寝室で就寝。
食後に寝室の掃除はしておいたから、取り敢えず寝られるようには片付いている。
ドアに鍵をかけ、直に床の上にマットレスを引き摺り下ろして寝転がり、掛け布団に潜り込む。

ふぅ〜、今日も結局雲雀くんに振り回されちゃったなぁ。

彼と出会ってから色んな事があって、息を吐く暇もない感じ。
まだ少し痛む手首を、そっと摩る。


雲雀くん…好きだって言ってくれた……。


夢みたい。
さっきのキスを思い出して、勝手に顔が赤くなる。
ゴンドラでのキスは、まぁ置いといて。
初めてだって言ってたけど、本当、かな。
それにしては、う、上手かったような…。
わーわーわーわーわー!
掛け布団を頭まで被って、思い出しかけた感覚を押し戻す。
今でさえこんなに恥ずかしいのに、い、一緒になんて寝られないよ…!

とか言いつつ眠気には勝てなくて、そのうちあたしは深い眠りに落ちた。


***


ん、もう、朝…起きなくちゃ…。
あれ、動けない。
それに何だか背中が温かいし、この身体に感じる重みは…。
嫌な予感をヒシヒシと感じ、ゆっくり目を開けると自分の身体に巻きつく、黒いパジャマに包まれた腕が見えた。
視界はクリア。
どうやら後ろから抱き込まれているらしい。


「……雲雀くん…」

「おはよう、昴琉」

「おはよ…じゃないッ!何で一緒に寝てるのー?!」

「一緒に寝たかったから」

「―――ッ!!だ、第一あたし鍵かけておいたはずなのに」

「あんなの僕には何の障害にもならないよ」


頭だけを起こしてドアの方を見れば、見事にドアノブ部分が破壊されて穴が開いていた。
下にはその残骸が落ちている。
……トンファーで壊したのかい、雲雀くん。
ベッドに続きドアまでも…。
凄い行動力。
って、あたしも何故起きなかった…!
パフッと布団に頭を戻して長く深い溜め息を吐く。
すると雲雀くんがあたしの項に顔を埋めて、くんくん匂いを嗅ぎ出した。


「昴琉…いい匂い」

「あ、やだ、ちょっと!くすぐったい…っ」


彼の息を感じてゾクッとする。
同じシャンプー使ってるんだから、いいも悪いもないと思うんだけどなぁ。
もがいてもガッチリ抱き込まれていて脱け出せない。
雲雀くん細いのに、何でこんな馬鹿力なの。
は、早く興味を違うモノに移させなきゃ…くすぐったくてあたしの身が持たない。
えーっと、えーっと、そうだ!


「ね、ねぇ!今日は風紀委員のお仕事あるの?」

「今日は休む。特に大きな仕事はないし、部下に任せても支障はないよ。どうして?」

「暇だったら一緒にケーキでも作らない?」

「……いいけど」

「じゃぁ決まりね!さ、起きて。朝ご飯食べたら、材料買いに行こ?」


そう言うと、やっと雲雀くんは腕を緩めてくれた。
はぁ、苦しかった…。
布団から出ようとすると「昴琉」と雲雀くんに呼び止められた。
振り返ると目の前に雲雀くんの漆黒の瞳があって、唇に柔らかくて温かな感触。


「おはようのキス」


固まるあたしに少し柔らかな笑顔を向けてそう告げると、彼はするりと布団から脱け出して部屋から出て行った。

や、やられた…!

ドキドキと騒ぐ胸を落ち着けるように、深呼吸をする。
毎朝こんなやり取りしてたら、本当にあたしの身が持たないかも。
絶対あたし早死にする。


***


いつも買い物に行くスーパーでケーキの材料を買い集める。
一時ケーキ作りにハマった事があって、型とかハンドミキサーなんかはうちに揃ってる。
今日はシフォンケーキでイチゴショートを作ろうかな。
卵、小麦粉、生クリーム、砂糖、etc...
あたしが材料を集めるのをつまらなそうに見ながら、それでも雲雀くんは後をついてくる。
そんなにつまらないなら家で待ってればいいのに、必ずついてくるんだよね。

材料を集めてる途中である物に目が留まる。
あたしは雲雀くんがそっぽを向いているうちに、それをこっそりカゴの下の方に入れた。
まぁ、何ていうか、こういうのは気分?

