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骸くんの手を取るのと同時に、あたしの身体はふわっと宙に持ち上がった感覚に包まれ、次の瞬間には全く別の場所に立っていた。

陽気な音楽。
建ち並ぶ様々な店舗。
楽しそうに会話をしながら行き交う人々。

ここが遥の夢の中―――なの?

流行りもので埋め尽くされたその景観は、よく遥と買い物に出掛けたショッピングモールに似ていた。
何とまぁ新しもの好きな遥らしい場所だろう。
夢がその主の精神状態の影響を受けるのならば、きっと彼女の心は普段通り落ち着いている。
少し淋しくは思うが、遥が元気なことにあたしは安堵した。

…って骸くんは?!

今更自分がひとりでいることに気が付いて、あたしはきょろきょろと辺りを見回し骸くんの姿を探す。
すると頭の中に『昴琉』とあたしを呼ぶ骸くんの声が響いた。


「骸くん?どこ?」

『すみません。野暮用を少々』

「野暮用って…まさか雲雀くんと揉めてないわよね?」

『……えぇ』


その間は何よ、その間は…!
傍を歩いていたカップルがぎょっとするのにも構わず、あたしは思わず頭を抱えた。

うわー。絶対喧嘩してるよ、雲雀くんと骸くん。
ホントにもう…どうして顔を合わせる度にすぐいがみ合うかなぁ…!
…ん?っていうか、あの二人が暴れてあたしの夢大丈夫なの?!

最悪の事態を想像してひとりでハラハラしていると、骸くんの声がまた頭の中で響く。


『そんなことより昴琉。後ろにいますよ、貴女の御友人』

「え?!」


抱えていた頭を放し、慌てて振り返る。
するとそこには店先のワゴンで雑貨を物色している女性の姿があった。
見覚えのある背格好。
いや、以前より少し髪が伸びただろうか。
しかしちらりと見えた横顔は、見紛う事なきあたしの親友のそれだった。
懐かしい感情が胸に湧き起こる。

遥…!
本当に遥だ!

衝動的に駆け出そうとしたあたしの手首を、誰かが掴んで引き留める。
振り返ると、そこにはいつの間にか現れた骸くんがいた。
彼は眉根を寄せて静かに話し出す。


「…貴女が僕達の世界に渡ったことによって、何かしらの影響が出ているでしょう。
 世界は矛盾を許さない。
 彼女の記憶から貴女の存在を消しているかもしれません…それでも、行きますか?」


そうだった。
雲雀くんが自分の世界に帰った後、遥は彼のことをすっかり忘れていた。
遥だけじゃない。
あたし以外の誰一人として、雲雀くんを憶えている人はいなかった。
それが今回も起こっているかもしれないのだ。

知っているのに、知らない世界。

考えるだけでも恐ろしくて血の気が引く。
それでもあたしの気持ちに迷いはなかった。
心配そうにこちらを見つめる骸くんに、あたしは力強く頷いて笑って見せる。


「行くわ。
 だって遥はあたしの友達だもの」


たとえ遥があたしを忘れてしまっていても、彼女が遥であることに変わりない。
あたしが会いたいと願った遥に違いない。
根拠は勿論ない。
それでも不思議と眼前の彼女が遥ではないと疑う気持ちになれなかった。

あまりにも間髪を容れず返ってきた答えに、骸くんは一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を和らげた。


「―――わかりました。
 それでは帰り道を見失わないよう、僕はここで昴琉と彼女の夢を繋いでおきましょう」

「遥には会っていかないの?」

「えぇ。違う世界の住人の夢を渡るのはかなり力を消耗しますし、何の接点も持たない僕が彼女に会うことで不測の事態が起こらないとも限りません。
 無事に貴女を連れ帰る為にも、僕としては不要な接触は避け出来る限り力を温存しておきたい」

「そっかぁ…。
 遥イケメン好きだから、骸くんに会ったらめちゃくちゃ喜ぶと思ったんだけど…残念」


そう言った途端、あたしを掴まえていた骸くんの手がぴくりと動き、彼の綺麗なオッドアイがこれでもかと言わんばかりに見開かれる。


「どうしたの?」

「い、いえ…貴女の口から予想外の言葉が飛び出したもので」

「?」


予想外の言葉って何?
見当がつけられずにいると、骸くんは耐えかねたように口元を手で覆って横を向いてしまった。
心なしか耳が赤い気がする。
やだ、怒らせちゃった?!
おろおろしていると、骸くんは口を覆っていた手で今度は双眸を隠して、溜め息混じりに「…彼が過保護な理由が少し分かりました」と言った。
彼って…雲雀くんのことだよね?
何で今の会話で雲雀くんが出てくるの?!
益々あたしの頭は混乱したけれど、骸くんはひとつ咳払いをして逸れた話題を元に戻した。


