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13


やって来たのは地域で一番の安さを謳う携帯電話ショップが入っている、マンションからちょっと離れたショッピングモール。
ちょっとした遊園地が併設されているせいか、家族連れも多い。
案の定ショッピングモールは午前中にも拘らず混雑していた。

朝食も食べていなかったから、まずはブランチと洒落込むことにした。
チェーン店だけれどお気に入りのカフェがあって、天気もいいしそこのオープンテラスの一角に席を陣取った。
ウエイターさんを呼んでクラブハウスサンドのセットを二人前注文する。
やっとご飯にありつけるとホッとした時、何だか周囲から視線を感じた。
こっそり見回してみると、女の子達がこちらを…というか雲雀くんをチラチラ覗き見ている。
喧騒に混じって「あの子カッコよくない?」とか「綺麗」とか聞こえてきた。

ふーん、やっぱ雲雀くん人目を引くんだなぁ。

今日の彼は学ランではなくて、下はジーンズ、上は赤いTシャツの上に黒のトラックジャケットというラフな格好。
テーブルに頬杖をついて遠くを眺める姿は、学生服の時とはまた違う存在感を醸し出している。
要するにカッコいいのよね。うん。
とてもトンファーを振り回す喧嘩好きには見えない。
そんな彼と同じテーブルにいることに、ちょっと優越感を感じる。
まぁ、あたしはこちらの世界の保護者みたいなものだけど。あはは。
色々考えてたら無意識に雲雀くんを凝視していたようで、それに気が付いた彼がちょっと首を傾げて目で「何?」と訊いてきた。


「え、あ、いやぁ、お腹空いたなと思ってさ。
 ここのクラブハウスサンド、野菜たっぷりで美味しいんだよ〜。女の子に大人気!」

「ふぅん、だから女子が多いのか。それでみんな僕を見てるの?男の客は珍しい?」

「うーん、そういうわけじゃないと思うけど」

「こそこそ陰から見られるよりはいいけど、隠そうともしない好奇の目は鬱陶しい限りだね。
 ……咬み殺したくなってきた」

「ちょ、ちょっと!さらりと物騒なこと言わないの!
 大体女の子達が雲雀くんを見てるのは、君が綺麗でカッコよくて素敵だから見てるんじゃない。
 羨望の眼差しを浴びといて鬱陶しいなんて、贅沢だなぁ、もう!」

「………」

「え?な、何?」

「……それって昴琉もそう思ってるってこと?」

「そう思ってるって?」

「だから……僕を綺麗でカッコよくて素敵だって…。
 昴琉も視線を向けてくるあの子達と同じように思ってるってこと?」


あ。
そう思ってるって言ってるのと同じじゃん…!
しまったぁ!口滑ったあぁぁぁっ
しかも雲雀くん頬杖ついたままの姿勢で、挑戦的な笑みを浮かべて訊かないで…!
変に誤魔化すのもなんだしなぁ…。
まぁ、いいか。素直に言っちゃえ。


「そ、そうよ、思ってるわよ。悪い?
 そうじゃなきゃあの子達の気持ちが分かるわけないでしょ?」

「……そう」


もっと突っ込んで意地悪してくると思ったのに、雲雀くんはちょっと嬉しそうに笑ってまた遠くに視線を戻した。
……ちょっと、それずるいよ。
あぁ、やだっ…急に恥ずかしくなってきた。
まだ茶化された方が楽だったのに…!
このくすぐったく気恥ずかしい雰囲気が耐えられなくて、早くウエイターがクラブハウスサンドを持って来ないかとあたしはめいいっぱい気を揉んだ。


***


あの場の雰囲気を何とか乗り越えてブランチも済ませ、お目当ての携帯電話ショップにやってきた。
各社の携帯電話が並べられ、そこそこお客さんも入っている。
始めは使えれば何でもいいやと思っていたけど、実際に選ぶとなると目移りする。
新機種も捨て難いけど、デザインならあれがいいなぁ。
あ、でも機能はこっちの方が…。
お財布とも相談して、ひとつの携帯に目星をつけた時、横にいた雲雀くんが不意に口を開いた。


