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「それじゃ、これ」
応接室の中央に設置されたテーブルの上に、オレは一対の金属製の棒を置く。
先日ヒバリさんが忘れていったトンファーだ。
向かいに腰掛けていた草壁さんは、「失礼します」と腰を浮かせてそれを手に取った。
彼はヒバリさんの代理でここを訪れることもしばしばで、特に昴琉さんがこちらに来てからは仕事の中継ぎをよくしてもらっていた。
オレとしては怖いヒバリさんと直接会うより、手間がかかっても部下である草壁さんの方がバトルになる危険がないので、代理で彼が来てくれるのは大歓迎だったりする。
二三回トンファーを見る角度を変えて何かを確認する仕草をした後、草壁さんは深く頷いた。
「確かに。お預かり致します」
「わざわざすみません、草壁さん。
暇を見て持っていこうと思っていたんですけど、なかなか時間が取れなくて…」
苦笑いを浮かべて頭を掻くオレに、風紀副委員長を務めていた中学時代より角が取れた印象の草壁さんは、穏やかに微笑んだ。
「大した手間ではありませんし、本来こちらから取りに来るべきなのですから、どうかお気になさらず。
ヒバリ自身も沢田さんにご連絡を頂くまで、気付いていなかったようですし」
「え…?!」
あのヒバリさんが気付かなかったって…?
オレは自分の耳を疑った。
気に入らなければ、一も二もなくトンファーで殴り倒すヒバリさんに限ってそんなこと…。
オレを振り返った時の、ヒバリさんの蒼白な顔。
ずっと心に引っ掛かってたんだ。
シルバーのアタッシュケースに丁寧にトンファーを仕舞う草壁さんに、オレは少し躊躇ってから話しかけた。
「あの…ヒバリさん、どうしてますか?」
草壁さんはピタリと手を止めて、 ほんの少し動揺したような視線をオレに向けた。
この反応、やっぱり―――
オレは重くなりかけた空気を払うように、自分の顔の前でぱたぱたと手を振った。
「いや、別にどうこうってわけじゃないんですけど。
…トレーニングルーム飛び出して行っちゃってから顔合わせてないし、昴琉さんに何かあったみたいだったから、ちょっと気になって」
「そう、ですか…」
草壁さんはオレから視線を外すと、ゆっくりアタッシュケースを閉めた。
瞼を閉じて苦悩するような表情を浮かべた後、何か決意したように大きく息を吐き出した。
「…ヒバリには口止めされているので、他言無用に願います」
「は、はい」
彼の低い声色にオレの気持ちも引き締まり、膝の上の手に力が入った。
「…実はこのトンファーをこちらに忘れたあの日、桜塚さんが倒れてしまったのです」
「え?!」
「命に別状はなさそうなのですが、ずっとお眠りになったままで…」
「そんな…!それじゃ最近ヒバリさんの姿を見かけなかったのって…」
こくりと頷いて草壁さんはオレの問いを肯定した。
「…ヒバリは片時も離れず、桜塚さんについています」
草壁さんは眉間に深い皺を寄せ、辛そうに目を伏せた。
何かあっただろうとは思っていたけれど、まさかそんな…。
深く息を吸い込んで、オレは悪い知らせに動転した気持ちを落ち着ける。
「―――原因は分からないんですか?」
「えぇ。医師の見立てでもどこも悪い所は見つからず、健康な人間がただ眠っているとしか言いようのない状態だそうです」
病気でもないのに眠り続けることなんてあるのか?
ヒバリさん…、昴琉さん…。
互いを慈しんで微笑みあう二人を思い出すと、突如二人を襲った悲劇に胸が苦しくなった。
結婚間近になってどうしてこんなことに…っ
一体昴琉さんの身体に何が起きてるんだ…?
口許に手を当てて考えるオレに、草壁さんは少し身を乗り出した。
「桜塚さんが眠り始めて、既に1週間が経ちます。
我々風紀財団も総力を挙げて原因究明に努めているのですが、手掛かりは何も掴めず…。
沢田さん、可能ならボンゴレの情報網を使って―――?」
閉じられた扉の外に気配を感じて、オレは手を翳して草壁さんの話を遮った。
流石は雲雀さんの部下。
草壁さんはオレの意図に気付いて息を潜めた。
侵入者じゃない。
知っている気配だ。
出来る限り威圧的にならないよう、声を和らげて問う。
「―――誰かいるの?」
誰何の声に答えて、扉がカチャリと音を立て開く。
細い隙間から恐る恐る顔を覗かせたのは、骸と共にオレの霧の守護者を務めてくれているクロームだった。
ヒバリさんから連絡を受けて迎えに行った時より元気になったものの、まだ彼女の身体は本調子じゃない。
何より骸の脱獄に失敗してしまったことで、マフィア界の掟の番人である復讐者に追われているはずだ。
ボンゴレの世話になんてならないと、アジトを出て行こうとする城島犬と柿本千種を宥め賺し、オレは彼女達を守る為にここに滞在させていた。
「ボス…今の話、本当?」
扉の陰に隠れるようにして立つ彼女は、脅えたように震え、オレに質問した。
いつもほんのりと赤い顔は色を失っている。
「……クローム、何か知ってるの?」
訊ねられて、彼女は唇をきゅっと噛む。
そして次の瞬間、何の前触れもなくバタンッとドアを閉めた。
「く、クローム?!」
予想外の反応に、一瞬面食らう。
しかし、すぐにオレは閉められた扉に駆け寄り、それを再び開けて通路に顔を出す。
素早く左右を確認したが、クロームの姿は既になかった。
―――クロームは昴琉さんが起きない原因を知ってる。
しかもあの取り乱し様……骸が絡んでるとしか思えない。
疑念が確信に変わる。
何やってんだよ…!骸のヤツ…!
慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた草壁さんが言う。
「沢田さん、彼女は私が追います!
何か事情を知っているのなら、直接お聞きしたい!」
「オレも一緒に探します!」
「ありがとうございます!」
オレと草壁さんは応接室を飛び出し、二手に分かれてクロームを探し始めた。
2013.7.7
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