「兎に角、僕は1分1秒でも長く貴女がここに留まれるよう力を尽くします。
 ですからどうか良い時間を、昴琉」


骸くんは掴まえていたあたしの手を掬い上げ、その甲に自身の唇を押し当てた。
あまりに自然で、極々当たり前のように行われたその所作に、あたしはうっかり避けそこなってしまった。
遅れてやって来た羞恥に頬が赤く染まる。
なんせ相手はついさっき、まだあたしを好きでいたいと宣言したヒトだ。
意識するなという方が無理な話よね。
気付かれないようこっそり深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「…本当にありがとう、骸くん。このお礼はいつか必ず」


また会えるのかとは訊かない。
手の甲にキスをしたということは、きっとそういうことなのだろう。
少しだけ名残惜しそうに手を離した骸くんにお礼を言って、あたしは身体を反転させ遥のもとへと駆け出した。
勿論その背後で彼が「…礼などされては、罪滅ぼしにならないのですがね」と、小声でぼやき苦笑ったことなんて少しも知らなかった。


***


「遥!」


あたしは店先のワゴンの物色を終えて、店内に入ろうとしていた遥の腕を両手で掴まえて引き留める。
「ふぉ?!」っと変な声を出してあたしを見つめる彼女は、紛れもなく楠木遥その人だった。
懐かしさと安堵が入り混じって、ぶわっと胸の奥から込み上げる。


「あ、会いたかったー!」

「え?えぇ?!ちょ、どどど、どちら様?」


急に引き留められた遥は、肩にかけていたバッグをぎゅっと抱えて当惑の表情であたしを見た。
骸くんの予想は、残念ながら的中してしまったようだ。


「ご、ごめん!そっかぁ…やっぱり忘れちゃってるんだね…」


久し振りに姿を見たことでテンションが上がりまくっていたあたしは、慌てて掴んでいた彼女の腕を解放し、照れ隠しに笑って見せた。
益々訝しむ遥に改めて向き合い、あたしは自己紹介することにした。


「昴琉だよ。あたしは桜塚昴琉」

「……昴琉?」

「そう、昴琉!会社の同僚で友達の桜塚昴琉!
 買い物行ったり、映画観たり、カラオケ行ったり、飲みに行ったり。
 そりゃぁもう数えきれないくらい沢山一緒に遊んだんだ」

「一緒に…遊んだ…?」

「うん、そうだよ。
 遥の遠距離の彼氏のこととか、試しに使って良かったコスメとか、その日にあった嫌なこととか、仕事の愚痴とか、下らない話も沢山したの。
 本当に沢山…遊んで、話して…。
 …どんなことでもいいの。あたしを見て、何か思い出すことないかな?」

「………」


完全に不審者を見る目付きの遥だったが、真剣に話すあたしを見て心が動いたようで、その態度が少し軟化する。


「うーん…」


彼女はぎゅっと握っていたバッグを解放し腕組みをして首を傾げる。
そして自分の記憶の奥を掘り起こすように目を閉じた。


「桜塚昴琉ねぇ…桜塚昴琉……」


お願い…思い出して、遥。
深く考え込む遥を、あたしは祈るような気持ちで見つめる。
勿論こうして会えただけでも幸運なのはわかっている。
それでもやっぱりあたしを『桜塚昴琉』と認識した状態の彼女と話がしたい。
どうしても拘ってしまうのは、遥に伝えたい気持ちがあるからだ。
暫く「うーん、うーん」と唸りながら考えていた遥が、急にパッと目を見開いた。


「え…は?あれ?昴琉…?」

「う、うん!そう、昴琉!」


物凄い勢いでこくこくと頷くと、遥はぽん!と手を打ってあたしを指差す。


「昴琉じゃん」


先程とは打って変わって、遥は憑き物でも落ちたかのようにすっきりした表情であたしを見つめる。
こ、これは…!


「思い出してくれたの?!遥!」

「思い出すも何も、何でアタシあんたのこと忘れてんの?」

「あはは…それはもういろいろとのっぴきならない事情がありまして…」


不思議そうに小首を傾げる遥に、あたしは気まずい笑いを返した。



2016.2.14


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