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133


雲雀くんが部屋を出て行ってすぐに聞こえたのは、遠かったけれど確かに草壁くんの悲鳴だった。
年下の彼曰く、「僕に許可なく沢田綱吉を屋敷に入れた罰」だそうで。
そういうところ本当ブレないよね、雲雀くん。
勿論草壁くんの後、ツナくんもしっかり彼のトンファーの餌食となった。

そしてそのツナくん。

彼が何故あのタイミングで現れたのか。
後々あたしの様子を見に来てくれた草壁くんの話だと、クローム達を送った先でツナくんに会ったんだって。
彼、凄くあたし達のことを心配してくれていたそうで。
あたしが倒れて起きない理由が骸くんの仕業だと気付き、動揺していたクロームの背中を押してくれたのもツナくんだったらしい。
優しい彼はクローム達を送り出した後も気が気でなく、同行しなかったことを後悔していた。
そんなところに彼女達が戻り、無事あたしが目を覚ましたことを聞いたツナくんは、居ても立っても居られなくなって駆けつけてくれたんだって。
草壁くんもそんな経緯を知っていたから、本来なら雲雀くんに伺いを立てるところを端折って、ツナくんを連れて来てくれたんだろうね。
ただ何せタイミングが悪かった。

部屋に近付くツナくんの足音、あたし全く気が付かなかったんだよね。
まさか文字通り『飛んで』来たってことはないだろうし…それだけ目の前の雲雀くんに夢中だったのかな。
そう思うと我ながら恥ずかしくて堪らないんですけど…!
でも仕方ないと思わない?
ずっと逢いたかったヒトに逢えて、仲直りも出来て、ちょっと良い雰囲気になって。
そんな状態で平常心でいられるほど、あたしは出来た人間じゃないもの。

雲雀くんはといえば、ツナくんの気配は当然感じていたものの、まさか了承を得ずにいきなり襖を開けるとは思わなかったんだって。
あたしが気付かないのは兎も角、感覚の鋭い雲雀くんがツナくんの接近に気が付かないわけないものね。

…ん?ちょっと待った。

ツナくんが来ることを分かった上で、雲雀くんはあたしと事に及ぼうとしていたの?!
だったらあんな恥ずかしい恰好見られるの回避出来たんじゃ…!

わーん!雲雀くんの馬鹿ぁっ

―――あぁでも…雲雀くんも余裕なかったのかも。
あの時彼があたしに向けた、身を焦がすような熱い視線をうっかり思い出して顔が火照る。

もし、もしもあのまま雲雀くんに咬み殺されていたら…どうなっていたかな。

身体的には辛かったかもしれない。
けれど、きっとそれ以上に心が満たされる至福の時を共有出来たんじゃ…。
ツナくんには悪いけれど、やっぱりちょっと残念だったかも。

…って、いやいやいや!

あたしってば何考えてんのよ、もう…!
雲雀くんと仲直り出来たからって、頭の中がお花畑過ぎるわ。
小さく深呼吸をして変な考えを頭の中から追い出し、代わりに他のことを考える。

ツナくん…ツナくんか…。
際どいところ目撃されちゃったんだよね。
結婚式の手伝いを申し出てくれた彼とは、どうしたって近いうちに顔を合わせるわけで。
どんな顔をして会ったらいいのやら。
それを思うと自然溜め息が漏れた。


「昴琉?」


自分の名を呼ぶ声に我に返り、あたしは歩いていた足を止め隣を仰ぎ見る。
すると、心配そうに眉根を寄せた雲雀くんと目が合った。


「何?」

「疲れたかい?」

「え?」

「さっきから溜め息吐いたり、ボーッとしてるから。少し休む?」


実は今、あたしと雲雀くんは並盛の町中を散歩している最中。
身体の調子も大分良くなり、暇を持て余すあたしを見兼ねて、雲雀くんが散歩に連れ出してくれたの。
あたしはただ回想していたつもりだったけれど、雲雀くんからしたらそう見えていたのか。
慌てて繋いでいない方の手を、パタパタと顔の前で振る。


「ううん、平気平気。
 君とこうして歩くの久し振りだなぁって、ちょっと感慨に耽ってただけなの」


今考えていたことをそのまま話す度胸なんてない。
多分からかわれるだけだしね。
雲雀くんは「そう」と呟いて、立ち止まったままあたしの顔をじっと見つめる。
う…ちょっと白々しかったかな。
綺麗な漆黒の瞳に見つめられ、真意を測られているようなそれに心が落ち着かない。
他の言い訳を考えているうちに、雲雀くんが繋いでいた手に少し力を込めた。


「―――やっぱり少し休もう」


***


彼に連れられてやって来たのは、さっきの場所から少し歩いた公園だった。
ワゴン車を改造した移動屋台で、クレープを一つとカフェオレを二つを買い、近場にあったベンチに腰を下ろす。
クレープなんて久し振りだなぁ。
生クリームたっぷりのチョコバナナクレープを胸の前で持ちながら、あたしはカフェオレしか買わなかった雲雀くんに訊く。