他にもご飯の食材を買って、二人で荷物を分けて持つ。
こういう時、自然と雲雀くんは重い方を持ってくれる。
荷物詰めるの見てないのに何で分かるんだろ。


***


本で順番を確認しながらケーキを作っていく。
雲雀くんは卵を白身と黄身に分ける作業で、黄身を潰しちゃったり、小さな殻の破片を取り除くのにイラッとしたみたいで、途中でエプロンを外してリビングのソファに寝転がって本を読み出した。
こうなることは予想してたけど、意外と早い段階で飽きたわね。
元々ひとりで作ろうと思ってたから構わないけど。
シフォン型に生地を流し込んで、オーブンで30分くらい焼く。

とりあえず一段落。
今のうちに洗い物をして、ケーキに挟む用のイチゴをスライス。
生クリームもホイップしておこうかなぁ。
洗ったボウルに氷を入れて、一回り小さいボウルをそれに重ねる。
生クリームと砂糖を入れてハンドミキサーをスイッチオン。
音を聞きつけて雲雀くんが覗きに来た。


「何してるの?」

「ケーキに塗る生クリーム、ホイップしておこうと思って」

「ふぅん」


ハンドミキサーが見る見るうちに生クリームをホイップしていく様子を、彼はジッと見つめている。
これは…もしかしなくてもやってみたいのかな?
さっき放り出した手前、やってみたいって言い難いとか?
雲雀くんが遠慮するなんてことはないだろうけど、ここはひとつ振ってみますか。
あたしはハンドミキサーを止めて、雲雀くんに話しかけた。


「ねぇ雲雀くん、これお願いしてもいい?
 もうひとつデコレーション用に硬さの違うホイップクリーム作りたいのよ」

「いいよ」


よし、食いついた!
本当に二種類作りたかったから丁度いい。


「これはしっかりホイップして欲しいの。
 こうやってハンドミキサー持ち上げて、出来る角が崩れないくらい立つように」

「分かったよ」

「それからくれぐれもハンドミキサーのスイッチは…」


ハンドミキサーの使い方を教えようとした瞬間、雲雀くんは手にしたハンドミキサーのスイッチを入れてしまった。

たっぷりとクリームが付いたまま、空中で。

それは止める間も無いほど一瞬の出来事で。
ウィーンという甲高いモーター音と共にハンドミキサーの泡立て器部分が回転し、それに付いていたクリームは、勿論遠心力に勝てるはずもなく辺り一面に飛び散った。
テーブルや、床、壁は勿論、あたしと雲雀くんも生クリームまみれ。
スイッチを入れてしまった本人を見れば、きょとんとハンドミキサーを持ったまま、その先端を見つめている。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってきっとこんな顔だわ。
雲雀くんのこの顔はレアだよ、レア!


「…スイッチは切ってから確認しないと、こうなるよって言おうと思ったのに」

「…言うの遅いよ」

「雲雀くんが早かったんだよ…っぷ!あはははは!」


生クリームまみれでムッとしている雲雀くんが可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
しっかりしてそうなのに、こういうところ抜けてるっていうか、か、可愛い!


「昴琉笑い過ぎ」

「ごめん、ごめん!」


ますます口をへの字に曲げてムッとする雲雀くんの顔についた生クリームを、タオルで拭いてあげる。
すると彼は何か思いついた顔をして、ニヤリと笑った。
い、嫌な予感…!


