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15


会社勤めの人間にとって長期休暇程嬉しいものはない。
そう、今世間ではゴールデンウィークの真っ只中。
あたしの勤めている会社も例外ではなく、今年は11日間の大型連休になった。
普段の休みは日用品の買出しとか溜めてた洗濯したりとか布団干したりで、結局ゆっくり休めないのよね。
だからこういう時に羽を伸ばしておかないと、疲れがどんどん溜まっちゃう。
一人暮らしはだらだら出来ていいわ〜。

…って、今年はだらだら出来ないんだった。
なんてったって雲雀くんがいるからね。
彼自身は学校に行ってるわけじゃないし世間の休みなんて関係ないんだけど、二人でお出かけするのもいいかなぁと思って誘ってみたら、あっさり断られた。


「残念だけど、風紀委員の仕事が忙しくてね。
 この時期はみんな浮かれて風紀が乱れるから、しっかり取り締まらないと」


…だって。
ちゃんと風紀委員会運営してたんだね、雲雀くん。
そう言いながら危険な笑みを浮かべてるのは、もしかしなくても喧嘩が楽しみだから…?
一番風紀乱してるの彼だったりして。
やっぱり暴力は嫌だな。
とやかく言って彼の行動を縛るつもりはないけど、心配なのは変わりないから。


***


てなわけで、折角時間もあるし久々に遥と出掛けることにした。
観たい映画があるんだって。
じゃぁそれを観に行こうということになって、映画館の前で待ち合わせをした。
あたしが映画館に着いた頃には既に遥は着いていて、チケットまで買っておいてくれた。
上映時間までまだ1時間くらいあるから、その間ブラブラしてお店を覗いて歩く。
二人で休みの日に遊ぶのは本当に久し振り。
それに女同士のショッピングは何というか、楽しさが違うのよね。
男の人ってあんまりちゃんと見てくれないじゃない?
どれ見せても「いーんじゃない?」か「分からない」しか言わないしさ。
下手するとお店の外で待ってるし。
そうすると購買意欲が落ちて、結局買わないで帰るとかよくあるパターン。
まぁ、女同士だとノリで買って後悔もするけどね。

上映時間5分前に飲み物とポップコーンを買って、劇場の席に着く。
ベタだけど映画観ながら食べるポップコーンって美味しいんだよね。
程無く場内の明かりが消えて、予告編とか鑑賞の注意が流れ出した。
そういえば、あたし何の映画か知らないでここまで来ちゃったなぁ。
ま、観りゃ分かるか。
そう思ってるうちに本編が始まった。

始まったんだけど…内容が……主人公の女性が年下の男の子と恋に落ちるラブロマンス物だった。
選りによって何でこの映画をチョイスしたのよ、遥…。
観ているうちに自分と雲雀くんを重ねてしまって、段々変な気持ちになってきた。
いや、別に雲雀くんとあたしは付き合ってるんじゃないけどさ。
スクリーンの中の二人が唇を重ねる度に、ゴンドラでのことを思い出してドキドキしたり。
こんな動揺を隣の遥に悟られていないだろうかと、気になったり。

お、落ち着かない……。

結局紆余曲折を経て、二人はゴールイン。
物語はハッピーエンドで幕を閉じた。

現実はこう上手くはいかないって思ってても、二人の恋が実って、ほんの少し嬉しかった。

その後マンションに来たいと遥が言い出して、ちょっと困った。
雲雀くんの話はしてないし、断るのも不自然。
確か今日は風紀委員会関連で帰りが遅くなるって言ってたから、今の時間なら大丈夫かな…。
結局遥に押し切られる形で家に行くことになってしまった。
明日も朝から用事があるって言ってたし、遥も長居しないだろう。


***


「お、結構綺麗にしてんじゃーん!この間来た時とは大違いだわ」


遥はリビングに入ると開口一番にそう言った。
いつも汚いみたいに言うな…!


「あのねぇ。あの時は掃除の途中で遥が押しかけて来たんじゃない。
 コーヒー淹れるからソファにでも座って待っててよ」


「はいは〜い」と緩い返事をした遥は、ソファに座るとテレビをつける。
コーヒーを遥に渡して彼女の横に腰掛けると、彼女は目をキラキラさせながら訊いてきた。


「ねぇねぇ!例の黒猫ちゃんは?」

「え?!あ、あぁ、多分この時間は外かな」

「えー!家猫じゃないの?折角会えると思って期待してたのに〜」

「もともと野良だから、外好きみたいでさ!あはは」


そうだった。遥は無類の猫好きだった…。
だからマンションに来たいって言ったのね。
あの時何で猫だなんて言っちゃったんだろう。
お酒の席のことなんて、すっかり忘れてくれてると思ったのに…!
内心冷や汗タラタラもので、適当に誤魔化したけど無理がある。
頻りに残念がる遥を宥めて話題を変えようとした正にその時、玄関のドアが開く音がした。
続いてバタンと閉まる音。

ま、まさか……!!