「本当に雲雀くんいらなかったの?」

「あぁ、生憎甘いものの気分じゃないんだ。だから―――」


言葉を切って、雲雀くんはあたしの持つクレープに顔を近付け、かぷっとそれに齧り付いた。


「一口で十分」


悪戯っぽい笑みを浮かべて「ご馳走様」と呟くと、口元に付いてしまった生クリームをペロッと舌で舐め取った。
またそういうこっちがドキッとする仕草をする…。
計算しているのか自然体なのか、雲雀くんの場合見極めが難しい。
何かされるんじゃないかと構えていたけれど、年下の彼はそれ以上何も仕掛けて来ず、大人しくカフェオレを飲み始めた。
ホント読めない…。
ちょっぴり拍子抜けしながら、あたしは雲雀くんの歯形の残るクレープに口をつける。
…わ、美味しい。
甘過ぎない生クリームが、バナナとチョコの甘さと合わさって丁度良い感じ。
クレープを考案した人ってホント天才だと思う。

ぽかぽかな午後の日差しを浴びて、大好きなヒトと肩を並べ、甘いもの片手に公園で一休み。

何て穏やかで贅沢な時間だろう。
数日前まで雲雀くんとギクシャクしてたなんて嘘みたい。

恵まれ過ぎてて……怖くなる。

こんなに幸せでいいのかな。
あたしだけがこんなに幸せで、このまま結婚しても―――


「聞いてるの?昴琉」


沈みかけたあたしの思考を、不機嫌そうな雲雀くんの声が引っ張り上げた。


「ご、ごめん!聞いてなかった…もう一回いい?」

「…またボーッとしてる」

「うぅ、ごめん」


不満を隠すことなく半眼で雲雀くんに睨まれ、あたしは反射的に謝る。
雲雀くんは短く息を吐いた。


「本当に大丈夫なのかい?
 何か気掛かりなことでもあるんじゃないの?」


気掛かり。
雲雀くんに指摘され、あたしは手元のクレープに視線を落とす。

心当たりがないこともない。

例えばクロームの体調。
雲雀くんに力を貸してくれた彼女は、あたしが目を覚ました現場で倒れた。
元々体調が万全でなく、ツナくんのところで療養していたのだから、かなり無理をしてくれたのだと思う。
彼女がいなかったら、あたしは今も眠ったままだったかもしれない。
改めてお礼が言いたい。
恐らく彼女はまだツナくんのところに身を寄せているだろうから、会おうと思えば会えるかも…。
でも骸くんと繋がりのある彼女と会うと、きっと雲雀くんが心配する。
こっそり手紙を書いて、草壁くんに渡してもらおうか。

あるいは雲雀くんがあたしの指から引き抜いた婚約指輪の行方。
左手の薬指には未だ婚約指輪は戻っていない。
可愛くて綺麗で、とっても気に入っていたのだけれど…。
雲雀くんにどこへやったのか訊こうかとも思ったけれど、束縛したがる彼が話題に触れないのだから、多分今はまだその時ではないのだろう。
もしかしたら捨てちゃったのかもしれないし。
でも、不安はないの。
だって雲雀くんたらびっくりするくらい結婚する気満々なんだもん。
いろいろあったし結婚延期しようかって提案したら、「は?僕と貴女が結婚するのは決定事項なのに、延期する意味が分からない」って一蹴されちゃった。

そしてまたあるいは、あたしを夢に閉じ込めた骸くんの今。
一見酷く見えた彼の行動は、雲雀くんとの諍いで弱ったあたしの心を守る為だったそうだ。
それを証明するかのように、花弁の中の空間は優しい温もりに満ちていた。
けれど、あたしの心を癒してくれたのは骸くんではなく、最愛のヒト―――雲雀くんだった。
心の傷は、それに関わった当人同士にしか癒せないのだろうか。
だとしたら―――あたしが傷付けてしまった骸くんの心は、一体誰が癒せるのだろう。
こうして自分が穏やかな日を過ごしている今も、彼は冷たい牢獄に囚われている。

あたしだけ、報われている。

―――いけない。
こういう考え方はしちゃ駄目だ。
骸くんにも、雲雀くんにも失礼だ。
第一骸くんと気まずいままでいたくないと思うのは、あたしの勝手。
彼の行動の真意を明らかにしたいと思うのも然り、だ。
骸くんとの関係がここで途切れようとも、あたしは下を向いてはいけない。
自分の選択に後悔はないのだから。

あたしは隣でこちらを窺う年下の彼が、少しでも安心するよう微笑んで見せた。


「何も。雲雀くんは心配性ね」

「…どうかな」


雲雀くんはベンチの上にカフェオレを置いて、少しこちら側に身体を向けた。
逃れられないよう両手であたしの頬を包み、自分の方に顔を向けさせる。


「ねぇ昴琉。今の言葉、僕の目を見て言えるかい?」


そう要求した雲雀くんの顔は、先程より幾分怒っているように見えた。
普段なら綺麗だと思う雲雀くんの漆黒の瞳。
でもこういう時ばかりは、苦手だ。
ただ視線を合わせているだけなのに、鋭い視線に心の奥まで切り開かれて覗かれているよう。
なまじ嘘を吐いているから尚更だ。

