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骸くんは気持ちを入れ替えるようにゆっくり深呼吸をした後、形の良い唇に笑みを浮かべた。


「さて、僕も昴琉を見習って、ひとつお人好しになってみましょうか」

「?」


彼の言葉が何を意味するかピンと来ず、あたしは首を傾げる。
そんなあたしを骸くんは正面からじっと見つめ、言った。


「彼と結婚する前に、心残りをなくしておきたくはありませんか?」

「心、残り?」

「えぇ。ご存知のとおり、僕にはこうして夢を渡る力がある。
 たとえば貴女の世界の親友の夢にも」

「え…」


もたげた淡い期待に、心臓がトクンと脈打つ。
それを肯定するように、骸くんは力強く頷いた。
そしてこちらに手を差し伸べる。


「楠木遥の夢に、貴女をお連れしましょう」


以前夢の中で会った時も、骸くんは同じことを言っていた。
彼の力を以てすれば、夢の中で遥に会えると。
あたしを揺さ振る方便だと思っていたのに…まさか、本当にそんなこと出来るの…?!
遥に会えるの…?

本当の本当に?

唐突に降って湧いたチャンスに、あたしの胸は急速に高鳴る。

あぁ、でも…っ

こちらに手を差し伸べる骸くんに、あたしはぶんぶんと首を横に振った。


「ま、待って!
 急にそんなこと言われても困るわ…!
 雲雀くんに断りもなく行けない…!もう彼を不安にさせたくないの…っ」

「心配は無用です。
 もう前回のような打算はありませんし、彼の許可なら既に得ています。
 そうですね?雲雀恭弥」


そう言って、骸くんが視線を自身の背後に走らせる。
すると小さな溜め息と共に草を踏む音が鳴り、今頃現実世界であたしを抱いて眠っているであろう雲雀くんが現れた。

ど、どうして雲雀くんがここに?!

驚いて骸くんを見ると「本物ですよ」と苦笑して教えてくれる。
夢の中とはいえ、よく骸くんに会うの許してくれたと思ったら…自分も一緒に来ていたなんて。

―――あぁもう、本当に心配性なんだから…。

嬉しいやら恥ずかしいやら悔しいやら。
あたしは骸くんの横を通り過ぎ、こちらへ歩み寄って来た雲雀くんを複雑な面持ちで見上げる。
骸くんが一緒に居るという雲雀くんが不機嫌になってもおかしくない状況なのに、彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「…いいの?」

「行っておいで。彼女は大切な友達なんだろう?」


雲雀くんは優しい声でそう言って、頭を振ったせいで乱れたあたしの髪を落ち着かせるように大きな手で梳くようにして撫でる。
行っておいでって…。
彼の言葉に不安を覚えて、胸の奥がざわつく。


「雲雀くんは一緒に行けないの?」

「生憎僕の力も無尽蔵ではないのでね。定員は1名のみです」


ひとり、だけ…。
骸くんの答えに、あたしは唇をぐっと噛んだ。

勿論会える手段があるのなら、是が非でも遥には会いたい。
別れの言葉すら言えなかったんだもの。

遥は楽しい時も辛い時も分かち合ってくれた、大切な、大切なあたしの友達。

彼女の声や姿を思い出して、目頭が熱くなる。


―――会いたい。


でも、だけど…っ
あたしを愛してくれる雲雀くんを不安にさせるようなことは、もうしたくない。

快く思っていない相手にあたしを預けること。
自分の手の届かない場所へあたしを送ること。

それが雲雀くんにとってどんなに歯痒く苦しい選択であったかなんて、今更想像に難くない。
穏やかな笑顔の下で、きっと君は心配している。
それを知った上で骸くんの手を取るなんて…っ


「―――だったらあたし…んっ」


行かない、そう断ろうと開いたあたしの唇を、雲雀くんのそれが唐突に塞いだ。
骸くんの眼の前だというのに、年下の彼はあたしを引き寄せてきつく抱き締め、そのまま深く口付ける。
あからさまな当て付けだ。

んもうっ
ツナくんの時にもうこんなことしないように努力するって言ってたのに…!
雲雀くんの嘘吐きー!!!

胸を押してもびくともしない。
逆に逃すまいと彼の長い指があたしの髪の中へ滑り込み、後頭部をがっちり捕らえる。
角度を変えて何度も貪るように啄ばまれ、それでもただ乱暴なだけではない口付けに、彼に愛されることを知っている身体は、容易に絆され強張りを解いてしまう。

重なる二人の唇の間に、幾度甘い吐息が漏れたか。

憤りと恥ずかしさで赤面するあたしを解放した雲雀くんは、悪びれた様子も見せずいつもの不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫。
 何があっても必ず貴女は僕のところに戻ってくるって信じてるから。
 それに敗北を認めた以上、骸も悪足掻きしないさ」


最上級の牽制をしておいて、信じてるも何もあったもんじゃない。
雲雀くんの独占欲の強さは、どう転んでも改善しそうにないなぁ。
「…バカ」と呆れてあたしが彼の片頬を指先で抓ると、雲雀くんは何故か嬉しそうに笑った。
すると横から大仰な咳払いが飛んで来た。


「話が纏まったのなら行きましょうか」


引き攣った笑顔の骸くんが、再びこちらへ手を差し出す。
う、うわぁ…これ牽制効きすぎて逆に煽ってない?
遥に会いに行って、ちゃんと帰って来られるんだろうか…。
迷いが振り切れないあたしは、雲雀くんを見上げもう一度確認する。


「…本当にいいの?」

「あぁ。楠木遥によろしく」


そんな風に心地好く耳に響く穏やかな声で言われてしまっては、君の不安を心配することの方が悪い気がしてしまう。
答えを求めるように、雲雀くんの綺麗な漆黒の瞳を覗き込む。

迷いのないそれに映っているのは、対照的に情けなく眉尻を下げた自分の姿。

…これ以上渋るのは、あたしの我が侭になっちゃうね。
二人の厚意に素直に甘えよう。
素直に親友に会えることを喜ぼう。
あたしは胸に溜まった息をゆっくり吐いて雲雀くんの背中に腕を回し、その逞しい胸に頬を寄せる。


「雲雀くん、大好き」

「うん」

「ちょっとの間だけ待ってて。必ず帰るから」

「あぁ」


彼の胸から頬を離して見上げると、柔らかく微笑む雲雀くんと目が合う。
…本当にもう君の笑顔はズルい。
あたしも彼に笑顔を返す。


「じゃぁ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


愛しい雲雀くんの身体をもう一度ぎゅっと抱き締めてから、あたしは差し出されていた骸くんの手を取った。



2015.7.7


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