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今あたしの目の前に立っているのは、好きな人が出来たとあたしを捨てた男だった。
淡い街灯の光に照らされた彼は酷く情けなく、何かに追い詰められたような顔をしている。

雲雀くんに電話しようという気は既に失せていた。
彼をこんな私的な事情に巻き込む気は毛頭ない。
驚きと緊張から震える手を携帯ごと胸に抱えて、乱れた脈と呼吸を整えようと試みる。
けど、中々落ち着いてくれそうもない。

あんな振られ方したんだ、正直いっぱい文句言ってやりたかった。
けれど実際会ってしまうと思考が上手く巡らなくて、何から言葉にしていいのか分からない。
会わずに済んだらどれ程良かったか…。
そう思っていたからこそ、一日何十通というメールも着信も無視していた。
けじめをつけなきゃと思いながらも、なあなあにしてしまった結果がこれ。


「昴琉…やっと逢えた…。
 あんなに連絡してたのに、どうして返事くれなかったんだよ」

「ど、どうしてって…よくそんなこと言えるわね…!
 あたし達別れたのよ?しかも一方的に貴方があたしを振ったんじゃない…っ」

「あの時俺はどうかしてたんだよ…!
 やっぱり俺、お前じゃなきゃダメなんだよ。やり直そう、な?昴琉」

「今更止めて!」


あたしは貴方のこと忘れかけていたのに…!
どうして今更そんな事言うの…っ
一歩一歩にじり寄って来る惣一郎に気圧され、あたしも後退する。
どうしてそんなに切羽詰った顔してるの?
付き合っていた頃の彼とはまるで別人みたいだ。
手の震えは一向に収まらない。


「…あ、あたしは貴方とやり直す気はないわ。だからもうあたしに係わらないで」

「何言ってるんだよ…俺達あんなに愛し合ってたじゃないか…!」


そう言って一気に間合いを詰めてきた惣一郎に、両肩をがっちり掴まれてしまった。
食い込む指が痛い。
『愛し合っていた』という言葉が胸に刺さる。
思わず胸に抱え込んでいた携帯を落としてしまった。
そう、『愛し合っていた』のはもう過去のこと。
逃れようと彼の胸を押してもビクともしない。
嫌でも思い知らされる男と女の力の差が、悔しい。
そのうち肩にあった手は腰に回されもう一方は頭に回されて、完全に抱き込まれてしまった。


「俺にはお前しかいないんだよ、昴琉っ」

「やめ、て…っ」


惣一郎の顔が覗き込むように近付いてくる。
逃げられない…!

嫌、やだ…!助けて…!雲雀くん…っ!


「昴琉から離れて」

「ひ、雲雀くん…!」


どこから現れたのか少し離れた所にトンファーを握った雲雀くんが立っていた。
凄いタイミングだよ、雲雀くん!
惣一郎の拘束を解いてこちらに歩いてくる雲雀くんの所に行きたいが、頑張ってもがいてもあたしを抱える腕は緩まない。


「…誰だテメェ。邪魔するんじゃねぇよ」

「聞こえなかったの?僕は離れてと言ったんだよ」

「ガキが男と女の話に首突っ込むんじゃねぇ」

「僕は今機嫌が悪いんだ。早く昴琉から離れなよ」


次の瞬間ヒュッと何かが空気を裂く音が聞こえたかと思うと、ドカッという鈍い音と共に目の前にいたはずの惣一郎が脇腹を押えて道路に倒れていた。
その代わりに雲雀くんが目の前に立っている。
速過ぎて見えなかったが、どうやら雲雀くんが惣一郎をトンファーで殴り倒したらしい。
つ、強い…!
雲雀くんはあたしをその背中に隠すように、身体を起こした惣一郎とあたしの間に立った。


「て、テメェ!何しやがる!」

「念の為に風紀委員を巡回させといて良かったよ。不審な男が昴琉の後をつけてるって報告受けてね。
 貴方が昴琉の元彼の秋山惣一郎だね」

「…!どうして雲雀くんが知ってるの?!」

「色々調べたからね。
 昴琉、その男が何故必死になって貴女に復縁を迫るのか、理由を教えてあげようか」

「ぇ…」

「美人局に引っ掛かったんだよ、その人」


サッと惣一郎の表情が変わった。


「貴女を振って付き合った女が、隣町を仕切ってるヤクザの若頭の女だったんだよ。
 まんまと騙されて慰謝料払えって強請られてるのさ。
 額が額だから払う当てもない。だけど支払期限と受取人は待っちゃくれない。
 情に訴えれば優しい昴琉なら助けてくれるとでも思ったんじゃないの?」

「…ッ」

「そ、そんな…!何よ、それ…」


嘲りを含んだ雲雀くんの声に、一瞬気が遠くなった。
だから今更縒りを戻そうと惣一郎は近付いてきたっていうの?
お金の為に…?さ、最低……っ!
惣一郎は慌てて取り繕い出した。


