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132


微睡みの中、じんわりと目元に感じた熱。

その正体が知りたくて、あたしは閉じていた瞼を押し上げた。
あれ?何も見えない。
いや、正確には見えているけれど、見えているものが近過ぎて何なのが分からない。
あたしは自分の両目を覆う何かに手を伸ばし、掴み上げてよく見えるように目から離してみた。
飛び込んできた照明の眩しさに目を細めつつ、自分の目を覆っていたものを確認する。

これは―――蒸しタオル?


「起こしたかい?」


すぐ傍で雲雀くんの声がする。
少し視線を横にずらすと、案の定綺麗な黒髪の持ち主と目が合った。


「ううん…これ、君が…?」

「あぁ…瞼、腫れるといけないから」


あ、そっか。
雲雀くんと仲直りして、キスしてる最中に泣き疲れて寝ちゃったのか、あたし。
は、恥ずかしいな…。
顔に血液が集まるのを感じながら、あたしは雲雀くんに手にしていたタオルを差し出す。


「だったら雲雀くんが使って」

「僕は平気」

「でも君も、その…泣いちゃったし」


あたしは少し言い淀む。
そう。
何故か雲雀くんは涙なんてものとは無縁で、絶対泣かないと思ってたんだけど……泣いたのよね、雲雀くん。
しかも隠しもせずボロボロと。
雲雀くんが涙を零した光景が蘇って、切なさで胸がきゅっとなる。

……不謹慎かもしれないけれど、綺麗で…ちょっと可愛かったな。

そんな心の中を知ってか知らずか、あたしの言葉を受けた雲雀くんは口をへの字に曲げた。


「僕は泣いてなんかいない。昴琉夢でも見てたんじゃないの?」


えー…、そんなに目も鼻も真っ赤にして言いわれても。
まさかの全否定ですか。
全く以て説得力のない年下の彼の言葉に、あたしは思わずぽかんと口を開けてしまった。

短い沈黙。

雲雀くんは観念したように短く息を吐き出すと、差し出されていたタオルを受け取って自分の目を覆った。


「―――他言は無用だよ」

「分かってる。二人だけの秘密ね?」


目に当てたタオルの陰から漆黒の瞳を覗かせ、「ん」と短く答えが返ってきた。
心なしか彼の耳が赤い。
わ…これはまた珍しく照れてる!
久し振りに顔を合わせたのも手伝って、やたらと雲雀くんの可愛さが目に留まる。
そしてうっかりドキドキしてしまう。

い、いけない…。
気持ちを落ち着けないと、具合悪くなりそう。

年下の彼の愛らしさに緩む口元を掛け布団で隠しつつ、気を紛らわせるために雲雀くんから視線を外して周りを見ると、枕元に水差しが置いてあることに気が付いた。
喉も渇いているし、気持ちをリセットするのにも丁度良い。
あたしは布団に手をついて、上半身を起こした。
するとその気配を察した雲雀くんが、素早く手を伸ばして支えてくれる。


「ずっと横になっていたんだ。急に起きない方がいい」


わ…!顔近っ
大分見慣れてきたはずの端正な顔だが、久し振りに間近で見る破壊力は相当なもので。
じっと見つめられて、あたしはすっかり弱る。
あぁ、んもうっ


「お、お水…!お水飲みたいっ」


赤い顔を見られたくなくて、慌てて彼の意識を逸らす。
お陰で声が変に上擦ってしまった。
そんなあたしの様子に雲雀くんは不思議そうに首を傾げたが、何も追求せずに枕元にあった水差しからコップに水を注いで手に持たせてくれた。


「ありがと」

「うん」


柔らかく笑う雲雀くんの笑顔が眩しい…!
しかもちょっと嬉しそうとか、反則でしょー!
あたしは益々顔に熱が集中するのを感じながら、手の中のコップに口をつけ、中の水を一気に飲み干した。
横で雲雀くんがクスッと笑う。


「そんなに喉渇いてたのかい?」

「う、うん」

「長い間眠っていたし、まぁ無理もないか」

「あたし、どれくらい寝ていたの?」

「さっき貴女が目を覚ましてからなら15分程度だけど、マンションで倒れてからなら丸2週間になるかな」

「えぇ?!そんなに?」


自分の予想よりも遥かに長い時間が過ぎていたことに驚いて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
あれ?でもそうなるとひとつ疑問が。