「昴琉、誰か来てるの?」


ひょっこり顔を覗かせたのは、たった今遥が会いたかったと切願していた黒猫ちゃん、雲雀くんだった。

あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ

なんてタイミングなの!!
雲雀くん帰り遅くなるって言ってたじゃーんっ!
風紀の取り締まりはどーしたのよぉぉぉぉぉ!
遥はぽかーんと口を開けて雲雀くんを見ていたが、急に何かを悟ったように頷いてニヤッと笑った。


「この子が昴琉の拾ったやんちゃな黒猫ちゃんかぁ」

「黒猫?」

「わーわーわーわーわー!!」


怪訝そうな顔をする雲雀くんとニヤニヤ笑う遥の間に立って、腕をブンブン振ってあたしはうろたえた。
は、遥が悪魔に見える…!


「あ、初めまして!アタシは昴琉の同僚の楠木遥っていいます。
 君の噂は昴琉からいつも聞いてます」

「…昴琉から?」

「えぇ!この子ったらいつも君の話ばかりするんですよ〜」

「ふぅん」

「ちょ、ちょっと!遥!嘘吐くなー!!」

「もう昴琉ってば水臭いなぁ!こんな素敵な彼氏が出来たなら教えてくれても良かったじゃない。
 年下なんてあんたも隅に置けないわね!」

「ち、違っ!遥、あのね、これには訳があって!この子は従兄弟なのよ」

「いーのいーの、そんな嘘吐かなくても!お邪魔虫は退散するからさ!
 また改めてお茶しようね。それじゃさよ〜なら〜♪」

「ちょっと!遥ぁ〜!」


弁解するあたしの言葉に聞く耳持たず、ニヤニヤしたまま遥はさっさと玄関のドアを開けて帰ってしまった。

ど、どうしよう…!

遥は言いふらしたりはしないけど、問題は雲雀くんだ。
気位の高い彼が拾われた猫呼ばわりされて、黙っているはずがない。
どう言い繕おうか迷っているうちに、雲雀くんはあたしの背後に音もなく立っていた。


「昴琉、黒猫って何」

「え、えっと、その、な、成り行きっていうか、何というか」


や、やっぱり!!
明らかに怒っている雲雀くんに気圧されて、後退る。
鋭い視線を向けてくる雲雀くんの両手にはいつの間にかトンファーが握られている。
ちょ、ちょっと、いや、かなりヤバイかも…!
そんなに怒るところ?!
じりじりと後退っているうちに自分の寝室に追い込まれてしまった。


「ねぇ、僕は貴女に拾われた猫なの?」

「あ、あれは言葉の綾ってヤツで…!お、落ち着いて?話せば分かる!っきゃ!」


足がベッドにぶつかった瞬間に雲雀くんに詰め寄られ、あたしは短い悲鳴を上げてベッドに倒れ込んでしまった。
仰向けに倒れたあたしの上に雲雀くんが馬乗りになる。
彼は手の中のトンファーを頭上に振り上げると、そのまま一気に振り下げ、あたしの顔の両側に思い切り突き刺した。
ボフッ!ガッ!という音と共に掛け布団の羽毛が宙に舞う。
ふわり、ふわりと落ちてくる羽根がスローモーションのようだ。
あまりのことに声も出ず、あたしは目を見開いていることしか出来ない。
雲雀くんは突き刺さったままのトンファーから手を離すと、今度はあたしの両手首を掴んでベッドに縫い止めた。
長めの前髪から覗く冷たい瞳が、怖い。


「貴女にとって僕は拾ってきた猫と同じなの…?」

「…ひば、り、くん…?」

「大体、貴女は何者なんだ……!
 こうやって力を入れれば壊れてしまいそうなほど軟弱なのに、僕を恐れるどころか受け入れて。
 ただの草食動物だと思っていたのに、時折見せる強さは何なの…!
 ………分からなくてイラつくよ。
 どうして貴女はいつも笑ってるの?
 どうして僕に優しくするの?
 どうして僕の心をこんなに乱すの…ッ!」


堰を切ったように一気に放たれた雲雀くんの言葉に、呆然とする。
怒っているんじゃない…?
寧ろ苦しそう。

……どうしてそんなに切ない顔をしてるの…?