「そんなガキの言ってることはデタラメだ!
 昴琉、俺にはお前が必要なんだよ。信じてくれよ…っ」

「ストーカーまがいのことしといてよく言えるね」

「ガキは黙ってろ!大体何なんだテメェは。
 最近昴琉にべったり張り付きやがって!まさか惚れてるのか?
 俺は昴琉と付き合ってたんだぜ。
 テメェなんかよりそいつの事はよーく知ってるんだ。それこそ身体の隅々までな…!
 ガキが年上の女にくっついてるってことは、どうせ身体目当てなんだろ?
 こんなガキを惑わせてお前も罪な女だなぁ!昴琉!」

「……言いたいことはそれだけかい?
 謝罪させようと思って手加減したのは、僕の間違いだったようだ。
 これ以上つまらない話を続けるなら、二度とその口が利けないようにここで咬み殺す…!」

「雲雀くん、待って!」


あたしはトンファーを構えようとした雲雀くんの腕に後ろからぎゅっとしがみついた。
その行動が意外だったらしく、雲雀くんは何故止めるんだと目で訴えて来た。


「…これはあたしの問題だから」


雲雀くんの目を真っ直ぐに見つめて言う。
彼はちょっと目を丸くして驚いていたようだけど、それも一瞬で、すぐに溜め息と共に途中まで振り上げたトンファーを下ろしてくれた。

あたしはひとつ深呼吸をして惣一郎との距離をゆっくり縮めた。
大丈夫。手の震えは、止まっている。
惣一郎の前で立ち止まり、彼の目をジッと見据えた。


「昴琉、やっぱり俺を信じてくれるのか」

「……勘違いしないで。
 何度も言うけど、あたしは惣一郎と縒りを戻す気はこれっぽっちもない。
 そりゃぁ振られた時はショックだったし、引きずらなかったといえば嘘になるけど。
 …それはもう過去の話。今はもう、貴方を愛してなんかいない。
 美人局に引っ掛かったのは貴方の自業自得だし、お金せびられても一円だってあげる気ないから。
 だからもうこんなこと止めて。終わりにしよう?」

「な、何言ってんだよ!俺よりもあのガキを信じるっていうのか?!
 お前が年下なんて相手にするわけねぇよなぁ?
 そうか!俺に振られて落ち込んでたところをつけ込まれて、あいつに手篭めにされたのか?!」


バチンッ!!

惣一郎の頬を手加減なく引っ叩いた音が、静かな住宅街に響いた。
勿論引っ叩いたのはあたし。
考えるよりも先に手が出たのは生まれて初めてだった。


「あたしのことはどう言われたって構わない。
 でも雲雀くんを悪く言うのは許さない…っ」

「昴琉…」

「さっきから黙って聞いてれば、随分言いたいこと言ってくれたわね。
 貴方みたいに捻じ曲がった考え方で彼を見ないで。
 俺よりあいつを信じるのか、ですって?はぁ?そんなの当たり前でしょ。
 小生意気で我が侭で人の言うことちっとも聞かないけど、雲雀くんは惣一郎と違って一度もあたしに嘘吐いたことないもの。
 いい加減に目を覚ましなさいよ!頼るんならあたしじゃなくて警察頼れ!
 もう二度とあたしの前に現れないでっ!!」


一気に捲くし立てるとあたしの剣幕に気圧されたのか、打たれた頬に手を当てていた惣一郎はそのままへなへなと座り込んでしまった。
そんな彼に吐き捨てるように「さよなら」と告げて踵を返し、落とした携帯を拾って雲雀くんの所に戻る。
どう声をかけようかと迷っているのか、複雑な表情を浮かべている雲雀くんに、あたしもちょっと困ったように笑って「帰ろ?」と声をかけた。


暫く無言で並んで歩いていたが、気になってたことを雲雀くんに訊いてみた。


「ねぇ、どうして惣一郎のこと分かったの?」

「昴琉が仕事に行ってる間に、家の方にも電話かかってきてたんだよ。
 勿論僕は出てないけど」

「でも、そんな形跡は…」

「留守電は全部僕が消してたし、貴女がいる時は電話線抜いてたから。
 それから貴女と歩いている時はこちらを伺っている気配も感じてたからね。
 後はちょっと風紀委員とそのコネを使えば、情報を得るのは簡単だったよ」


しれっと言う雲雀くんに感心しつつ、余計な気を使わせてしまっていたことに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
人混みが嫌いな雲雀くんがどうして駅まで迎えに来てくれるのか不思議に思ってたけど、そういう理由があったのね。
自分の問題だから自力で解決しようと思ってたけど、知らない間に迷惑かけちゃってたんだなぁ…。
全部お見通しだったのに、あたしの意思を尊重して最後まで見守ってくれたんだね。
雲雀くんの表に出さない優しさに居た堪れない気持ちになった。

そこからまた会話が途切れて、お互い無言でマンションまで帰った。



2008.4.29


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