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12


……瞼が重い…。

ちょっと前にもこんな朝を向かえたなぁ。
でも前回の涙と今回の涙は、違う。

あたしは一歩前進する為に泣いたんだ。

そうさせてくれたのは、あたしよりも年下で、ちょっぴり生意気な男の子。
大人になったら泣きたいと思っても、我慢しなくちゃいけないと思ってた。
人前なら尚更。
でも彼は「我慢しなくていいよ」と言ってくれた。
その上、黙って泣くあたしを抱き締めてくれた。

冷たそうに見えるのに触れると温かい雲雀くん。
自由な君と一緒にいるとハラハラドキドキするのに、何故かとっても安心するの。
一緒に過ごす時間が増えるほど、あたしの心を占める君の存在が大きくなって。


それはとても幸せなことだけれど、同時に怖いことだとも心の奥底で感じていた。


***


泣き腫らした瞼をゆっくり開ける。
閉めたカーテンの隙間から朝の光が漏れて差し込み、薄暗い室内に一筋の光の線を描いていた。

あのまま寝ちゃったんだっけ…。
案の定昨夜の状態のまま、あたしは雲雀くんの腕の中にいた。
ちょっと顔を上げると、そこには雲雀くんの綺麗な顔があった。

わぁ…!至近距離…!

普通だったらドキドキしてこんな距離じゃ見ていられないんだけど、今日は好奇心の方が勝った。
いつもあたしより早く起きてるか、物音ひとつで目を覚ますから、雲雀くんの寝顔をちゃんと見たことはない。
珍しく起きない彼の顔をジーッと見つめる。
いつもは大人っぽいのに、こうしてるとやっぱりあどけない。
こういうギャップってグッときちゃうんだよなぁ…。
欠伸してる時も可愛いのよね、この子。
なんて寝顔を堪能してたら、何の前触れもなく雲雀くんの目が開いた。

バッチリ視線が合う。

わわ、怒られるかな。
けれど雲雀くんはぷぃっと視線を逸らした。
薄暗くてよく見えないけど、ちょっと顔が赤い…?
お、まさか照れたの?


「おはよ、雲雀くん」


そのままの状態でニッコリ言えば、雲雀くんもそっぽを向いたまま「おはよう」と言ってくれた。
あまり見せない初々しい反応にあたしがニコニコしていると、気を取り直したのか雲雀くんが視線を戻してちょっと意地悪な笑みを浮かべた。


「いつまで僕にくっついてるの?そんなに僕から離れたくない?」


その一言で形勢逆転。
一気に自分の顔が熱くなるのが分かる。


「そ、そんなんじゃ、ないもん。
 厳密に言うと離れられないってうか…う、動けないのよ!」


そう、動けないのです。
一晩同じ体勢でいたせいか、身体が痺れてしまって自由がきかないのだ。
ちょっとでも動こうとすると、誰もが経験したことがあるだろうあの感覚が全身に走る。
雲雀くんは一瞬目を丸くして驚いた様子だったが、次の瞬間には悪戯を思いついた子供の顔になっていた。
雲雀くん…その笑顔が怖いです…。


「や、止めよう、ね?雲雀くん…!
 ヒトの嫌がることはしちゃダメだって学校で習ったでしょ?」

「やだ」


笑顔であたしの懇願を一刀両断し、事もあろうに彼は未だあたしの背中に回している腕にぎゅっと力を込めた。
声にならない悲鳴を上げたあたしを楽しそうに抱き締める。

ひっひゃあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!

こういう時に出る力って火事場の馬鹿力っていうんだっけ?
耐えられなくなったあたしは雲雀くんの胸を力いっぱい押して突き放した。
ソファの端っこで蹲り痺れに悶えるあたしを、雲雀くんはクックッと笑って見ている。
Sだ…!雲雀くんはSだ…っ絶対『ド』がつくSだ…!


「昴琉、シャワー浴びてくれば。今日も酷い顔だよ?」

「きょ、今日もとは何よ!もう!雲雀くんの意地悪っ」


言われて瞼が腫れているのを思い出し、手で隠しつつガバッとソファから立ち上がる。
「動けるじゃない」とからかうように笑った雲雀くんは、すっかり冷めてしまったコーヒーの入ったマグカップを持ってキッチンに向かう。
その途中で膝がカクンとなったのを、あたしは見逃さなかった。

……なんだ。雲雀くんも痺れてるんじゃん。

それが自分のせいだと思うと、申し訳なくも可笑しくて。
沢山泣いて腫れた瞼は重いし身体もまだギクシャクするけど、それとは逆にあたしの心はすっきりしていた。
これも雲雀くんのお陰だよね。
たまにフラッとする雲雀くんの後姿に感謝しながら、彼の申し出に甘えて先にシャワーを浴びさせてもらうことにした。


***


バスルームから戻ると雲雀くんに温かいコーヒーが入ったマグカップをずぃっと突きつけられた。
「自分のを淹れたついでだからね」と念を押す姿がちょっと可愛い。
あたしにお礼を言う間も与えず、彼はさっさとバスルームに行ってしまった。
ソファに移動してテレビをつけて、雲雀くんが淹れてくれたコーヒーを一口飲んでみる。

はぁ〜美味しい。

たまには自分以外の人に淹れてもらうのもいいわねぇ。
コーヒーメーカーだから誰が淹れても味が変わることはないと思うけど、あの雲雀くんが淹れてくれたのかと思うと、それだけでとても貴重な一杯だという気がしてくる。

そういえば今朝は寝坊しないように時計とは別にセットしてある、携帯電話のアラームが鳴らなかった。
ソファに置きっ放しだったバックから携帯電話を取り出す。
折りたたみ式の携帯を開いて、ボタンを押してみる。
ん…?
もう一度押してみる。
一瞬固まった後、あたしは本日ニ度目の声に鳴らない悲鳴を上げ、ガックリ肩を落とした。

け、携帯が、携帯が…っ!

丁度そこにお風呂上りの雲雀くんが戻ってきた。
携帯を見つめながら半泣きのあたしに気が付いて、眉を顰めて「どうしたの」と声をかけてきた。
あたしはゆっくり振り返って雲雀くんを見る。


「うぅ、携帯が…っ携帯が…ねっ」

「携帯が…?」

「壊れてるぅーーーっ!」

「何だ、そんなことか」


くだらないと言いたげに溜め息をひとつ零して、彼は冷蔵庫を開けた。
興味なさそうな雲雀くんの一言に再びガックリ肩を落とす。
そんなことって…!簡単だな、おぃ。
さっきまでの優しい君は何処に行ったのよ。
あたしの恨めしい視線を気に留める様子もなく、雲雀くんは冷蔵庫から取り出した牛乳をごくごく飲んでいる。
携帯自体が壊れるのは仕方ないけど、中に入ってたデータが消えちゃったらショックじゃないか。
携帯のメモリーが飛んで、あたしの大切なメモリーもパー。
…ってショックで親父ギャグが…うぅ…。
きっと昨日落とした時だ。打ち所(?!)が悪かったんだわ。


「はぁ〜、いつまでも落ち込んでても仕方ない。
 丁度休みだし、今日は携帯買い替えに行くかな」

「……僕も一緒に行く」

「人多いと思うよ?いいの?」

「構わないよ」


どういう風の吹き回しだろう。
まぁ本人が一緒に来たいって言うならいいんだけどね。
よし、じゃぁ彼の気が変わらない内に支度してきますか!



2008.5.5


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