「それにするの?」

「うん、新機種だと高いしね。これくらいのがいいかと思って」

「ふぅん」


何やらジーッと携帯の機能や値段が書いてあるポップを見ていた雲雀くんは、あたしが選んだのと同じ物を指差した。


「ねぇ、これ僕にも買ってよ」

「え?同じの?」

「うん、貴女と同じの」


何でまた今更携帯なんて欲しがるんだろう…?
昼間は外に出掛けてるみたいだし、雲雀くんも持っててくれると助かるかもなぁ。
お給料も入ったばかりだし、買うには買えるけど。
同じのが欲しいと可愛いことを言ってくれるのも珍しいしなぁ。


「我が家の経済事情から考えると、一番安い料金プランになっちゃうけど、それでも欲しい?」

「いいよ。かける相手は昴琉だけだから」


だから何で今日はこんなに雲雀くん可愛いの…!
何だかんだ言っても、あたしは雲雀くんに甘い。
不覚にもちょっと喜んじゃった自分に心の中で苦笑する。
あたしは照れを隠すように店員さんを呼んで、手続きをして貰う為にカウンターへ向かった。


***


土曜日と携帯電話ショップがキャンペーン中いうのも重なって、受け渡しに時間がかかるらしい。
暇を持て余したあたし達はブラブラしてるうちに遊園地の方まで来ていた。
入園料とかは特に無くて、乗り物ごとにチケットを買うシステムみたい。
どれも混んでいて、人だらけ。
機嫌悪くなってないかなぁと横を歩いている雲雀くんを見れば、あ〜ぁ、やっぱりムスッとしてる。
……そうだ!あれならそんなに混んでないかも。


「ねぇ、あれ乗らない?」

「…観覧車?」

「うん。結構大きいから遠くまでよく見えるらしいよ?」

「見晴らしがいいのは好き」

「じゃぁ決まり!行こっ」


チケットを買って列に並ぶ。
比較的空いてるとはいえ30分近く待たされて、やっと順番が回ってきた。
待っている間雲雀くんがキレなかったのが不思議なくらいだ。
このゴンドラはカプセルみたいな形で、席も縁取るように円状に設置されている。
乗り込んで席に座ったのと同時に「やっと人の群れから解放された」と雲雀くんは嘆息した。
あはは、やっぱり我慢してたんだね。
あたしはその向かい側に座って外を眺める。
ゆっくりとゴンドラは上がって、それに連れて下に見える人も小さくなっていく。
お互いに暫く黙って景色を楽しんでいたんだけど、もう少しで頂上に着くぞという時に噤んでいた口を雲雀くんが開いた。


「さっき並んでた時にニ三組後ろにいたカップルが言ってたんだけど」

「ん〜?」

「ゴンドラが頂上についた時にキスをすると幸せになれるんだって」

「へー!そうなんだ!」


興味がないわけじゃないけど、普段滅多に見ることの無い景色に見入っていたあたしは、視線を外に向けたままで雲雀くんの話しかけに答えていた。
大体キスなんて、当分の間あたしには関係ないしね。
お、あんな所に超高層ビル群が見える!
ということはうちのマンションはこっちの方かな?


「……幸せになりたくない?」

「…ぇ?」


意外な問いかけに向かい側に視線を戻そうとして、すぐ隣で「昴琉」と呼ぶ声に驚いて慌てて振り向く。
そこには向かい側に座っているはずの雲雀くんがいた。
う、うわ!いつの間に移動したの?!
言葉を発する間も無く、雲雀くんに両手で頬を挟まれて上向かされる。

あっという間に雲雀くんの綺麗な顔が近付いてきて、次の瞬間には唇に柔らかな感触。


それは触れるだけの優しいキスで。


突然の出来事に目を丸くして驚いたままのあたしに、ゆっくりと唇を離した彼は満足そうに笑みを浮かべた。


「これで幸せになれるよ」


少し熱の篭った瞳に見つめられてそんな台詞を吐かれては、否応なしに心拍数が急上昇させられる。
どうしてそんなこと言うの?
何で…何でキスなんか…!

胸が、痛い。

せわしない心臓の収縮のせいなのか、それとも……。

驚き過ぎて二の句が継げずに金魚よろしく口をパクパクしているあたしを、驚かせた本人はゴンドラが下に戻るまで面白そうに見ていた。



2008.5.5


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