急な展開に頭がついていけない。
掴まれた手首から雲雀くんの苦悩だけが流れ込んで来るみたいで、痛い。
答えられずにいるあたしの首筋に、彼は顔を埋めた。


「…貴女といると調子が狂うのに、僕は貴女といると安心するんだ。
 一緒にいたいと、触れたいと思うんだ。貴女を壊してしまいたいのに、壊せないんだよ。
 こんな感覚、初めてなんだ…。
 ―――――それなのに。
 僕の心をこんなにグチャグチャにしといて、貴女は僕を拾った猫だって言うんだね。
 僕は猫でも、従兄弟でもない…ッ!」


雲雀くんは顔を上げるとジッとあたしを見つめた。
視線を逸らしたいのに、逸らせない。
恐らく手首を掴まれていなくても、トンファーを突き立てられていなくても、今のあたしは動けなかっただろう。
それほどに雲雀くんの瞳には抵抗を許さない力があった。
視線に射貫かれるってこういうことなんだと、思考の鈍った頭で思う。
ドクンドクンと波打つ心臓の音が、更に緊張感を高め警鐘を鳴らす。
このまま彼の瞳に呑み込まれてはいけない。

この先に進んでは、いけない。

傷付くと分かっているなら、浅い方がいいに決まってる。
まずは誤解を解こうとあたしは声を搾り出した。


「…落ち着いて、ね?雲雀くん。
 あたしは雲雀くんを拾ってきた猫だなんて思ってないよ?
 従兄弟だって言ったのだって、詮索を避ける為で…」

「聞きたくない」


きっぱりそう言うと、雲雀くんはあたしの手首を掴む手に力を更に込め、自分の唇であたしの口を塞いだ。
噛み付くような荒い口付けに、雲雀くんの苛立ちや戸惑いが見え隠れする。

あぁ、そうか。
雲雀くんはまだ思春期の少年で。
初めて感じた気持ちを持て余して、今こうやってあたしにぶつけているんだ。

ただ荒かった口付けがあたしを探るように深いものに変わる。
今まで誤魔化して、心の奥に仕舞っていた淡く仄かな感情が、煽られて引きずり出されていく。

ダメ。ダメだよ雲雀くん…!
あたしの中を見ないで…っ

長く、深いそれが苦しくて、涙が零れた。
それに気付いた彼はあたしの唇を解放すると、零れた涙を舌で掬い取り、再びあたしの目を真っ直ぐに見つめた。


「昴琉、僕は貴女のことが好きみたいだ」


そう告げる雲雀くんの瞳の奥に揺らぐ熱が、引きずり出されたあたしの感情を揺さぶる。
まるで雷に打たれた気分だ。
これ以上ないほどに激しく心臓が全身に血液を送り出す。

ずるい、ずるいよ雲雀くん。

自分の気持ちに気が付かされてしまった。

眩暈がする。

きっと先に好きになったのは、あたし。
でも年下で違う世界の住人の君を好きになってはいけないと、心のどこかで思っていた。
いつかいなくなるのだという事実も想いに歯止めをかけていたというのに。
あたしは強くなんてない。
傷付くのが怖くて、逃げていただけ。
それなのに、そんな瞳で躊躇いもなく好きだなんて言われたら、誤魔化しようがなくなっちゃうじゃない。


あぁ、本当に雲雀くんには敵わない…。


「……昴琉は僕のこと、好き?」

「………好き。
 でも、でもね。あたしは雲雀くんより年上だし、お互い違う世界で生まれて、いつか君は…」

「少し黙って」


再び口を塞がれた。
今度はさっきみたいに激しいものではなくて、優しくて、甘いキス。
ちゅっと音が鳴る度に、あたしの胸もきゅっと締め付けられる。


「僕は年の差なんて気にしないし、貴女をひとりにしない。
 だから余計なことは考えないで、昴琉はただ僕に落ちればいい」

 
口付けの合間に囁かれた言葉に、抗う気持ちを殺がれてしまった。
何よ、その殺し文句。
その自信はどこから出てくるのよ。
好きになってはいけないと思い悩んでいたのが馬鹿みたいじゃない。


本当に君には敵わない。


飽きること無くキスしてくる雲雀くんが、切ないほどに愛おしくて。
あぁ、もう!こうなったら自分の気持ちに素直になっちゃうからね?
覚悟しなさいよ、雲雀くん!


それにしても長いな…キス。


「んー、んー!ぷはっ
 ね、ねぇ雲雀くん、そろそろ唇痛いんだけど…」

「まだダメ。僕を猫呼ばわりしたお仕置き、済んでないから」

「や、やっぱり怒ってたんだ…」

「……貴女が悪いんだよ」


問答無用で再開されるキスの嵐に、たまにはこういうのも悪くないかもなんて思ったのは雲雀くんには内緒。
今日観た映画の中の二人のように、ハッピーエンドを迎えられたらいいのに。

いつか来る別れを恐れるより、限られた時間しかなくても精一杯雲雀くんを好きでいよう。

あたしが雲雀くんにしてあげられることは悔いが残らないように全てしてあげたい。

そう始めに決めたのだから。



2008.5.9


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