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蕾から視線を戻し、僕は前に立ち塞がる骸に不敵な笑みを向けた。


「昴琉に相応しいのはどちらか、ここらで決着をつけようか」

「……望むところです」

「決着は彼女につけてもらおう。
 あの蕾を開かせることが出来たら僕の勝ち―――それでいいね?」


背後を振り返り、骸は淡い光に包まれた蕾に視線を遣る。
暫く眺めた後、彼は了承の代わりに僕を遮っていた三叉槍を下ろした。
昴琉を蕾に閉じ込めた後、恐らく骸も開かせようと試みているはずだ。

しかし未だ彼女の心は蕾の中。

今のところ彼の力で昴琉の心は小康状態を保っているようだが、現実世界の身体はそうはいかない。
骸もそれが分かっているから得物を収めた。
勝負を持ち掛けたものの、勿論僕だって蕾を開かせる自信があるわけじゃない。
方法だって分からない。

けれど昴琉を愛している。

その一点においては、誰にも引けを取らない強固な自信がある。
僕は昴琉を目覚めさせる為にここへ来たんだ。
たとえこじ開けてでも昴琉を蕾の外へ連れ出してみせる。

彼の脇をすり抜け、ゆっくりと池に足を踏み出す。


その時だった。


穏やかな池に浮かんでいた無数の蓮の葉がざわめき動き出した。
葉は滑るように水面を移動し、僕の立っているすぐ傍のほとりと中央の蕾を一直線に結ぶ。


まるで橋のように。


骸の仕業かと背後を振り返ったが、彼は驚きに目を見開いて立ち尽くしている。
骸じゃない…?
近くにもう一人の術師、クローム髑髏の気配もない。
だとすると、骸の幻術に抗ってこんなことが出来るのは、この夢の主のみ。



――――昴琉が、僕を呼んでる。



唯の自惚れかもしれない。
けれどそう頭が理解した刹那、僕の足は迷うことなく蓮の葉の橋を駆けていた。
重みを受けた葉が、凪いでいた水面をパシャパシャと叩き波を起こす。
僕は不安定な足場を気にせず池の中央まで一気に駆け抜け、昴琉の囚われている蕾に到達した。
間近で見る蓮の蕾は美しく、発せられる淡い光はほんの僅かだがゆっくりと明滅を繰り返していた。
それは僕の腕の中で寝ていた彼女の寝息のリズム。

込み上げてくる懐かしさに、胸が熱くなる。

昴琉。
貴女はいつでも僕の想いに応えてくれた。
今度は僕が貴女の想いに応える番だ。

僕は深く空気を吸い込んで呼吸を整えてから、柔らかな花弁にそっと右掌を押し当てるように触れた。


「……遅くなってごめん、昴琉」


幾重にも重なった花弁に隔てられ、声が届くかは甚だ疑問だったが、それでも僕は語りかけた。


「憶えているかい?
 貴女をひとりにしないと約束したこと」


それはまだ肌寒い6月の夜。
僕が昴琉の世界で暮らしていた頃、後輩の結婚式に出席した貴女の帰りが遅くて、迎えに行った帰りの車中でのことだった。
僕の意地悪に涙を零す貴女にそう約束した。
何度も、繰り返し。


「群れるのが嫌いなこの僕に、あんな約束させるなんて…どれだけ凄いことか分かってる?
 …でもね、貴女の為にした約束だけど、あれは自分の為にした約束でもあるんだ」


独白は、止まらない。
言葉にして外に出さなければ胸を突き破ってしまいそうなほど、彼女への想いは募り、堆く積もっていた。


「ずっと、ひとりでいいと思ってた。
 誰かとつるむなんて、弱者が身を守る為にすることだ。
 でも…貴女に出逢って僕は思ったんだ。
 ―――貴女の傍にいたいって」


孤高を貫き、近付く者は薙ぎ払ってきたのに、こんな気持ちになるなんて自分でも信じ難い。
でも、紛れもなくこれは僕の気持ちだ。

心の奥底から湧き出す本心だ。


「―――それなのに、僕は約束を破ってしまった。
 唯でさえ傷付いているはずの貴女を突き放した。
 感情を抑え切れず、何よりも大切な貴女を傷付ける今の自分では、一緒にいても幸せにしてやれないと思ったんだ」


昴琉の脅えた表情がフラッシュバックして、胸が詰まる。

本当に、酷いことをした。

幾ら謝ったって赦されない過ちだ。
自分以外の人間を―――貴女を傷付けることがこんなに苦しいなんて。
だから貴女を幸せにする自信が持てるまで離れていようと決めた。

何を以て幸せとするのか。

そんな定義は分からない。
懐疑心に揺られているうちに、どんどん時間だけが過ぎていった。


それでも離れて骨身に沁みて分かったこと―――それは僕にとって貴女は、もうなくてはならない存在だということ。


昴琉が倒れたと聞いた時は、心臓が握り潰される思いだった。
自分の手の届くところに貴女がいなければ、守りたくても守れない。
一番守りたいモノから自ら遠ざかる愚かさに気付いた。

左の掌も花弁に押し当て、僕は蕾に縋る。


「間違ってばかりの僕だけど、貴女がまだ望んでくれるのなら―――こんな花弁ぶち破ってよ」


瞼を閉じ、額も押し当て、切に願う。


「帰って来てよ、昴琉。
 僕は―――貴女の傍がいい…っ」


昴琉を傍に置きたいんじゃない。
僕が昴琉の傍にいたいんだ。


他にも貴女に伝えたい想いが沢山ある。


喉が嗄れるまで謝るから。
愛していると精一杯伝えるから。


お願いだ、昴琉。

もう一度だけでいい。



僕を信じて…っ



祈るように閉じた瞼の向こうで、蕾の放つ淡い光がその強さを増した。



2014.2.1


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