「そんなに長く寝ていた割には身体が軋まないような…」

「あぁ、それはこういうことさ」


あたしの手からひょいとコップを取り上げて畳の上に置くと、雲雀くんは唐突に掛け布団を剥いで、中から現れたあたしの片足を無造作に持ち上げた。
当然足を持ち上げられた反動で、あたしの上半身は簡単に布団へ倒れ込む。


「わ!ちょ…っ」


慌てふためくあたしを余所に、雲雀くんは何とも言えない意地悪な笑みを浮かべた。
そして足首をぐりぐり回したり、膝を曲げたり伸ばしたりし始める。


「貴女がいつ目を覚ましてもいいように、こうやってリハビリしてたのさ」


2週間も、こんな大変なこと…。
幾らあたしが小柄な方とはいえ、意識のない人の身体を動かすのは骨の折れる作業だ。
しかも彼の所作は呆れるほどに丁寧で。
部屋の隅にはざっと寄せるように積まれた多数の文献らしきもの。
自分が寝ている間に施された彼の献身を垣間見て、動悸の治まらない胸の奥がきゅぅっと狭くなる。
だがしかし!
今のあたしには、感謝の気持ちをすっ飛ばして優先される感情があった。


「わ、分かったから!足下ろして!下着見えちゃうっ」


あたしが今着ているのは浴衣のような寝間着。
丁寧とはいえ、雲雀くんが容赦なく足を持ち上げるものだから、寝間着の裾がこれでもかとはだける。
あたしは太腿上部まで捲れ上がった寝間着を、必死に押さえ付けなければならなかった。
意地悪な年下の彼は、持ち上げているあたしの足を抱え込んで愛おしそうに頬を寄せる。


「何を今更。もっと恥ずかしい姿僕に見せてるクセに。
 何度肌を重ねてると思ってるの?」

「―――ッそういう問題じゃないのっ」


しれっとなんてこと言うのよ、この子ぉぉぉっ…!
すっかりいつもの調子を取り戻した雲雀くんの爆弾発言に、自分でも分かるほどカーッと顔が熱くなる。
不敵な笑みを浮かべ、あたしの反応を愉しんでいる雲雀くんをちょっと睨む。


「…寝てた間に変なことしてないでしょうね」

「してないよ。僕だってそこまでケダモノじゃないさ。
 ……まぁ、ムラムラはしたけど」

「えぇ!したの?!」


反射的に突っ込んでしまった。
ククッと喉を鳴らして笑った雲雀くんは、未だ露わになったままのあたしの太腿を撫で上げ、膝にちゅっとキスをする。


「だから早く元気になって、昴琉。
 今度は欲求不満で貴女を壊してしまいそうだ」

「雲雀くん…」


眉根を寄せて祈るように呟く彼に心が痛む。
君がそんな顔をするなんて、今回の件…一体どれ程深く君を傷付けてしまったんだろう。
どうしたらその傷を癒してあげられるんだろう。
単純なあたしは、こうして雲雀くんが傍で笑顔を見せてくれるだけで、幸せな気持ちになるけれど…。
片足を彼に抱き込まれ、捲れ上がった寝間着を押さえたままのかなり恥ずかしい格好で、雲雀くんが安心してくれる方法を模索する。
そんなあたしをじっと見つめていた雲雀くんが、小さく溜め息を吐く。


「―――やっぱりちょっと我慢出来ないかな」

「へ?」


珍しく困ったように笑った雲雀くんは、抱えていた足を下ろしてあたしの上に覆い被さってきた。
鼻先が触れそうなほどの至近距離で、綺麗な漆黒の瞳と目が合う。


「キスだけ、させて」


頷く暇もなく、囁くようにそう呟いた形の良い唇があたしのそれに重なる。
自分のものではない、愛しいヒトの柔らかく温かい感触。
雲雀くんは唇から頬、瞼、額と軽く触れてはすぐ離れを繰り返す。

―――愛されている。

そう感じさせる、触れるだけの優しいキス。
そのはずなのに。
彼を知っているあたしの身体は、先程足に与えられた刺激も手伝って、徐々にその芯に熱を帯び始める。
耳に口付けられたところで、とうとう堪らなくなって口走る。


「雲雀くん…っもっと、ちゃんと触れて…」


我ながら驚くほど素直で大胆な要求に、キスを落としていた雲雀くんの動きもピタッと止まる。


「……駄目だよ」


耳元で吐息と共に吐き出された拒否の言葉は、どこか苦しそうで躊躇いを含んでいるのに。
我慢するの…?
したいことしかしない君が…?
動きを止めたままの雲雀くんに、あたしは戸惑いをぶつける。


