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「#エロ」のBL小説を読む
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重い一撃の乗った金属の棒を、ギリギリ躱したところで集中力が切れた。
それと同時に、オレの額とグローブに灯っていた死ぬ気の炎がフッと掻き消える。
荒い息を吐いて膝に手をつき、オレは眼前の黒いスーツの男を見上げた。


「ハァハァ…ひ、ヒバリさん、そろそろ止めません?」

「止めないよ。この間の仕事の報酬分にはまだ足りない」


た、足りないって…!
正直オレ、既に報酬分以上にヒバリさんに付き合ってると思うんですけど…っ
このヒトにそれを言っても、聞き入れてなんてもらえないんだろうな。
現にオレを見下ろすヒバリさんの漆黒の瞳は、戦いへの欲望でギラギラしてる。

こんなに怖いヒバリさんでも、きっと婚約者である昴琉さんなら、言葉ひとつで宥めてしまうんだろう。


…形だけの上司であるオレじゃ無理だな。


そう思うと自然苦笑いが浮かんだが、どうにか溜め息は心の中だけに留める。

ボンゴレのボスの座に就いて早数年。
オレは未だ、マフィアの仕事に慣れることが出来ずにいた。
覚悟を決めて10代目を継いだとはいえ、マフィアという特殊な組織の中で自分の理想を現実にすることが、如何に困難かを突き付けられる日々。
それでもついてきてくれる仲間がいるから、どうにかこうしてやっていけているんだけど…。
ヒバリさんと骸だけは、出会った頃から変わらず掴みどころがない。

再び漏れそうになった溜め息を喉の奥へ押し遣って、オレはダメ元でヒバリさんに提案した。


「じゃぁ、ちょっと休憩しませんか?オレ、昨夜寝てなくて…」

「……情けないね」


ヒバリさんは深々と溜め息を漏らすと、トンファーを引き、壁際に置かれた椅子へ移動して腰掛けた。
意外にすんなり休憩させてくれたことに驚きつつ、オレも倣って隣に座る。

ヒバリさんがオレのところにやって来たのは3時間前―――17時過ぎのことだ。

先日守護者として受けてくれた仕事の報酬を受け取りに来たんだけど、ヒバリさんは「金は要らないから、その代わり身体で払って」と真顔で言い放ち、仕事の都合で不眠不休で働いていたオレをトレーニングルームへ引っ張ってきた。

要するに、オレとの組手で日頃のストレス解消をしたかったわけだ。

昴琉さんがこっちの世界へ来てからは殆どなくなったが、今までも何度かこういうことはあった。
直接オレと戦うこともあったし、獄寺君や山本がいる時は、オレの代わりに彼らがヒバリさんの相手になることもあった。


それにしたって、今日ほど荒々しい戦い方はしない。


いつもは適度な運動って感じで、もっと余裕があるっていうか…。
珍しく軽く息も弾ませているし、さっきの一撃だって力任せに叩きつけてきたって感じだった。
今日のヒバリさんは、いつもなら優雅でさえあるその動きに精彩を欠いていた。


―――なんか、イライラしてる?


昴琉さんと喧嘩でもしたのかな…。

なんとなくそう思った。
確かな根拠はないのに、時折感じるこの感覚。
リボーンに言わせれば、これはボンゴレの血統特有の見透かす力、『超直感』らしいけど…。
タオルで額の汗を拭いながらチラリと横目でヒバリさんの顔を盗み見ると、しっかりヒバリさんと視線が合ってしまった。
ヒバリさんは不機嫌そうにオレを睨む。


「何?」

「あ、あの…昴琉さんはお元気ですか?」


目が合ったことにびっくりして、ぽろっと口から飛び出してしまった質問に、ヒバリさんも驚いたようだった。
一瞬切れ長の目を見開いたかと思うと、つぃっと視線をオレから床に移した。
そして一呼吸置いてから話し出す。


