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昴琉を助ける決意をした僕に向かって、クローム髑髏は唇を引き結んでこくりと頷き、説明を始めた。


「昴琉様の心は骸様の幻術で覆われて隔離されているから、どんなにここから呼び掛けても雲の人の声は届かない…。
 だから、私が直接昴琉様の夢に貴方を送り込む…」

「そんなことが出来るのかい?」

「……多分」


恐らく彼女自身も初めての試みなんだろう。
何とも頼りない返事だ。
だが他に方法がない以上、一か八か彼女の提案に賭けてみるしかない。


「どうすればいい?」


先を促すと、彼女は昴琉の寝ている布団の傍に移動して座った。
そして布団の中へ自分の左手を差し入れて昴琉の右手を引っ張り出し、そのまま指を絡めるようにして手を握る。


「雲の人も私と同じように昴琉様の手を握って…。
 それから、これも…」


そう言って、クローム髑髏は持っていた得物をおずおずと昴琉の胸の上に翳した。
反射的に自分の眉間に皺が寄るのが分かる。
あの男を否応なしに連想させ、六道骸とクローム髑髏を繋ぐ証でもある三叉槍。

本来ならあの男の精神が宿っているそれに触れることなど、絶対にしない。

槍を媒介に幻術をかけられ、精神を乗っ取られる可能性があるからだ。
けれど僕は迷わず彼女の言うとおりにした。
昴琉を挟んでクローム髑髏の向かいに腰を下ろし、右手で昴琉の左手を、左手で三叉槍をしっかり握る。
僕が何の抵抗も見せなかったことに、クローム髑髏の方が驚いたようだった。


「信じて、くれるの…?」

「そうじゃない。一刻も早く昴琉を助けたいだけだ」


弱々しい問いにつれなく答えると、それでも彼女はホッとしたように「…ありがとう」と笑みを零した。
しかしすぐに表情を引き締め、深く息を吸ってはゆっくりと吐き出し、精神を統一し始める。
それに呼応するように三叉槍から霧が漏れ出した。


「それじゃ、目を瞑って…」


緊張した面持ちで呟かれたクローム髑髏の言葉に従って瞼を閉じると、僕、昴琉、クローム髑髏、そして三叉槍がひとつに繋がるような錯覚に襲われる。
次いで強制的に昴琉の方へと引っ張られる感覚。
それに逆らわず身を任せる。
すると僕の意識は急速に彼女の中に吸い込まれ、降下し始めた。


***


何処までも落ちていきそうな感覚が唐突に終わり、ふわりと足に地の感覚が戻る。
ゆっくりと目を開けた僕は、自分の視界が捉えた風景に少なからず動揺を覚えた。
ここが昴琉の夢の中…?



なんて冷たくて、暗い―――



普段の昴琉からは、想像出来ない夢の中。
具体的に思い浮かべていたわけではないが、彼女の夢の中はもっと暖かく、優しい空間のような気がしていた。
しかし今僕がいるここは、大地こそあれ、それは枯れてひび割れ、空は月どころか星ひとつ輝いていない漆黒の闇。
漂う空気は、吐く息が白くないのが不思議なくらいヒヤリとしていて、肌を刺す。

夢はその主の心を表すという。

恐らくそれだけ彼女の心が傷付き、深い所へ沈んでいるのだろう。
―――僕のせいで。


「雲の人、こっち…」


少し離れた場所でクローム髑髏が僕を手招く。
小走りに彼女の傍へ向かうと、僕の足元で僅かに砂塵が舞った。


「この先に昴琉様がいる…」


彼女の指差す方向に視線を向けると、深い闇の中にぼんやりと淡い光が現れた。


「一緒に行きたいけど、私に出来るのはここまで…」


クローム髑髏は申し訳なさそうに、眉尻を下げて真一文字に唇を結んだ。
その理由はただひとつ。
この先―――昴琉の傍には、彼女の慕うあの男がいる。


「ひとつ、訊いてもいいかい?」

「?」

「…何故僕に協力を?
 君の敬愛する骸の意思に反するんじゃないのかい?」


今回の彼女の行動は、彼の目を盗んで行われた独断であるのは明白。
幾ら彼女が骸の器になれる貴重な存在であっても、流石に咎められるだろう。
クローム髑髏の臓器の一部は骸の幻覚で補われ、言わば命そのものを彼に握られているんだ。
それなのに敵対している僕に協力を申し出るなど、狂気の沙汰としか思えない。
投げ掛けられた僕の質問に、クローム髑髏は大きな瞳を揺らしそっと伏せた。


「……昴琉様は無理に連れて来られたのに、文句ひとつ言わずに優しく笑って私の看病をしてくれた…。
 一緒に過ごしたのはほんの数日だったけど、昴琉様は京子ちゃんやハルちゃんみたいに温かくて、優しくしてくれて、普通に笑顔を向けてくれて……私、凄く嬉しかった。
 そんな昴琉様が時々貴方のことを思い出しては淋しそうな顔をしていて…あぁ、本当に好きなんだなって思った…」


彼女は自分の胸に手を当てて、苦しそうに眉根を寄せる。


「大切な人の傍にいたい気持ちは、私にも分かる…。
 骸様は私の命を救ってくれて、私に生きる意味と居場所をくれた…。
 どんな時だって骸様の傍にいて役に立ちたい…。
 でも私、優しい昴琉様を傷付けたくない…。
 骸様のやり方じゃ昴琉様が壊れちゃう…!誰も幸せになれないから…だから…!」


真っ直ぐに僕を見つめてくるクローム髑髏の瞳には、昴琉を助けたいという強い意志に満ちているように見えた。

あぁ、君も昴琉に魅せられたんだね。
あのヒトの優しさに。

慕う人間の意志に反して行動させるなんて…昴琉のお人好しも馬鹿に出来ないな。
寧ろ誇るべき才能だ。
つい頬を緩ませた僕を、クローム髑髏が急かす。


「行って、雲の人…!貴方なら必ず骸様の幻術を解くことが出来る…!」

「―――あぁ」


ありがとう、と小さく呟いて、僕は暗闇に浮かぶ光へ駆け出した。



2013.11.22


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