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11


帰宅した時にはすっかり日付も替わっていた。
はぁ〜、何か色々あり過ぎてドッと疲れた。
ソファにバッグを投げて、自分の身体も同じように投げ出す。
そうしてからやっと喉がカラカラなことに気が付いた。


「喉渇いちゃった。コーヒーでも淹れよっかな〜。雲雀くんも飲む?」

「うん」

「じゃ、ちょっと待っててね」


ソファから立ち上がってジャケットを脱ぎ、背凭れにかける。
コーヒーメーカーにミネラルウォーターを注ぎ、フィルターと粉をセットする。

落としている間、何だか間が持たなくてあたしは口を開いた。


「今日はごめんね。変なことに巻き込んじゃってさ」

「昴琉が謝ることじゃないでしょ」

「そう、なのかな…。あはは。しっかし参ったわよ。
 自分が3年も付き合ってた男が短期間であんなに落ちぶれちゃってたとはね〜。
 ほーんと嫌になっちゃう!そう思わない?」


雲雀くんは何も言わずにソファに座っている。
マグカップに注いだコーヒーを持って、あたしもソファに移動する。
雲雀くんの横に腰を下ろして、コーヒーを手渡した。


「挙句に雲雀くんに失礼なこと言ってさ。
 あ、でもあたしがガツーン!と言っておいたから、きっと今頃泣いてるかもね!フフフ」

「…昴琉」

「あ、そうだ!今日のお詫びに雲雀くんの好きなハンバーグ作ってあげるよ。
 何のハンバーグがいい?」

「昴琉、泣いてる」

「へ?ウソ。あ、あれ?」


雲雀くんに指摘されて頬を触ると、濡れていた。
下を向けばスカートにも水玉模様が出来ている。
涙を止めようと思って何度も目を擦るけど、ぽろぽろ零れるばかりで止まりそうもない。


「おっかしーなー。泣くつもりなんて、ないのに。
 ちょっと、待ってね。すぐ止まる、と思う、から」

「……我慢、しなくていいよ。泣きたいなら泣けば?」


雲雀くんの手が伸びて来て、あたしの頬を包む。


「ひば、り、くん…?」

「…今夜は特別に胸貸してあげる」


親指で落ちる涙を拭ってくれるけど、涙は止まる気配を見せない。
そんなあたしをあやすように雲雀くんは優しく抱き寄せて、背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。
雲雀くんの温もりと不器用だけど優しい言葉に、感情の防波堤が脆くも決壊した。


「………あたしね、本当に惣一郎のことが好きだったの…」

「…うん」

「それなのに、あんな別れ方して、再会もあんなで、さ。
 雲雀くんのことまで悪く言うし…あ、あんなヤツと3年も付き合ってた、なんて…!
 …悔し…っ!悔しいよぉ…っ」


堰を切ったように流れ出した涙と嗚咽で、後は言葉にならなかった。


泣いて、泣いて、泣いて。


どれくらい泣いたか分からないくらい、泣いた。
その間雲雀くんはずっとあたしを抱き締め、頭を撫でていてくれた。


***


昴琉のしゃくり上げる呼吸が落ち着いて寝息に変わったのは、泣き出してから随分時間が経ってからだった。
泣き疲れてしまったんだろう、昴琉は僕の腕の中でそのまま眠ってしまった。
まだ濡れたままの頬にそっと触れて、最後の涙の痕を消してやる。

彼女は『悲しい』と泣かずに、『悔しい』と言って声を殺して泣いていた。

ただの弱い草食動物だと思っていたのに。

時折見せる強い意志にいつも驚かされる。
自分の問題だからと僕を諌めた時の瞳。
平手打ちをかまして、ぴしゃりと言い放った時の気迫。
この腕の中にすっぽりと収まってしまうほど小さな身体の、何処にあんな強さを隠しているんだろう。

そんな昴琉を泣かせた原因が自分ではなくあの男だという事実に、僕は少なからず苛立ちを覚えていた。


―――やっぱり自分の手で咬み殺しておけばよかった。


僕の心を乱す存在が昴琉なら、また昴琉の心を乱すのも僕でありたいと思うのは愚かな考えだろうか。

僕がひとりの人間に固執するなんて、可笑しな話だ。
それでも、僕を恐れず僕を信じると躊躇うことなく言った貴女が気になってしまう。


まさか僕は……。


今までの自分ではあり得ない答えに、心の中で嗤う。

リモコンで明かりを消し、訪れた暗闇に誘われるように僕は昴琉を抱いたまま浅い眠りについた。



2008.4.29


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