「昴琉もついてる」

「ひゃ!ちょ、ちょっと!」


雲雀くんはあたしを抱き寄せると、あたしの顔にもついていた生クリームをペロッと舐めた。
き、君は犬か…!
くすぐったくて笑ってしまう。
止めて欲しくて彼の胸をドンドン叩くけど、意に介する様子もなく、楽しそうにペロペロ舐めてくる。
笑い過ぎて苦しさの限界に達した時、それを見計らったようにオーブンのタイマーがチン!と鳴った。


「ほ、ほら!シフォン焼けたみたい!」

「関係ないよ」

「すぐに出して冷まさないと!ね?」

「…仕方ない…ご馳走様」


そう言ってもう一度頬を舐めると、ほんの少し残念そうに放してくれた。
はぁ、笑い死ぬかと思った…。

ミトンを手にはめて型を取り出す。
いい具合にシフォンケーキが膨らんでいる。
これを逆さまにして粗熱が取れるまでそのまま放置する。
冷めるのを待つ間に今度こそちゃんと生クリームをホイップして冷蔵庫で冷やし、キッチンに飛び散った生クリームも拭き取っておく。
高い所は雲雀くんが拭いてくれた。
それでもまだ冷めないから、お昼ご飯を食べて時間を潰す。

14時頃になって型を触ってみるとやっと熱くなくなった。
これなら大丈夫だろう。
型から外して、真ん中くらいで水平に切って二つに分ける。
下の段に八分立てくらいのクリームを塗ってスライスしたイチゴを満遍なく乗せて、さらにクリームを乗せ、上の段になるシフォンを重ねる。
後はたっぷりクリームを全体に塗って、雲雀くんにしっかりホイップしてもらったクリームでデコレーション。
そして一粒、一粒イチゴを乗せて……シフォンケーキ版イチゴショートの完成!
午後のお茶の時間に間に合って良かった〜!


「フッフッフ!我ながら上出来だわ!」

「へぇ、美味しそうに見えるよ。誰にでもひとつくらいは取り柄があるんだね」

「わ!それ酷いなぁ〜」

「それにしても、何で急にケーキなんか作ったの?」

「雲雀くん、今日何の日か気が付いてないの?」

「今日…?」


あれ?本当に分かってないの?
あたしは買い物の時、こっそり買っておいた旗をケーキに立てた。
よくお子様ランチなんかに刺さってる国旗とかのアレね。
但し、あたしが今刺したのは鯉のぼりを模した旗。


「鯉のぼり…」

「そ。今日は5月5日こどもの日。雲雀くんのお誕生日じゃない」

「……忘れてた」

「呆れた!自分の誕生日忘れるなんて」

「別にどうでもいいし。女の人って記念日好きらしいね」

「き、記念日っていうか、誕生日はまたちょっと違うような…。
 まぁ、初めて雲雀くんに逢った時、見せてもらった生徒手帳に誕生日書いてあったの憶えててさ。
 …君のいた世界とこちらの世界の時間の流れが同じかどうか分からないけど、雲雀くんが生まれた日だもの。ちゃんとお祝いしてあげたかったの。
 だから、お誕生日おめでと!雲雀くん」


にっこり笑って、ちょっと背伸びをして彼のふわふわの黒髪を撫でる。
あたしの行動に驚いたようで、また雲雀くんはきょとんとしてる。
それから一気に顔を赤らめた。耳まで真っ赤!
かーわいいっ
「リンゴみたい」と茶化すと「煩いよ」と抱き締められた。
照れ隠しなんだと思うと、益々可笑しくて彼の胸に顔を埋めて笑いを堪える。


「……誕生日なんてどうでもいいと思ってたけど、貴女が祝ってくれるなら、悪くないね。
 ありがとう、昴琉」


暫く黙ってあたしを抱き締めていた雲雀くんは、小さな声で噛み締めるようにそう言った。
良かった。一応喜んでくれたみたい。
あたしも雲雀くんの背中腕を回してぎゅっと抱き締めて、今ここにいる彼の存在を確かめる。

たとえ生まれた世界が違っても、今確かにあたしと雲雀くんは同じ場所に生きている。

それが、嬉しくて。

だから改めてお祝いの言葉を贈ろう。


「ハッピーバースデー、あたしの大好きな雲雀くん」



2008.5.16


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