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『恭さん!!』

「何だい、騒々しい」

『大変なんです…!桜塚さんが…っ』

「…昴琉がどうしたの?」

『いくら呼び掛けても眠ったままで、目を覚まさないんです…!』


その知らせを聞いた瞬間、僕の頭は真っ白になった。


***


沢田綱吉との組手を一方的に切り上げ、秘密の通路を使って地上に出る。
ボンゴレのアジトを訪れた時には、太陽がまだ辛うじて辺りを照らしていたが、今はすっかりその役目を街灯に譲っていた。
隠すように路地裏に停めておいたバイクに跨り、僕は一路マンションへと急いだ。
エンジンを唸らせ、猛スピードで夜の並盛町を走り抜ける。
状況も分からぬままアクセルを握る僕の胸は、不安と焦燥に完全に支配されていた。

昴琉に一体何が起こったのか。

電話の向こうの哲の声は明らかに動揺していて。
目を覚まさないってどういうこと?


まさか――――


最悪な状況を思い描いて、腹の底が冷えるような感覚に襲われた。
喜怒哀楽。
様々な表情を浮かべた最愛のヒトの顔が脳裏に思い浮かんでは、闇を切り裂く光の流線と共に消ていく。


昴琉…!昴琉…!


マンションへ着くまでの間、僕は心の中で祈るように彼女の名前を繰り返し呼び続けた。


***


一心不乱にバイクを飛ばし、漸くマンション前へ到着する。
駐輪場に停める時間――いや、ロックを掛ける時間すらも惜しい。
僕はそのままバイクを乗り捨て、駆け足でエントランスを潜った。
エレベーターを呼ぼうとボタンを押したが、階数を示す数字のランプは最上階で止まったまま動かない。
連続で何度も押すが、一向に動く気配がない。

こんな時に…!

僕はギリッと歯を噛み締め、傍に併設された階段へ向かい、自分の家のある階まで一気に駆け上がった。
自宅を特定されることを防ぐ偽装も忘れ、その勢いのまま廊下も走って玄関前に着く。
僕は急いで鍵の入ったポケットに手を突っ込む。
ひんやりと冷たい鍵の感触。
その感覚が、3週間前、自分が昴琉にした仕打ちを思い出させ、勢いづいていた僕の手を止めさせた。


―――このドアの向こうに昴琉がいる。


その事実に心が萎縮する。


眠っているとはいえ、どんな顔で彼女に逢えばいい?
あんなに酷いことをして泣かせ、あまつさえ置き去りにしたっていうのに。


―――らしくない。


この期に及んで尻込みする気持ちを、頭を振って吹き飛ばす。
今このドアを開けなければ、必ず後悔する。
僕は深呼吸をして、指先に触れていた鍵を勇気を振り絞るように一度握り締めてから取り出し、鍵穴に差し込んだ。


玄関を開け、一気に寝室へ踏み込む。
すると、項垂れて椅子に座っていた哲が、驚いて腰を浮かせた。


「恭さん…!」


哲には何も答えず、僕は弾んだ息を整えながらダブルベッドへ真っ直ぐに歩み寄った。
鼓動が早鐘を打つ中、掛け布団の膨らみを上の方へと視線でなぞる。

そこには哲からの連絡の通り、瞼を閉じ、穏やかに眠っている昴琉がいた。

しかし、ベッドに横たわる彼女の顔は、3週間前に比べて明らかにやつれている。
まるでこちらに呼び寄せた直後の昴琉そっくりだ。


また僕は彼女を同じ目に遭わせている―――


自分の行動の結果に直面し、ヒヤリとしたものが僕の心臓を掠め震え上がらせる。
僕はベッドに膝をついて上がり、少し躊躇ってから彼女の首筋に震える指先を押し当てた。

脈は安定している。
顔色はあまり良くないが、呼吸も乱れていない。

今すぐ容体が急変する心配はなさそうだ。

思わず安堵の溜め息が漏れたが、昴琉は瞼を閉じたままだ。
何も解決していない。
僕は彼女の頬を軽く叩いた。


「昴琉、昴琉…」


何度か繰り返したけれど、昴琉は眉一つ動かさない。


「たちの悪い冗談は止めて、昴琉」


抱き起して揺さ振っても、小さな頭と綺麗な髪がされるがままに揺れるだけ。


「起きなよ…昴琉…ねぇ、起きて…!」


懇願の呼び掛けも空しく、彼女の瞳は固く閉じられたままで、起きる気配は全くなかった。

どうして、目を開けない…っ

愕然と腕の中の昴琉を見つめる僕の背後で、哲が遠慮がちに説明を始めた。


「……昨日恭さんと別れた後、食材を届けた際に桜塚さんとお茶をする機会が出来たので、その際彼女のカップに睡眠薬を…。
 薬は睡眠の導入を促す程度のごく軽い物で、このように翌日になっても目を覚まさないなどということは考え難く…っ
 すいやせん、恭さん…!オレが薬を飲まさなければ、こんなことには…っ」


肩越しに後ろを見ると、哲は這い蹲るように僕に向かって土下座をしていた。
ふつふつと湧き上がってきた怒りに、昴琉を抱く手に力が篭る。


「―――体調崩させたら咬み殺すって…言ったよね」

「へ、へぃ…!覚悟は出来ております。どうぞ、恭さんのお気の済むまで…ッ」


そう言って哲は更に深く頭を下げた。
中学時代から変わらぬ自慢のリーゼントは、乱れるほど床に押し付けられて酷い有様だ。
完全なる僕の八つ当たりに、この男は頭を下げているのだ。
僕が昴琉を遠ざけさえしなければ、起こらなかった事態だというにも拘らず。

このまま言い付けを守れなかった哲を殴り飛ばすのは簡単だ。
少しは怒りも紛れるかも知れない。

今までならそれでよかった。

けれどそれじゃ駄目なんだ。
何一つ変わらないし、変われない。


―――――きっと、昴琉も望まない。


そう思ったら、スッと力が抜けた。
哲は僕の部下であると同時に、昴琉の友人でもある。
自分のせいで哲が殴られたと知ったら、間違いなく心優しい昴琉は悲しむ。
これ以上、彼女を傷付けることはしたくない。


たとえそれが手遅れだったとしても。


僕は深く溜め息を吐いて、土下座をしたまま静かに制裁を待つ哲に告げた。


「……君を咬み殺すのは後回しだ。
 表に車を回して。昴琉を病院へ連れて行く」



2013.6.9


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