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134


潔いほど澄み切った青空。
その下に果てなく広がる色鮮やかな花畑。
時折吹く心地好い風が、花弁を楽しげに宙に舞い上げる。
その中心で、あたしはひとり『彼』を待っていた。

―――ここはあたしの夢の中。

考えがあると言っていた雲雀くんは、今夜あたしが見る夢で『彼』に会えると教えてくれた。
『彼』にあたしが会いたがっていることを伝えてと、クロームにかけあってくれたんだって。
彼女は二つ返事で引き受けてくれたそうだ。
戸惑い、躊躇うあたしをベッドの中で優しく抱き締めて、雲雀くんは「大丈夫だから、安心して寝なよ」と笑った。

雲雀くんが会うことを許してくれたのは、今宵この夢限り。

けれど―――最後に言葉を交わした状況を考えても、『彼』が姿を現す確率はとても低い。
爽やかに吹き抜ける風が揺らす花々を眺めながら、あたしは『彼』のことを思い浮かべる。

初めて会ったのも、やっぱり夢の中だったなぁ。

綺麗なオッドアイや、個性的な髪型。
雲雀くんに引けを取らない端整な顔立ち。
それに浮かぶ柔らかな微笑み。
霧のようにつかみどころのない性格の『彼』は、けれど未だその肉体を復讐者の牢獄に囚われている。
雲雀くんをこちらに帰す手段をくれて、あたしがこちらに来る手助けをしてくれた。
恩人と言っても過言じゃない。

そして―――あたしを好きだと言ってくれたヒト。

最後に『彼』が見せた、哀しげな微笑みを思い浮かべた刹那、背後で風が巻き起こり草を踏みしめる音がした。
慌てて振り返ると、そこにはいつもの笑みではなく、複雑な表情の骸くんが立っていた。

来て、くれた。

思わず息を呑む。
会いたいと願っていたのに、実際会ってしまうとどういう顔をしていいのか迷ってしまう。
骸くんも同じようで、僅かな躊躇いを見せてから口を開いた。


「…拒絶されるとばかり思っていたのですがね。
 まさか貴女の方から僕にコンタクトを取ってくるとは。
 ―――何故、僕を拒まなかったのです?昴琉」

「…あのままさよならなんて、嫌だったから」

「クフフ、随分と身勝手な理由ですね」

「うん…ごめん」

「……まぁ、のこのこと誘いに乗る僕も僕ですが」


骸くんはバツが悪そうに頭を掻く。
そして意を決したように、ふぅと短く息を吐き出した。


「―――気付いていたのですね、昴琉」

「うん…」

「お笑い種ですね、全く」

「そんなこと…」

「いいえ、お笑い種以外の何物でもありませんよ。
 僕ともあろう者が本心を見抜かれ、挙句計画に失敗てしまうなんて」


自嘲気味に骸くんは嗤ったが、あたしは左右に首を振って彼の言葉を否定した。


「それは骸くんが優しいからだよ」


あたしの言葉に骸くんの綺麗なオッドアイが見開かれる。


「優しい?貴女を陥れたこの僕が?」

「優しいよ。優しいから、君は悪役を演じきれなかったのよ」


だってそうじゃなきゃ、あたしを夢に閉じ込めて守ろうとしたり、わざわざクロームにあんな言伝しない。
それにきっと、ここにも来てくれなかっただろう。

骸くんはあたしを好きだと言う。

けれどその想いの裏には別の思惑がある。
恐らく彼自身、正面から向き合いたくないであろう核心。
あたしは深呼吸をして、それに触れる覚悟を決める。


「骸くんはさ、嫌だっただけだよね?
 雲雀くんがあたしを―――信頼のおける人を手に入れるの」


あたしに向けれられていた彼の視線が、スッと横へ逸らされる。


「……そうですね。確かに昴琉の言うとおり、僕は彼に嫉妬の念を抱いています。
 いや…焦燥、が合っているかもしれません」


そう言った骸くんは静かに瞼を閉じた。

雲雀くんは初戦がアレだっただけに、骸くんを毛嫌いしているけれど―――果たして骸くんの方はどうだろう。

この疑問がずっと心の片隅に引っ掛かっていた。
彼にとって雲雀くんは、自分と渡り合えるだけの実力を持ったライバルなんじゃないだろうか。
渡り合えるという一点においては、ツナくんもそうかもしれない。
けれど底抜けに優しい彼は、どうしたって骸くんの境遇に同情してしまう。
多分他の守護者の人達も。

同情は時に残酷だ。

同情した側に悪気はなくとも、された側からすれば見下されたのと変わらない。
心にゆとりのある人でなければ、それは出来ないことなのだから。
それに人一倍過酷な道を歩んできた彼に、深く共感出来る人間は数少ないだろう。