しかも本日2度目。

それでも彼と出逢った頃のあたしなら、きっといなせたはずなのに。
視線を合わせたままでいることが出来なくて、つい視線を逸らしてしまった。
その様子を見た雲雀くんは、小さな溜め息を吐く。


「…気に入らないな。
 どうしても気になるみたいだね、あの男のこと」

「そんなんじゃ…」

「誤魔化さなくていい。
 バカが付くほどお人好しの貴女が、骸のことを何とも思っていない方が不自然さ」

「…っ」


痛いところを突かれ、思わず声を呑んでしまう。
しくじった。
これじゃ肯定しているのと同じじゃない。
どうして雲雀くん相手だと、上手く自分の気持ちを隠せないのだろう。
思えば初めから彼に嘘は通用しなかった気がする。
未だ視線を戻せずにいるあたしに、雲雀くんは落ち着いた声色でゆっくりと諭すように言う。


「あの男のことなら、僕に考えがある。だから少し時間をくれない?」


雲雀くんの言葉に、思わず手の中のクレープを握り潰しそうになる。
考え…まさか荒事にならないよね?
それは一番避けたい結末だ。
あたしが暴力を望まないのは、彼も重々分かっているはず。
その上で自分に任せろと言う。
どうしたって雲雀くんの手を煩わせてしまうのだったら、素直に彼の言うことを聞いた方が良い…よね?
逡巡の後、あたしは恐る恐る視線を目の前の彼に戻し、小さくこくりと頷く。
すると雲雀くんは満足そうに笑みを浮かべた。


「何にせよ、間食が出来るほどの食欲があって、余計なことを考える余裕も出てきたってことは良いことさ。
 体力が戻った証拠だからね」

「そう…かな」

「そうさ。という訳で、僕もう我慢しなくていいよね?」


え?雲雀くん何か我慢してるの?
彼が我慢していることが分からなくて、あたしは首を傾げた。
雲雀くんはあたしの頬を包んだまま、親指の腹であたしの唇をなぞる。


「僕と貴女の仲なんだ。言わなくても分かるでしょ?
 もう随分口にしてないんだ、貴女の味」


含みのある言葉の意味に検討がつけられないでいるうちに、物欲しそうにあたしを見つめる雲雀くんの顔が鼻先に迫る。


「今夜…いいよね?」


形の良い唇で低く艶やかに囁かれ、首筋がぞくりと粟立つ。
そこでやっと、先日雲雀くんと仲直りをした際の言葉に思い至る。

『やっぱり昴琉を咬み殺すのは、貴女の体調が良くなってからにするよ』

まさか。
あ、あああ、貴女の味って…え?えぇぇ?!
そういう、こと…なの?!

うっかり想像して、かぁっと顔が熱くなる。
食べかけのクレープを持つ手も途端に落ち着きをなくし、何故かくるくるとそれを回転させてしまう。
ここ数日、キスの後に見せる雲雀くんの顔の切なさが増しているとは思ってたけど…。
だとしたら…あんまり我慢させちゃうのも可哀想だよね。
何より好きなヒトに求められて断る理由なんて、少なくともあたしには思い浮かばない。
意味もなくクレープを回していた手を止め、雲雀くんの熱っぽい瞳と視線を合わせる。


「…うん、いいよ」


あたしの答えを聞いた雲雀くんは、殊更嬉しそうな笑みを浮かべた。


「良かった。じゃぁこの後商店街に寄って、材料買って帰ろうか」

「材料?」

「そうだよ。材料ないと作れないでしょ?ハンバーグ」

「は、ハンバーグ?!」


予想外の答えに素っ頓狂な声が出る。
今度は雲雀くんが首を傾げる番だった。


「一体何と勘違いしたんだい?
 ……あぁ、もしかしてやらしいこと考えた?」

「ち、ちが!」


婉曲することなくそのものずばりと言われ、あたしの赤い顔はもっと熱を持つ。
恥ずかしくて否定してしまったけれど、考えてしまったのは事実。
言い訳になっちゃうけれど、あんな風に雲雀くんに言われたら勘違いだってするわよ…!
雲雀くんは意地悪くニヤリと笑う。


「ふぅん、そう。そんなことを考える余裕もあるわけだ」

「だから違うったら!」

「本当に?少しは期待したんじゃないの?」

「違…っわない…けど!違うのっ」


雲雀くんの切れ長の目が、驚きのままに大きく見開かれる。


「…貴女って、時々驚くくらい素直だよね」

「だって雲雀くん何でもお見通しなんだもの…!
 んもう!お願いだから意地悪しないで…っ」


自分の手の中で恥ずかしさに縮こまるあたしを見て、雲雀くんはククッと喉の奥で笑う。


「分かったよ。貴女のその可愛さに免じて、これ以上の追及はしないであげる。
 ―――でも、今夜は眠れると思わないでよね」


愉しそうに「楽しみだな」と呟いて、雲雀くんはあたしの額に軽く口付けた。



2014.12.24


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