「…何だい?藪から棒に」

「あ、いえ、実は京子ちゃんとハルが、昴琉さん元気ないみたいだって心配してて…。
 最近外出もしていないみたいだし、ヒバリさんが許してくれるなら、またお茶に誘いたいそうです」

「……」

「彼女達だけで外出させるのが心配なら、オレも同行します。
 久し振りに昴琉さんに会いたいし」


瞬間、ヒバリさんはキッとこちらを睨め付けた。
その尋常ならざる殺気に、オレは慌てて手を振って訂正する。


「あぁ!勿論変な意味じゃなくて…!結婚式のこととかもあるし…!
 良ければヒバリさんも一緒に……ダメ、ですかね?」


ヒバリさんはまた視線を床に戻し、暫く考える素振りを見せた。
そしてぽつりと言う。


「……考えておくよ」


群れることを何よりも嫌うヒバリさん。
その意外な答えに内心驚きつつ、オレは笑顔を彼に向けた。


「あ、ありがとうございます。
 あぁ、そうだ!クロームも昴琉さんのこと気にかけてました。
 自分のせいで昴琉さんがヒバリさんに怒られたんじゃないかって」

「……」

「あまりにも心配するから、オレ、二人は仲がいいから平気だって宥めたんですけど……大丈夫、ですよね?」


ついでに確認したかっただけなんだけど、思いっ切り探る口調になってしまった。
ヒバリさんに連絡をもらって保護したクロームから、大まかな経緯は聞いていた。

クローム達が骸の脱獄に失敗し、その際の無理が祟ってクロームが体調を崩したこと。
心優しい昴琉さんが、攫われたにも拘らず、自らクロームの看病を引き受けたこと。

そんな彼女を骸が気に入っているらしいことも。

クロームにはヒバリさんが昴琉さんを迎えに来た時の記憶がなくて、そのせいか頻りに昴琉さんのことを心配していた。
単に寝ていて記憶がないならいいけど、クロームのあの感じ……骸が関係してる?
何か、嫌な予感がするんだよな…。
答えを待ちながらあれこれ考えを巡らせていると、ヒバリさんはスッと立ち上がった。


「続き、始めようか」


質問の答えはなし。
あ、あれ?もしかして本当に喧嘩してる…?
…骸のヤツ、本当に何かしたのか?
下から見るヒバリさんの顔はいつも通りだ。


―――でもやっぱり、どこか変だ。


訝しみながらオレも椅子から腰を浮かせると、ヒバリさんの胸辺りから並中の校歌が流れてきた。
ヒバリさんはトンファーを小脇に抱え、スーツの内ポケットから携帯電話を取り出し耳に当てた。
が、すぐに耳から携帯電話を離し、嫌そうに顔を顰める。
それもそのはず、離れたオレにも聞こえるくらい電話の相手の声が大きかったのだ。
草壁さん…かな。
ヒバリさんは大きく溜め息を吐いて、携帯電話を耳に当て直す。


「何だい、騒々しい」

『―――ッ』


相手も少し落ち着いたのか、漏れる声の音量が下がった。


「…昴琉が、どうしたの?」

『―――!!』


次の瞬間、ヒバリさんは携帯電話を持つ手をだらりと下げ、小脇に抱えていたトンファーも床に落とした。
トレーニングルームの広い空間に、カランカランとトンファーが転がる甲高い金属音が響く。
内容は分からないが、昴琉さんに何か良くないことが起こったのは確かだろう。
滅多に動揺しないヒバリさんの顔色が変わったから。
オレも、胸騒ぎがする。


「昴琉さんに何かあったんですか?」


心配になって傍に寄って訊ねると、ヒバリさんはゆっくりオレを振り返った。
元々白いその顔は、倒れそうなほどに蒼白で、強張っている。


「……今日は、帰る」

「え、ちょ、ちょっと!ヒバリさん?!」


ヒバリさんはくるりとオレに背中を向けると、床に転がる自分のトンファーを拾いもせず、走ってトレーニングルームから出て行ってしまった。



2013.5.5


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