しかし雲雀くんにはそれがない。

純粋に骸くんを叩きのめすことを目的にしている雲雀くんは、何のレッテルも貼られていない『六道骸』そのものを見ている。
小細工などせず、真っ直ぐに自分に向かってくる雲雀くん。
そんな彼を骸くんは少なからず気に入っていたんじゃないかと思う。
自分と均衡した力を持ち、引け目を感じる必要のない存在。
しかし骸くんは孤高の雲雀くんが決して手に入れることのないモノを持っていた。
そう、クロームや犬くん、千種くん達。
彼らの存在は骸くんの心にある種の優越感を与えていた。

けれど……自分だけが持っている『特別』なモノを、雲雀くんが手に入れる。

自分とは違い、何不自由なく、自由奔放に生きてきた雲雀くんが。
唯一自分が優越感を得ることの出来たそれを。

その事実は暗い牢獄に囚われた彼の心を、どんなに強く揺さ振ったことだろう。


―――それはきっと、荒れ狂う嵐のように激しかったに違いない。


だからこそ、骸くんはあたしと雲雀くんの仲を裂こうとした。


「我ながら子供じみた動悸ですね」

「そんなこと、ないよ。
 そりゃぁ、今回の骸くんの行動は褒められたものじゃないけど、普通の反応だと思う」


あたしの言葉を聞いた途端、瞼に隠されていた青と赤の瞳が見開かれ、骸くんの顔から思い詰めた表情が消えた。
それはもう鳩が豆鉄砲を食ったような見事なびっくり顔であたしを見つめる。
そして―――大笑いし始めた。


「クフフ…クハハハハハ!」

「む、骸くん?!」

「ふ、普通って…!クフフ…貴女、僕の心の葛藤を普通の一言で片付けますか…!
 クフ、クハハハ!」

「ご、ごめん!バカにするつもりで言ったんじゃないの!
 でもあたしも君と同じ立場だったらすっごい悩むと思うし、特別でありたいって思う気持ちも当たり前だと思うし!
 幻術とか使えちゃう凄い骸くんだけど、普通の部分があってもいいと思うっていうか…だからね、えっと…!」

「取り繕わずとも結構。
 クッ…いやはや…本当に面白いヒトですね、貴女は。クフ、クフフ」


余程ツボにハマったらしく、骸くんは口許を手で押さえ、スラリとした長身をくの字に曲げて笑う。
気を悪くしたわけじゃないみたいで良かったけれど、ちょっと笑い過ぎじゃなかろうか。
一頻り笑うと、骸くんは少し乱れた髪を手で掻き上げ、困っているあたしに視線を向ける。


「こんなに笑ったのは久し振りです」

「…それは良かった」

「えぇ、本当に」


骸くんは深呼吸をして、どこか吹っ切れた晴れやかな笑顔を浮かべた。


「しかし昴琉。きっかけはどうあれ、僕が貴女に惹かれたのは嘘ではありません」

「…うん」

「ただ、柄にもなく思ってしまったのです。
 世界征服を企むような心の荒んでしまった僕でも、貴女とならこうして笑い合って心穏やかな生き方が出来るのではないか、と」


骸くんは綺麗なオッドアイを細め、呟く。


「願わくば、あの蕾を咲かせるのは僕でありたかった…」


切なさの滲むその言葉と表情に、あたしの胸はきゅぅっと締め付けられる。


「こんなことを言っても困らせるだけだと分かっています。
 ですがもう少し…もう少しだけ、貴女を好きでいさせてください」


本当に、困ったお願いをしてくれる。

どんなに望まれても、雲雀くんを好きなあたしでは骸くんの想いに応えてあげられない。
彼自身も、もう自分の想いが報われないと分かっている口振りだ。
それなら一言「ダメ」と言ってしまえば、それで終わる。
けれど誰かを想う気持ちは、そんな風に簡単に消せるものじゃない。

それは強ければ強いほど。

骸くんの気持ちは骸くんだけのもの。
雲雀くんを諦めきれなかったあたしに、口を出す権利はない。
それにもう骸くんは自分が望まれていることに、誰かの『特別』であることに気が付いている。


優劣なんて関係ない。
人それぞれに違う『特別』があっていいのだと。


その上でまだ好きでいたいと言ってくれる彼に、どうしてこれ以上素気無い返事が出来ようか。
変に気を持たせるつもりはないけれど、本音を聞かせてくれた骸くんの気持ちを大事にしてあげたい。
せめて彼の心に折り合いがつくまでは。
あたしは知らず胸に溜まった空気をゆっくり吐き出す。


―――あぁ、また雲雀くんに怒られちゃうな。


最愛の婚約者の不機嫌顔が一瞬脳裏を掠めたけれど、こちらに向けられた赤と青の双眸を真っ直ぐに見つめ返して、あたしはこくんと頷いた。
そしてそれを見た骸くんはただ一言「ありがとうございます」と言って、嬉しそうに柔らかく微笑んだのだった。



2015.6.9


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