「どうして?」

「どうしてって…まだ貴女本調子じゃないでしょ?
 それに改めて貴女を大切にするって心に決めたばかりなんだ。
 昴琉、さっきの今で僕にそれを破れって言う気?」

「そんなつもりは…ただもっと…君に触れてほしくて」


雲雀くんはあたしの肩口に額を押し当てる。


「やめてよ。分かってるでしょ?
 貴女にそんな風に求められたら、僕の理性なんて簡単に吹っ飛ぶんだ」


彼の葛藤は、その手が握り締めたシーツの皺が物語っている。
あたしのことを想って耐えようとしている雲雀くんに、酷な要求を突き付けている自覚はある。
けれど、心も身体も雲雀くんに飢えている。
満たされつつあるのは確かだけれど、未だ不安と安心が綯い交ぜになって、ふわふわしている。
地に足がついていない感じが払拭出来ない。

―――実感が、欲しい。

仲直り出来たんだって、証が。
そう思っているのは、キスを我慢出来なかった君も同じはずだから。
あたしは雲雀くんの黒髪から覗く耳に、そっと口を寄せる。


「いいの…お願い、雲雀くん。君のしたいこと、して?」

「―――ッ」


ごくりという音と共に、視界の端で彼の喉仏が上下するのが見えた。
雲雀くんはゆっくりと顔を上げ、隠そうとしても隠せない、欲情に満ちた漆黒の瞳があたしを射竦める。


「……途中で止めてって言っても、止めてあげないよ?」

「うん」

「後悔しても知らないからね」

「しないわ…後悔なんて」


あたしの気持ちを量るように、雲雀くんは真っ直ぐ見つめてくる。
もう逃がすつもりなんてないくせに。
勿論あたしだって自分から煽っておいて逃げるつもりはない。
覚悟を決めて臆さず見つめ返していると、暫くして彼が短く息を吐いた。


「―――降参だ。悔しいけど、今の貴女には勝てる気がしない」


雲雀くんの大きな手が、あたしの左頬を優しく包む。
そしてドキリとするほど扇情的な笑みを浮かべた。


「望み通り、咬み殺してあげる」


先程とは違い、雲雀くんは遠慮なくあたしの口内に舌を捩じ込み激しく口付ける。
怠い身体に押し寄せる甘い快楽に思わず身震いした―――その時だった。

すぱーん!!!

襖が音を立てて勢いよく開いた。


「ヒバリさん!昴琉さんが目を覚ましたって…!?」


突然の訪問者―――ボンゴレファミリー10代目ボスことツナくんは、あたしと雲雀くんを見てピタッと動きを止めた。

え?え?何でツナくんがここに…?!

混乱したのも束の間、寝間着を乱して雲雀くんに組み敷かれているという恥ずかしい状況を思い出し、あたしは短い悲鳴を上げた。


「きゃぁっ」

「う、うわあぁぁぁぁぁ!!すいませんすいませんすいませんっっ!!!」


ツナくんは弾かれた様に頭を下げると、素早く開け放した襖を閉じた。
そして「ででで出直して来ますっ」というセリフを残して、ダダダダダーッと廊下を駆けて去って行った。
うわーん…!
エラいところを目撃された…!
動揺を隠せないあたしの上で、雲雀くんは大きな溜め息を吐く。


「……今ので頭が冷えた。
 やっぱり昴琉を咬み殺すのは、貴女の体調が良くなってからにするよ」

「そ、そうだね。そうだよね。ごめん、煽るような真似して」

「先に手を出したのは僕だし、貴女が謝る必要はないよ。
 お互い不安だっただけさ。そうでしょ?」

「ん…」

「大丈夫。貴女が僕と同じ気持ちだって分かっただけで嬉しいから」

「あたしも。凄く、嬉しい」


漆黒の瞳を細め優しく笑って、雲雀くんはあたしの額にキスを落とすと、起き上がって布団を掛け直してくれる。


「さて、僕はさっきの不埒な輩を成敗してくる」

「え…まさかツナくんのこと…?」

「他に誰がいるの?
 安心してよ。貴女の素肌を見た記憶が飛ぶくらい、徹底的に咬み殺してくるから」


どこからともなく愛用のトンファーを取り出した雲雀くんは、鋭く二三度振ってその感触を確かめると、ゾッとするほど黒い微笑みを浮かべて部屋を出て行った。

……ツナくん、逃げて。ダッシュで逃げて。

雲雀くんの発する怒りオーラに気圧されて、彼を止めることが出来なかったあたしは、身体の火照りを鎮めながらツナくんの無事を祈る他なかった。



2014.10.18


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